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「さて、花柄の下着をつけたお嬢ちゃん。覚悟はいいかい?」
佐天は手にしたカードを見えるか見えないかの角度で保持したまま、そう言った。
余裕の笑みは手札が揃っているためか、それともチップの数において圧倒的に有利であるからか。
「さっきも言ったはずですよ。覚悟完了です」
すでに腹をくくった初春の前では、動揺を誘う言葉や挑発は意味を成さない。
もっとも、覚悟ができていないと言ったところでゲームの続行を宣言している以上、
今さら撤回することはできないのだが。
「では、いきます」
とはいえ、捨て鉢になっているわけではなかった。
着衣の枚数差は絶望的であるものの、彼女は決して勝負を捨ててはいない。
たかが遊び、されど遊び。この程度の逆境で気持ちが折れるようでは、風紀委員など務まらないのだ。
「私の手は、KとAのツーペアです」
卓上に提示されたカードを見て、
着膨れた現代版十二単少女はほんの少し目を見張り、遅れて口の端をぐっと持ち上げた。
「なるほどね。どおりで降りないわけだ」
続いたさすがだね、という賞賛のつぶやきはあながち世辞ではないのだろう。
果たして待つのは勝利か、敗北か。どちらとも取れる相手の台詞に初春はごくりと生唾を飲む。
「でも」
そして、ゆっくりとテーブルに置かれたトランプのうち、五分の三は女王の絵柄で占められていた。
「惜しかったね。私の手は見てのとおりQのスリーカード」
佐天は上向けた手のひらで札を示してから、
言葉を失った親友に、ズボンを回収しつつにこりとほほえみかける。
「さあ、初春の秘密を語ってもらおうかな」
「うー」
いくら覚悟を決めていたといっても、実際に秘密を語るとなるとたじろいでしまったのだろう。
それでも、椅子に座り直した時には花飾りの少女は観念していた。心の制理を済ませた、と言ってもいい。
「では、最初は軽めのネタからいきますね」
初春はそっと挙手して、苦しゅうない、と満足げにつぶやく着膨れした友を正面から見据えた。
佐天は、近所のご老体がする昔語りに好奇心むき出しで耳を傾ける幼子のように瞳を輝かせていた。
「実は」
「うんうん、実は?」
軽快な相槌に促されて、秘密は硬さを含んだ声で紡がれた。
「実は私、その、まだ……なんです」
着膨れ少女は沈黙した。初春もまた、口を閉ざした。
無言のままに見つめあうこと十数秒、静けさを破ったのは着膨れガールだった。
「まだってなにが? まさか初春、実年齢は小学生だけど飛び級で中学に在籍してたの?」
「聞き捨てなりませんよ佐天さん。私のこと、そんな風に思っていたんですか!」
花飾りの少女は思わず叫んでいた。
「失礼なことを言わないでください。私はれっきとした中学生です。実際の年齢も、中学生です!」
「そっか。それは失礼」
気にしているところを指摘されて喜ぶものはない。
少し意地悪だったかと内心反省しながら、佐天はわずかに首を傾げた。
「だったら、まだってなんの話?」
「それは、つまり、アレです。しょ……」
「しょ?」
「初潮です」
初春は恥じらうあまり耳の先まで赤く染めて、うな垂れる。
佐天涙子は学内においても、人生においても最上の友にして無二の存在であるが、
こういった類の話を明け透けにし合ったことはなかった。
これは真に心を許していないためではなく、性格によるところが大きい。
初春飾利は気さくで気立てがよく情に厚いが、人並みに、あるいはそれ以上に恥ずかしがり屋でもある。
遅かれ早かれ訪れるとわかっていても、思春期を迎えようとする年頃の娘が、
他人は他人と簡単に割り切れるものではない。
しかし、返ってきた反応はまったく予想もしないものだった。
「署長? ああ、したっぱってこと?」
目を丸くした佐天は、毛糸の帽子から覗く髪先からこぼれ落ちようとする汗を指先で払うと、
とても優しい笑顔と言い聞かせるような口調で語を継ぐ。
「そんな、自分を卑下するような台詞を言わなくてもいいんじゃない?
