クリスマスを過ぎると、町の表情は一変する。
まるで、かかっていた魔法が解けてしまったかのように、きらびやかな装飾と色とりどりの電飾によって彩られたお祭りムードはどこへやら、にわかに年の瀬並びに新年を迎えるための準備が始まるのだ。
早いところは一ヶ月以上も前から、三週間を切った頃には商店街のみならず目につくところはすべてといっても過言ではないくらい、あらゆる場所で聖夜の訪れをこれみよがしに喧伝し始めることを思えば、なんともあわただしい話である。

 それまで立ち止まることを強制されていた師が、フルスロットルでラストスパートに入り、息つく間もなく時計の針を進めることになる前夜、すなわちイブに開かれた愉快極まりないパーティーでは、キリスト教徒でもないのに、などと野暮ったいことを言うやつはおらず、俺たちは妹と、今となっちゃ区別する意味なんざ皆無に等しい表と裏の親友、要するに事あるごとに集まっている連中が一堂に会して大いに盛り上がり、世間並みか、それ以上にこのイベントを堪能した。
その反動だったんだろうな。雨後の筍みたいに現れた門松と注連縄(しめなわ)を目にした時は一抹の寂しさを覚えちまった。
でもさ、そんな風に感じたのは、きっと俺だけじゃないと思うぜ。

 そう思って沙織にメールで件の話を振ると、『京介氏はセンチメンタリズムにあふれてらっしゃいますなあ。拙者は、ワクワクしっ放しでござるよ』という答えが返ってきた。
つい、笑っちまったぜ。一年半前ならいざ知らず、これを聞いてピンと来ないわけがない。
オタク趣味を持つ人間にとっては、むしろそっちが本番といってもいいくらいである。

 そう。お目当ての品を手に入れようと目を血走らせているやつらも中にはいるが、純粋のこの場を楽しもうとする微笑ましい参加者が大半を占める、年に二回、国際展示場をフルに使って行われる熱意と狂気が渦巻く祭典、すなわち冬コミが目前に迫っているからだ。

 さて、ここでとある参加予定者が口にした台詞を、紹介させてほしい。
『予定? 空けてあるに決まってんじゃん。たくさんの妹たち(シスターズ)があたしを待ってるんだから。
ふふ。んふふふ。しおりちゃん、待っててね。あたしはきっと、あなたのことを見つけてみせるから……!』

 わかりやすい言葉で当日を迎えるにあたっての意気込みを訴えてきたのは、言うまでもなくうちの妹だ。
まあ、コミケというのはこういう熱狂的なやつはもちろん、俺みたいなライトユーザーだって受け入れてくれる、器の広い即売会ってことさ。

 ただし、サークル参加となれば少し勝手が違ってくる。
結構な倍率の抽選をくぐり抜けてスペースを勝ち取っても、肝心のグッズが間に合わなければ寂しい一日を過ごすことになっちまう。
せっかく来てくれたお客さんにも申し訳ないし、そうなればせっかくのお祭りも心から楽しめないだろうよ。
もちろん、開き直ってコミマを楽しんじまう、って手もないわけじゃないけどな。

 そういう意味でも色々な楽しみ方があるこのイベントに、サークル参加で臨む俺たちはといえば、当落の発表前から準備を進めていて、今日は朝からファーストフード店で隣り合わせの一席を拝借して、当日に売り出す予定の、最後の品を製作していた。

 ちなみに、この場には俺と黒髪の後輩のみで、妹や沙織の姿はない。
昨日までは手伝ってくれていたのだが、あいにく、都合がつかなかったのである。

「これで終わりだな」

 同人誌と一口に言っても、業者に任せるものと手作りのそれでは勝手が違う。
前者はオフセット本と呼ばれる、一度紙に写してからじゃなく、版を使って直接紙に印刷する手法によるものが一般的だ。
後者は、イラストや文章をプリントアウトしたものをホッチキスで留めていく、いわゆるコピー本で、その、最後の一冊が今まさにできあがろうとしていた。

「最後はおまえに譲るよ」

 これは、最初から決めていたことだ。なにしろメインは黒猫の漫画だからな。こいつの手で完成させてやりたい、ってね。
 でも、どういうわけか後輩は首を縦に振らなかった。

