「ね、ほむらちゃん。この後、なにか用事が入ってる?」

 明るくも控えめな呼びかけに黒髪の少女、
暁美ほむらが手元の文字を追うのを中断し顔を上げると、こぼれんばかりの笑みが向けられていた。
温かな春の陽射しを思わせるその表情を前に、我知らず目を見開く。
首のみならず体全体を傾ける仕草に伴って、結われた淡紅色の髪がぴょこんと跳ねるのを見て、
瞳に映るクラスメイトが鹿目まどかであることを認識する。

 途端に、視線の重なりが解かれた。

「今日は、なにも」

 顔を伏せながらのためらいがちに聞こえる返事は、
好意を持たない相手からの問いに困ってのものではない。
内向的な性格のために、まぶしく映る笑顔をまっすぐ見つめ返すことができないだけである。

 そうした友人の様子をどう捕らえたのか、まどかは口もとを弓にしたまま語を継いだ。

「そっか。じゃあ、お茶会しない?」
「お茶会……?」

 突然の申し出に驚いたほむらが、おうむ返しにつぶやく。
丸くした目が、レンズ越しに淡紅色の髪の友を見やる。
つい今しがたまで胸を占めていた身悶えしたくなるような恥じらいは一時的に消え去っていた。
体が弱く学校を休みがちだった彼女にとって、
こうした誘いは、生まれて始めてのものだったのである。

「うん。さやかちゃんと前から約束してたんだけど、
さやかちゃんがね、ほむらちゃんも一緒にどうかな、って。
もちろん、ほむらちゃんがイヤじゃなければ、なんだけど。どうかな」
「イヤだなんて、そんなこと」

 ほむらはそれだけを口にして、
熱くなった頬を少しでも向けられた視線から隠そうとするかのようにうつむいた。
誘われるどころか友だちと呼べる人さえいなかった者にとって、
その喜びはいかばかり大きなものであったか、想像に難くない。
しかしそれ故に、素直に受け止め、嬉しがることができないのは、
当人を含む周囲の人間にとって、小さからぬ不幸と言えよう。

「……迷惑じゃなければ」
「迷惑だなんて、そんなことあるわけないよ。それじゃ、決まりだね」

 それでも、まどかの天真爛漫な性格は、
友だち付き合いに慣れない黒髪の少女の不安を和らげる助けとなった。



「さ、上がって上がって。今日はうちの親いないから、気兼ねしないでどうぞ」

 白い歯を覗かせる青髪の少女に迎え入れられた二人は、口々にお邪魔します、と靴を脱いだ。

「スリッパの柄が気に入らなかったら適当に変えてもらっていいから。
まどかは、白のやつでいいんだよね」
「ありがとうさやかちゃん」

 まどかは白のやつことウサギをアレンジした生き物をモチーフとした上履きに足を突っ込み、
腰の高さほどのボックスに収められたスリッパを手で示して、
気に入ったものがあればここから選ぶといいよ、と目を線にする。
ほむらは、微かに眉尻を下げた曖昧な笑みで応えて、用意されていた淡いピンクのものを履いた。

「鹿目さ……まどかさんは、美樹さんの家へよく来ているの?」
「うん。お互い、結構行ったり来たりしてるかな。
さすがに、中学になってからは前みたいにしょっちゅうってわけにはいかなくなったけど」

 黒髪の少女は眼鏡を手のひらで軽く押し上げつつ、相槌を打つ。
幼馴染であることを説明されたときはなるほどと思ったものである。
二人の間に流れる空気からは、一月や二月では決して生み出すことのできない温かみが感じられた。
仲の良さは出会ってすぐに見て取れたが、彼女たちはいつも行動を共にしているようで、
意外とそうではない。言うなれば、ごく自然に程よい距離を保っている。

 活動的なさやかが引っ張っているかと思えば、まどかが性急すぎる部分をたしなめもする。
性格はまるで違っていても、ぶつかり合うところなど想像もつかない。
親友とは、このようなものであるのかと思える。

 いつしか、自分もそういう関係になることができれば、どれだけステキなことであろうか。
そんなことを考え、ほむらがわずかに頬を赤らめたそのとき、
居間へと通じる空間にひょっこりさやかが頭を出した。

