W「あなたが無事なら…」へ
X「魅惑の双丘、そして」
「さ、みんなが揃ったことだし、さっそくロケ地に移動ね」
明くる日曜の午前8時58分。
いつもの場所に全員が集合したところで超監督は満面の笑顔で宣言した。
昨日のことなどまったく気にした風もなく、ハルヒは呆れるくらいにいつもどおりだ。
事の真相を知らないからこそ、とも言えるのだが、
万が一にもあの手の超常現象について知ろうものなら瞳の輝き具合は当人比1,200%、
砂漠に降り注ぐ骨の髄まで焼き尽くすような灼熱の光線すらも軽々と凌駕してお釣りが出る、
ストロボみたいになってしまうだろうからな。きっとこれでいいんだろうよ。
ちなみにロケ地というのはこれまで幾度も撮影の舞台となっている公園のことで、
今日はユキとミクルの戦いに決着がつくそうだ。
ロケーション、と呼ぶほどのものであるかどうかはさておき、
上機嫌な超監督の機嫌を損ねるとわかっていて、わざわざ大げさな、と突っ込みを入れることはない。
こんなことくらいでいちいち手綱を引き締めていたら、
常時こいつの首は後方に引っ張られたままだろうな。
まあ、大人しく轡 をはめられるようなやつでないことを考えれば、
この仮定自体がナンセンスなんだが。
「何をにやついているのよ。気持ちが悪いわね」
ちょっと考えごとだ。
「そういうのは一人の時にしなさい。で、有希は荷台、あたしの席はサドル。わかっているわよね」
「ええ、わかっていますとも」
俺と古泉に必ず自転車で来るよう言った時からその覚悟はしていたさ。
それにしても、この町に住む誰もがとは言わんが、少なくとも俺は、
朝っぱらからSOS団の活動に駆りだされていなければ間違いなく布団の中にいるはずの時間に、
何が悲しくて二ケツならぬ三ケツの運転手にならなくちゃいかんのか、誰か教えてくれ。
と、不意にハルヒが顔を寄せてきた。ほのかに漂うミントの香りは歯磨き粉のものか。
「いい? 古泉くんに負けちゃダメだからね」
むちゃを言うなむちゃを。俺と古泉の体格はほぼ同じ、体型も似たようなものだ。
それなのに、二人も余分に乗せたこちらがどうして一人しか乗せないやつに勝てるってんだ。
「つまらない男ね。最初から無理だと思うからできないの。
つべこべ言わず馬車馬のようにペダルをこぎなさい。
言っておくけど、敗者にはもれなく罰ゲームがついてくるんだからね」
言うに事欠いてもれなくときたもんだ。つくづくひどい女だぜ。
「さ、ぱーっと撮影を終わらせるわよ」
結果は言うまでもなく古泉の価値だった。
俺に与えられたペナルティは例によって喫茶店の支払いで、
つまり、遅刻をしてもしなくてもその役目はこちらに回ってくるわけだ。やれやれ。
「こらキョン。いつまでへばってるつもり? 動きなさい」
飴をよこせとは言わん。少しくらい休ませやがれ。
「ハルヒ。お前は感謝という言葉を知らんのか」
「知ってるわよ、失礼ね。ありがたいと思って礼を言うことでしょ」
超監督はきょとんとした顔をしていた。
もしこれが演技で更には狙ってやっているのだとすれば、主演女優賞ものだ。
アカデミー賞にノミネートでもされて、オスカーを持って帰ってくるがいいさ。
しかし、である。
「俺が言いたいのはそういうことじゃない」
「だったら何よ」
俺はため息をつく代わりに話題を変えることにした。
「それにしても随分と余裕のあるスケジュールだな。学園祭はまだ先だぞ」
まさかとは思うが、もう一本撮影するとか言い出すんじゃないだろうな。
この『長門ユキの逆襲』のエフェクトの類は長門に手伝ってもらうとして、
新作を完成させるだけの時間は果たしてあるのか。
しかし、そうした考えは杞憂に終わった。
何故なら、いっそう始末に負えない答えが待っていたからだ。
「何を言ってるのよ。これが終わったら、バンド活動の準備に入らなくちゃいけないんだから、
時間なんていくらあっても足りないくらいよ。私と有希はともかく、
