【登場人物紹介】
◇美樹さやか
「残念、さやかちゃんでした」のキャッチフレーズで今をときめくネットアイドル。
歌って踊れるニコ生マスターを目指している。ただし、歌は練習中。
◇鹿目まどか
さやかの幼馴染にして大の仲良し。
◇暁美ほむら
引っ込み思案の転校生。まどかと仲良しの眼鏡っ娘。


1.「誰かに、つけられているような……」

「ストーカー!?」

 さわやかな朝の通学路に、突如として不穏な単語が飛び出した。
発したのは淡紅色の髪を左右でおさげにした少女で、
言ってから、しまった、という顔で口もとを手のひらで覆う。

「ちょっと、声が大きいってば」

 これにあわてたのは今をときめく青髪ショートのネットアイドル、美樹さやかだった。
見れば、日常からかけ離れた異質な語が聞こえてしまったらしく、
前後を歩く生徒たちが目を見張り、あるいは眉をひそめている。
見滝原中学校がいいところの坊ちゃん嬢ちゃんばかりで構成されているわけではないと言っても、
さすがに刺激が強すぎたのであろう。

「ごめんねさやかちゃん。つい……」
「ま、気にすることないよ。いきなりだったし、びっくりするのも無理ないって」

 首をすくめるまどかの肩をポンと叩くと、さやかは明るい声で言った。
起きてしまったことでいつまでもくよくよしても、始まらない。

 ネット上では匿名性が高いのをいいことに、口さがない連中がわんさといる。
この程度の出来事を一々気にしていたら、動画サイトに作品を投稿することなどできはしない。
始めたばかりの頃、数日の間立ち直れなかったことも今は昔、ただの笑い話である。

「でも、ストーカーって」

 どういうこと、と質問しかけた桃色ツインテールの少女は、
青髪の親友の目線が自分へと向けられていないことに気づいた。
瞳にあった微かな驚きの色はすぐに鳴りを潜めて、親しみを帯びたものとなる。