「その必要はないわ」
「いや、必要とかそういう問題じゃなくて」

 時間遡行の能力を持つ魔法少女を思わせる台詞に、反射的にツッコミを入れようとした俺は、ゆっくりとかぶりを振る仕草を目にして口を閉じる。

「っふ。人間風情にしてはなかなか殊勝な心がけだと褒めてあげるわ。でも、せっかくだから先輩がやって頂戴。気持ちは嬉しいけれど、あなたに締めてもらったほうが、きっとこの子も喜ぶわ」

 前半は殊更高飛車に、途中から柔らかな表情で紡ぎ出された語の連なりに、思わず目を瞬かせた。
つまり、お互い似たようなことを考えていたということか。

「だから」
「わかった」

 俺は皆まで言わさず、微笑と共にそっと差し出された紙の束を受け取った。
無理強いさせることじゃねえし、なによりこいつが喜んでくれるならそれで十分だ。

「ようやく完成ね」

 目を弓にする後輩に頷き返して、俺もまた頬を緩める。同人誌作りはこれが初めてじゃない。
それでも、こうして作品が完成する瞬間は感慨深いものがあった。
仲間が協力し合ってなにかを作り上げる、そういう経験は日常生活の中でなかなか体験できるもんじゃない。

「ああ。お疲れ」
「先輩こそ」

 ねぎらいの言葉を交わした俺たちは、自然と持ち上げた手のひらを軽く触れ合わせていた。これで準備は万端だ。

「あとは無事に当日を迎えるだけよ。夜更かしは厳禁、体調管理にはくれぐれも気をつけて」
「任せておけ。明日は家の中でもマスクを着けて過ごすつもりだ」
「それはやりすぎよ」

 他愛ない冗談にくつくつと喉の奥を震わせて屈託のない笑みをみせる黒猫に応えて、意図的に作った真顔を崩すと、こみ上げるおかしみに身を委ねた。


「ん、んっ」

 店の外に出ると、後輩は会話の途中で何度か咳払いをした。
最初は気にしていなかったが、回数が増えてきたため、心配になって顔を覗き込む。

「しゃべり辛そうだな。風邪か?」

 ここ最近はシスカリを含むあらゆるゲームを一切封印した上で作業を続けていたそうで、その甲斐あってなんとか完成までこぎつけたわけだが、考えてみればこいつがこなした分量はとんでもないレベルに達しているはずだ。
多少なりとも原稿を手伝ったからわかるが、見てないところで相当な、いや、限度を超えた無茶をやらかしたに違いない。
ひきかけどころか、ひいちまっていたとしても不思議じゃねえよ。

 桐乃もそうだけどさ、やると決めたらとことんやり抜くやつだからな。
一昨日なんざ、疲労の色がはっきりと見て取れたんで、さすがに見かねて休ませようとしたら、『私の体を気遣う時間があるのなら、その分手を進めて頂戴』とおっかねえ顔で言われちまったしよ。

 ただし、この話には続きがある。作業を再開してからややあって、『でも、一分だけ。いえ、十秒でいいわ。じっとしていて頂戴』そう言ってこいつは後ろからいきなり抱きしめるなり鼻先を押しつけるようにしてきっかり十秒、深々と息を吸っていた。
驚きから解放され、遅れて激しい恥じらいに襲われて動揺しまくっていた俺を尻目に、彼女は猛然とペンを走らせ始めたのである。
曰く『京介分を補充したわ。これであと十年は戦える』だってさ。
こういうとき、どんな顔をすればいいんだろうね、まったく。

「風邪ではないと思うわ。ただ、少し喉がいがらっぽくて」

 確かにぱっと見た感じは体調が悪そうには見えなかった。
声もかすれているわけじゃないし、疲れているだけで本当になんでもないのかもしれない。
とはいえ、放っておいたほうがいいということはないだろうよ。
万一を考えれば、石橋は叩いておいたほうがいい。

「なら、喉あめでも舐めておくか?」

 たとえ気休め程度でも、何もしないよりはましだろうぜ。

「準備がいいわね、先輩。もしかして、日頃から持ち歩いているのかしら」

 黒猫は小さく首を傾けると意外そうに少し目を見開いた。

「いや、今は持ってねえよ。ただ、高いもんじゃないし買おうかなって」
「気持ちは嬉しいけれど、遠慮しておくわ。別段、つらいわけではないもの。無用の物ではないにしても、無理に支出を増やすことはないでしょう」

