「いらっしゃ……い」

 扉を開けると、雪だるまがそこにいた。
正確にはそう見えただけで、幾重にも様々な衣服を着込み、薄手のマフラーを首に巻き、
毛糸の帽子を頭に乗せ、手袋を装着した上に伊達眼鏡をつけた佐天涙子であったが、
その様はもはや季節にそぐわないというレベルをはるかに超えて、異様と言うより他はない。
 着物を使わない十二単(じゅうにひとえ)の見本の悪しき例とも呼ぶべき格好は、
見るからに暑苦しく正気の沙汰とは思えなかった。
たとえどれだけ重い風邪を引いたとしても、盛夏にこんな服装をする者はまずいるまい。
汗をかけば治るというが、それより先に体が衰弱しきってしまうことは請け合いである。

「や、初春」

 こちらの驚きを一向に介することなく、
今すぐにでも我慢大会を始められそうなもこもこの友人がにこやかに軽く手を上げるのを見て、
あまりの衝撃に立ち尽くしていた初春はようやく答えることができた。

「いったいどうしたんですか、そんな格好をして。今、真夏なんですよ?」

 呆れるべきか、驚くべきか。それともここは怒るところだろうか。
視覚的に体感気温を上昇させかねない五センチ以上の衣服を着用した者はお断り、と。
しかし、気のいい風紀委員(ジャッジメント)の少女に誰かを締め出すことなどできるはずがない。
赤の他人であっても十中八九無理なのに、親友ともなればなおさらである。

 もっとも、立ち入りを拒んだところで、一枚の厚みは五センチ未満であると言い張られ、
結局通してしまうのが関の山で、アクティブな佐天の前ではどんな言葉も意味朦朧といったところか。

「別に体内の温度検知器がおかしくなったわけじゃないよ。スタンド攻撃も受けてないし」
「スタンド?」

 道端で電気スタンドを手にした男が襲ってくる光景を想像して、初春はぱちぱちと瞬きをした。
見るからに暑苦しいこの姿に、激昂する人がいたとしても不思議ではない。

「ほら、思い立ったが吉日って言うじゃない」

 会話は断線気味だった。
もしかすると、佐天は本当に風邪を引いているのかもしれない。主に頭の方が、だ。

「吉日かどうかは知りませんけど、今、うちのクーラー壊れちゃってるんですよ。
そんなに着膨れした格好だと、冗談抜きで一時間もしないうちに干からびちゃいますって」
「なんだってー」

 台詞の割にはショックを受けていない様子で、着膨れマンならぬもこもこガールは大仰に仰け反った。
売れない芸人の相方を務めているような気分になって、花飾りの少女はわずかに目を細くする。

 しかし、いつまでも入り口でコントを続けるわけにはいかない。
いつ何時、隣近所の住人が通りかかるかわからないのだから。

「ですから、脱いだ方がいいですよ」
「あー、そうだね」

 友の身を案じて言う初春に、佐天は曖昧な笑みで小さく首を傾げるばかりだ。

「暑くないんですか?」
「いや、暑いよ。できれば今すぐここで脱ぎ散らかしたいくらい」
「お願いですからそれだけはやめてください」

 女学生、乱心か。今時、三流スポーツ新聞の見出しにもならないようなネタであるが、
近所で噂になるのは間違いない。さすがに、そんなことで後ろ指を指されるのはご免である。

「というわけで、脱衣ポーカーをしよう」
「へ?」

 思わず聞き返す初春の肩をつかんで、雪だるま少女は意気揚々と室内に押し込む。
そのまま自身も扉の内側へと滑り込み、ガチャン、と後ろ手に鍵を閉めると、
にひひとイタズラ小僧のように目を線にする。

「まあ、私が一人、テーブルの上でストリップショーを始めるのもいいんだけどさ」
「普通に脱いでください」
「そんなのつまらないじゃん」
「つまるとかつまらないとか、そういう問題じゃありません」