知ってるよ。初春が、がんばってること。私は知ってるから」
風紀委員に所属するメンバーの中で、花飾りの少女はもっとも若いと言っても過言ではない上に、
白井黒子のような高レベルの能力者でもない。情報収集に関してはプロ顔負けの実力があるとはいえ、
後輩はおらず立ち位置は第一七七支部における最下層である。
無能力という認定に強いコンプレックスを抱く佐天涙子にとっては、
身につまされる話だったのかもしれない。
それが改めて口にするような、罰ゲームに見合う秘密であるかどうかはさておいて、
大切な友が自身に対してそのような評価を下しているのだとすれば、
聞き流すことなどできるはずがなかった。
「でも、今度そんなことを言ったら怒るからね。スカートくらいじゃ済まないと思っていいよ」
冗談めかしてはいるが、今の言葉に込められた想いがどれだけ大きなものだったか、
初春はしっかりと理解していた。だが、彼女の表情に気遣いへの感動や、
苦言を呈してくれたことへの感謝といったものはみられない。
ただ、驚愕のみに彩られていた。うめき声すら出せなかった。
まさか、勘違いされるとは思ってもみなかったからだ。
もし、羞恥心を刺激するためにわざと勘違いをした振りをしていたならば、
気恥ずかしさなど忘れて、もしくは怒りがそれを上回って、反駁することができただろう。
しかし、着膨れた親友はなんの悪気もなく、本当に意味を取り違えてしまっていた。
見ればわかる。素で、ボケている。
「どうしたの初春、黙り込んじゃって。もしかして惚れ直した?」
よしんば相手に強い好意を抱いていたとしても、この状況で想いが増すのはおかしい。
花飾りの少女は心からそう思った。
「は」
憤っているせいか、呆れているのか、それともやるせない現状への嘆きがそうさせるのか。
震える声で、風紀委員の少女は親友に言葉を叩きつけた。
「発音は同じですけど違います! 月のものです! 月に一度来る、女の子の日です!」
ない穴を掘って埋まりたくなる心境とは、きっとこのようなものなのだろう。
初春は半分泣きそうになりながら告白した。とんだ罰ゲームである。
初めこそ驚いていた佐天だったが、ほどなくニヤニヤとし始めた。
「うは、そうだったんだ。ふーん、なるほどね」
「もう。どうして納得しているんですか」
体を完全に横へ向けた状態のまま、花飾りの少女は唇を尖らせつつじろりと横目で友を睨む。
今日の出来事を他人に知られた日には、嫁に行けないどころか表を歩くことすらはばかられる。
バナナの皮で足を滑らせて、寒さ対策に履いた毛糸のパンツを大勢に目撃されるよりも、
もしかするとダメージは大きいかもしれない。
「聞きたい?」
「聞きたくないです」
嫌な予感を覚えて初春はあわててそう言ったが、着膨れ平安少女は構わず言葉を続けた。
「いや、つるつるなのはそれが理由なのかなと思ってさ」
「……!?」
花飾りの少女は油が切れた蝶番(ちょうつがい)のようにぎこちない動きで佐天の方へと顔を向け、
目の乾きを忘れて凝視した。耳に届いた音声が持つ意味を咀嚼するのに、十秒では足りなかった。
できることなら、理解できないままでいたかった。
「バカじゃないですか! できれば今すぐ死んでください! 今すぐです!」
初春は視界が歪むほど、一斉に頭部へと血流が集まる感覚に襲われていた。
目の前に鏡があれば、実際に火を噴いたかどうか確認するところである。
辛みではなく、辛さ百倍、激辛ならぬ激辛だった。
考えられる中でも、優に最低を突き抜ける最上の最悪だった。
「うわ、初春が暴言を吐いた」
びっくり、と口を輪の形にする着膨れ少女に、花飾りの少女は背を向けた。
ぽかぽかと胸を打つ程度では許せそうになかった。
「あれー、初春? おーい、初春ー」
いくら呼びかけても返事はなく、気まずさを感じずにはいられなかったとみえて、
佐天は次第に苦笑から申し訳なさそうな顔になっていった。
「ごめん。ちょっと悪ふざけが過ぎちゃったみたいだね」
ごめん、と繰り返しながら相手の背に向かって頭を下げる行為は、無駄には終わらなかった。