 反論の余地がない、至極もっともな正論である。本人がこう言っている以上、こちらとしても押しつけるわけにもいかない。

「……お」

 どうしたものかと内心つぶやいた直後、ドラッグストアの特売コーナーが目に入った。渡りに船とはこのことだ。

「ほら、あれを見てみろよ」

 軽く肩を叩いて意識をこちらに向けさせながら、俺は後輩に笑いかけた。

「のど飴の安売りをしてるみたいだぞ。生薬とはちみつが入って百円だってさ。これくらいなら、気を遣うような額じゃねえだろ?」

 この値段なら、もし効かなかったとしても無理なく仕方ないと思えるし、逆に効果があれば儲けもんだ。
気持ち程度でもいい。こいつが楽になるならあまりにも安い買い物だぜ。

 小さくガッツポーズを決めて、黒猫が渋い顔で俺を見つめているのに気づく。

「どうした?」
「どうした、じゃないわ」

 なにか気に障るようなことでも言っただろうか。それとも、お節介が過ぎたのか?

「まったく、あなたという人は」

 小さくかぶりを振る後輩を見やりながら頭の中で増え続けていた疑問符は、それを与えた当人の手によって解消された。

「どうも勘違いしているようだから言っておくけれど、別に怒っているわけではないのよ。むしろ、嬉しく思っているわ」

 黒猫の表情は、苦笑にも微笑にも映る。

「同時に、少し呆れてしまったの。あなたのお人好し加減にね。そういうところは、嫌いじゃないけれど」

 そんなことを考えていたんだな。とはいえ、これが俺なんだ。
なんて言われようが今さら、変えられねえよ。三つ子の魂百までとはよく言ったもんだぜ。

 とはいえ、少しは反省しておいたほうがいいのかもしれない。
自分でも俺は不器用な人間だと思ってる。けどさ、だからって、開き直っちゃお仕舞いだもんな。

「いや、すまん。平気だ、って言ってるのにな。ちょっと押し付けがましかったか」

 しかし、向けられた眼差しに浮かんでいたのは非難の色ではなかった。

「ううん。そんなこと、ない」

 ゆっくりと首を左右に動かす後輩に、俺は遅まきながら彼女の真意に気づいてはっと息を飲む。
こいつの発言は、すべてを額面どおり受け取るのが正解じゃない。そんなの、今に始まったことじゃねえってのによ。

 照れ隠しに憎まれ口を叩くなんざ、日常茶飯事じゃねえか。ここはショックを受けたり反省したりする場面じゃない。
素直に喜ぶことこそが、正解なのだ。

「……ありがとう。あなたの厚意、ありがたく頂くことにするわ」

 視線を伏せ気味に、ほんのりと目元を桜色に染める黒猫は思わず抱きしめたくなる可愛らしさだった。


「さて、と」

 のど飴を舌の上で転がしながら、俺は二枚の券を目線の高さでひらひらさせた。
『福引券を一枚ずつつけておくから、やっていっておくれ。店を出て、右手に少し進んだところにテントが張ってあるからね。可愛らしい彼女と一緒に、抽選するといいよ』
 さっきの店で会計を終えた後に、そんな台詞と共に差し出されたのがこれだった。

「せっかくだから、引いていったらどう?」
「そうだな。あのおばちゃん、渡すとき当たりますように、って言ってくれたし」
「ええ。仏のような微笑を浮かべていたから、ご利益があるかもしれないわ」

 考えようによっちゃ罰当たりな冗談だったが、少し笑ってしまった。実際、まんま恵比寿様って感じだったもんな。

「二枚あるから、一枚ずつ引くか?」
「そうね」

 黒猫はいったん差し出しかけた手を引っ込めて、わずかに口の端を持ち上げた。

「やはりやめておくわ。私の魔力を持ってすれば、どんな賞も思いのままでしょうけれど。ここは、あなたに任せることにする」
「どっちも俺が引けってか」
「大丈夫。当たるよう、祈っているから」

 そんなに自信満々なら、自分で引けばいいと思うんだけどな。
だって、全然当たる気しねえもんよ。こいつのことだから、これをネタにからかおう、なんて考えちゃいないだろうけどさ。