 ここまで一事が万事、突っ込みどころが満載な佐天は珍しい。
だからと言って、無条件に楽しい気持ちになれなれるほど脳内麻薬の分泌は活発でないらしく、
花飾りの少女は困った風に目尻を下げている。

「ね、しようよ脱衣麻雀。違った、ポーカー」
「大丈夫ですか、佐天さん。なんだか目が空ろですよ」

 窓を開けているものの、今日は風の通りがすこぶる悪い。
加えて三和土(たたき)で身を寄せ合っているのだから、その熱量は押して測るべし、である。

「しよう。私、初春としたいの」

 潤んだ瞳で熱っぽく詰め寄られて、花飾りの少女は言葉に詰まった。
茹だるような熱気のせいなのだろう、半眼となった佐天は夢見心地のような目つきになっている。

「もう」

 互いの息が触れ合う態勢になってから初春が折れるまでかかった時間は、五秒を切っていた。

「そんなにしたいんですか、脱衣ポーカー」

 それは無条件降伏を意味する返答だったのだが、着膨れ少女はまったく聞いていなかった。

「したいしたいしたい。してくれなきゃ、ちゅーするからね。ほっぺた舐めなめの刑だから」
「えー!?」

 したい、をしばらく連呼してから佐天は不意にニヤリと口の端を持ち上げて言う。

「ただ、初春としてはキスをされるのはやぶさかではなかった」
「もう、私の胸中を捏造しないでください!」

 実はこっそり悪くないなと思っていた初春は目元を桜色に染めながら怒った振りをしてごまかす。
その時、彼女は唐突に場違いかつキツネ付きの症状に見舞われたかのような服装の理由を察した。

「まさか、この勝負のために着込んできたんですか?」
「もちろん」

 臆面なく満面の笑顔で言ってのける友人に、花飾りの少女は思わず額を押さえる。

「大体、なんなんですか脱衣ポーカーって」
「うん? 映画とかで観たことないかな。ただ、チップの代わりに脱いだ服を上乗せするだけだよ」

 あっけらかんと答えると、佐天はこめかみから流れ落ちようとする汗を手の甲でぬぐった。

「いや、あの、着ている枚数が違いすぎるんですけど」

 もっともな指摘である。平安ガールと夏服少女のどちらが有利か、火を見るより明らかである。
だが、アクセルをベタ踏みで暴走する佐天に、そのような理屈は通じない。

「初春は今まで涼しい目にあってきたじゃない。だから、おあいこ」
「そんなのむちゃくちゃです!」
「いいじゃん。減るものじゃないし」

 いくら反論したところで黙殺されるのがオチである。初春はうう、とうなることしかできなかった。

「よし、決まりだね。そういうわけで、ルールを説明するよ」

 こうして、うやむやのままに戦いの火蓋は切って落とされたのである。


「と言っても基本はごく普通のポーカーだから。五枚ずつ手札を配って、交換するだけ。簡単でしょ」
「交換は、何回できるんですか?」
「一回ずつでいいんじゃない。何回もするのは面倒だし、その分チップの消費が早くなるからね」

 切り終えたトランプをテーブルの中央にセットすると、佐天は中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。

「それで、勝ち取った服はどうするんですか」
「勝者が好きにしていいの。自分で履いてもよし、変なところに着せてもよし。
だから気をつけてね初春。パンツは高確率で帽子代わりになるから。面白そうでしょ?」
「それはひどすぎます!」

 不正がないよう確認してみたところ、佐天は下着を含めて十八枚、初春は四枚だった。
それはイコール初期のチップであり、支払いの際には脱いでテーブルに置く。

「さあ、イカサマがないかどうかチェックだよ初春」
「別にいいですよ」
「なにを言ってんの。カードをシャッフルしている間に私が仕込んでいたらどうするわけ?」
「そうですね。じゃあ、カードを切ります」