謝罪に込められた真摯な気持ちは、かろうじて初春へと届いたのである。
「佐天さんなんて知りません」
「そんなこと言わないでよ」
無視されなかったことに内心安堵しながら、
着膨れ少女はテーブルを回り込んで親友のすぐ側までにじり寄った。
一瞬、躊躇してからほっそりとした体にそっと腕を回して抱きしめる。
「お詫びに、私の秘密を話してあげるから。ね?」
「……もう」
初春は、そっぽを向きながら密かに苦笑した。
たとえ何があっても、この人のことは許してしまうのだろう、
とぼんやり考えてしまった自分がおかしかったからだ。
「それで、なにを聞かせてくれるんですか」
「そうだなあ。じゃあ、軽めのジャブを」
見事にもこもこな十二単の少女は友の体から離れる気はないらしく、耳元に囁きかけた。
息を吹きかけられる形になって、花飾りの少女は少しくすぐったそうに身をよじらせるが、
そのままの態勢を受け入れている。
そうしたほのぼのとした、どこか甘やかな空気は次の台詞によって変質した。
「この間の話なんだけど、私、初春のことを考えながらすごいことしちゃったの」
「なんですか、すごいことって」
ぎょっとする初春に、佐天は目を細くし、妖しい笑みで言う。
「出したり入れたりするの。何を、とは言わないけど。あ、昨日もあったよ。
初春のことを思いながら、せっせと指を動かしたっけ」
「なんなんですか、それは」
理解の範疇を超える言葉の羅列に、花飾りの少女は声をかすれさせた。
いったい、何を言っているのだろう。どうしてもこうも、落ち着かない気分になってしまうのか。
半分以上思考がストップした状態での問いかけは、独白めいて聞こえる。
「わからない? ねえ、初春。本当にわからない?」
「え、いや、あの、佐天さん?」
花飾りの少女は腕をずらして手を握ってくる親友の方へと振り返ろうとして、愕然とする。
潤んだ瞳を正視していられなかったのは、正答を得てしまったが故だ。
明かされたのは先ほどの、二次性徴に係る話などとは比べ物にならない秘密だった。
「私の気持ちに、気づいてないなんて言わせないよ」
ぴたりと体を密着させてくる佐天に、初春は声を上ずらせて返事をする。
「そんな、でも、ちょっと、私、その、困ります」
自分でも何を口走っているのかわからなくなりながら、目を泳がせる。
そうした友の様子に、現代版十二単の少女は器用にも片側の眉を小さく持ち上げた。
「ほう、困る」
「困りますよ」
「どうして?」
「どうして、って」
まともな言葉で答えられないことも、今置かれている状況も、否応無しに伝わる熱も、
耳朶をくすぐる吐息も、視線も、何もかもが花飾りの少女を混乱の極地へと追い立てる。
思考回路はショートし、蓄積ばかりで排熱が行われない頬は火がついたようだった。
高まりすぎた鼓動のせいで、呼吸することさえ困難だった。
詰み、だった。打つ手など、どこにもなかった。
「佐天、さん」
何も考えられない中、初春が求めたのはその名を口にすることだった。
ただ、実際に声を出すことができたのかどうか、怪しかった。
そもそもこれは、現の出来事なのだろうか。
じりじりと上がり続ける室温と相まって、ますます思考を困難なものにする。判断力を、奪う。
このまますべてを委ねてもいいとさえ考えてしまう。
そうした幻想は、次の台詞によって完膚なきまでに粉砕された。
「いやあ、初春の家に遊びに行くのに、手ぶらなのもどうかなと思って、
趣向を凝らしたゲームを考えながら歯磨きをしただけだよ。
あ、もう一つはドライヤーで髪を乾かしていた時の話」
「……!?」
花飾りの少女はさながら石像のパントマイムのように、首だけで振り向いた姿勢のまま動きを止めた。
もはや、何がなんだかわからなかった。
そして、佐天はあっさりとした口調で前言を翻した。
「なんてね、冗談だよ。本当は、部屋に飾ってる人形を初春に見立ててちゅーをしようとした。
本番前の練習台に使ったの。これが、私の秘密」
「なんだ、そうでしたか。……って、えー!?」
