天上を切れ間なく覆う闇は言い知れない不安を覚えさせた。
どこまでも不吉に映る黄昏よりも暗き何かは、刻一刻と濃度を増していく。

 見滝原は、不可避の災厄に見舞われようとしていた。
これは自然現象などではない。呪いとも呼ぶべき負の感情が引き金となって生まれた、
あらゆる物理攻撃を跳ね返す強靭さと、尽きることのない絶対的なスタミナ、
更には絶望的なまでの破壊力を併せ持つ魔女、ワルプルギスの夜が間もなく出現する。

 だが、町民たちは外れくじを引いたと嘆く必要はない。
早いか遅いかの違いで、大多数の人類が後を追うこととなる。

 とはいえ、もはやこの星の滅びが確定事項であると断定してしまうのは、いささか早計であろうか。
たとえ0.000000001%にすぎない極小の可能性であっても、
この埠頭に希望が残されている以上、すべてを諦めるのはまだ早いかもしれない。

 唯一対抗し得る力の源となるのは、
この世ならざる力を手にした乙女たちの、無垢なる願いであった。
契約によって己が魂と引き換えに手にした魔力の使い手が、
希望を胸に戦いへと臨もうとしているのである。

 ベテランの銃士と新参の剣士を失いはしたが、
幾多の魔女を屠ってきた赤と黒の戦士が紆余曲折を経て手を取り合い、ここにいる。
現時点においては、これ以上の布陣は考えられない。

「まさかあんたとこうして肩を並べることになるなんて思いもしなかったよ」

 吹き荒ぶ風に揉まれ、舞う赤毛をそのままに長槍を手にした魔法少女は微かに口もとを弓にした。

「正直さ。何を考えているかわからなかったし、どうしようか迷ったよ。
自分でもわかってんだろ? 陰気くさいし、いきなりわけのわかんないこと言うし。
はっきり言って胡散臭いんだよ、あんたは」
「……杏子」

 空はどこまでも暗く、周囲にひと気はない。
この町で避難所にこもっていない者は、おそらく彼女たち二人のみであろう。

「だったらどうして、って顔をしてるな。そんなの簡単さ。
あんたは我が身かわいさに必死なやつとは違う目をしてたからさ。勘を信じることにしたんだ」

 自分のな、と言って杏子はおどけた仕草で肩をすくめた。
気負いを隠すために、無理に道化を演じているのではない。
覚悟ならすでに決まっている。確たる勝算があるわけではないが、
破れかぶれな気持ちではあるはずの勝機が手を離れてしまう。

「ま、気持ちはわからなくもない。何度も何度も失敗して、同じ時間をやり直して、
そりゃ、荒むよな。やってられねえ、って思うよ。思うに決まってる。
あたしが同じ立場だったら、きっと持たなかっただろうよ。
あいつが死ぬところを何度も見せられて、平気でいられるかってんだ」

 強い決意に満ちた台詞に、ともすれば風に溶けて消え去りそうな声が応じた。

「美樹さやかのことは」
「暁美ほむら」

 赤の少女がきつく唇を噛み締める。
思わず口走ってしまった内容を悔いて、目つきを鋭くする。

「それ以上は言わなくていい。いや、言わないでくれ」

 乱れ髪に隠れ、時を統べる少女の表情はわからない。
ただ、明るいものでないことだけは確かであった。

「今のはあんたを責めたわけじゃないんだ。すまない、愚痴っぽいこと言っちまった。
あたし以上に、何度もまどかを失ってきたあんたは、
あたしなんかと比べ物にならないくらい深い悲しみを背負っているってのにな」

 自重の念を、自責の語を、しかし杏子は続けられなかった。

「その必要はないわ」

 かけられた言葉が、赤毛の少女の理解を超えたのである。

「……それって、どういう意味だ?」
「その悲しみと辛さはあなただけのものよ、佐倉杏子。私の想いと比較する必要などない」
「……なるほど」

 黒髪の少女は濃度を高めつつある空の一点を見つめ、拳を握りしめた。
数えきれないワルプルギスとの闘争に、今の形はない。

「でもな、ほむら。これだけは言わせてくれ。
あたしはあんたを信じてよかったと思ってる。あいつを……さやかを救うことができたんだからな」

 ほむらは時間停止の能力により間一髪オクタヴィア化を阻止した。
グリーフシードによって黒く染まりきったソウルジェムは青の輝きを取り戻し、
美樹さやかは人の心を取り戻すことができたのである。

