V「愛の逃避行」へ


W「あなたが無事なら…」


 大きく傾いた太陽によって目に映るすべてが赤く染まっていく中、
俺は灰色の空に閉ざされた世界で必死にペダルを踏み続けていた。
風を切って自転車を駆る、なんて言えば聞こえはいいが、なんのことはない。
どう対処すべきかわからないため、とにかく逃げているだけだった。
正確には、じっとしていられなかったと言うべきか。

 益体ない会話を交わしつつ帰路につくはずが、えらく面倒なことになっちまったもんだ。
何も知らない頃ならこいつが何やら空の色が変だ、と思っただろう。
しかし、俺は知ってしまっている。
これまで見てきたテレビでやっていたようなまやかしの類ではなく、
この身を襲った幾つもの超常現象によって、
我らが団長殿の言葉を借りれば「この世の不思議」とやらが実在することを知ってしまったのだ。

 今度は一体何者だ。
情報統合思念体に属する別の一派か。未来人か。あるいは機関の対立組織か。
それとも、ハルヒが生み出しちまった星のやつらなのか。
取り敢えず今のところは具体的に何かされたわけじゃないものの、
このまま何事もなく終わると思えるほど楽観的でいるには、
教室でナイフを引っさげた朝倉に襲われてからこっち、色々なことに首を突っ込みすぎてきた。

 おかげで今も、あわてずに済んでいるのだが、我ながら、肝が据わっているもんだ。
これを成長と捕らえていいのか悪いのか。どっちなんだろうね。

 ちなみに現在、自転車のスピードはかなりのもので普段は絶対にこんな運転はできない自信がある。
というか、したくねえ。放っておいても勝手にぐんぐん加速する下り坂で、
ひたすらペダルをこぐなんざ正気の沙汰じゃないぜ。
どこまでもまっすぐな道だからいいようなものの、急な曲がり角に出くわした日には、
減速が間に合わずに二人まとめてあの世行き、なんてことにもなりかねない。

 たとえ運よく死なずに済んでも、擦り傷のひとつやふたつですまないことくらい小学生でもわかる。
こんなことを力いっぱい肯定しなくちゃならんのは、極めて遺憾なのだが。

 しかし、どこまで行けば終わりという目標がないまま進まなければならないのが、
こうもこたえるとは知らなかった。
だが、こいつを守ると本人を含む何人かの前で宣言した以上、
ぼんやりと立ち尽くしている暇なんてない。
異変に気づいた長門か古泉、もしくは森さんの助けがくるまで
どれだけかかるかわからないことだしな。せいぜい、足掻かせてもらうとしよう。

 結局他人任せじゃないかと言われそうだが、なに、SOS団は五人で一つの運命共同体なのさ。
何しろ、俺は積極的に今の俺たちを守ると決めちまった。
それは何となく楽しいから、じゃない。
思わず笑いがこみあげてくるような、愉快なこの世界が俺は好きだ。
そう。ことあるごとにバカな提案ばかりする団長と騒ぐのが大好きなんだ。
こればかりは認めざるを得ない。そうでなきゃ、ナイフで体をえぐられてまで守ろうとはしないと思うぜ。

 あの時、去年のクリスマス前に起きた事件の最中、朝倉がこぼした台詞じゃないが、
俺たちの楽しみを奪おうとするやつを俺は許さない。
俺は、SOS団のためならどんな手でも使ってやる。
未来人がどんなちょっかいをかけてこようが、異世界人が攻め寄せてこようが、そんなことは知らん。
情報統合思念体なんざクソ食らえ、だ。

「ねえ。道、合ってるわよね」

 その時、頭の上から聞こえてきた声に、
俺は前方を油断なく見つめながら少しだけ意識をそちらへと向けた。

「行きは、こんなにも長い坂道はなかったような気がするんだけど」

 背後から呼びかけてくるハルヒの声に不安の響きはにじんでいない。
ま、普通はそうだ。のん気なもんだと思うが動揺されるよりはいいに決まっている。
もっともこいつの場合、事実を知った途端に熱線が降り注ぐ南洋で燦然と咲き誇る、
きらびやかな花々を思わせる目でさらなる説明を求めてきそうなもんだがね。

 はぐらかすか、きちんと答えるか。
だが、後者は万策手が尽きた時の最終手段だ。
にやけハンサムが言うところの神にも等しい力、すなわち望みのままに世界を創造し改変できる力を
自分が持っていると知れば、どうなるかわからんからな。