 毒を食らわば皿まで、と初春は開き直ることにした。
ゲームをすると決めた以上、いちいち反論したり疑問を覚えたりしていては楽しめない。
適当にカードの山を半分取り下半分を持ち上げてその上に載せると、佐天は至極満足そうだった。

「そうそう。一つ、特別ルールを加えようと思うんだけど」
「今度はなんですか」
「服の代わりに秘密を明かすこともできる、とか。どうかな」

 意図的にそうしているのだろう。
着膨れした少女は声を落として言ってから、意味ありげに口端の一方を吊り上げる。

「秘密を?」
「そう。お互いに、隠し事の一つや二つはあるはずでしょ。
それを白状したら下着を剥ぐのを遠慮してあげるよ、ってこと」
「どうして下着限定なんですか」
「その時は初春の心が丸裸になるだけだよ」

 胸を張って言ってから、佐天はカードを一枚ずつ両者の前に、交互に配っていく。
花飾りの少女は苦笑した。それ以外に、どんな表情を浮かべればいいのか思いつかない。

「もしかして、それを言わせたかっただけですか?」
「甘い。私は初春を素っ裸にするためにここへ来たの」
「もう、なんですかそれ。白井さんじゃないんですから」

 確かに今の発言は二人がよく知るツインテールの少女を髣髴とさせる。
今頃、白井は常盤台の女子寮でくしゃみを連発しているかもしれない。

「はい、五枚ずつ」
「ありがとうございます」

 律儀に礼を口にする初春に、佐天はピッと裏面を見せたカードを人差し指の代わりに立てた。

「さあ、初春。神様にお祈りは済ませたかな?
部屋の隅でガタガタ震えながら下着乞いをする心の準備は、ちゃんとできてる?」
「そんな準備はしたくありません」
「硬くならずともよい。だが、いい面構えだ少女よ」

 どこかの誰かになりきっているとみえて、着膨れガールは重々しくうなずいている。



「うーん」
 初春に配られたカードはスペードの2、(クイーン)、ハートの6、クラブの3、4だった。
手役はなしの、ブタである。Qを交換し、5を引けば2〜6のストレートとなるが、
狙いどおりに行く確率はかなり低い。
ゲームを降りるという選択肢もあるが、そうしなかった場合、最低三枚のチップが必要となる。
一度でも負ければ、下着一枚でゲームを続行しなければならない。
つまり、勝たなければすぐにでも全裸の上に秘密を暴露せざるを得なくなってしまう。

 ちなみに佐天が参加料として差し出したチップは左の靴下で、花飾りの少女はTシャツである。

「個人的な意見としては、スポーツブラじゃなくてきちんとしたのをつけて欲しかったな」
「変なこと、言わないでください」

 着膨れ少女は忍び笑いで応えつつ、余裕の笑顔を崩さない一方で、
部分的に涼しさを味わっているのか踵を床に置いた状態で指を丸め、伸ばす動きを繰り返していた。
そして、扇のように並べたトランプで口元を覆いつつ、勝利の宣言を行う。

「ふっふっふ。初春に脱衣ポーカーの心理戦ってやつを教えてあげるよ」

 歴戦のギャンブラーであればともかく、ゲームの勝敗に絡む運以外の要素はほぼ皆無の中、
佐天涙子はどうしてここまで自信を持つことができるのか。
それは昨夜、岩に乗ったカエルを叩くと不思議な音がする漫画の二十三巻を読んだばかりの彼女に死角はないと、
心から信じているからだ。

「カードチェンジ、いくよ。私は二枚」
「どうぞ」

 捨て札はテーブルをすべり、ギリギリ縁のところでストップした。
破棄したカードは非公開、というのは暗黙のルールらしい。

「ところで佐天さんのチップは?」
「よくぞ聞いてくれたね初春。ちょっと待ってて」

 言うが着膨れ少女は早いかセーターの腹側から手を突っ込みもぞもぞとし始めた。
きょとんとした顔の初春からの視線を浴びつつ、
姿を現したのは胸部に着用する洋装下着、すなわちブラジャーだった。淡いクリーム色だった。