「心配しなくてもいいわよ。はずれたからといって、あなたの妹みたいに怒り出すことはないから」
「はは、そうかい」

 自分でも頬が引きつりかけているのがわかる。
ちっとも笑えねえ。こいつまで桐乃みたいになっちまったら、安息できる場所がなくなっちまう。

 結果として、一緒にいるのが妹だったとしても、俺が罵詈雑言を浴びることはなかった。なぜなら、どちらもはずれなかったからだ。

「大当たり〜!」

 澄み切った冬空に、高らかに鳴り響くハンドベルの音を聞きながら、俺たちは思わず、といった風に顔を見合わせた。
二回引いて、一等と二等が当たるなんて、こんなことがあるもんなんだな。

 内容はというと、一等が旅行券、二等は温泉の食事付き無料券で、抽選場のおじさんの話によると二人で行けば少々足が出るとのことだった。
それくらいは出してくれ、ってことらしい。
ケチくさい、とツッコミを入れるべきなのか。あるいは商魂たくましい、と褒めるべきなのか。

いずれにしても、喜んでいいのかどうか微妙な賞だった。

 そんな気持ちを汲み取ってくれたのかどうかはわからねえが、商店街を抜けたところで、黒猫は思い出したようにぽつりと言った。

「写真集が完売したら、お金ができるわね」
「そうだな」

 このとき俺は相槌を打ったものの、さすがにそこまで上手く事が運ぶなんて考えていなかった。
せいぜい、自力でなんとか補ってこいつを誘ってみるかとぼんやり思ったくらいのもんだ。

 しかし、どうだ。詳しい話はまた別の機会にさせてもらうが、冬コミは大成功に終わり、ありがたいことに出品した作品が見事に完売してくれたおかげで、温泉に行けるだけの資金が貯まったのである。
おかげで年末年始を短期のバイト漬けで過ごさずに済んだわけで、こりゃ、後であの恵比須顔のおばちゃんにこっそりお礼参りをしておかねえとな。

「本当に、お金ができてしまったわね」
 さすがに彼女も驚いているようだ。嘘から出た(まこと)だもんな。
一連の流れを総合すると、宝くじを買ってたら、まじで当たってたんじゃね? そう思えてしまう、引きの強さだった。

「温泉まで行って帰って、一日がかりだな」

 感慨にひたりつつ独りごちて、改めてチケットを見やる。これで、金銭的な面での問題は解決したわけだが……。

 こちらの手元を覗き込んでいた黒猫が、ふと、顔を上げた。俺たちはいつしか足を止めて、見つめ合う。

 誘うべきか。誘わざるべきか。ええい、ままよ。

「黒猫」

 微かに首を傾けて応えてくる後輩に、俺は清水の舞台から飛び降りるような心地でたずねた。

「なあ。これ、使ってみる?」

 見開かれた瞳を見つめながら返事を時間は、なんと長く感じられることか。
 ややあって、うっすらと覗いていた口腔が薄い唇によって塞がれ、次いで、どう取ればいいのかわからない回答が紡ぎ出される。

「使ってみるもなにも、その券はあなたのものじゃない」

 これは、やんわりと断られたのだろうか。そう思った直後、黒猫はふわりと口元を弓にした。

「断る理由はなにもないわ」
「そっか」

 盛大に緩みかけた表情筋をかろうじて維持しながら、後輩を直視するのが照れくさくて、掲げた無料券を見上げつつ言う。

「ところでさ。これは俺だけのものじゃないぜ。おまえが当たるよう、祈ってくれたからな」

 黒猫が瞬きを繰り返す気配を感じながら、俺は前方に顔を向け続けた。

「だから、一緒に行こうぜ」
「……ええ」

 こうして俺たちは、年明けに二人きりで日帰りの温泉旅行へ行くことになった。


2.「誓い」へ

ver.1.00 11/2/8
ver.1.85 12/7/7

〜俺が妹の友達と温泉で×××するわけがない〜

「なにやら浮かない顔をなさっておいでですな、きりりん氏。お疲れになりましたかな?」

 どれくらいぼんやりしていたんだろう。
テーブルの向こうからぐるぐる眼鏡の親友に覗き込まれていることに気づいて、あたしはあわてて笑顔で取り繕った。

「ううん、全然平気。だけど、強いて言えば数ドットくらいは体力ゲージが減ってるかもね。結構歩いたし」

 今日は朝一から沙織とふたりで秋葉巡りをしていて、
まずは本日入荷のクレーンゲームしか手に入らないメルルの新作フィギュアをゲット、
次に品薄で手に入れ損ねていたガチャガチャをシークレットを含めてコンプリートし、
その後もひたすら本屋やアニメグッズを取り扱う店をはしごしまくったおかげで、
両手が荷物で塞がちゃって、結局、半分は持ってもらうハメになった。
だから、少しくらいは疲れていたってなにも不思議じゃない。
今だって、美味しいお茶とケーキを楽しんでいたら、つい、気が緩んでしまっただけのこと。
間違っても、あいつがいれば荷物を持たせられたのに、とか考えてない。

