『長門ユキの逆襲 Episode 00』



 セーラー服の上に黒いマントを羽織り、
黒いとんがり帽子を頭に乗せつつ先に星型の飾りがついた杖を持った、
いわゆるおとぎ話に出てくるような魔女ルックで身を固めたショートカットの女子校生は、
ひと気のない公園の子ども用滑り台にぽつんと立っていた。

 俺はビデオカメラで地球の支配を目論む宇宙人を撮影しながら、
緩やかに傾斜したアルミ張りの部分をゆっくりと上って行く。

「わたしは帰ってきた」

 長門は微妙にカメラのやや上方に目線を合わせつつ口を開いた。
念のために言っておくとこれは『長門ユキの逆襲 Episode 00』の冒頭部で、
どこだかよくわからないが、前回の『朝比奈ミクルの冒険 Episode 00』で
地球外に追いやられたユキが再び地上へと戻ってきたシーンだ。

 例によって脚本は用意されていない。
監督曰く「ユキが帰ってくるの。話はそこから始まるわ」だそうだ。

 それにしても、長門の静止ぶりは見事と言うより他はなかった。
撮影を開始する直前、あの場所に立った後は文字どおり微動だにせずじっとしている。
まあ、わざわざ言われなくてもわかっているだろうが、
こいつはカメラじゃないんだから一時停止ボタンを押したみたいに固まらなくてもいいんだぞ。

「朝比奈ミクルよ。お前たちの平穏は今日で終わる。
この宇宙を真に支配する者が誰なのか、身を持って知るがいい」

 平坦かつ説明くさい台詞をすらすらと並べる宇宙人はどんどんアップになり、
毛穴の一つすら見つけることができない 長門の顔が画面いっぱいに収まったところで俺は足を止めた。
そのまま、一秒、二秒、三秒。

 まだか、と思いながらも監督からの指示を待ち、
レンズを通して滑り台の上に立つ長門と見詰め合う。
しかし、どうにかならんものかね。
子ども用だけあって高校生である俺の体には小さすぎる上、
中途半端な高さだからまっすぐ立っていられず余計につらい。

 いい加減、勝手にビデオカメラを止めてやろうかと思ったその時、

「はい、カーット!」

 ようやく「待て」が解除された。振り返ると、
黒髪に黄色いリボンの付いたカチューシャを乗せ超監督と書かれた腕章をつけた我らが団長は、
威勢のいい掛け声と共にメガホンをこちらに向かって突き出してくる。

「有希、お疲れさま! キョンも降りてきていいわよ」
「へいへい」

 満足げに笑う超監督の隣でほほえむ癒し系ウェイトレス姿の先輩に軽く会釈をして、
俺はようやく姿勢を崩した。砂場に降り立ち、軽く首を回して凝りを解しながら、
まだ滑り台の上で風に吹かれてさらさらと髪を泳がせている魔女っ子に目を向ける。

「平気か、長門」
「平気。なにも問題はない」

 長門はまったくいつもの調子で答えると、
のんびりとした動作で手すりをまたいでそこからふわりと飛び降りた。
それはまるで羽毛のように重みを感じさせない着地ぶりで、
どういう造りになってるんだろうね。別に知りたいとは思わないが。

「ところでカメラ目線じゃなかったのはわざとなのか?」
「後で話す」

 長門はごくごく小さなうなずきを返して、凪いだ浜辺のように平らな瞳で俺を一瞥した。
つまり、この場では言えない何かがあったと言うことか。
なんとなく振り返ってレフ板を持つ古泉を見やると、微かに口の端を持ち上げて応えてくる。

 やれやれ。

「イメージどおりだったわ有希」

 ハルヒは魔法の杖を掲げて立ち尽くす長門の肩をぽんぽん叩くと、ぐるりと全員を見回した。

「さあみんな、この調子でさくさく撮影進めるわよ!」

 せっかくの休日、しかも快晴の日を活用してるんだからな。
順調に進んでもらわなきゃ踏んだり蹴ったりだ。

「ちなみにこの後に続くのはみくるちゃんが夢から覚めるシーンよ。予知夢みたいなイメージね」

 俺の思いをよそにハルヒは垂直に立てた人差し指で円を描きながら、
この後のストーリーを説明し始めた。

「これは布団の中に入ってもらう必要があるから、その場面は後。
有希とみくるちゃんにはこれから手に汗を握るバトルを繰り広げてもらうわ」

 南洋の陽射しもかくやといった輝かしい笑みと共に告げられた団長殿のお言葉に、
居合わせる団員は思わず顔を見合わせる。
やれやれ、今度はどんな必殺技を考えついたのやら。