あんたやみくるちゃん、古泉くんはゼロからのスタートなんだからね」
「は?」
いったい何の話をしているんだ。さっぱり意味がわからんのだが。
「自分が担当する楽器のこと、考えておきなさいよ。カスタネットでお茶を濁すとか、
そんなの許さないんだからね。プロ並にとは言わないけど、耳障りでないくらいの演奏はすること。
文句は終わってから聞くわ。なんなら紙で提出してもいいわよ。
四百字詰め原稿用紙に二、三枚までなら出血大サービスで読んであげる」
「だから何のことだと……いや、待てよ」
ふと、唐突に一年前の記憶が頭をよぎる。
芝生の上に寝転がってたそがれていたハルヒは突然元気になったかと思えば、バンドを組むと言い出した。
なんてこった、あれはその場限りの思いつきで適当に言ったわけじゃなかったわけだ。
「ま、そういうわけだから、みくるちゃんも古泉くんもちゃんと準備をしておいてね」
「了解しました。まだ学園祭まで時間はありますから、形にはなると思います」
このにやけハンサム面が否やを唱えるはずがないことくらい、お見通しだぜ。
もしこいつが団長殿の提案を拒否することがあるとすれば、それこそ世界がひっくり返る。
採択するまでもない。古泉は最初から首を横に振るつもりがないのだ。
「あのぉ、涼宮さん」
そして、我らがアイドル可憐な未来人の先輩は、
まったく話についてくることができず、不安そうにハルヒを見やった。
「ええと、あの、準備って何をすれば……」
「みくるちゃん。すべてを他人に任してばかりいたら、主体性のない大人になってしまうわ。
そうならないためにも、今回はみくるちゃんが自分で決めること。いい?」
「は、はい」
超監督はうなずきつつも明らかに戸惑っている朝比奈さんの両肩に手を置くと、
こぼれ落ちんばかりの笑顔で大きくうなずく。
「そうね。どうしても思いつかないようなら、
カスタネットでうんたんと適当なリズムに合わせてくれればいいから。がんばってね」
「わかりました」
ちらりと視線がこちらに投げかけられたのは、頼られていると判断していいのだろう。
音楽活動に関する知識はないものの、後でフォローをしないわけにはいくまい。
無論、最初から進んで手助けをするつもりだったのは言うまでもなかった。
それにしても、だ。
「俺の時とはえらい違いだな」
どうせなら俺にもカスタネットを担当させてくれ。
タイミングを合わせて叩くくらいはできるぞ。たぶん。
「あたりまえでしょ。みくるちゃんは萌えキャラなんだから。
それとも何? あんたが代わりを務められるわけ?」
アホか。無理に決まっているだろう。
と、思ったままを口にするほど俺もバカじゃない。
「そんなことができるなら、今頃俺はジャニーズの仲間入りでもしていただろうよ」
「分をわきまえているようね。つまり、キョンはそれ以外の要素で盛り上げなくちゃいけないわけ」
「だろうな」
一度決まった以上、どんな反論も受け付けないことはわかっている。
せいぜい、ご先祖さまにミュージシャンがいることを祈っていてくれ。
「あ、有希はギターでよろしくね。他の楽器をしたいならそれでもいいけど」
魔女っ子ルックの宇宙人は、とんがり帽子のつばに手をかける仕草でハルヒに応えた。
まあ、こいつの場合、獲物を問わず自由自在に演奏してしまうんだろうな。
「ミ、ミクルビーム」
人差し指と中指で目を挟むように、横向けにVサインをする姿は、
未来からやって来た戦うウエイトレス、朝比奈ミクルの必殺技である。
超監督曰く、大宇宙の意思と光波によって構成されるそれはあらゆる物質を貫通するものだそうだ。
「……」
しかし、長門ユキには通じない。
何故なら、彼女が所持する魔女っ子ステッキにはあらゆる光線を遮断する力を持っているからである。
今、ゆるやかに円を描く動きをみせているのは効果を発動させるために必要な動作で、
オプションとして実弾による攻撃も跳ね返す優れものらしい。
