「やっと終わりましたわ」

 ツインテールの少女は嘆息交じりにボールペンを机の上に放り出すと、
肩の、首に近い側を手のひらで揉み解す仕草と共に椅子の背にその身をもたせかけた。

「白井さん、お疲れさまです」
(ねぎら)いの言葉をかけるのは、遠目には花瓶を頭に乗せているように見える黒髪の少女で、
限られたスペースにところ狭しと並ぶ色とりどりの花は彼女のトレードマークとなっている。
ここは白井黒子と初春飾利が所属する風紀委員(ジャッジメント)の第177支部で、
まだ日は高いのだが二人の他には誰もいなかった。
彼女たちの先輩である固法は非番で、残りのメンバーは見回りを兼ねた清掃活動に従事しているためだ。

「わ、三枚も書かされたんですか。道理で時間を食うわけです」
「加えてそれをまとめたものがありますから、都合、四枚になりますわ」

 ちなみに花飾りの少女は割り当てられた今日の休日を、
始末書を書かされるハメになったツインテールの少女に付き合う日としていた。
数日前に起きたある事件で危ないところを助けてもらったせめてもの礼、と考えての行動である。
もちろん、彼女がそれをわざわざ口に出すことはない。
白井にとって仲間を助けるのはごく当たり前の話であり、
たとえ見知らぬ誰かであったとしても躊躇なく手を差し伸べようとするのだ。
要らぬ気遣いは無用と追い返されるに決まっている。

 同様に、初春にとっては動機の如何に係らず受けた恩には感謝で応えるのが普通で、
友にとって面倒な作業が終わり次第、気晴らしに付き合うつもりで調べ物があるからと顔を出したのだった。

「何しろやらかしてしまったのはつい先日のこと。そこに昨日のアレですもの。
反省が足りないと、枚数を上乗せされましたの」

 閉じていた瞼を片方だけ持ち上げると、ツインテールの少女は気だるげに返事をする。
消しゴムで消すことが可能な鉛筆と違って書き直しが効かないボールペンでの記入は、普段よりも神経を使う。
解答欄に収まっていれば認められるテストやレポートはともかく、
始末書を訂正箇所だらけにするのはさすがにまずい。
自然、枚数を重ねれば重ねるほど蓄積する疲労はいや増すことになる。

「本当に大変でしたね」

 今回は、よくある白井の独断専行が原因でペナルティを負わされたわけではなかった。
爆発物から身を守るための盾として自走するドラム缶にも似た清掃用ロボットを何台も使ったのが、
その理由である。無関係な人間を巻き添えにしないための行動とはいえ、
被害総額が桁違いのものであったため、過失の有無はさておき、
無罪放免とするわけにはいかずやむを得ない措置として採られたのが始末書であった。
ちなみに事件の後、別の支部に属する風紀委員から賞賛の言葉が多数、彼女へと贈られている。

 だからと言って、誇らしさは一文字も生み出さない。損得を考えての行動ではないものの、
手間がかかるだけで何の生産性もない書類作成はツインテールの少女にとって苦痛以外の何物でもなかった。

「まったく、この手の書類は何度書いても慣れることはありませんわね」
「慣れるのもどうかと思いますよ」
「そんなものに慣れたとしても、ちーっとも嬉しくありませんわ」

 げんなりとした表情で筆記用具を片付け始める白井に、初春はそっと眉尻を下げて苦笑する。

「確かに。強制的に書かされるものですし、楽しめと言う方が無理ですよね」
「そうでなければ罰にはならないということなのはわかっていますが」

 現代において、特に科学技術が外と比べて20年から30年は進んでいると言われるこの学園都市で、
今時手書きの文書を作成するなど時代錯誤も甚だしいといって過言ではなかった。
資料の類も基本的にモニター上で表示するか、ホログラフィーを利用して空中に映し出されるのが一般的だ。

 それでも、面白いことに雑誌は完全に消え去ることなく生き残っていて、
多くが廃刊に追い込まれる中、週間や月刊の漫画は学生を中心としたこの町では、
他の追随を許さない断トツの売れ行きを誇っている。
どれだけデジタル化が進んでも、それは変わらないのかもしれない。

「ところで初春。さっきから何を見ていますの」
「ああ、これですか? ちょっと、新しい服を買おうと思ってまして」

 パソコンの画面に映っているのは十代前半の女の子で、
丈の思いきり短いスカートに膝上の白いソックスを履いていた。
掲載されている幾つかの写真は色と生地を変えながら、どれも同じ格好で統一されている。