 それなのに、なにを勘違いしたのかぐるぐる眼鏡はしたり顔でこんなことを言ってくる。

「お気持ちはよくわかりますぞ、きりりん氏。
無理もございませぬ。普段、近くにいる人がいないというのは寂しいものですからなあ」
「はぁ? なんの話かさっぱりわかんないんですケド」

 まったくさあ。こいつといい黒いのといい、どうしてこういうこと言うかな。
ふざけないでよね。いつどこで誰が寂しそうにしてたって?
どうせ家で顔を合わせたってケンカばかりだし、ただうっとうしいだけだっつーの。

「やれやれ、素直ではありませんなあ。しかし拙者の前で強がらなくてもいいでござるよきりりん氏。
拙者では京介氏の代わりになるはずがないことくらい重々承知しておりますが、
それでもきりりん氏を思う気持ちは誰にも負けませぬぞ!」

 しっかりとあたしの腕を握りつつ、沙織は思いきりテーブルに身を乗り出していた。
あんたみたいな大女はじっとしてたって目立つんだから、まじ勘弁してよね。
ちょっとは周囲の視線を気にしてくれないと、こっちが恥ずかしいじゃない。

「もう。わかったから、ちょっと落ち着いてくれない? みんなが見てるんですケド」
「おお、これは失敬。拙者としたことが、ついみなぎってしまったようですな」
「わざとでしょ」
「ハッハッハ、さすがはきりりん氏。すべてお見通しでしたか」

 まあ、さ。こんな風におどけることで気を紛らわせようとしてくれてるのはわかるし、
あたしは友だちが気を遣ってくれてるのを迷惑だ、って跳ね除けるような心の狭い人間じゃないから、
大目に見てあげるケド。本当、気をつけなさいよね。

「ですが、思いだけで元気づけられるとは考えておりませぬぞ。ひとつ、いい知らせがござる」
「なによ、いい知らせって」

 胡散臭いものを見るようなあたしの視線を受けた沙織は、
口元をω(こんなふう)にしてひそひそ声で話し始めた。

「実は、秘蔵のメルル本の所在がつかめましてな。
ここを出た後はその店に参り、じっくりと堪能しようではありませんか」
「秘蔵の、ってまさか、冬コミで一時間も経たないうちに売り切れた、あの……?」
「そのまさかでござる。さる消息筋から手に入れた情報ですから、信憑性はばっちりかと」
「キタコレひゃっほう! 沙織、ナイスアシスト!」

 思ってもみない朗報に、あたしは思わず椅子の上で身を躍らせる。
いい仕事するじゃん。やっぱり、持つべきものは顔の広い友だちよね。
ふふふふふ。待ってて、メルル。もうすぐ会いに行くから……!

「お喜びいただけてなによりでござる」

 すっかりうきうき気分のあたしを穏やかにほほえみながら眺めていた沙織は、不意にぽつりとつぶやいた。

「次の機会にはみんなで集まろうではありませんか。
春に向けてゲームの新作も次々と登場しますからな!」
「そうだね」

 少し考えてから、相槌を打つ。みんな、ってのが誰を指しているかは言わなくてもわかる。
荷物持ちは何人いたって困らないし、あいつらも一緒に連れて行ってあげるか。仕方なく、ね。

「お。きりりん氏、いい顔をしてらっしゃいますぞ」
「あんた、眼鏡の度が狂ってるんじゃないの」

 口ではそう言いながら、まんざらでもない気分だった。ここだけの話だケド!



 10月10日より通信販売が始まりました『俺が後輩と温泉で×××するわけがない』の冒頭部分です。
ご覧のとおり黒猫と京介のラブストーリーでございまして、R18の内容となります。
加筆修正したものを再び刷ろうと考えています。手にとって頂けましたら幸いです。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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