 ただ、こいつが意識的に創造神のごとき力を使えるようになったとしても、
それほどおかしなことはしでかさない、という気はしている。
暴走することはしょっちゅうあるし、
言動、行動、発想、どれも一般人の遥か斜め上を行くのが涼宮ハルヒなのだが、
それでも大して困ることはないと思う。
何しろ宇宙人も未来人も超能力者も、こいつが知らないだけでしっかりと存在しているというのに、
世は平穏こともなし、それでも地球は回っている。
大胆不敵で唯我独尊なこいつでも、それくらいの常識は持ち合わせているのさ。

 ま、一度はきちんと説明してやったのに信じなかったんだ。
当分、知らないままでいてもらうぜ、ハルヒ。

「そりゃあ気のせいだ。行きだって結構あっただろ。
お前だって長いわね、ってぼやいてたじゃねえか」

 舌を噛まないよう気をつけながら、俺は風に負けない音量で適当な答えを返した。
それにしても我ながらむちゃな言い訳をするもんだ。
長く感じられたのは上り坂だから主観的にそう思えただけであって、実際の距離は知れている。
そもそも、行きが上りなら帰りは下りなわけで、自転車で駆け下りてしまえばあっという間だ。

 少し考えたら通じるはずのない言い分に、
しかしハルヒは特に疑問を覚えることなくそれもそうね、と返事をしてきた。
こいつにとってはどうでもいい話なのかもしれない。その方が、助かるんだがね。

「確かに呆れるくらい長かったし。ところでキョン」

 ハルヒは独りごちるようにつぶやくと、
立ちっ放しでいるのを止めて荷台に腰を下ろしてぎゅっとしがみついてきた。
二つの膨らみが背中に当たっているが、のんびりとその感触に浸るだけの余裕はさすがにない。

「さっきから思ってたんだけど、どうしてこんなに急いでいるわけ?
さすがにあたしもタクシーに勝て、なんてむちゃは言わないわよ」

 随分とまともなことを言ってくれるじゃねえか。

「それはありがたい話だが、今日に限っては勝てそうな気がするぞ」

 テンションが上がっているせいかそんな台詞を口にする自分に内心驚きつつも、
口の端が持ち上がってしまう。いかにも団長殿が喜びそうな台詞だな、これは。

「へえ、言うじゃない。それなら、もし先に駅へ着くことができたらご褒美をあげる」

 予想どおり、ハルヒはおかしみをたっぷりと詰め込んだ声で語を継いだ。

「聞いて驚きなさい。一日副団長代理の権限よ。うん、八階級くらいの特進ね」
「八だろうが十だろうが、そんなものは要らん」

 軍なら四、五回まとめて死ななくちゃならない扱いだな。
それはともかく、言ってる本人が気づいているのかどうかは知らないが、
ここでいう代理は、あくまで予備の副団長ということだ。
つまり古泉が役目を果たしている間、俺は何の力も持たないってことになる。

 そもそもSOS団の正式名称は「涼宮ハルヒを大いに盛り上げるための団」であり、
要するにこいつのワントップ体制で成り立っていて、ナンバー2は存在しない。
いくら肩書きをつけたところで、有名無実もいいところだ。
まったく、そんなもんをもらって嬉しがるのは谷口くらいのもんだぜ。

「キョン。これは身に余る栄誉なんだからもっと喜びなさい。ただの平団員じゃなくなるのよ?」
「へいへい」

 生返事をしてから、一応注意を促しておく。

「しっかり捕まってろよ。振り落とされても知らないぞ」

 いくら道路がきちんと整備されているとはいえ、スピードがスピードである。
超人的な運動神経を誇るハルヒにもしもはないと思うが、念のためだ。

「バカね。このあたしが万が一にも転がり落ちるはずがないでしょ。
それに、レースは始まってるのよ。余計なことは考えず、あんたはペダルを踏んでいればいいの。
やるからには勝つ、これはSOS団における絶対のルールなんだから」

 さらっととんでもないことを言うやつめ。とはいえ、褒美の有無に係らず、
やってやろうかという気になってしまっているんだから、俺も救いようがないな。やれやれだ。


 それからしばらく、もっと足を早く動かしなさいだの踏み込みが足りないだの、
激励なのかけなしているのかよくわからない背後からの声を聞きながら加速状態を維持する一方で、
半ば辟易し、半ば戦慄を覚えていた。この広大さは半端じゃない。
この閉鎖空間らしき世界は、どれだけ進んでもなお果てが見えてこないのだ。
幾らなんでも、このまま進み続けていればハルヒだって事態の異様さに気づくだろう。

 そこで、ふと浮かんだ考えに嫌な汗が背筋を伝った。
これは朝倉涼子に襲われた時やコンピ研の部長が捕らわれてしまったパターンなのかもしれない。
いつまで経っても坂道が終わらないということは、無限ループにでもなっているのか。

 待てよ。それなら後ろはどうなっているんだ?