「さやかちゃん?」
「いや、ほむほむが」
「え?」

 まどかが振り向くといつの間に近づいていたのか、すぐ側に黒髪の眼鏡少女が立っていた。

「おはよう、ほむらちゃん」
「おはよう、美樹さん。まどかさ……ちゃん」

 二人のクラスメイトを等分に見やりつつ、ほむらがもじもじとはにかむ。
途端に、さやかはカッと目を見開いた。

「おお、ついにさん付けからちゃん付けに昇格だ!」
「うん。苦節二か月あまり、ここまで長かったよさやかちゃん」

 青髪の親友と嬉しそうにハイタッチを交わして、まどかは黒髪の友へと向き直る。
言葉には出していないが、へーい、という声が聞こえてきそうなノリだった。

 しかし、だ。

「ええと、あの、私」

 暁美ほむらは二人の級友のように奔放にはできていない。
応えようと腕を上げようとするのだが、頬を赤らめて動けなくなってしまう。

「無理しなくていいよ」

 まどかは腕を下ろすと、恥ずかしがり屋の友をそっと抱きしめた。

「え? あの、あの、まどか、ちゃん?」

 黒髪の少女はますます顔を赤くしながら、消え入りそうな声で喘ぐ。
程なく柔らかな拘束は解かれ、二人の距離が拳数個分、開いた。

「ありがとう、ほむらちゃん」

 上半身をいっぱいに使ってほほえみかける仕草に合わせて、
淡紅色のツインテールが元気よく揺らめく。

「ええい、あたしも混ぜろーい!」

 そんなまどかたちに、さやかは横から抱きついた。


「ところで、さっきは……私の話をしていたのかな」

 学校へと続く石畳の上を歩き始めてすぐ、ほむらは思いだしたようにぽつりと言った。

「あ、差し支えがなければ……やっぱりごめんなさい、気にしないで」

 級友たちにまじまじと見つめられ、五秒を待たず取り下げられた発言に、
まどかとさやかは思わず顔を見合わせて小首を傾ぐ。

「さっきの、って、あれのことだよね」
「たぶんそうだと思うけど、話をしているの、聞こえたのかな?」

 大きな声で口にしてしまった件の単語はさておき、
近くにいなかった人間が、会話の内容を聞いていたとは考えにくい。

 この論は、あっさりと肯定された。

「いえ、話の中身は聞こえなかったのだけれど、もしかして私のことなのかと」

 自信がなさそうに語をつなぐ黒髪の少女に、まどかはきょとんとした顔で応える。

「ほむらちゃんの名前は出てなかったよ。だって、ストーカーがどうこう、ってそんな内容だったし」
「……ストーカー?」

 なんともちぐはぐなやり取りだった。
切り出した当人にわからないものが、さやかたちに理解できるはずがない。
漫画であれば、並んで歩く三人の頭にクエスチョンマークの吹き出しが浮かんでいる場面である。

 ともかく、居合わせる誰もがわからない話ならば、続ける必要はない。
幼馴染組の二人は再び目を合わせて、小さくうなずく。
暗黙のうちに、何らかの勘違いであろうと結論付けたのである。

「そもそも、ほむらちゃんがそんなことするはずないよね」

 毎日顔を合わせているまどかたちと話す時すら、照れてうつくむことがある少女に、
誰かの後をつけるような、大胆なことができるとは到底思えない。

「まどかの言うとおりだよ」

 青髪のネットアイドルはうんうんと同調してから、わずかに表情を陰らせた。

「だってさ。ストーカーって、めちゃくちゃ気持ち悪いんだから。
こそこそと後をつけてきて、振り向くと隠れる。でもそこにいるのはわかってるわけ。
動き出したらついてくるし、いなくならないの。走って逃げて、まいても駄目。最悪だよ、本当」

 言葉の端々に入り混じる苦みを感じとって、桃色ツインテールの少女ははっと息を飲む。

「さやかちゃん。さっきは話が途切れちゃったけど、もしかして本当に……」
「……っ」

 さやかのぎょっとした顔を見て、まどかは半ば以上確信した。我知らず胸元で拳を握りしめる。
いつから被害を受けていたのかはわからないが、心配をかけまいと、黙っていたのだ。

「さやかちゃん……!」

 しかし、青髪の少女は詰め寄る友に一瞥をくれることさえしない。
ただ、ある一点を見つめたまま硬い表情をみせるばかりだ。

「わたし、気づいてなかった。ごめんねさやかちゃん」
「ごめんまどか。それ、後回し」
「……え?」

 親友のかすれた声に桃色ツインテールの少女がぱちくりと瞬きをした次の瞬間、
突如として目深にかぶった帽子の男が茂みから飛び出し、少女たちの行く手を阻んだ。
目ばかりがぎょろぎょろと動き、不自然に呼気が荒い。

