【登場人物紹介】
◇美樹さやか
「残念、さやかちゃんでした」のキャッチフレーズで今をときめくネットアイドル。
歌って踊れるニコ生マスターを目指している。先日、風呂で歌の練習をしていて親に怒られた。
◇鹿目まどか
さやかの幼馴染にして大の仲良し。存在感を強めるべく、奮闘する。
◇暁美ほむら
引っ込み思案の転校生。まどかと仲良しの眼鏡娘。脱病弱キャラを夢見る。
◇巴マミ
さやかたちの上級生で武道の達人。ストーカーを見事に撃破した。特技、ゴブリンバット。



3.「もう何も怖くない」

「改めて、ありがとうございました!」

 頭を下げる三人の後輩たちに、巻き髪の少女は柔らかな表情で礼には及ばないわ、と応えた。

「先輩が後輩を守るのは当然のことよ。それこそ姉が妹を導くように、ね」

 ネットアイドル、美樹さやかを思うあまり凶行に走ったストーカーは、
拘束され、路上に転がったまま時折うわ言のようなつぶやきを繰り返していたが、
通報から十分余り、おっとり刀でやって来た警察官にしょっ引かれ、
まどかたち四人は交番で簡単な事情聴取を受けた後、家に帰るよう言われたのである。
署からの連絡を受け急遽開かれた職員会議により、
学校側は当事者である四人全員を本日に限って公休扱いとすることに決めたとのことだった。

 この知らせに、青髪の少女は大いに喜んだものである。
直後に一人舞い上がっていたことに気づき照れ笑いでごまかしたのはご愛敬といったところか。

「それに、あなたたちだって困っている人がいれば助けようとするんじゃない?
今日は、たまたま通りかかった私が美樹さんたちを助けることになっただけのことよ」

 さやかたちより年長であるとはいえ、マミは中学三年生に過ぎない。
しかし、いかに素人とはいえ成人男性を相手取った際の落ち着きようは、
テレビで見る熟練の格闘家に勝るとも劣らないものであった。
もしかすると、これまでに何度か似たようなことがあったのかもしれない。

 少なくとも、青髪のネットアイドルはそう考えた。

「マミさんは、武道か何かを?」

 興味があるとみえて控えめに視線を向けてくるほむらにほほえんでから、巻き髪の少女は肯定する。

「ええ。魔女退治を少々」
「魔女?」

 飛び出した意外な単語に不思議そうな声を上げたのは、桃色ショートカットの少女だ。
つい二、三年前まで当たり前に見ていた魔法少女のアニメが頭を過ぎる。
声こそ出さなかったものの、黒髪の少女もまた、わずかに目を見開いていた。

「驚かせてしまったかしら」

 マミはそう前置きをして、小さく首を傾ける。

「三十路を過ぎて、その、ある経験がない人たちのことを魔法使いと呼ぶことがあるの。
近頃は物騒だから、いつ何時荒事に巻き込まれるとも限らないでしょう。
だからいざという時のために、普段から腕を磨いているの。これでも、空手と柔道は黒帯よ」
「すごい」

 力こぶを作るジェスチャーをしながらイタズラっぽく目を細くする先輩に、
まどかは感嘆のつぶやきを漏らした。

「そうでもないわ。これくらいなら、続けていれば誰でもできるようになるもの」

 当人以外は知る由もないが巻き髪の少女の返答は、謙遜が三割本音が七割であった。
どんな競技や習い事も極めるべく修練を積めば誰しも一定のレベルに達するものだ。
継続は力である。ただし、それを続けられることもまた、一つの才能と言えよう。

「いやいや、誰でもはできないですよ」

 尊敬の眼差しをたっぷりと先輩に注いでから、
さやかは思い出したようにかたわらの友を見やった。

「ほむほむも、いざという時は走って逃げられるくらいの体力はつけておかなくちゃね」
「あ、うん」

 ほむらは首をすくめ気味にうなずいて、
緩く握った拳の一端で眼鏡のフレームをそっと押し上げる。

「じゃあ、明日からジョギングでも始めてみる?」

 青髪の少女はすっかり乗り気になっているのか、黒髪の少女がみせる戸惑いに気づいていない。
見かねて、まどかがやんわりとフォローを入れる。

「でも、ほむらちゃん、無理をしたらいけないんじゃないの?」
「あ、そうか」

 さやかは軽く自分の頭を拳骨で打って、ばつが悪そうに眉尻を下げた。
転校してくる直前、ほんの二か月前まで暁美ほむらは入院していたのだ。
退院後、突然、調子を崩して保健室に連れ込まれたことはないものの、
体育の授業は内容によって見学を余儀なくされているのが現状である。

「でもね。お医者さまはできるだけ体を動かした方がいい、って」

 ほむらは珍しく身を乗り出すように言葉を継いでいた。
表現の仕方は異なるものの、二人の友がそれぞれに案じてくれていることがわかっているからだ。

「だから、たとえ少しずつでも体力をつけていきたいと思っているの。
もちろん、いきなり走ったり重いものを持ったりはできないと思うけど……」
「わかったよ。みなまで言うな、ほむほむ」

 青髪の少女はぽん、と黒髪の友の肩を叩いてからぱっと明るい表情になった。

「だったらさ。朝、早めに起きてジョギングというかウォーキングをするのはどうかな。
ほら、早起きは三文の徳って言うし。明日はお休みじゃん?
あたしは何もなければお昼頃までだらだら寝てるだけだし。
もちろん、ほむほむさえよければだけどね」
「わたしもさやかちゃんの提案に賛成かな。
ほむらちゃんがその気なら、喜んで力になるよ」

