「さ、お先にどうぞアーニャちゃん」

 脱衣室から浴室へとつながる扉を開いた状態で保持したまま、
一糸も纏わぬ金髪の生徒会長、ミレイ・アッシュフォードは目と口元を弓にした。
視線の先にあった淡紅色の髪を持つ全裸の少女はわずかにうなずくと、
礼を口にしつつ湯気が立ち込める部屋への入口をくぐる。

「すごい広さ」

 常日頃感情を表に出すことのないアーニャは無感動な口調でつぶやいて、
それでも物珍しさを感じてか周囲を見渡した。
 普段は結い上げている髪を下ろしボディタオルを手にした彼女は、
年相応のあどけなさを感じさせる外観からは想像もつかないであろうが、
帝国最強の騎士であるナイトオブラウンズの一員だ。
今は、故あってアッシュフォード学園の生徒会に身を置いている。

「シャーリーも入ってはいって」
「すみません、会長」

 空いた手で招き入れようとするミレイの仕草に応じて、
おそらくこの場に会する生徒の中で誰よりも均整の取れた肢体を持つシャーリーが、
会釈と共に浴場へと軽やかな歩みで足を踏み入れた。

 彼女たち生徒会女性メンバーが居るのは有名な温浴私設でもなければ、
ホテルに併設された温泉でもなく、ましてや著名なる貴族の屋敷に招待された訳でもない。
ここはれっきとした、アッシュフォード学園の施設である。

「そっか、アーニャちゃんは今日が初めてなんだっけ」

 アッシュフォードの寮に住まう生徒たちの大半は、学園内の施設である大浴場を利用する。
無論、個別の浴室は各部屋に用意されてはいるが、
さすがにゆったりと足を伸ばせる広さはないため、
他人に肌を見せることを嫌う者以外にとっては実にありがたいものであった。

 裸の付き合いをすることで生徒間の交友関係を広げ、
あるいは深めるために作られたのかどうかは不明であるが、
設備の良さ、清潔感、水質、使い勝手などについて寮生からアンケートを取ったところ、
結果はおおむね好評で、こうした浴場の存在は、
近隣の学校と比して絶大な人気を誇る理由の一つに数えられよう。

「二人は、いつも一緒?」
「んー、そうね。大抵は」

 小さく首を傾ける少女を横目で見やりつつ、ミレイは足を止めた。
入り口から程近い場所に取りつけられたシャワー設備を現在利用している者は居ない。

「ここに来たら、取りあえずかけ湯代わりにシャワーを浴びてね」

 ミレイ自身が水質管理をしている訳ではないものの、
そこは生徒会長らしく少しでも皆が気持ちよく使えるようにとの配慮を忘れることはない。
循環装置を使って水が綺麗にされているとはいえ、
利用時間が終わるまではすべてを入れ替えることはできないのである。

「わかった」

 カランをひねりながら、アーニャは了解の意思を伝えるべくわずかに顎を引いた。
見れば、浴槽の周りには洗面器の類は置かれていない。

「ところでさ、シャーリー」
「はい」

 目を閉じてシャワーを顔に浴びていたシャーリーは、声をかけられた右隣へと顔を向けた。

「企画って言うほどのものでもないんだけどね、ちょっと思いついたことがあって」
「はあ」

 曖昧にうなずいて、先輩の瑞々しい肌が注がれる水滴を弾き、
首筋から胸元にかけての滑らかなラインを伝う様を眺めていると、
月齢が若い月のように緩やかな弧を描く何もつけずとも艶やかな唇から、
想像もつかなかった驚きの提案が発される。

「生徒会メンバーが一日ホストをやってみるのはどうだろう、ってね」
「生徒会有志によるホスト部……ですか?」

 素っとんきょうな声をあげる後輩の声を聞いて、
立ち込める湯気の向こうでしてやったりとばかりにミレイはにんまりと笑った。

「それって、ルルたちがホストになるってことですよね?」
「ご名答」

 正答であったと告げられてもなお、シャーリーの呆気に取られた顔つきに変化はない。
これまでも様々な思いつきを実現させてきた会長であったが、
今回もまた、突拍子もない思いつきであった。

