4.「バスルーム」へ

5.「抱擁そして」


 どうしてこうなってしまったのか。

 俺は、目線を正面に固定したまま半分以上まっ白になっちまっている意識のみを後ろへとやった。
そこには大切な友だちであり、可愛い後輩でもあり、マスケラのコスプレ仲間で、一緒に同人誌を製作するサークルメンバーでもあり、学校では同じ部活に所属し、妹の大切な友人で、俺にとっては大事な人でもある女の子がいる。

 もし今から俺がどういうシチュエーションに身を置いているのかつぶさに説明しろと言われれば、非常に悩んだことだろうよ。

 少なくとも、即答できないことは明白だった。
天国と称するべきなのか、それとも地獄と言い表すべきなのか。
いずれにしても、縁側で茶をすすっているときのようなくつろげる状況ではない。

 どこから話をしたものか。俺は、なにを血迷ってここにいるのか。
端的に言おう。俺は、一糸まとわぬ姿の黒猫と背中合わせで湯船に浸かっている。
今すぐにでも通報されたっておかしくないような状況にある。
固まったように身動きが取れずにいる中、最初に団子状の物体が後頭部へと当たったときは、思わず変な声をあげそうになった。
その正体が結った髪の塊であることを知った後も、動悸の激しさはいや増すばかりで、一向に収まる様子はない。

 ホテルに入るまで、外で散々雨に降られた後だから、濡れるのを嫌ってのことではないのだろう。
湯の上で広がらないよう、気を遣ってくれているのかもしれない。
ただ、今の俺には意図を確認するだけの余裕など皆無だった。

 だってさ、女の子と、それも憎からず思っている子が同じ浴槽に浸かってるんだぜ?
こいつの肩とか腕とかお腹とか、ほにゃららに現在進行形で触れている湯に、入ってんだ。
付き合って何年、一緒に風呂なんて数えきれないくらい済ませてきたなら話は別だろうけどさ。
冷静に解説をしろと言われたって、無理だから。
心臓から口が飛び出しそう……いや、違う。逆だ。落ち着け、俺。
南無阿弥陀仏、なーまくさーまんだー、アーメン。この際、仏陀でもマリア様でもいい。
頼むから、爆発しちまいそうになってるこの胸をなんとかしてくれ。

 しかし、だ。
俺がこんな風にあわてまくっていたら、間違いなく黒猫に伝わっちまう。
それは、さすがに気の毒すぎる。是が非でもなんとかしなくちゃならない。

「あのさ」

 努めて背中の側に注意を向けないようにしながら、とにかくこの場を乗り切ることに専念する。
だが、いきなり出鼻をくじかれてしまった。

「どうしたのかしら。声が震えているけれど」

 それはおまえも同じだろうが。よっぽど、そう言ってやりたかったぜ。
しかし、ここは我慢だ。たとえどれだけ声が震えていようと、背中合わせの温もりと時折触れる肌の柔らかさに理性がぶっ飛びそうだろうと、男には強がらなくちゃならないときがある。
武士は食わねど高楊枝、ってな。

 据え膳食わぬは男の恥、とも言うんだけどね。当然のように、体の一部はしっかりと反応してるし。
あんたらの、このヘタレがという怒声が聞こえてくるかのようだぜ。

「やっぱり、まずくね?」

 そう。この状況は、はっきり言ってよろしくない。
一緒に入ろうと言い出したのは彼女で、こうして同時に湯船へと浸かっているのも黒猫の提案だ。

 もちろんこの後、男女の関係になることを想像しないわけじゃない。
当たり前だ。考えずにいられるはずがない。好きな相手ならなおのこと、望まずにはいられない。
今この瞬間も、振り向きざまに想いのままこいつを抱きしめたい衝動に駆られている。

 一方で、必死にブレーキをかけようとする自分も存在していた。
自意識過剰と言われても仕方がないが、男にというよりは俺に対して無防備すぎる彼女を、傷つけたくはないという気持ちがそうさせるのだろう。
でも本当にそれだけなのかと聞かれたら、首を傾げざるを得ない。正直、わからなかった。

 好きなのは間違いない。一線を越えたいという願望、すなわち性的な欲求があることだって否定はしないぜ。
けどさ。なんなんだろうな。ギリギリのところで踏ん切りがつかない理由が、わからない。