息つく間もない怒涛の攻めに、初春の頭の中は真白になった。
冗談ならば、いい。しかし、真実を述べていた場合はどうだろう。
下手に突っ込んだ質問をすれば、これまで築き上げてきた関係が壊れてしまいかねない。
少なくとも、変わってしまうことは想像に難くない。
現時点では、パンドラの箱へと手を掛ける気にはなれなかった。そんな覚悟は、持てなかった。
佐天にとっても、それは同じだったのかもしれない。
「さ、たった今初春が考えていたことを、包み隠さず言ってご覧」
「包み隠さずと言われても、私は、部屋の鍵を開け閉めしているとばかり思っていましたが」
熱っぽく見つめあいながら軽口を叩く様は、端からすれば奇異なるものに映ったことだろう。
「簡単には誘導尋問に引っかからないんだね」
「なんのことですか」
素面ならば言えないことも、罰ゲームを建前とすれば吐露が可能となる。
同時に、あくまでこれはゲーム内の話とする、保険を掛けることができるのだ。
「じゃあ、その秘密、すべて暴いてあげる。ネクストゲームだよ、初春」
「はい。望むところです」
この後、互いに秘密を暴露することで羞恥の極みを垣間見た二人が、
肝心な部分を聞きだす前にしとどに汗で濡れた身を床に横たえるまでそれほど時間はかからなかった。
ver.1.00 10/8/19
ver.2.20 10/8/29
〜とある乙女の脱衣遊戯・舞台裏〜
固法の強さは圧倒的だった。
「私のターンね」
細く長い指が流れるような動作で二枚のカードをテーブルに置き、山から同数の札が抜き取られる。
眼鏡の風紀委員は手役のいかんにかかわらず瞳に映る感情の色は一定で、発する声は柔らかく、
薄っすらとした微笑み口元を浮かべたまま決して表情を変えることはなかった。
共に着ている枚数は変わらず、欲望の権化となった白井との対戦に幾度も勝利を収めてきた美琴だが、
ゲーム開始から三連敗、十分足らずで残りの衣服は上下の下着とスパッツのみになっている。
ここまで一方的な展開になった大きな理由は、ポーカーフェイスの有無にあるのかもしれない。
片や手札によって一喜一憂を顔に出してしまう者と、
一切の情報を遮断することができる者とが戦って、いずれが有利であるか、言うまでもないだろう。
ともすれば勝負の行方よりも電撃使いの少女の白い肌に目を奪われがちなツインテールの少女も、
鼻の下を伸ばしてばかりはいられなかった。
(まさか、固法先輩がここまでやり手だったとは、思いもしませんでしたわ。
お姉様の引きだって悪くありませんの。いえ、むしろかなりのものですのに)
プロのディーラーやイカサマ師が相手であるならともかく、
学生同士の勝負では、通常それほどの差は生まれない。
学園都市における能力のレベルは、イコール頭の良さと言って過言ではなく、
複雑な演算を瞬時に行うことで、文字どおりの超能力を生み出している。
美琴も白井も、必死になることなく学業の面でもトップクラスの成績を保持できるのは、
真面目であるのもさることながら、中学生が教わる程度の内容ならば、
授業の後に、最初から最後までそらんじることもそう難しい話ではないのだ。
いくら相手が高校生とはいえ、美琴はこの点においてハンデを背負ってはいない。
つまり、単純に運の要素が勝負を左右するはずである。
(ですが)
白井はすっと目を細めて鼻腔いっぱいに空気を吸い込んだ。
先ほど、眼鏡の先輩がカードを切っていた時も手馴れていると感じたものだが、
そう思って見ていると、素人離れした動きをみせている。
また、意図的に隠そうとしているようだが、レンズの奥から時折放たれる鋭い眼光は、
冷静に観察している者の目をごまかしきれるものではない。
(このままでは、お姉様は一糸纏わぬ生まれたばかりの姿をさらすことになりかねませんわ。
もしそんなことになれば、わたくしは、わたくしは……)
と、その時だった。
「ちょっと黒子」
電撃使いの少女のうなじに張り付くような態勢を取っていたツインテールの少女は、