「どうしたの、キョン。減速してるわよ。」
「ちょっと安全運転だ。それよりさっきからじりじりと、後ろに下がっていってるぞ」
「ふうん。よくそんなことがわかったわね。気のせいよ、と言いたい所だけどそのとおりよ。
荷台にクッションでもつけておけばよかったわ。あたしのお尻は、こういう衝撃に強くないの」
「そうかい」

 まさか、バカ正直にどうして体が離れたのがわかったのかを話すわけにもいかず、
相槌を打ちつつ体育の時にちょくちょく見るハルヒの後姿を思い出していると、
突然軽いチョップが肩口に飛んできた。

「何だよいきなり」
「ちょっとキョン、あんた今ふしだらなことを考えたでしょ」
「考えてねえ」
「本当かしら。何か不快なオーラを感知したわ」
「意味がわからん」

 お前は対おピンク思考用のレーダーでも搭載してるのか。
しかし一つ言い訳をさせてもらえば、臀部が描くラインを想像するくらい別にエロくはないだろう。

 あとで、国木田に意見を聞いてみるとするか。

「ほら、これでいいでしょ。ちゃんと捕まったわよ」
「ああ」

 柔らかな物体が強く背中へと押しつけられるのを感じながら、
俺はちらりと背後を盗み見て、ぎょっとした。

「どうかした?」
「いや、なんでもない」

 上ずりかけた声をかろうじて平時のトーンに押さえつけて、ぐっと奥歯を噛み締める。
これまで色々な超常現象を目にしてきたが、さすがに今回は動揺しちまったぜ。
頂上までの距離は百メートル、といったところか。
これだけぶっ飛ばしていれば、五秒もあれば過ぎてしまうぞ。

 と、俺はガードレールの下を埋め尽くす森が目に入って、違和感を覚えた。
きちんと見ていたわけではないが、あんなところに湖なんてあっただろうか。

 しかし、どうしたもんだろうね、これは。

「ねえキョン。あれは何かしら」
「ん?」

 袖を引かれて意識を前方に戻すと、いつの間にか見覚えのある赤い光球が浮かんでいた。
そいつは一度地面すれすれまで下りた後、急速にこちらの胸元へと飛び込んでくる。

 一瞬ひやりとしたが、攻撃の意思は感じられなかった、という曖昧な理由で俺はそれを避けなかった。
光球は眼前で瞬いて姿を消し、その後、俺が首を傾げるより早く耳の奥によく知った声が響く。

『このまま黙って聞いてください』

 驚きがなかったわけではない。それでも声を上げるようなへまはしなかった。

 しかし、案外遅かったじゃねえか。

『時間がかかってしまった言い訳は後でするとして、ガードレールの向こうに湖が見えますね。
今すぐあそこへ飛び込んでください』

 古泉はやや早口にそんな台詞を口にした。
あれに飛び込め、ってか。簡単に言ってくれるぜ。

 すぐ後ろにハルヒを乗せている今は無理できないが、後でたっぷりと文句を言ってやる。

『あの湖は長門さんがこの空間に干渉し、生み出した脱出口です。
少なくともこの坂道を下りている間はここから出られません。
また、速やかにと言ったのはいつまであれを維持できるかわからないためです』

 なるほどな。道理で見覚えがないわけだ。

『詳しい説明は後ほど、ここから無事に脱出してからさせてもらいますよ』

 必要ない、と言いたいところだが聞かないわけにはいかないんだろうな。

『では、僕はこれにて失礼させて頂きます。涼宮さんとの時間を邪魔されたくはないでしょうし』
「な……」

 俺が思わずうめいた直後、赤い光球は密かに耳の穴を抜け出して、
挨拶のつもりか数メートル先の空間で円を描いて、どこかに飛び去った。

「今の、何だったのかしら。夕方だけど、あれは蛍の色じゃないわよね」
「わからん。新種の虫だったのかもな」
「言われてみれば見たことがないわ、あんなの」

 言葉に興奮の色が入り混じり始めた団長に、俺はそっと苦笑する。
雪山の時みたいにもしかしたら出られなくなるようなピンチだってのに、脳天気なやつだ。
もっとも、こいつに落ち込んだ面なんて似合わないがな。