これを聞いて最強の盾と矛の話を思い出したのは俺だけなのかね。
あとは漢字で書くと必ず殺す技と書くが、特撮やアニメでそれが飛び出す度に登場キャラがいなくなれば、
あっという間に誰もいなくなってしまう、とかな。
そんなこと以前から考えていた俺は、ひねた幼少時代を過ごしていたのかもしれん。
今さら言うまでもないことなのだが、
ハルヒが関わっている物事の矛盾点を指摘する気なんざ欠片もない。
とはいえ、誰かさんのようにいつまでも無口キャラで居続けるには少々ぼやき癖がついているらしく、
自然と思いが口をついて出てしまう。
「しかし、この緊迫感のなさはどうしたもんだろうな」
監督自らが演技指導をする姿はほのぼのとした公園の風景にしっかり溶け込んでいた。
半ば独り言にも似た俺のつぶやきに、隣で古泉がそっと息を吐き出す。
「まあ、アクションをウリにしているわけではありませんし、構わないのでは?
それに、平和な戦闘シーンの方がありがたいですよ。
考えてもみてください。下手をすれば、まっぷたつになるのは僕たちですからね」
緩く肘を抱えつつ立てた方の腕で天を指す、意味はないながらも割と様になっていた。
そういえばそんなこともあったな。
「去年の撮影で、あと少し軌道がずれていたらお前がレフ版の代わりになっていたわけだ」
ついでに言うと、俺は。本当、長門様々だぜ。
「うちのような零細部としては、備品をなるべく壊したくないですからね」
「人員もな」
もっとも、正式な部員は読書好きの宇宙人だけだが。
「つまり、このまま何事もなく撮影が終わることを僕は望んでいるというわけです。
涼宮さんにとって特別変わった出来事は起きていませんが、
それでも彼女は監督業を楽しんでいるようですし、ね」
「同感だ」
ここまで来て大幅に内容を変更、なんて話になって苦労するのは俺たち団員だからな。
無事にクランクアップしてくれるならそれに越したことはない。
そもそも俺は、艱難辛苦を欲するようなストイックさを持ち合わせちゃいないのさ。
「ま、こんなところかしら」
唇を真一文字に引き結んだ真剣な表情で超監督の熱血指導を受けていた朝比奈さんは、
盛んな意気の表れか握り締めた拳を胸元に引き寄せていた。
先輩に使う表現としてはどうかと思わなくもないが、かわいい、としか言いようがない。
これまで、幾度となくそんな彼女を見てきたにも係らず慣れてしまうことがないのは、
いつまでも初々しさを残しているからだろうか。
少しくらい、目の前の黄色いカチューシャをつけた女に分けてやってほしいぜ。
「お待たせしたわね。これより撮影を再開します。キョン、カメラの準備はいい?」
「ああ」
ハルヒは撮影道具ごと手を持ち上げて返事をする俺を一瞥してから、視線をすぐ左隣へと移した。
「古泉くんはレフ版をお願いね」
「わかりました」
たわいない話をしながらもこの男はいつだってそつがない。
いつものように、炎天下とは思えない涼風を伴うようなほほえみで大げさに会釈をする。
こいつはこいつでたいしたもんだな、実際。
「それじゃ、アクション!」
抜けるような青空の下、公園中に超監督の掛け声が響き渡り、それを合図に撮影は再開された。
「はい、カーット。みくるちゃん、今の動きはよかったわ。
次は、もっと胸を誇張して動いてみて。ほら、こんな風に」
反射的にビデオカメラごと声の方を向いてしまった俺は、あわてて録画ボタンから手を離した。
季節は夏、つまり女性陣が着用している衣服は薄い。
だが、体を揺さぶるだけで動いているのがわかるというのは、かなりの凶器である。
「視線が釘付けですね」
「うるせい」
くつくつと喉の奥で笑ういけ好かないハンサム面を横目でにらんで、鼻から息を出す。
言い返しても癪に障る台詞が繰り返されるだけだ。こういう時は口を閉ざすに限る。
もちろん、俺たちのやり取りなど気に留めるようなハルヒではない。
「こ、こうですか?」
超監督の指示を受けて、朝比奈さんは陽炎のように熱気が揺らめく砂地の上で小さくジャンプをし始めた。