 返事を待つ間、永遠にも感じられる時の経過に焦れながら、ふと、あいつの顔が脳裏に浮かんだ。
本当によ。まったくもって、わけがわかんねえ。

「この状況のことを言っているのかしら」
「ああ」

 返ってきた意外にものんびりと落ち着いた声に、相槌を打つ。
いざとなると女のほうが、度胸がすわっているのかもしれないな。
それとも単に、こっちが情けなさすぎるだけなのか。

「私は、そうは思わないわ。だって、私たちはここへ温まりに来たのでしょう? あのまま雨が止むのを待っていれば、きっと、あなたも私も今頃風邪を引いていたもの」

 これは、なにもするなと釘を刺しているのか。あるいは、俺のことを心から信じきった発言か。
それとも、芯まで冷えきった体が再び温もりを取り戻したことに、安堵しているだけなのか。

「そりゃ、そうだけどさ」

 穏やかな声で、黒猫は穏やかに呼びかけてくる。

「ねえ、先輩」
「なんだ」

 少しでも気が紛れるかと開いた口は、言葉を紡ぐための器官から息を飲むためのそれとなった。

「一緒にいるのが先輩でよかった」

 彼女の台詞はそこで止まり、くすぐったくて優しい沈黙が周囲に満ちていく。
妙に力んでしまっていた肩の力が抜けたような気がした。

 わずかに首を横に向けると、黒猫も同じようにこちらを見ようとしていた。
照れくささからあわてて視線を外し、しかし、口元がほころぶのを止められない。

 今のは額面どおり受け止めていいんだろうよ。
あれこれと悩む必要なんざ、最初からこれっぽっちもなかったのかもしれないな。

「俺だって……」

 同じだ、と言いかけたところで、ふと、嫌な考えが頭をよぎった。
こんなことは想像したくはないが、万一他の男といるときに、こういう事態に遭遇したらこいつはどうしていたんだろう。

 実際俺は、桐乃とラブホテルに来ている。状況次第ではあり得ないことじゃない。
そう思ったときには、是非を判断するより先に黒猫は問いを放っていた。

「一緒にいるのが俺じゃなかったら、とか考えているのでしょう?」
「……!」

 まるで心の中を読み上げるようなひと言に、反射的に立ち上がりかけて、あわてて湯の中に身を沈め直す。
動揺を隠し切れずにいる俺の耳を打ったのは、怒りで彩られた声音だった。

「莫迦ね。まったく、どうしようもない莫迦だわ。一度、煉獄でもがき苦しんで来なさいな」

 黒猫がはっきりと感情を露にしているであろうことは、顔を見るまでもなくわかる。
そうでなきゃ、滅多に自己主張をすることのない彼女がこうも語気を強めるはずがない。

「あなた以外の人間と、こんなところへ来るはずがないでしょう。確かに私は男の人に慣れていない。だからと言って、私が無条件に男の人を信じているわけではないし、無条件に信じるつもりもないわ。いい? 一度しか言わないからよく聞いて頂戴。私は、あなただから信じているの。高坂京介を、信じているのよ」
「……悪い。変なことを聞いちまって」

 返す言葉がない、とはこのことだった。
本当にどうかしてるぜ。こんなことを言ってくれる女の子に、バカな質問をしたもんだ。
つくづく、自分の器の小ささが嫌になる。まったく、とんだ大馬鹿野郎だぜ。

「ねえ、先輩」

 黒猫は許すとも許さないとも言わず、次のように言った。

「どうして、そんなことを言ったの?」

 もっともな疑問だと思う。こいつからすると、脈絡のないものに思えただろうよ。
そして、たずねられて初めて己の想いに気づく。答えはわかってしまえば実に単純だった。

「……焼きもちだ」

 他の男と一緒にいるのを想像して、居ても立ってもいられなくなっちまったってのは、要するに、そういうことだ。

「……焼きもち?」

 黒猫の中では予想外の単語だったのかオウム返しに聞かれて、俺は頭を下げるとともに勢いよく合わせた両手を頭上に持ち上げた。

「そんなことはないと思うけどさ、もし、って考えたらつい口走ってしまったんだよ。すまん」

 言い訳のしようがない。
浮かぶのは自嘲的な言葉ばかりで、すまん、とひたすら繰り返すことしかできなかった。

 どれくらいそうしていただろう。くすくすと、笑い声が聞こえてきた。

「……莫迦ね。やっぱりあなたは、本当に莫迦だわ」
「……笑うなよ」

 そう言うのが精一杯だった俺は、ようやく腕を下げた。
彼女の声に怒りが残っていないことを知って、密かに安堵する。
だが、平静でいられた時間はほんの数秒に過ぎなかった。