 だからこそ、この場は団員その一としては踏ん張らざるを得ない。

「それよりな、ハルヒ」
「何よ」

 そこで、はっと言葉に詰まってしまう。
どう説明したものか。本当のことを言うなんて論外だ。
かといって一緒に空中遊泳してみないか、
などと頭の中身が花畑になったとしか思えないような台詞は口が裂けても言えん。

 ええい、ままよ。

「この手を」

 言いながら俺は腰に回されたハルヒの腕に手を置いた。
頬に血が上っていくのがわかる。だが、ここでやめるわけにはいかない。

「この手を絶対に離すなよ。いいか、絶対にだ」
「な、何よいきなり」

 ハルヒは、身を硬くしたものの俺の手を振り払おうとはしなかった。
そして、俺は重ねた手のひらに少しだけ力を込めて、言葉を続ける。

「約束してくれ。何があっても離さない、と。それから、できれば目を閉じてもらえると助かる」
「何なのよ、まったく。わけがわからないわ」
「頼む」

 真摯な思いが伝わったのか茶化されることはなかったが、
正直、受け入れてもらえるかどうかは五分五分だと思っていた。
ろくな説明もなくいきなり手を離すなと言われて、
わかったと首を縦に振るやつはそういないはずだ。

 だが、我らが団長殿は少数派の意見を採択した。

「わかったわ。わかったけど」

 今までに聞いたことのないような、正体不明の感情をにじませた声でハルヒは了承したのである。

「びっくりするじゃない」

 消え入りそうなつぶやきを耳にした俺は、
ガードレールの切れ目に減速することなく思いきって飛び込んだ。



 こうして時空の狭間とやらに捕らわれていた俺たちは無事、脱出することができたらしい。
閉鎖空間で指示を飛ばした古泉はすぐ近くで表情筋を緩めているし、
ほっとした顔をみせる朝比奈さんも、いつもの調子で置物と化している長門もいる。
そしてハルヒは律儀にも、まだ俺の腰にしがみついていた。

「うらやましいことです」
「うるせえ」

 もう一つ、これは本当にどうでもいい話なのだが、目が覚めて最初に視界を占めたのが、
こともあろうににやけハンサムスマイルだったことが、取り敢えず文句の種となった。

「いちいち顔が近いんだよお前は」
「おや、失礼。脈を確かめようと思ったところで、あなたが目を覚ましてしまいましたので」

 そういうのは朝比奈さんの仕事だろう。
いや、無表情ながらも気遣わしげな長門というのも悪くはないのだが。

「お前のおかげだ。ありがとな、長門」
「あなたが無事ならそれでいい」

 視線の先でぽつりとこぼした宇宙人の言葉を聞いて俺はそう思った。



ver.1.00 10/02/14
ver.1.73 10/02/17
ver.1.91 10/02/21

〜長門ユキの逆襲・舞台裏〜

「さて、と」

 道端で今後はなるべく一人きりにならないように行動することを決めた俺たちは、
額を突き合わせた深刻な相談タイムを終え、例によって機関が用意したタクシーで駅へと移動した。
と言っても、俺の腰に腕を回したまま動かないハルヒを引き剥がすわけにはいかず、
そのまま背負う形で乗車するハメになったのだが、
この場で起こしてしまうと説明のしようがないためやむを得ずそうしたのだ。

「何でしたら、代わりましょうか」

 おかしみをこらえているらしく口元を普段以上ににやつかせている超能力者の言葉を無視し、
ライトバンの後部座席に乗り込むと、新川さんが執事スマイルで迎え入れてくれた。
言葉どおり護衛してくれていたのだろう。格好は見慣れたものながら、
心なしか動きやすそうな仕様に見える。礼を言うと、彼はニヤリと笑って親指を立てて来た。

 まあ、俺はペダルを踏み続けていただけなんだがね。


「そろそろ」

 毎度のことながら短すぎる長門の台詞に、今日はピンと来ることができた。
まだ眠ったままの団長へと注がれている彼女の視線を見るまでもない。
眠り姫が、目を覚まそうとしているのだ。