 その後、彼女が生きるという選択を放棄してしまったのは、誰のせいでもない。
傷つきすぎた心では、現実を受け止め切れることができなかったのであろう。

「この剣、見覚えあるだろ? つい持ってきちまった」

 杏子が背負う剣は、さやかが振るっていたそれである。
最後に魔法少女となって、青の剣士が自らソウルジェムを砕いた後も剣は何故か消えずに残り、
所有者を変えて今もここにある。

「じゃ、そろそろ始めるとするか。今度こそ、夜明けを迎えるために」
「ええ」

 持って回った言い回しに時間遡行の能力者は相好を崩しつつ、わずかに顎を持ち上げた。

「礼は言わないわ。それは、あの魔女に勝ってから聞かせてあげる」
「そうかい」

 赤毛の槍使いは今頃になってほむらの髪型が三つ編になっていることを知って驚いたが、
生来の茶目っ気を発揮して、思い出したようにこう付け加えたのである。

「そうだ。美味いタイヤキの店があるんだよ。とっておきだけどあんたに教えてやるよ」
「……小倉以外は認めないわ」
「安心しな。そこは一種類しか置いてねえ」

 その後、数時間にも及んだ彼女たちの戦いは、押し寄せる闇を払うことなく幕を下ろした。

ver.1.00 12/2/12
ver.1.38 12/3/18

〜共闘、そして・舞台裏〜

「あんたがいてくれて助かったよ。熱くなると、あたしはつい前のめりになってしまうからな」

 佐倉杏子はそう言って、壁に自らの獲物である槍を立てかけた。
魔獣の数が多く、思ったより手こずったものの、今日もまた見滝原の平和を守ることができたのである。
「疲れたから糖分補給、ってわけでもないんだけどさ。あんたも、食うかい?」

 腰のポシェットから取り出されたのは、有名菓子メーカー謹製の商品であった。
トマト味と銘打たれたそれは、塩加減の絶妙さがファンの心を捕らえて放さない。

 だが、袋を開けて取り出しやすいように傾けた箱に対して、相棒は何の反応も示さない。

「おーい、どうしたよ。だんまりか?」

 赤毛の少女は冗談めかした台詞と共に街並みから視線を外し、
かたわらに立つ黒髪の戦友を見やる。それでも、返事はなかった。

「どうしたんだ、ほむら。疲れたのか? それともどこか、ケガでもしたか」

 さすがに心配した杏子が顔を覗きこんで問いかけると、
ほむらはわずかに目を見開いて、反芻していた記憶を振り払うようにかぶりを振る。

「ごめんなさい少し考えごとをしていただけよ」
「そうか? ならいいけど」

 元より細かなことを気にしない性格である赤毛の魔法少女は、
プリッツを三本引き抜いて自身の口へと運ぶ。
ついでのように差し出された袋を目にした時間停止の能力者は、
義理のつもりか一本のみを指でつまみ上げた。

「私たちが出会って、どれくらいになるかしら」
「何だよ。やっぱり、頭でも打ったのか?」

 怪訝そうに眉をしかめながらも、気遣わしげに聞いてくる杏子に、
ほむらは柔らかな微笑で応えた。

「そういえば、美味しいタイヤキの店を知っているの。この後、どうかしら杏子」
「珍しいな。あんたから誘いを受けるなんてさ」

 先程までの表情はどこへやら、赤毛の少女が目を輝かせながら大きくうなずく。

「もちろん、返事はYESだ。美味しいタイヤキと聞いて、あたしが黙っていると思ったか?」

 時を操る魔法少女は口もとを弓にしただけで、答えない。
何度繰り返したかわからない時間軸の中で交わした約束が、今日、果たされる。



 久しぶりのまどマギSSです。ほむらの誓いに、杏子の決意に、さやかの想いに捧げます。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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