「ほらほらまどか。お話も大事かもしれないけど、お客さんをおもてなしする準備」
「はーい。じゃ、ほむらちゃんはリビングで座って待っていて」

 勝手知ったるなんとやら、小走りに遠のく背中を前に、内気な少女は数度、目を瞬かせる。


「じゃーん」

 大皿に乗せたアップルパイを持って現れたさやかが、
心なし胸を張っているように見えたのは、あながち間違いではあるまい。

「……すごい」

 驚きが勝ちすぎたのか、黒髪の少女がわずかに目を見張ってぽつりとつぶやく。
しかし、物静かな彼女がみせた表情は、青髪の少女をニヤリとさせるのに十分なものであった。

「この日のためにあたしが作った、と言いたいところだけどお母さんが用意してくれたの」
「さやかちゃんのママお手製のアップルパイ、本当においしいんだよ」

 横から覗き込むように笑いかけてくる淡紅色の髪の友人に、
ほむらは浅くはにかみつつこくりとうなずく。

「二人分しかないと思ってたから言ってなかったんだけど、
張りきりすぎちゃった、ってメールが入って。急遽ほむほむにも出向いてもらった、ってわけ」
「二人で食べるにはちょっと多いもんね」
「だよね。今夜、体重計に乗るのが怖いよ。だから乗るのは止めておく」
「じゃあ、わたしもそうしよっかな」

 顔を見合わせてくすくすと笑うまどかたちにとっては、お馴染みの光景なのであろうか。
それとも、黒髪の友の反応をほほえましく思ってのものなのか。

「さ、とにかく座って座って」

 さやかの言葉に背中を押され、少女たちがいそいそと丸テーブルを囲んで腰を下ろす。
これにて、女子会の準備は万事整った。

「じゃ、あたしたち……美樹さやか、鹿目まどか、暁美ほむらの永遠の友情を誓って、乾杯!」

 乾杯の音頭に、ほむらは小さく口を開いてから、遅れて目を線にする。
彼女の、三等分にしても胃に収まりきるかどうかという心配は、杞憂に終わった。

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〜はじめての…舞台裏〜

「ほむらちゃん、大丈夫?」

 友の身を案じた質問に対する返事はなかった。
三人が胃の中へと収めたのは、八割弱といったところか。

「……」

 いくら成長期とはいえ、食べ物が無限に収まるわけではない。
事実、問いかけたまどか自身が姿勢を維持することが辛くなって、背後に突いた両の腕へ体重を預ける体勢になっている。

 それでも、天井へと向けていた目線をゆっくりとかたわらにやったのは、答えがないことを心配したからであった。
だが、次の瞬間彼女の目が大きく見開かれる。

「ほむらちゃん!」
「……」

 ほむらは、何も億劫で口を開かなかったわけではない。
言葉を出せないほどに、腹が膨れてしまっているだけである。
もっとも、この状況を指して、だけ、と表現するのは適切ではないのかもしれない。
テーブルに突っ伏したまま動けず、無造作に転がるおさげの一端が困憊状態にあることを如実に表していた。

 そうした二人の様子を床に転がったまま見聞きしていたさやかが、かすれた声で忠告る。

「まどか。無理に動かしたらヤバいよ。きっと、全部出ちゃう」
「そんな……全部だなんて」

 悲痛な面持ちをみせる親友に、この事態を招いた元凶を提供した青髪の少女はそっと目を閉じた。

「でもね、まどか。この犠牲は、無駄にはしない」
「だめだよさやかちゃん! それ以上無理をしたら……!」

 まどかが悲鳴にも似た声を上げる。
しかし、さやかは口もとを緩やかに笑みの形にして、友を見やった。

「まどかもほむほむがそこまでがんばってくれたのに、あたしは音を上げるわけにはいかない。これは、あたしが片付けなくちゃいけない敵なんだ」

 決意のつぶやきに、感極まった叫びが応じる。

「さやかちゃん……!」
「そりゃ、あたしだって怖い。体重計に乗るのが怖いよ。こんな無茶をしたら、どんな顔をしてあいつの前に……いや、そうじゃなくて」

 こほん、とわざとらしい咳払いをはさんで、さやかは宣言する。

「後悔なんて、あるわけない!」

 盛り上がる二人をよそに、青ざめた顔のほむらは一人、こみ上げる嘔吐感と戦い続けるのであった。



 短編ほむSSです。お楽しみ頂けましたら、幸いです。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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