 ん、と微かに漏れた声を聞いて俺は半身で振り返って呼びかけた。

「よおハルヒ。目が覚めたか」
「あれ……ここは」

 状況をにわかに把握しかねたらしく、ハルヒはこちらをぼんやりと見つめていたが、
不意に腕を離して自転車の荷台から飛び降りた。

「駅だ。古泉たちもいるぞ」

 自転車のハンドルに半分もたれかかりつつ、
すぐ近くに並んで立っている三人のSOS団員を空いた手で示すと、
団長はまじまじとそちらを見やり、驚きの色を浮かべた大きな瞳を再び俺の方へと向ける。

「……あたし、寝ちゃってたの?」
「ああ。そうみたいだな」

 淡々とした答えに、ハルヒは自分の手とこちらへ交互に目を動かしながら、うーんとうなった。

「よく落ちなかったわね」
「まったくだ」

 あの猛スピードで坂を駆け下りる中眠っていれば、間違いなく放り出されたことだろう。

「びっくりしたぞ。お前が寝てると知った時はな」
「へえ。心配したんだ」
「ああ」

 適当に話を合わせながら俺はひょいと肩をすくめた。
本当のことを話すわけにはいかないため、これで納得してもらうより他はない。

「ま、当然よね。団員たるもの、団長のことを常に慮るべきなんだから」

 ともかく、あの奇妙な空間を無事に脱出できたんだから、それでよしとするか。
相手が誰なのかもわからない現状では、対策の立てようもないからな。
せいぜい、さっき決めたように二人一組になって動くくらいしか思いつかない。

 つまり、明日からは必ず並んで帰る必要があるわけだ。

「では、今日のところは解散といたしますか?」

 古泉の発言はごく自然なものだった。まったく、絶妙なタイミングで切り出してくるやつだぜ。
そんなことを考えていると、団長殿は何を思い出したのか唐突に手を打ち合わせた。

「すっかり忘れていたわ。古泉くんに聞きたいことがあるの」
「はい。何でしょうか涼宮さん」
「結果よ」

 そんな単語一つで通じたら、それこそまさにエスパーだ。
しかし、さすがの超能力者もそこまで万能選手ではなかったようで、苦笑混じりに小首を傾げる。

「すみません、結果と申しますと……」
「みんなとあたしたちのどちらが早く着いたのか、その結果よ」

 覚えていやがったか。

「なるほど」

 つぶやく古泉に視線を向けると、何故か目が合った。

「ああ、そのことですか」
「適当に相槌打ってるんじゃねえよ」

 俺の突っ込みに、胡散臭い笑みをいつも以上に強めつつ、
閉鎖空間のみで絶大な力を誇る超能力者は団長へと向き直る。

「僕たちの負けです、涼宮さん。結構なお手前でした」

 恭しく一礼する姿は様になっているが、とても褒めてやる気にはなれんな。
わざわざ演技をしてまでこいつを喜ばせることもないと思うのだが。

「……そうなんだ」

 この時のハルヒは、すぐに信じられなかったのか残る二人の団員たちにも問いかけた。

「有希、間違いない?」
「ない」

 人里離れた地にある静寂に満ちた神社の境内を思わせるようなまなざしで宇宙人は肯定し、

「みくるちゃん。この胸に誓って言える?」
「は、はい」

 いきなり乙女の双丘をつかまれた可憐な未来人はおどおどしながらも首を縦に振る。

「本当の本当?」
「はい。本当ですぅ……って、ひゃああ、何をするんですかぁ涼宮さぁん」

 結局、映画の撮影が終わっても団長の暴挙に襲われる朝比奈さんだった。
しかしな、ハルヒよ。いくら人通りが少ないとはいえ、ここは部室じゃないんだ。少しは自重しろ。


 三人を見送りながら、団長殿は唐突に言った。

「ねえ、キョン。考えておきなさいよ」
「何をだ」
「決まってるじゃない。ご褒美よ」

 これは驚きだった。副団長補佐の座じゃなかったのか。

「勝ったらあげる、って言ってたでしょ」

 この日、何よりも俺を悩ませたのは、
ペリカンのような口をしながら言うハルヒにどう返事をしたものか、その一点であった。


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 今回は半年以上ぶりの続きです。
前回、更新までの間隔を縮めたい、と言いながらここまで空けてしまいました。
そういえば先日、劇場版の消失を観に行きましたが、驚くほどのクオリティーでしたね。
映像の美しさもさることながら、吐く息の白いもやとか、
そういう細かなところが一つ一つ凝っていて、さすがは京アニ、といったところでした。

 そして、第3期の放送が決まったようなものですね。ネタバレを避けるため詳しくは述べませんが。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



涼宮ハルヒの憂鬱・小説お品書き
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