呼びかけに応えてゆっくりと瞼を持ち上げた。
「なんですの、お姉様」
「なんですの、じゃないわよ。さっきからアンタの鼻息がくすぐったくて仕方ないんだけど」
「へ?」
横目でじろりとにらまれて、初めて白井は自分の格好に気づく。
どうやら、無意識のうちに最大限、香りを楽しむべく体が反応していたらしい。
「これは失礼。お姉様の、まぶしくきらめく磁器のようになめらかな肌を前に、
黒子は蜜に惹かれる蟻のごとく引き寄せられていたようですわ。
ああ、なんとかぐわしき匂いでしょうか。わたくしは今、天にも昇るような心地ですの」
「いいから離れなさい。こっちに集中できないでしょ」
美琴は鼻息荒く身を近づけてくる後輩の顔面を手でつかんで無理やり引き離そうとするが、
いくら力を込めても一向に彼我の距離に変化は広がるどころか徐々に狭まりつつあった。
そう。スイッチが入ってしまった白井黒子は、引かず媚びず顧みない。
拮抗した、不毛な力比べはそれから三十秒ほど続いて、
電撃使いの少女の前髪付近でバチッと青白い火花が散った。
「それとも、そのまま天に召されたいわけ?」
「お姉様の手で昇天する。ああ、何だかわたくしゾクゾクしてきましたわ」
もはや処置なし、である。
「黙りなさい、色魔」
美琴は、電圧を落とした激しい電流をたっぷりと白井に注ぎ込んだ。
「そろそろいいかしら」
美琴が足元で痺れて動けない後輩から視線を上げると、目が合った固法はにこりとほほえんだ。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、楽しいものを見させてもらったわ」
何度仕置きを食らっても、めげることなく過度のスキンシップを求めるツインテールの少女と、
世間一般の認識として声をかけることすらはばかられる常盤台のエースが交わすやり取りは、
端からすれば愉快極まりない光景に映ることだろう。
御坂美琴をこんな風に動揺させられる存在は、世界広しといえど五指にも満たない。
「御坂さんは、今回も自信があるみたいね」
「はい」
美琴は恐縮モードから一転し、力強く笑んだ。
残るチップはあと三枚だが、いい手が来ているらしく表情に弱気の色は見られない。
はたして、勝利の女神はどちらにほほえむのか。
一拍の後、両者は同時にトランプを表に向けて、対照的な反応をみせた。
「フルハウスよ」
「くーっ、こっちはストレートだったのに!」
髪の毛をくしゃくしゃとかき回す電撃使いの少女をよそに、
固法は穏やかな表情のままカードを切り始める。
「なんという引きの強さですの」
ようやく身動きが取れるようになった白井が、テーブルにしがみつくような態勢で眼鏡の先輩を見やった。
これで、四連勝となる。偶然にしてはできすぎているが、特に不自然な動きは見られなかった。
(イカサマをしていたとしても見抜けなければそれは通常のプレイと同じことですの。
勝負に関与できない以上、わたくしにできるのは不正が行われないよう監視することだけですわ)
固法は胸中独りごちる後輩を見透かしているかのように一瞥をくれると、
テーブルの中央にカードの束をセットした。
「さて、御坂さん。次のゲームを始める前に、チップの引き渡しをしてもらうわよ」
「……はい」
美琴はぐっと下唇を噛んでからスパッツを脱ぎ捨て、
背中に腕を回してブラジャーのホックに手をかけた。
これにあわてたのは当事者たちではなく、ツインテールの少女だ。
「お、お姉様。それ以上脱がれては、美しいお肌が白日の下にさらされてしまいますの……!」
「だけど、しょうがないじゃない。これは、そういう勝負なんだから」
常盤台のエースは胸元を左手で覆いながら言うと、
前を向いたまま手にした下着を白井に押しつける。
「お姉様、あの、これは」
「腕、まっすぐ伸ばしたら丸見えになるでしょ」
小さく唇を尖らせる美琴の横顔をしばし茫然と見つめていたツインテールの少女は、
不意に大きく目を見開いて、眼鏡の先輩に体ごと向き直った。
「わかりました。それでは、わたくしが責任を持って預からせていただきますわ固法先輩」