 もはやお約束なのかもしれないが、たずねるのは俺の役目だった。

「で、どんな技が出てくるんだ」
「へえ、キョンにしてはいい読みね」

 俺にしては、というのは余計だ。

「まずミクルストームよ。こう、頭上に腕を持っていって集めた空気の塊を相手に叩きつけるの」

 ハルヒは言葉だけでなくノリノリで実演を始めた。
ばっと手のひらを振り上げて数秒その姿勢を保持、
そのまま集まったと目される圧縮された大気をつかんで振り下ろす。
あとは当たった先で派手に土くれが飛び散るわけだ。

「効果の程は」
「大地を砕く威力よ。でも、ユキのバリアを貫くことはできないわ」

 地球外に放り出されてから帰って来るまでの間に、
そんなもんを生み出せるようになったんだな、ユキは。
少年誌によくある修行とやらに明け暮れていたのか。
しかしこいつが考える大地を砕く、ってのはどのくらいのモンなんだろうな。
間欠泉が吹き上がるくらいの威力とかだったらシャレにならんぞ。

 まあ、バリアで弾けるという話だしいざとなったら長門がどうにかしてくれるだろうよ。

「他にもあるのか?」
「ええ。太陽の光を指先に集めて放つミクルサンアタック」

 自分でもわずかに頬が引きつるのがわかった。
みくるビームもヤバかったが、光線系はちょっと危険なんじゃないのか。

「念のために聞くが、どんな威力なんだ」
「そうね。人に当たったら大穴が開いてしまうんじゃない?」

 さらっと恐ろしいことを言ってくれる。
もし俺や古泉に当たったらどうするんだ。というかハルヒ、お前もただじゃ済まないぞ。

「なんて顔してるのよキョン。心配しなくてもあんたに当たったりしないわよ」

 そうかい。

「安心して。これは最後の大技、みくるちゃんが真の力に目覚めるまで使えないから」
「わかった」

 俺たちが安堵の吐息をついたことにハルヒは気づいたかどうか。
使うタイミングがわかっていれば事前に対策も練れるってもんだ。



「それにしても今日は思いの他撮影が進んだわね」

 太陽が山の稜線にかかろうとする中、
表向きは無事に初回の撮影を済ませた俺たちSOS団の面々は、
上機嫌そのものの団長を先頭に帰路へとついていた。

 これについてはなんの異論もない。
『あ、あなたの好きには、ささささせません』
 去年同様噛みまくりだったら朝比奈さんのかわいさに心を和ませる一方で、
ミクルチョップによるパンチ力であわや公園の器具が破壊されるところだったりと、
なかなか波瀾に富んだ一日であったものの、総じて楽しかったことには変わりないからだ。

 歩きながら動画のチェックをしていたハルヒは、

「それにしても有希ってすっごく肌が綺麗よね」

 カメラを俺に手渡してしげしげと長門の顔を覗き込んだ。
ためつすがめつ眺められてもまったく気にならないのか、

「毛穴どころか産毛すら見当たらないじゃない。何か手入れでもしているの?」
「特に何もしていない」

 見た目は寡黙な女子校生にしか見えない宇宙人はいつもと同じペースで歩きつつ淡々と答える。
さっきはあまり意識しなかったものの
思い出してみれば超ドアップになってもなめらかな肌は白磁のようだった。
密かに食事や睡眠時間に気を遣っているんだろうか。

「ひとつだけ」
「なに?」

 長門は興味深そうに瞳をきらきらとさせているハルヒをちらりと見やると、

「陽に当たらないようにしている」

 体いっぱいにオレンジ色の夕陽を浴びながらそんな台詞を口にした。

「へえ」

 本当、出会った頃のことを思えば愛想がよくなったもんだと思う。
今のはきっと、長門なりのジョークだったんだろうからさ。
美容に関する話題のためか朝比奈さんが斜め後方で真剣な顔をみせていたから、
あえて何も言わなかったがね。




 駅前でいったん解散した後、十五分ほどの時間を置いて俺たち四人は再び集合していた。
相変わらず古泉は何を考えているのかわからないにこやかな面をしていて、
撮影中、異変にまったく気づいていなかった朝比奈さんはいまいち事情がつかめていないのか、
不思議そうに小首を傾げている。