いやはや、見よう見まねでやったのでしょうけど、かなりオリジナリティにあふれた動きになっていますよ。
「違うちがう。揺れが足りないわ。もっと髪を振り乱すようにするの」
ハルヒが頬を伝う汗のことなど気にすることなく汗獅子舞か何かのようにその場で頭を回し始めると、
戦うウエイトレスは決意を込めた顔つきになり、それまでの飛び跳ねる動きに小刻みな横の動きを加えた。
「こここ、こうですかぁ」
「そうそう、そんな感じ」
北高が誇る屈指のエンジェル、朝比奈さんのこんな姿が拝めるならば、
ファンならずとも命さえ惜しくない輩はごまんといることだろう。
それを、白昼堂々と人目につく場所でやらせる超監督は実にけしからんやつだ、と俺は心から思った。
密かにこの画像を撮っておき、あとで別のメディアに保存できないものか。
「キョン! まだ撮っちゃダメだからね!」
タイミングがよすぎるハルヒの呼びかけに、危うくヘンな声を上げるところだった。
「今日は次のシーンで終わりだから」
撮影は順調である。
特筆すべきは前作で謎のパワーに目覚めたはずの古泉が何故かただの傍観者に成り下がったらしく、
ミクルを守るためにユキの攻撃を防ぐ盾となった後、
路傍の石と同じ立場を強要されるハメとなったことくらいか。
いくらビニールシートを下に敷いてもらっているとはいえ、あれはつらいぞ。
「ねえ、キョン。何か派手な技はないものかしら」
「いいんじゃないか。十分にインパクトがあると思うぞ」
自重を促されて素直に聞くハルヒじゃないが、またぞろ物騒な新技を思いつかれても困る。
こないだの、ミクルストームとやらもかなりの威力を持っていた。
こいつが知らんだけで星が生まれたそうだし、
ぜひともこれ以上おかしなことはなしの方向で頼む。
「今ひとつピンと来ないのよね。メリハリがないというか、
こう、いかにも命を懸けたバトルをしています、って感じが伝わってこないの」
鶴屋さんと宇宙人のバトルなら、本格的なアクション映画にもなるんだろうが、
朝比奈さんと長門では、どれだけ曲解したところで平和な光景にしか映らない。
危なっかしさから、違う意味で手に汗を握ることはあるかもしれないがな。
「だったらどういうのがいいんだ?」
言ってから気づいたが、はっきりいってこの質問はまずかった。
よりにもよって映画の撮影をしている最中に自らこいつの願望を聞きだしてしまうとは。
「目が合うだけで相手が即死するとか、そんなでたらめな能力を持っていたらお話にならないでしょ」
しかも、最悪の内容だった。
「な」
後悔は先に立たないが役にも立たない。言葉を続けることができずにうめいた直後、
少し離れたところに立っていた長門が音もなく倒れた。
「ちょっと有希、あっぱれな役者根性だけど今はカメラを回していないんだから演技をしなくていいわよ」
朗らかな声で告げるハルヒは、事態を理解していない。
当たり前だった。まさか、朝比奈さんの目を見たから死んだ、などと考えるはずがない。
「……ひっ」
恐怖に引きつった顔で戦うウエイトレスはこちらを見た。
おそらく、無意識のうちに俺へ助けを求めようとしたのだろう。
男冥利に尽きる話だが、今はまずい。
理性がそう判断した時には、すでに時は遅かった。
「……ッ」
朝比奈さんと目が合った瞬間、視界が歪み、色を失った。
きっと、彼女は泣きながら俺にすがりついてくるんだろう。
でも、気にしないでください。これはあなたのせいじゃないんです。
古泉が俺の名を呼んだような気がした。
頼むから、少し距離を置いてくれ。お前はいつも顔を寄せすぎなんだ。
しかし、シャレにならん。
この感覚はヤバい。朝倉にナイフを突き立てられたあの時と同じだ。
アホなことを考えることすらできなくなってきた。意識が、もたない。このままじゃ、本当に……。
「ちょっと、キョン!」
逆光で見えない。
いや、待てよ。目が、開いて……?