「だから、これはお仕置きよ」

 湯船の縁をつかんでいた俺の腕に、黒猫は自らの手のひらを重ねてくる。
更に、思わぬスキンシップにどきっとしたところへ、甘い囁きが加わった。

「先輩」
「……なんだ?」

 声は、幾らか上ずっていたかもしれない。しかしこれは、まだまだ序の口だった。
だってよ。返事は、言葉じゃなくて唇で行われたんだぜ?
耳の裏側、ちょうど骨が突き出た辺りにキスをされるなんて、誰が想像するよ。

「な、な、な」

 完全なる不意打ちに動揺して、同じ音を繰り返すばかりでまともに語を継ぐことができない。
しかも、もしかして今、背中をかすめたのって、胸の先っぽじゃね?
ちょっと、これって叫ぶとこ? たとえ気のせいだったとしても叫ぶとこじゃねえの?

 だめだ。もう、わけがわかんねえ。
真っ白な頭で選択肢『振り向く』をクリックしかけた、まさにそのときだった。

「先輩」

 テンパりまくっている俺の耳朶を再び黒猫の吐息がくすぐり、すんでのところでブレーキがかかる。

「ずっと、振り向かずにいてくれてありがとう。でも、勘違いしないで頂戴。別に、あなたに見られるのが嫌というわけではないのよ。でも、そのときは、私はきっとどうすればいいかわからなかった」

 言の葉に込められた想いは、暴走するより他はないくらい猛っていた雄の部分をやんわりと包みこんだ。
愛しさがとめどなくあふれ、彼女を抱きしめたい気持ちが胸いっぱいに広がっていく。

「できれば、なのだけど。もう少しだけ、待ってもらえると嬉しい。そうしたら……」

 続く台詞は、本当に黒猫が発したものだったのか。あるいは、妄想の産物だったのか。
俺は腕を肩の高さまで持ち上げることで了解の意を伝えた。

 ええい、静まれ我が息子よ。ここで暴れたらすべてが台無しだ。もう少しだけ我慢しやがれ。

 そうした葛藤の最中、とん、と肩に柔らかな肌が触れて声を上げそうになった。

「本当に、ありがとう」

 落ちつけ俺落ちつけ俺落ちつけ俺! これは額だ。顔の前面の、髪の生え際から眉までの部分!
いやしかし、おでこがこうもふわふわなのは、どうしてなんだ。女の子って、なにでできてんの?

「そろそろ、出ましょう。すっかりのぼせてしまったわ」

 異論はなかった。風邪を引かずに済んでも、湯あたりしたらなにをしにここへ来たのかわからねえからな。
あー、わかっているよ。ちくしょうめ。


 それにしても、これって反則じゃねえか?
風呂から出た俺たちはタオルで体を拭いた後、用意されていた浴衣らしきものに袖を通すまではよかったが、サイズが小さすぎるせいでボディラインが露わになっていた。
それも、なぜか俺の分はぴったりで、彼女の分はてんで大きさが合っていないという、作為的じゃないのかと勘繰りたくなる仕様だった。

 成熟しきった大人のそれとは違った味わいのあるなだらかなラインもさることながら、上気した頬と髪を結い上げたままのため覗くうなじのコラボはなんとも艶めかしく、できることならずっと見つめていたい光景だった。

「そんなに見つめないで頂戴。恥ずかしいわ」

 もじもじと内また気味になりつつ、黒猫は小さな体をいっそう縮こまらせている。
俺は、あわてて弁解モードに入った。

「いや、すまん。おまえがあまりに可愛かったからさ、って、いや、なに言ってんだ俺」

 気恥ずかしさを覚えて、思わず彼女に背を向ける。
今日は、黒猫のちょっとした言動ひとつひとつに翻弄されっぱなしだ。

「ありがとう。すごく、嬉しい」

 ちらりと振り返ると、彼女はすっかり安心した風に目と口元を弓にしていた。
こうもストレートに言われると、照れることしかできない。

「他の誰に言われるよりも嬉しいわ」
「へへ、そうかよ」

 ほんのりと顔を赤くする黒猫に鼻の下をこする仕草で応えて、自然と頬がほころぶ。

 そして、彼女がこちらに向かって足を一歩踏み出したとき、一瞬、なにが起こったのか理解しかねた。唐突に、黒猫の体が傾いだからだ。

「きゃっ」

 それでも体は反射的に動いて、可愛らしい悲鳴を聞きながら俺は全力で腕を伸ばし、その甲斐あって、床に倒れ込む前にどうにか彼女の細身を腕の中に収めることができた。

 幸いなことに机や角にぶつからずに済んだらしく、倒れたときにぶつけた肩以外に痛みはない。
大丈夫か、と声をかけようとした俺は、図らずも抱き合う形になっているのを知覚して愕然とした。
遅れて鼻孔をくすぐったいい香りに、瞬く間に思考が吹き飛ばされる。