「あの、なんでしょうか」

 半ば恐慌状態に陥りかけているほむらと不安そうな顔の親友をかばいながら、
さやかはぐっと唇を引き結んで。このところ、ずっとつけ回していたのは、この男だったのか。

「やっと、やっと見つけた。ボクのラブリーマイエンジェルさやかたん」

 気味の悪い笑みを浮かべるその姿に、少女たちは思わず後ずさりをする。
間が悪い、としか言いようがない。助けを求めようにも、周りに他の生徒がいないのだ。

 さやかは一度瞼を下ろすと、深く静かに息を吐いた。
今から警察に電話したところで、到着するまで十分以上はかかる。それでは、きっと間に合わない。

「まどか、ほむほむ、逃げて!」

 そう告げるや否や、青髪の少女は意を決して駆け出した。
黒髪の眼鏡少女はガタガタと震えるばかりで今にも崩れ落ちそうな有様である。

「さやかちゃん……!」

 一拍遅れて我へと返ったまどかの悲痛な叫びが朝の通学路に響き渡る中、
さやかは鞄の持ち手を握り直すと思いきり振り上げた。


2.「それは、とっても厨二くさいなって」へ

ver.1.00 11/8/4
ver.1.45 11/8/19

〜さやかわ!舞台裏〜

「ところで、親密度を上げる手っ取り早い方法って何だかわかる?」

 下校の途上、唐突なさやかの発言にまどかとほむらは顔を見合わせた。
しかし答えは出ず、二人は小さく首を傾げて青髪の友を見やる。

「クイズってわけじゃないし、難しく考えるような話じゃないよ」

 桃色ショートカットの少女は、んー、と顎に指を置いて宙に視線を固定する。

「たくさん話をして、相手のことを知る……って、それだと手っ取り早くないね」
「遠回りなようでそれが一番の近道かもね。だけど、今あたしが考えているのは別のこと」

 黒髪の少女は手のひらでそっと眼鏡のつるを押し上げてから、控えめに意見する。

「共通の目的を持ったり、一緒に何かを乗り越えたり、とか?」
「うん、それもよさそうだね。親近感が沸きそう」

 さやかは二人の言葉を肯定し、うんうんとうなずいた。
特に考えがあったわけではないのであろうか。
そもそも、ゲームのようにぱっと好感度を上げることなどできるのか。

 まどかは目を瞬かせながら、親友に問いかけた。

「でも、手っ取り早く……って、そんな方法、あるの?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた」

 青髪の少女はおかしみをこらえるような表情で言ってから、
ぴっと指を立ててニヤリと笑う。

「ずばり、裸の付き合い」
「裸の付き合い?」

 不思議そうな響きのつぶやきにほむらが無言で同調するのを見て、
さやかは首肯し、確信をもって語を継いでいく。

「そう。着ているものを全部脱ぎ捨てて、向かい合うの。
背中を流し合うもよし、戯れに抱きしめるもよし、揉みもみするもよし」
「さやかちゃん、なんだか手つきがいやらしいよ」
「いやあ、頭の中でまどかを剥いたからね」
「えー!?」

 さらりととんでもないことを言う親友に、淡紅色の髪の少女は驚きの声を上げた。
その反応に、青髪の少女は満足そうな笑みを浮かべる。

「要するに、お泊り会をしないか、って話」
「そっか、そういうこと」

 ようやく合点がいって、まどかは口もとを弓にした。
先程の台詞は、単なる前振りだったのだ。

「中間テストも終わったことだし、いいと思う」
「でしょ? せっかくだから、ほむほむも一緒に三人でいちゃいちゃ過ごしちゃおう。
名づけて、乙女会。夜の部!」
「夜の部、ってつくとなんだか雰囲気が変わるね」

 乙女会の様子を思い浮かべて、桃色ショートカットの少女は頬を緩ませた。
いつもと変わらない、たあいのない話でも、きっと特別なものとなるに違いない。

「そう簡単に眠らせないぜ、まどか。おっと、ほむほむもな」
「あはは、何、それ」

 何かをつかんでは放すように指を動かすさやかのおどけた仕草を見つめながら、
ほむらはおそるおそる手を持ち上げた。

「あの、それなら私の部屋を使ってもらえれば」
「ほむほむの部屋? ああ、マンションってこと?」
「うん。その、私、一人暮らしだから」
「へえ、そうなんだ。格好いい」

 青髪の少女はストレートな思いを口にし、
黒髪の少女はあわてた風に手のひらを振って恐縮する。

「え? そんな、私は何も格好よくなんて」
「でも、すごいと思うよ。だって、家事は全部自分でしているわけでしょ」

 恥ずかしそうに視線を伏せるほむらの肩に手を置いて、さやかは力強く宣言する。

「じゃ、決まりだね。お泊り会はほむほむの部屋で!」

 こうして、次の週末に乙女たちの宴が開かれることが決まった。



 近頃あまりにかわいらしいイラストを多数見かける機会があったこともあり、さやか熱が上がっています。
というわけで、新シリーズ「さやかわ!」をよろしくお願いいたします。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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