 言うまでもなくお題は長門の『後で話す』の中身についてだ。

「で、何があったんだ?」

 今更驚くようなこともあるまいなどといった予想はあっさりと覆された。

「遥か彼方、銀河系の向こうで新星が誕生した」
「は?」

 想像もしなかったトンデモ発言に思わず聞き返してしまう。
星が出来ただと? なんだそれは。

 疑問に感じたのは俺だけではなかったようで、 朝比奈さんはぱちくりと瞬きをしながら質問した。

「すみません、どういうことですか?」
「言葉どおりの意味。現在の地球人が持つ技術では観測し得ない遠方で星が誕生した」

 事情を知らない人間が聞いたら間違いなく電波少女と思われるだろうな。
俺ですらにわかには信じられんくらいだ。

 しかし、なんだってそんな遠くに星ができたんだ。

「涼宮ハルヒの中でおそらく長門ユキはそこからやって来たことになっている」
「新たな宇宙人が登場するかもしれんのか?」
「可能性は否定できない」

 ううむ、周防九曜を思い出しちまったぜ。
あんなのが何人も登場されたら本気でたまらん。
そういえば喜緑さんも対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースだっけか。
さすがにこの単語も幾度となく耳にしたおかげですらすらと出てくるようになったな。

 ともかく、そこまで遠くにある以上 そう簡単にちょっかいは出して来れないと思うがどうだろう。

「今のところ実害はないのですか?」
「それはない。今のところこの惑星が有事に見舞われる確率は極めて低い」

 質問者の古泉ではなくこちらを見つめながら長門は言った。
無駄にハンサム顔をさらしている超能力者はそれを聞いて大仰に肩をすくめる仕草をする。

「でしたら問題はないですね。幸いなことに涼宮さんはこのことに気づいていません。
いざとなればすべてをなかったことにすれば済む話です。映画ならではの、魔法の言葉を使って」

 こいつに言わせるとえらく凝った言い回しになるようだが、同感だった。
映画となると際限なく暴走し始めるハルヒパワーを押さえるのに、
間違いなくうってつけのやり方である。
ただ、今回はフィクションだったというナレーションを
念入りにさせておいた方がいいかもしれん。
気分ひとつで生み出されたら星もたまったもんじゃないだろうからな。



 翌日の撮影は屋上で行われた。

「古泉イツキ、あなたには死んでもらうにょろよ」

 あまりにも唐突な展開で誰もついていけそうにないのだが、
どうやら鶴屋さんはユキに操られているらしい。
しかし、いくら悪役ぶってもどこかお茶目な姿に映るのは彼女の人柄がなせる業か。
それとも単に笑いをこらえているのがわかるせいか。

「どうして僕を……?」
「決まってるよ。君の存在が邪魔ってことさっ!」

 不敵に笑う鶴屋さんに、古泉は驚愕でもって応えた。
さすがに普段からクサい台詞を吐くだけあって、こういう時も様になっている。
まあ、いきなり現れて邪魔だから死んでもらうと言われて驚かないとしたら、
逆にそちらの方が不自然だろう。実際俺もびっくりしたからな。

「そうはさせない」

 ここでも長門は助けに入る役割のようだった。

「ふうん、面白い」

 後ろから声をかけ、そのままじっとしている魔女っ子の方へと鶴屋さんは振り返る。
そのままさっさと古泉をやってしまったら楽だろうに、と思う俺はすれてしまっているのかね。

 ま、これは特撮で主人公が変身中に攻撃を加えたりはしないのと似たようなもので、
あえてやらないところがお約束だし、そんなことをしてしまえば話が続かない。
何しろ古泉イツキは一応この物語のキーパーソンということになっているからだ。

 最近の風潮からすると斬新なネタとして受け入れられるのかもしれないが、
さすがにハルヒもそこまで突き抜けた話にするつもりはないらしい。

 それはさておき本来緊迫した場面のはずだと言うのにどこかほのぼのとしているのは、
別に狙ってやってるわけではないから突っ込まないでくれ。

「だったら力ずくでさせてもらうだけさっ」

 鶴屋さんは古泉のことなど忘れたかのように長門と対峙する。

「ていっ」

 掛け声こそかわいらしいのだが、
繰り出された蹴りは想像していたよりもずっと鋭く空気を切る音が聞こえてきた。
長門は一見ゆっくりとした動きでその一撃を避けると、無造作に杖を突き出す。
役どころからすると打撃ではなく魔法なのだろう、

「どぅわっ」

 攻撃を食らった鶴屋さんは全身のバネを使って伸身宙返りを決めると綺麗に着地を決めた。
毎度のことながら只者じゃなさすぎますよ、あなたは。

「やるね有希ちゃん……じゃなかった、ユキ」

 鶴屋さんは呼び名を間違えても動じることなく続けて、

「この程度で驚いてもらっては困る。わたしはまだまだ全力をみせてはいない」

 長門は長門で抑揚のない声で語を継ぐ。
只者じゃない、という意味ではどちらもいい勝負だ。

「それはこれを避けてから言うがいいさっ」

 鶴屋さんは身を沈めながら前傾姿勢で一気に距離を詰めると、矢継ぎ早に拳を繰り出した。
長門はそのすべてをダンスでも踊るかのようなステップで回避する。

 俺はカメラを回しながら息を飲んでいた。
鶴屋さんの鋭い攻撃をあらかじめそこにくることがわかっていたかのように長門は避ける。
長髪の先輩は華麗に体の向きを変えることで反撃の杖をかすらせもしない。