 気づけば、腕の中にある温もりを強く抱き寄せていた。
細くたおやかな体は、きつく抱きしめれば壊れてしまいそうだった。
苦しいんじゃないか、痛がっているんじゃないか、と頭の片隅で警告する自分がいる。
でも、腕に込める力を弱めることができない。

 そのとき、彼女が控えめながらも抱き返してきた。

「……黒猫」

 名を呼ぶ。それだけで、燠火のままくすぶっていた欲求が俺の理性を押し流そうとする。
おそらく、いや、間違いなく彼女はわかっているはずだ。俺が興奮状態にあることを。
下手をすれば、黒猫を傷つけてしまいかねない衝動に襲われていることを。

 それなのに、だ。

「あなたの鼓動が聞こえるわ」

 聞こえてくる囁きに、おびえの色は一切なかった。
自意識過剰かもしれないが、それはまるで、あなたのすべてを受け止める、と言外に伝えようとしているかのように思えた。

「あなたの音。ドクン、ドクン、ドクンって……」

 子守唄を聞かされている子どもは、こういう心持ちなんだろうか。
彼女の声に耳を傾けるうち、いつしか腕の力は抜けていた。

「さっきまでとても早かったけれど、今は少しおとなしくなってるわ」

 おもむろに顔を上げた黒猫は、ふふ、と小さく唇を持ち上げて笑った。

「私を安心させるために、そうしているのかしら」
「まあな。おまえのためなら心音のひとつやふたつ、操ることくらい造作もねえよ」

 そんなわけはない、と自分でツッコミを入れたくなる台詞を、悪くないと思ってしまう辺り、かなりきてるのかもしれないな。
へっ。強がりだって、わかっている。それでもさっき、約束しちまったからな。
こいつから言い出さない限りは、少なくとも、そういう雰囲気になるまでは、さ。

「さすがは私の眷属ね。生涯、側に仕えることを許可するわ」

 ツンと澄ました顔を作りながら、黒猫はまっすぐに見つめてきた。
俺は、迷うことなく首を縦に振った。

「へいへい。ありがたき幸せ」

 冗談めいた返答に、彼女は唇をきゅっとすぼめて視線を泳がせた。
たぶんだけど、もし今のがクイーン・オブ・ナイトメアの仮面をかぶった上での台詞だったら、言葉に詰まっただろうし、素直に受け入れられなかっただろうよ。
こいつが向けてくれた好意を突っぱねる理由なんざ、どこにもねえからな。

「言ったでしょう。恥ずかしいから、あまり見ないで頂戴」

 黒猫は、ついにこちらの目線を避けて俺の胸に顔を伏せてしまった。
まったく、なんなんだろうねこいつの可愛らしさは。


 ややあって、俺は口を開いた。

「なあ、黒猫」

 だが、なぜか返事がない。はて、と首を傾げてしばし待つも、彼女は黙ったままだった。

「どうしたんだ?」

 ゆっくりと身を離してみて、目を丸くする。
微かな寝息を立てる黒猫の寝顔は、思わず見とれてしまうほど美しかった。

「……まるで眠り姫だな」

 どんな顔で俺はこの台詞をつぶやいたのか。
言ってから、一人、込み上げて来た羞恥心に身もだえしたくなりつつも、俺はそっと指の背で彼女の頬に触れるのだった。

ver.1.00 10/12/25
ver.1.71 10/12/28

〜妹の友だちがこんなに可愛いわけがない・舞台裏〜

 これで何度目になるだろうか。深夜に妹がプレイするエロゲーを隣で眺めるという、端から見ればどれだけ犯罪的な鬼畜兄貴かわからない、しかし、実際にはこっちがあくび交じりに無理やり付き合わされているだけの、ある夜のことだ。
強烈な眠気に襲われていた俺は、瞼の重みに耐えきれなくなる前に、意識の覚醒を計る窮余の策として妹にたずねた。おまえの理想を聞かせてくれよ、ってな。