「キョン」
いつだったか、にやけハンサムが言っていたな。
顔面蒼白になったハルヒの顔は、そう見られるもんじゃない。
それが、安堵で笑顔を取り戻す瞬間なんざ、なおさらだ。
「……大げさなやつだな」
「……お、大げさなのはあんたの方よ。立ちくらみ? いきなり倒れるから、びっくりしたじゃない。
あんたね、水分補給はしっかりしなさいって何度も言ったでしょ。
あたしの言うことをちゃんと聞かないから、いけないの。
仕事を残したまま勝手に倒れられたら、困るのよ。監督としては」
「……そうかい」
声はかすれることなく、普通にしゃべることができた。
後ろには涙腺を崩壊させた朝比奈さんと、例によって極めて表情に乏しい面をした長門が立っている。
古泉はいつも以上に胡散臭い微笑を口元に浮かべていた。
「バカキョン」
つぶやいて、団長殿がぐっと体を引いたのを見て、
すわ頭突きが来るのかと目を閉じて身構えた途端、こつん、と軽い音を立てて額同士がぶつかった。
「心配させるんじゃないわよ」
至近距離から見るハルヒの瞳は、強く輝いていた。
そこに込められた感情はどういう種類のものなのか。
ぼんやりと考えて、今するべきことはそれを読み解くことではないことに思い至る。
「すまなかった」
謝罪の言葉は、案外素直に言うことができた。
どうやったのかは知らんが、どうやら俺はまたもや万能選手の宇宙人に助けられたらしい。
ver.1.00 10/04/24
ver.1.69 10/04/26
〜魅惑の双丘、そして・舞台裏〜
「で、何か考えたわけ?」
自転車の後部座席に乗ったハルヒがもらしたつぶやきは、ともすれば自問に聞こえなくもなかった。
ちなみに映画はラストシーンまで撮り終え、あとは編集を待つのみとなっている。
他人事のように言っているが、その作業を担当するのはもちろん俺だ。
ちなみにあの後もちょっとした騒ぎがあり、それはミクル・ジ・エンドなる新技が原因だったのだが、
取り敢えず今はこの件について詳しく話す気にはなれない。
一日に二度も死にかけるのは、さすがに初めてだぜ。やれやれ。
「何かってなんだ」
「……昨日の話」
どこか拗ねているようにも聞こえる声に、俺はペダルを踏む足を心持ち緩め、
一瞬首を傾げかけたところでふと閉鎖空間から戻った後のやり取りを思い出した。
そういえば、ご褒美がどうのと言われた気がする。
こちらから要望を出したわけでもないのに気前のいいことだ。
何かいいことでもあったのか、と聞きたくなる。
「つまりあれか? 俺の望みをかなえてくれるのか」
「あんたが願い事を百個かなえてください、とかバカなことを言い出さない限りはね」
なるほど、そういう手があったか。古典的だが最上の一手だ。
が、後が怖い。ランプの精霊が三つ目の願いをかなえた後、
持ち主に襲い掛かるというのは、さしずめ意に染まない仕事をさせられた腹いせだろうからな。
「副団長の権利は要らないって言ってたわね」
「俺が副団長の座に就いたら現職の古泉はどうするんだ?」
もちろんそんなものになる気はないが、この答えには少し興味がある。
「先輩は敬うものよ。その時はキョン、あんたが副団長No.2ね」
割とまともな回答だった。
要するに権限なんてものはないに等しいわけだ。それのどこが褒美なんだ、まったく。
「変な男ね。万年平のあんたが出世する機会なんてそうそうないのよ?