「私はこれを賭けるよ」
「本気ですか!?」
「本気だよ。マジと書いて本気と読む」

 佐天の言っていることがおかしいのは、熱気によって脳のネジが緩んでいるせいだろう。
しかし、これは初春にとって由々しき事態である。
こんなものを出してくるということは、余程いい手札が揃っているということだ。
あるいは、暗に強い手役があると見せかけて降りさせる、心理戦に持ち込もうとしているのか。

「さ、どうするの初春」
「ちょっと待ってください」

 花飾りの少女は考える。
先ほどカードを捨てた時、佐天は左側に固めた三枚を手元に残した。
スリーカードから手を伸ばそうとしているのか、
それともフラッシュ(同じ柄が五枚揃う役)ないしはストレート狙いの、単なるブタなのか。
ワンペアだとすれば、あと一枚を残す意味がわからない。

 考慮すべきは、彼女が提示したチップがブラジャーである点だった。
それも、いくらでも他のものを用意できるにも係らず、である。

 ブタ同士ならば、まだいい。
だが、もしスリーカードだったならば、初春にはストレート以外に勝ちの目はないことになる。
チップを積み増した上に勝負をするには、少々分の悪い賭けだった。

「このゲームは降ります」

 花飾りの少女は苦渋に満ちた表情で手札を卓上に放り出し、
Tシャツを勝者が座るテーブルの向こう側へと差し出す。

「そっか、降りちゃうんだ」

 台詞とは裏腹に、着膨れ少女はほっと息をついていた。
どうやら、あまりいい手ではなかったらしい。

「それで、佐天さんの手はなんだったんですか」
「ブタだよ」
「え?」

 虚を突かれた初春の顔が面白かったとみえて、佐天はおかしみをたたえた笑みをこぼした。

「ストレートを狙ってみたんだけど、ダメだったの」

 花飾りの少女が茫然としている間に、投げ出されたトランプは山になっていた札と混ぜ直さていく。
本当にブタだったのかどうか、今となっては確認することはできない。
ただ、場を支配しているのは明らかに佐天であることはわかった。

「さあ、次行ってみよう」

 戦利品のTシャツをマフラーの上から肩にかけた着膨れ少女は、切ったカードを配りだした。

「私のチップはこれで」

 着け直すのが面倒なだけかもしれないが、手袋がテーブルに置かれる。
対する初春の参加料は、ズボンだ。代わりに婦女子の胸当てを脱ぎ捨てるという選択肢を採るつもりはない。
ちなみに手札はハートのQと(キング)、スペードのKにクラブの(エース)、2で、
取り敢えずはツーペアが確定している。

「私は二枚チェンジね」
「私は一枚です」

 花飾りの少女は、軽く唇を尖らせて口笛を吹く振りをする親友の視線を真っ向から受け止めた。
降りるつもりがない以上、このゲームに駆け引きは存在しない。

「今度は降りないんだ」
「佐天さんこそ、降りるなら今のうちですよ」
「言ってくれるね、初春」

 着膨れ少女はいったんトランプをテーブルに置き、右の手袋をするりと抜き取った。
今度は無難なものを選んだようだ。後から、ブラジャーを出したことが恥ずかしくなったのだろうか。
それとも、頭に乗せたままになっているのを、忘れているだけか。

「それで、何をチップにする気なのかな?」
「私は」

 上下の下着のみとなった初春は、それらを簡単に差し出すことはできなかった。
ならば、賭けるものはこれしかない。

「秘密を、かけます」
「グッド」

 佐天はノリノリで答えた。
それが言いたくてこのゲームを始めたのだと思わせるくらい、本懐を遂げた満悦振りだった。



後編

ver.1.00 10/7/31
ver.2.00 10/8/4

〜とある乙女の脱衣遊戯・舞台裏〜

「あら、お二人さん。いいところに来たわね」
 風紀委員(ジャッジメント)活動第一七七支部 にやってきた美琴と白井を迎えたのは、満面の笑みを浮かべた眼鏡の先輩だった。
その、二つの豊かな膨らみが普段よりも強く自己主張しているように感じられて、
電撃使いの少女は、ほう、と思わず羨望の吐息をもらしてから、あわてて目線を持ち上げ挨拶をする。