「かわいらしいですよね」

 目を線にして笑う初春に、白井は上向きに持ち上げた両の手のひらを軽く手元に引き付けるポーズで、
大仰に首を左右に振りつつため息をついた。

「どうしたんですか白井さん」
「まったく。やれやれですわ」

 何かおかしなことでも言っただろうか。
きょとんとした顔をみせる花飾りの少女の眉間に、
ツインテールの少女はびしっと人差し指を突きつける。

「悪いことは言いませんわ。止めておきなさい、初春」
「何を止めるんです?」
「とぼけているのか、本当にわかっていないのか」

 小首を傾げたままの初春に、白井は再度嘆息すると瞳と声に同情の色をにじませて言った。

「あなたのような幼児体型には、ミニスカートは似合わないとあれほど忠告しましたのに」

 数秒の間、二人の間に沈黙が落ちる。
それから、花飾りの少女は握りしめた拳を同時に自身の下腹部に向かって振り下ろす仕草をした。

「失礼ですよ! もう、何を言うかと思えば……。
そもそも、そんな台詞、言われたことなんてありません!」
「はて、そうでしたか」

 平然ととぼけてみせるツインテールの少女に、初春はぷうと頬を膨らませる。
正直なところ、白井の体とそれほど差があるとは思っていない。
胸の膨らみはごくわずかに負けているものの、共に細身の体であり、ボディラインも似通っている。
大きな違いがあるとすれば幼く見えてしまう顔だが、それと体型は別の話だ。

(佐天さんに言われるならともかく。いや、それもイヤですけど)

 今ひとつ己に自信を持ちきれない花飾りの少女は、
胸中独りごちるとにらみつける振りをしても涼しい顔をしたままの友から顔を背けた。
過度に反応するせいでからかわれるのだと、
わかっていてもつい向きになってしまうのが悪いのだろうか。

「冗談はさておき、近頃はこのような格好が流行っていますの?」

 いきなり後ろから抱きつかれて、初春は一瞬声を詰まらせた。
軽く触れ合う頬から伝わるほのかな温もりが、思った以上に心地よく感じられてしまったのだ。

「ごまかそうとしたって駄目ですよ」

 別に怒っているわけではない。
ただ、本心を白井に知られたくないため、花飾りの少女は意図的に突き放すような口調で語を継ぐ。

「さっきのは絶対本気です。本気で言ってました」

 返事はすぐに返って来なかった。
図星だったから、という理由ならばさすがにそれはつらい。
笑ってこの空気を吹き飛ばすことができず、振り向くこともできず、
身動きが取れなくなってしまった初春の耳朶を共の吐息がくすぐった。

「……言い過ぎてしまいましたわ」

 短い台詞へと込められた謝意に、花飾りの少女は小さく息を飲む。
白井が謝るなど、珍しいことだった。

「悪気はありませんの。ただ、初春を見ているとつい、いじりたくなってしまって」
「つい、じゃないですよ」

 思わず笑みがこぼれたのをきっかけに、初春の中にあったもやもやした気持ちが霧散する。
首を抱く腕にそっと手を重ねて、いつもの、気のいい彼女へと戻る。

「流行と呼べるほど人気があるかはわかりませんが、
男の子の間では絶対領域と呼ばれているそうですよ」
「絶対領域? 何ですのそれは」

 聞き慣れない単語に、白井は不思議そうにつぶやいて首の傾斜を大きくした。

「軍事境界線のはずはありませんし、ユニットの名前でもありませんわね」

 おそらく、いつまで経っても友が答えにはたどり着けないであろうと踏んで、
花飾りの少女は次のヒントを口にする。

「そうですね。では御坂さんが丈の長いニーソックスを履いた姿を想像してみてください。
生地は太ももの半ばまで隠れるくらいで、スカートを着ています」
「ここに映っているものと同じですわね」
「ええ」

 白井は我知らずごくりと生唾を飲んだ。
想像する。愛してやまない、考え得る限り最高の理想であるお姉様、
御坂美琴がそうした衣装に身を包んだ姿を思い描く。
心のフィルムに刻み込まれた記憶をフルに活用し、完璧に再現する。

「ニーソックスとスカートの間には何がありますか?」
「お姉様のなめらかで柔らかな白皙の肌ですわね。
世界中のありとあらゆる財宝を集めて並べたとしても、その輝きは勝るとも劣らないですわ」

 聞こえてくる声に、ツインテールの少女はややかすれた声で答えた。
そして、気づく。すべてを理解する。

「……!」

 白井はカッと目を見開いた。
衝撃と呼ぶより他はない感情が背を駆け抜ける。
手足の隅々まで、否、脳細胞のひとつひとつに至るまで、
感電した時のように得体の知れない何かが体中を巡っている。