 拳を使った舞、拳舞と言ったところか。
かつて御前で披露されていたものと比べても遜色がないに違いない。

 しかし、居合わせる者すべての意識を魅了して止まないこのやり取りが永遠に続くわけはなく、

「ここは引くとしよう。しかし覚えておくがいい」

 長門は体重を感じさせない緩やかなジャンプで後ろに飛びすさると扉の向こうへと消えた。

 それから数秒間、辺りを沈黙が包む。

「カ、カーット!」

 ハルヒの声で我に返った俺は録画ボタンから手を離す。

「くふっ、つい熱が入ってしまったよ」

 楽しそうに鶴屋さんがつぶやいて、直後再び扉が開き長門が姿を見せた。
あるいはこの人なら長門の全力についていけるのかもしれないな。

「素晴らしい演技だったわ!」
「ふふ、せっかく誘われたんだからねっ。
ハルにゃんの期待に応えなければと気合を入れてみたのさっ」

 ふたりが和気藹々としたやり取りを交わしていると、長門がこちらまでやって来た。
それに気づいたハルヒは、

「お疲れさま!」

 すっかり興奮した面持ちで魔女っ子文芸部員の両腕をつかむ。

「有希、すっごいじゃない。いつの間にあんな動きが出来るようになったの?」

 長門はわずかに首を傾けて静かに答えた。

「練習した」

 見れば隣で朝比奈さんがしきりに感心している。今の言葉をそのまま鵜呑みにしたのだろう。

 長門はしばらくの間、褒めちぎるハルヒに淡々と応えていたが、
ミリ単位以下しか動かない表情の下に嬉しさや照れといった感情があることを俺は疑っていない。

 だがな、長門よ。
ちょっと練習したくらいでこんな動きができるならプロの選手は商売あがったりだと思うぞ。




2「濡れ場…?!」へ

ver.1.00 09/04/26
ver.1.43 09/04/27
ver.1.58 09/05/30

〜長門ユキの逆襲・舞台裏〜

「あ、あなたの好きには、ささささせません」

 役柄ばかりでなく実際に未来からやってきたウェイトレス姿の可憐な先輩は、
持ち上げた腕を顔のやや右側、肩の高さで十字に交差させる、
M78星雲からやって来たヒーローが放つ必殺技のようなポーズを取った。
本人としては決めているつもりなのだろう、片足を上げているのだが、
ふらふらと軸が定まらないためひどく危なっかしい。

 でもそれでいいんですよ朝比奈さん。
そもそもあなたに戦いというものが似合わないんです。
乾ききった砂漠に沸くオアシスのように俺たちの心を癒してください。

 それにしても、長門が扮する魔女っ子と戦うウェイトレスが
向かい合ってる姿はあまりにものどかだった。
こうしたまったりとした空気は、世知辛い現代においては得がたいもののような気がする。

 もちろんこんな光景をいつまでものんびりと
眺めていられるほどうちの超監督は大人しくない。

「さあみくるちゃん、先制攻撃よ! ほら、ミクルストーム!」

 小声で叫ぶという器用なことをしながら激励の言葉を投げかけてくるハルヒに、
朝比奈さんは大きくよろめきかけてから両の足で大地をしっかと踏みしめた。
次いで頭上に腕を振り上げると手のひらを広げ、

「ミ、ミクルストーム!」

 集まった大気の塊を長門に向かって放ち、
同時にとんがり帽子の魔女っ子はモニターから姿を消した。

 直後、あ、と思う間もなく突風が辺りを吹きぬける。

「なんなの今の風」
「さあ、台風でも近づいてるんじゃねえか」

 髪を押さえつけながら驚きの声をあげる団長殿に適当な返事をしながら、
事態を大まかに理解した俺はひそかに苦笑した。
どうやら本当によくわからない技が発動してしまったようだ。

 機転を利かせた長門の手によって威力を削がれ、
吹き散らされた風だけでもこれだけのパワーを秘めていたくらいだ、
先ほど朝比奈さんが放ったミクルストームとやらが万一どこかに当たっていたら、
冗談抜きで大惨事になっていたかもしれん。

 こっそり黒ずくめの魔女っ子を見やると、案の定小さなうなずきが返ってきたのだった。



 書くと宣言してから一年以上過ぎた気がしますが、ようやくのお届けです。
もちろんお話はここで終わりではありません。
ですから、当ページにおけるハルヒSS初の続き物ということになります。
続きもお楽しみいただければ幸いです。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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