「心配しなくても、取り上げないわよ」
白井は安堵の顔を見てから胸の双丘を覆う下着の柔らかな生地に頬ずりをしようとして、
じっと積まれた札に視線を固定させる常盤台のエースを目にしてはっと息を飲む。
次の瞬間には空間移動を行使して、
室内の備品置き場から大きめのタオルを見繕い、再び同じ場所へと戻ってきた。
「お姉様、さすがにその格好は目に毒ですの。これを」
パンティ一枚で気持ちを強く持ち続けることは難しい。
いくら学園第三位といっても、年頃の少女であることに変わりはないのだ。
「アンタ……」
美琴は白い布を差し出す後輩にまず驚いて、
それから、ほっとした様子でほんの少しはにかんだ。
「ありがとう、黒子」
「何を仰いますやら。お姉様をお支えすることは黒子の喜び。
お姉様のためでしたら、わたくしはいつでも身を粉にして働きますわ」
そうでなければ、何のために常盤台のエースの近くにいるのかわからない。
ただ側にいるだけなら、誰にでもできる。
ツインテールの少女は、ブラジャーに顔を埋めることも忘れてにこりとほほえんだ。
だが、和やかな空気は前触れなく異質なそれに取って代わられた。
「余計なこトを」
「は?」
美琴たちは空耳を疑い、我が目を疑った。
尋常ならざる狂気の色を宿した瞳をした、この人はいったい誰なのだろう。
「余計なコトをすルな!」
所作の端々に知性を感じさせる固法の面影はそこになく、
あるのは狂おしいまでの衝動に衝き動かされる何かだった。
「ミ……ミコサミミ、カ……ミコ……ミコミミ、コト」
意味不明な語を壊れたレコーダーのように繰り返す姿は異常性に満ちていて、
その有り様に立ち尽くしていた二人だったが、先輩が口の端から白い泡をこぼして身を震わせながら、
歯を剥き出しにし、爪を立てて攻撃の意思を示すのを見て、我に返った。
「お姉様!」
「わかってる」
白井は空間移動を使って美琴ごと固法の裏側に回り、直後、バチッと青白い雷光が室内に満ちる。
「すみません、固法先輩」
気絶した先輩を抱きかかえつつ電撃使いの少女は、申し訳なさそうに言った。
もしかすると、精神に直接働きかけるタイプの能力者に攻撃を受けたのだろうか。
しかし、相手を意のままに操れる力を持った者の話など、聞いたこともない。
「何が起こったのでしょうか」
「わからない」
得体の知れない事態に薄ら寒さを覚えつつ美琴はかぶりを振った。
固法が目を覚ましたら、まっさきに前後の事情をたずねる必要がある。
「お姉様、タオルが」
「あ、本当だ」
先ほどは体に巻いている時間などなかったため、タオルは椅子の背にかけられたままだった。
常盤台のエースは、うっとりと見つめてくる後輩の視線が、
露になった女性特有の膨らみが描く胸部の曲線に固定されているのを見て、
今さらながらに自身が下着一枚であることを知覚する。
「あー、っと。あのさ、黒子」
「どうかしましたの、お姉様」
ほんのりと頬を桜色に染めながら小首を傾げる白井に対する美琴の怒りは、羞恥心を凌駕した。
「どうかしましたの、とか私の胸をガン見しながら言うんじゃない!」
だが、痺れてもなお熱い目線を一点に送り続けようとする姿は、ある意味、賞賛に値しよう。
最初に考えていたものとは少しオチが変わりました。
二人(初春と佐天)の関係について、少し踏み込んだ内容となっています。
それにしても、これだけ猛暑が続くと頭も沸いちゃいますよね。
鈴原は、きっと、そういうことなのだと思います、とすべてを気候のせいにしてみます。
舞台裏は、次の事件へのプロローグを兼ねたお話です。
美琴を脱がせたくて書いたわけでも、オチが思いつかなくてこうしたわけでもありません。いえ、本当です。
黒子への折檻は、いつでも楽しいです。これも、本当です。
それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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