 まどかは満面を笑みにして、引っ込み思案な友に呼びかける。
それを受けて、ほむらは半分泣きそうな顔で応えた。

「ありがとう。私、無理はしないから。ありがとう、美樹さん。まどかちゃん」
「うん」

 和やかなムードに包まれた後輩たちに、マミの頬が自然とほころぶ。
同時に、そんな彼女たちの日常を守れたことを誇りに思った。

 その時である。

「じゃ、決まりだね! 明日は五時頃、ほむほむの家の前に集合ってことで……」

 さやかが軽やかなステップで手を広げた瞬間、巻き髪の少女がはっと顔を強張らせる。

「美樹さん、危ない!」
「え?」

 身構える暇もあらばこそいきなり腕を引かれた青髪の少女は、
成す術もなくつんのめり、豊満な双丘の谷間に鼻先を押しつける格好になっていた。
遅れて、一定ベクトルの叩きつけるような風が吹きつける中、
トラックのけたたましいクラクションの音が鳴り響く。

 間一髪のところであった。
あと少し気づくのが遅ければ、さやかは轢かれているところである。

 淡紅色の髪の少女は黒髪の友と我知らず手を握り合っていたことを知って、
顔を見合わせ目を線にした。ややあって青髪の少女も驚きから解放され、
ようやく安堵を覚えたのか、命の恩人から身を離して礼を言う。

「ええと、あの……すみません」
「何もなくてよかった」

 マミは心からほっとした顔で口もとを弓にする。
日頃から、周囲に気を配るよう努めてきた成果であった。

「それにしても、マミさん、すごいですね」

 さやかのしみじみとした語り口に、
まどかとほむらは首を縦に振り、名を呼ばれた少女は目を瞬かせる。

 だが、続く台詞は思いもよらないものであった。

「もう何も怖くないっていうか、そんな感じです」

 一瞬、青髪の少女を除く三人がきょとんとするが、唯一の年長者はすぐにその意味を理解する。
自身の胸を、さやかが凝視していたからだ。

「もう、美樹さんたら」

 マミは気恥ずかしそうに双丘を手で覆うと、後輩の額を小突くのだった。


To be continued...

ver.1.00 11/9/3
ver.1.55 11/9/28

〜さやかわ・舞台裏〜

 乙女たちは引き続きほむらの部屋で歓談に興じていた。

「もしも、もしもだよ。魔法みたいな力が使えたら、どうする?」

 そんな中、桃色ショートの少女がこぼした独り言にも似たつぶやきは、
前後のつながりがなかったため、誰もが不思議そうに瞬きをする。

 最初に次の反応を示したのは青髪の少女だった。

「どうしたのまどか。なんか、夢でも見た?」
「ううん。こないだね、お母さんとそんな話になったのを思いだしただけなの」

 意識しての発言というよりはなんとなく口をついただけであったとみえて、
まどかが微かに苦笑する。しかし、その表情はすぐにほほえみへと転じた。
出社前に朝の準備をしていた母親と交わした他愛ない会話だったが、
存外、印象深い出来事だったのであろう。

「へえ。鹿目ママはなんて?」
「社長になりたいって」
「社長に? あはは、鹿目ママらしいね」

 母と娘のやり取りが容易に想像できて、さやかは呵々と笑う。
魔法の力に頼らずとも、いずれ独立して会社を興すかもしれない。

「まどかは何が欲しいわけ?」
「わたし? わたしは……なにかな」
「あら」

 返答に詰まる淡紅色の髪の友に、青髪の少女はずっこける振りをしておどけた。
質問者が回答できないとはこれいかに、といったところか。

 そうした二人の様子を見つめていた巻き髪の少女は、ふわりと頬を緩ませた。

「それは、幸せなことかもしれないわよ」
「え?」
「ぱっと思いつかない、ということはそれだけ満たされてるってことじゃないかしら」
「ありがとうございます」

 まどかは先輩の気遣いに感謝する一方で、
かろうじて口にするのを踏みとどまった台詞を思って、
自嘲が表情に表れないよう意図的に笑顔を作った。
我ながら、本当に幸せな頭の中身である。
食べきれないほどのお菓子と答えていたならば、笑われていたに違いない。

 幸いにもマミの興味は別の者へと向いていた。

「美樹さんは、なにかあるの?」
「うん。あたしが求めるとしたら、力かな」
「力、ね」

 さやかはどこか遠くを見つめるような目をしている先輩に力強いうなずきで応える。

「はい。こないだみたくヘンなやつに襲われても、撃退できますし。
そうなったら、いつでもまどかのこと、守ってあげられます。もちろんほむほむも」

 この言葉に黒髪の少女はほんのりと目もとを桜色に染めつつ、目を瞬かせた。

「ありがとう、美樹さん」
「ありがと、さやかちゃん」

 ほむらとまどかに揃って礼を言われた青髪の少女は、くすぐったそうに、へへ、と笑う。
それから、照れ隠しに問いを投げかけた。

「ほむほむは?」
「私は、丈夫な体……かな」

 予想に違わない願いが明るい響きでもって語られたことに、皆が目もとを和ませた。
きっと、遠からずその祈りは届くであろうと信じているのである。

「マミさんは、いかがですか」
「決まっているわ。空を飛び、無から有を生み出す、文字通りの魔法少女としての力よ」

 胸を張ってウインクを飛ばしてくる先輩に、 さやかはやっぱりこの人厨二病だ、という言葉を辛うじて嚥下した。



 さやかわSS、第3話です。お楽しみ頂けましたら、幸いです。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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