「こんにちはー、固法先輩」
「ごきげんよう、固法先輩」

 ツインテールの後輩も声をそろえて一礼し、固法は目を弓にしたまま会釈で二人に応えた。
美琴の視線に気づいていたのかどうか、その表情からは読み取れない。

「それで、いいところというのは」
「ちょうど、ゲームをする相手が欲しかったのよ」

 眼鏡の先輩はこの上なく上機嫌だった。
理由はわからないが、相手を求められたことを常盤台のエースは素直に嬉しく思って頬を緩める。
同時に、興味を覚えた。固いイメージのある固法がはまるものとはいったい何なのか。

「どんなゲームですか?」

 自然な流れで質問が飛び出した途端に、
眼鏡の先輩は待っていましたとばかりに手を打ち合わせて立ち上がった。

「ちょっと、準備をするから待っていて」

 そう言い残すや返事を待たずに部屋の奥へ向かう固法に、
美琴は小さく首を傾げつつも言いつけどおりその場に留まることにする。

「あの、お姉様」
「ん?」

 軽く袖を引かれて、常盤台のエースは意識をかたわらの後輩へと向ける。
白井は視線を眼鏡の先輩へと固定したまま小声で語を継いだ。

「妙ではありませんか」
「妙って何が」
「固法先輩の様子が、ですわ」
「そう? まあ、言われてみればいつもとどこか違うような気はするけど」

 先ほどのやり取りは普段の固法からすると多少強引だったように思うが、
取り立てておかしいというほどではない。
しかし、ツインテールの後輩にとってはそうではないらしく、思案顔でうーん、とうなった。

 眉が寄せられたかと思うと離れ、眉尻が下がり、ぴくりと動く。
目を凝らして室内を見回した後は瞼を閉じ、口をへの字にしながら腕を組む。
そうした姿を見ていると段々おかしみがこみ上げてきて、
美琴が思わず吹きだしかけたその時、白井は突然カッと目を見開き笑いの成分は霧散した。

「どうしたの」

 問いに応えてツインテールの後輩は部屋のある一点を指し示すと、ひそひそと言ってくる。

「お姉様、あそこをご覧くださいませ」
「テーブル? あ、チョコレートボンボンじゃない。あれ、結構好きなのよね」
「奇遇ですわね。わたくしもですわ」

 一瞬、美琴にほほえみかけてから、
白井はすぐにごそごそとロッカーを探っている眼鏡の先輩に目線を移した。

「では、もう一度固法先輩をご覧くださいませ」
「うん」

 常盤台のエースは言われるままに先輩を見つめてみたのだが、
指摘された私物とのつながりや変化を発見することはできず、苦笑混じりに隣へ視線を戻す。

「ごめん、わからないんだけど」

 もったいぶるつもりはないらしく、ツインテールの少女は即、説明を開始した。

「アルコール、ですわ」
「アルコール?」

 耳に届いた音が持つ意味をにわかに理解し損ねた美琴が鸚鵡返しにたずねる。
それは風紀を取り締まるための部屋に、馴染まない単語だった。

「ええ。固法先輩は、酔ってしまっていますの」
「え?」
「つまり……」

 白井はさっと口を閉ざすと、目を点にしている電撃使いの少女からすみやかに距離を取る。
探し物を見つけたとみえて、固法が顔を上げてこちらを振り向いたからだ。

「待たせちゃったわね。二人ともこっちに来てくれる?」

 美琴たちは顔を見合わせるも、おとなしく部屋の奥へと向かう。
間仕切りに囲まれたスペースの、片付けられたテーブルの上には、
よく見知ったケース入りのカードが置かれていた。