「まさか、絶対領域というのは……」
「そう。そのまさかですよ」

 驚愕するツインテールの少女が茫然と見やる先で、
ゆっくりと開いた初春の唇が肯定の言葉を紡ぎ出す。

「ミニスカートとハイソックスの間に覗く肌を示す言葉なんです」

 白井は衝撃のあまり声を失った。




後編

ver.1.00 10/2/24
ver.1.67 10/2/28

〜とある乙女の絶対領域・舞台裏〜

「ところで御坂さん、どうですこの格好」

 道端で制服姿の美琴に出会った白梅を模したヘアピンをつけた少女、佐天涙子は、
挨拶もそこそこにいきなりその場でくるりと一回転した。
ちなみにここはそれなりに人の往来がある通りで、
動きに合わせてふわりと舞うスカートの生地に男子学生の視線が集中し、
直後、あわててそっぽを向く姿に乙女たちは無論、気づいていない。

「そういえば初めて見るわね」

 常盤台のエースはしげしげと友人である後輩の衣装を眺めると、
大きくうなずいて頬をほころばせた。

「へえ、似合ってるじゃない。おニューの服?」

 なるほど、これは十分自信を持っていいレベルだ。
白地に間隔の広い紺のストライプが入った肩紐で吊るタイプのタンクトップに、
ひらひらとしたレース地のスカートと太ももの半ばまでを覆うハイソックスの組み合わせは、
過度ではないものの露出度が高めでありながら、健康的な年相応の愛らしさが感じられる。
佐天の程よく小麦色に焼けた肌も、その印象を強めているのかもしれない。

 一方の美琴は、ほぼ毎日のように外出をしているにも係らず肌は白いままだった。
もしかすると、それは彼女の能力が持つ隠れた力なのだろうか。

「そうなんですよ。ついこの間、初春とウインドウショッピングをしていて、
たまたま見つけたんです。もう、その場で即買いですよ」

 えへへと目と口元を弓にして、佐天は自分の顔に立てた人差し指を寄せながらウインクを飛ばした。

「いわゆる一目惚れってやつですね」
「そっか、一目惚れかあ」

 超電磁砲の少女はそうつぶやくと、不意に満面を笑みにして相槌を打つ。

「あるわよね、そういうの。私も昨日、かわいい寝巻きを見つけちゃって」

 子ども服売り場に飾られていた小さなカエルのキャラクターが水玉よろしくプリントされたそれは、
瞬時に、思い出すだけでうっとり目を細めてしまうくらいに御坂美琴のハートを射抜いたのだった。

 と、その時である。

「……!?」

 常盤台のエースは突然自身の二の腕をかき抱き、あわてて周囲を見回した。
特に不審な物音や人物の存在はなかったように思えた佐天は、不思議そうに小首を傾げる。

「どうしたんですか?」
「今、何だかすごく不快な気を感じたの。こう、背筋がぞわぞわとするような」

 気のせいと呼ぶには生々しい感覚だったとみえて、
声のトーンを落として言った美琴は、きょろきょろと辺りに視線を巡らせ続けている。
もしこれが超能力者(レベル5)でなければ感知できない種類のものだとすれば気味の悪い話なのだが、
柳すら立っていない平地では幽霊の姿を見つけることは難しい。

(まさか、とは思うけど)

 白梅の少女は胸中つぶやいて、ふと浮かんだ考えを口にした。

「風邪、じゃないですよね」

 電撃使いの少女は手の甲を首筋に当てて、うーん、と一声うなる。

「それはないと思う。熱、ないでしょ?」

 問いかけると同時に、突然迫ってきた美琴に佐天は大きく目を見開いた。
あわやぶつかるその瞬間まで速度は緩まらず、固く目を閉じた直後、額に柔らかな感触が触れる。

「どう?」
「あ、ええと」

 白梅の少女が思わず口ごもってしまったのは、驚きもさることながら、
ぶつかる、と身をすくめたところに、額同士を触れ合わせるという予想外のスキンシップを受けたことに、
どぎまぎしてしまったからだ。

(御坂さんって柔らかい。同じおでこなのに、どうしてこんなに違うんだろ)

 考えてもせん無きことと佐天は小さくかぶりを振ると、ややぎこちなく笑顔をみせた。
ほのかに頬が赤いことに、当の本人は気づいているのかどうか。

「そうですね。熱はないみたい、です」
「でしょ? 何だったのかしら、今の」

 美琴はしばらくの間、首をひねっていたが、
結局、気のせいだったのだと自身を納得させることで悩むのを放棄したのだった。



 またおバカなお話です。一応、予告どおり百合色なお話ではあるのかもしれませんが。
続きはなるべくすぐに書き上げたいと思います。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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