 この質問に、無類の妹好きであるところのこいつがすぐに食いついてきたのは言うまでもない。

「理想の妹?」

 抜けていた主語は瞬時に補われ、桐乃はきょとんとした顔で瞬きをしてから、宙に目線をやって真顔になった。

「やっぱり、素直なのが一番よね。当然見た目も可愛くて、性格もよくて、人懐っこくて。でさ、少し人見知りをしちゃうから、初めて誰かに会うときには、困った風にちょっと笑って、袖をつまんでくるワケ。あとはしっかり者なんだけど、抜けたところがあるとか、何ごとにも一生懸命なドジっ娘とか。すぐにあたしを頼ろうとはしないで頑張っちゃうのを見たら、思わずキュンとくるじゃない? 逆に、普段はあんまり素直じゃないんだけど、ここぞってときに甘えてくるとかたまんないよね! あー、もう超萌える!」

 語るうちに頬の輪郭が崩れていく様は、正視に堪えない。こいつじゃねえが、かなりのキモさだ。
加えて俺は、妹の言動に突っ込みたくて仕方がなかった。

 好きなのはいい。趣味は人それぞれだからな。
だが、おまえ自身は自分が思い描く理想像と全然違うじゃねえか。
俺が今まさに抱えているこのもやもやとした気持ちを、行き場のない憤りを、
これまで気長に付き合ってきてくれたあんたらなら理解してくれると信じているぜ。

「妹、できないかなぁ。ねえ、作ってくんない? 妹をさぁ」
「無茶をいうな無茶を」

 義理の、だったらあるかもしれないけどさ。
具体的に考えると無性にむかつくから、この話題は止めにする。

「ところで、ひとついいか?」
「そうね。こうして付き合ってくれてるわけだし、ひとつくらいなら、聞いてあげてもいいケド」

 まったく、うちの妹様はどうして常に上から目線なのかね。

「おまえは、そんな妹になろうとか、思わないの?」
「え? どうしてあたしが理想の姿を体現しなくちゃいけないわけ?」

 質問に質問で答えやがって。
俺たちがガンダムだ、みたいなノリにはならないのね。
まあ、ある意味当然かもしれないな。人は、えてして己にないものを求めるもんだ。

「そういうあんたはどうなのよ」
「どう、って」
「だから、なんかあるワケ? こういうのがいい、とか」

 いきなり不機嫌そうにむくれた顔をする桐乃に向かって、俺は肩をすくめた。
確かに、つい今しがたこいつが並べていたような特徴を持つ妹は、さぞかし可愛いだろうよ。
目に入れても痛くないくらい、猫かわいがりしちまうんだろうぜ。
それなのに、どうしてだろうね。そういう妹が欲しいか、っていうとそうでもないんだよな。
ともかく、現実を知る身としては、想像もつかない世界だぜ。

「いいもなにも、俺にはおまえがいるだろうが」

 聞く相手を間違ってるんじゃねえか?
やる気なく返事をすると、妹は肩を、唇をわななかせた。

「……はぁ? それ、どういう意味よ」

 答え方が癇に障ったのか、内容にキレたのか。よほど腹に据えかねたとみえて、その顔は赤い。
誤解を生む言い方だったかもしれないが、怒ることはないだろうによ。

「俺は別に多くを望んじゃいねえよ。妹が、幸せなツラしてたらそれで十分だ」
「……っ」

 桐乃はますます頬を朱に染めながら、ぱくぱくと口を開閉させた。
好印象の妹像を強いて挙げるとすれば、沙織かな。黒猫は、妹ってのとニュアンスが違うし。
あやせなんかは、妹だったらきっと面白いんだろうよ。
こんなこと、万が一にも口にしたらブチ切れそうだから言わないけどさ。

「……ふん。一応、合格点ってことにしといてあげる」
「そうかい」

 この後、桐乃がチラチラと視線を投げかけてくるのを妙に思いながらも、攻略途中だったヒロインがハッピーエンドを迎えるまで、しっかり付き合ったのだった。



 黒猫SS第5弾です。いったんここで一区切りとさせていただきたく思います。
とはいえ、十分に次への含みを持たせた展開ですので、少年誌のようで申し訳ありませんが、他のSSを書き終えて一巡するまでどうぞお待ちくださいませ。
次は、あやせでいきます。とある好きな絵師さんの新作イラストを見て、インスピレーションを受けましたので、過ぎちゃってますがクリスマスネタで参ります。
題して、『妹の親友が俺にご奉仕するわけがない』(仮)です。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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