「あの、ゲームというのは」
「ポーカーよ」

 何を言われるのかと内心ドキドキしていた電撃使いの少女はひそかに胸を撫で下ろす。
だが、安堵は直後に一掃された。

「ポーカーといっても着衣をチップに戦う、脱衣ポーカーだけどね」
「へ?」

 聞き返してしまったのも無理はない。何しろ先輩の口から想像を絶する提案がなされたのだ。

「そういうことでしたらわたくしがお相手いたしますわ、固法先輩」

 こういう時、頼りになるのは常人離れした思考に浸ることが多い白井である。
彼女は一切動揺することなく、美琴をかばうように一歩前に出て眼鏡の先輩と相対した。

「殊勝な心がけね。でも、私は御坂さんを脱がせたいの……ああ、失礼、戦いたいの」

 とんでもない台詞をこぼす固法は自信ありげに悠然と構えている。
すでに、勝った気でいるのかもしれない。

「よもや、わたくし以外の人間がそのようなことを堂々と口走るとは夢にも思いませんでしたわ」

 とはいえお姉様の魅力をもってすれば望む人間は山ほどいるでしょうけれど、
と内心独りごちつつもツインテールの少女はひそかに戦慄する。

「ところで白井さん」
「なんですの」

 怪訝そうに眉をひそめる白井に一瞥もくれることなく眼鏡の先輩はぽつりとつぶやいた。

「Dドライブの隠しフォルダ」
「な……ッ!?」

 突然劇画タッチの陰影を顔に投射させて後ずさりをする後輩に、美琴は驚いて声をかける。

「ちょっと黒子、どうしたのよいきなり」
「すみませんお姉様。わたくし、固法先輩と戦うことができなくなりましたわ」

 白井はぐっと唇を噛みながら視線を伏せた。
その胸中を写し取ったかのように、頭の両側に垂れるツインテールがしおれて見える。

「では、勝負を始めましょうか御坂さん」
「……わかりました」

 美琴は固法に向かって不敵な笑みをみせながら椅子を引いた。
酔った人間をいくら正論で説いたところでおそらく徒労に終わる。
そして、着衣を賭けた勝負だからといって尻込みする必要はない。勝てば服を脱がずとも済むのだから。


 テーブルについた両者に五枚のカードが配られ、
双方ともチェンジも済んだところで固法は嫣然と唇で弓を描いた。

「随分と自信があるみたいね」
「はい。Qのスリーカードです」

 言いながら美琴はカードの図柄を開示した。
手札が回ってきた時点ではブタだったものが、四枚を交換することでついた役である。
並々ならぬ引きの強さといえよう。

「さすが、と言うべきかしら。学園第三位まで上り詰めた者は、運も兼ね備えているということか」
 あながち世辞でもないらしく、レンズの向こうに覗く瞳には微かに賞賛の色が浮かんでいる。
そう。それは相手の健闘を称える感情だった。

「でも、残念だったわね。私はクラブのストレートなの」
「げ、マジですか」

 電撃使いの少女はわずかに頬を引きつらせ、背後に立つ白井がはっと息を飲む。
固法は二人の後輩を等分に眺めながら、ふふ、と唇を持ち上げて楽しげに問いを放った。

「制服の上着? それともスカートかしら」
「まずは、靴下からです。それと、髪飾りを」

 握りしめた左右のソックスと髪飾りを突き出す美琴の瞳は、熱くたぎっていた。

To be continued...



 この手のネタをしょっちゅう見かけるともっぱらの噂ですが、いえいえとんでもございません。
今回は脱衣ポーカーのお話です。夏の暑さで佐天さんの脳が、ちょっぴり沸いてます。
続きは、なるべく早くアップしたいと思います。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



とある魔術の禁書目録小説お品書き
その 他の二次創作SSメニュー
inserted by FC2 system