本当、どこに不満があるのかしら」
本人は独り言のつもりだったのだろう。しかし、俺の耳にはっきりと届いていた。
本気で言っているのだとしたら、たいしたもんだよお前は。
「したいこととか、ないわけ?」
「今のところは特に」
「じゃあ、あたしの頼みを聞いてもらおうかしら」
待ちやがれ。どうして俺が懇願してお前の願いをかなえさせてもらわねばならんのだ。
「ケチくさいわね」
「そういうのはケチとは言わん」
とはいえ、このまま突っぱね続けていればハルヒは怒り出しかねん。
仕方がない。お茶を濁すようではあるが、この手で行くか。
「じゃあ、去年の夏にしなかったことをする、ってのはどうだ?」
「去年の夏に?」
どうやらこの提案は意外なものだったらしく、返ってきた言葉には驚きの響きが含まれていた。
「結構色々したと思うけど。まだ何かあったかしら」
「そうだな」
大概やり尽くした感はあるが、ゼロじゃないはずだ。そう、たとえば……。
「鶴屋さんの敷地を借りてバーベキューをするとか、
コンピ研の連中と組んで新作ゲームを作るとか、
お前のおごりで美味いパフェでも食いに行くとかな」
思いつきで言ったが、我ながら妙案だった。特に三番目がオススメだ。
「バーベキューにゲーム作り、か。それも悪くないわね」
自分に都合の悪い話はスルーかい。
「それじゃ、決まりね。その願い、かなえてあげる」
「ああ、ありがとよ」
適当に礼を言って、俺は口元が緩んでいることを知覚した。
振り向かなくてもわかる。今、ハルヒがどんな顔をしているのか。
「さあ、忙しくなるわよ。楽器の練習だってしなくちゃいけないし、
ゲームを作るんだったら当然それも学園祭で発表よね。遊びにも行って、それから……」
こちらから持ちかけておいてなんだが、
この分だと休日は残らず返上して団の活動に従事することになりそうだ。
「ちょっと、聞いてるのキョン」
「ちゃんと聞いてるよ」
今年もまた、愉快な夏休みを過ごせそうだぜ。
今回は前回ほど間隔を空けずにすみましたが、それでも2ヶ月と少しぶりになります。
日付を確認するまで結構早くできたのかな、と思っていましたがどうやら気のせいだったようです。とほほ。
それはさておき、劇場版は結局二回見に行きました。
フィルムブックマークは体育の授業で走り高跳びをするハルヒの足元、でした。
それと、先日ソフマップで笹の葉ラプソディが980円(初回特典版・新品)で売っていたので、
買ってみたところついてきたのが長門の部屋でテーブルを挟んで向かい合う、
キョン、みくる、長門の三人が映ったものでした。
まだ在庫があったと思うので、大阪在住の方は桜橋口から降りた先にある店舗までどうぞ。
第3期は来年の春頃なのかしら、と勝手に思っていますが、どうなのでしょうね。
少なくとも、秋まではけいおんの放送があるのでそれ以降のはずですけれど。
と、余談ばかりになってしまいました。
次のハルヒSSはハルヒちゃんネタでいこうかな、などと考えています。
それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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