 そうして瞬きをすることすら忘れたかのように立ち尽くす後輩に、

「ルルーシュ一人だったらさすがにできなかったと思うんだけどね。
ま、一人でも問題はない気もするけど、カバーできる範囲が限られてしまうでしょ」

 でも、と金髪の生徒会長は笑みを深くして、

「ジノくんという新たなメンバーが加わった今なら、
このイベントもあながち与太話と言えなくなるんじゃない?」

 同意を得るためと言うよりは規定事実を話すような口調で言葉を続ける。

「ジノくんだったら、十中八九面白そうだからって協力してくれそうだし」
「同感」

 これにはアーニャが賛意を示し、ミレイは満足そうにうなずいた。
共に戦ってきた戦友がこうもあっさり肯定するからには、おそらく間違いはないだろう。
しかし、あの金髪長身の若者とは短い付き合いではあるにも関わらず
平時における彼の性情をすでに理解している辺りはさすがによく見ている。
もっともこの場合、彼女の観察力を褒めるべきなのか、
ジノがあまりにもわかりやすい行動を取っているからなのかは判断に迷うところではある。

「あとは、スザクくんが居てくれたら言うことなしだったけど、こればかりは仕方ないわね」
「スザクくん、忙しいですもんね」

 形の上ではアッシュフォードに戻ったスザクは、現在ナナリー付きの武官となっている。
更にはナイトオブラウンズの一員である以上優先されるのは当然ながら軍の仕事であり、
かつてのように学校へと通うことは容易ではない。

「それはそうと会長」

 シャーリーは再び想いを寄せる少年の顔を思い浮かべながら、

「本気なんですか? ルルたちがホストだなんて」

 微量の非難を込めた眼差しを生徒会長へと向けた。
自分では気づいていないのだろうが、鼻の頭にほんの少ししわを寄せている。

「ま、大丈夫でしょ」

 後輩が何を言わんとしているかを完全に理解した上で、
ミレイはわざと誤解をした振りをした回答を返した。

「ルルーシュは会長命令だって言えば、はいはい、って仕方なさそうに従ってくれるはずよ」

 まさにその通りであったため、

「そりゃ、そうですけど」

 シャーリーは口をへの字にしながら、
反論することができずにカランを回してシャワーを止める。

 なんだかんだと言いつつも、
ルルーシュが会長命令に従わなかったことはなかったのではないか。
実際、いくら記憶を掘り返してみても彼が首を横に振る姿は見当たらなかった。

 これは、あくまでも実行可能なことのみを命じてきた結果なのだろうか、
そう思う一方でこうした考えも頭に浮かぶ。
つい首を縦に振らせてしまうカリスマ性がミレイ会長には備わっているのかもしれない、と。

「そういう訳だから」

 シャーリーがあれこれと思索を巡らせている間もミレイの語りは続いていた。

「リヴァルを含めた三人によるホスト部、ロロくんを加えたら四人ね。十分じゃない?
キャラもかぶっていないし、難点を挙げるとすれば参加者全員をさばききれないくらいかな」

 本気とも冗談ともつかない調子で楽しそうに笑う左隣の生徒会長に、
アーニャがぽつりと進言する。

「だったら、抽選で参加者を絞ればいい」
「なるほどね。それも一つの手、か」

 少ない人数で済むのならば、
開催場所をわざわざ確保せずとも生徒会室を飾り付けることで事足りる。

 ミレイはしばらく思案顔をみせた後、再び視線を後輩へと移した。

「シャーリーならどうする? って、聞くまでもないか。ルルーシュ以外を選ぶはずないもんね」
「わ、私はそんな」

 的を射た指摘にしどろもどろになるシャーリーへ、更なる追撃の言葉が投げかけられる。

「いつもより、優しい言葉をかけてくれるルルーシュ。
姫に仕える騎士のように恭しく、気遣いに満ちたまなざし。
愛しのルルが褒められたり、我がままを聞いてくれたり……」
「そ、それは、確かに嬉しいですけど!」

 シャーリーはぎゅっと目を閉じ、会長の台詞をさえぎった。

「私は、そんな風に作られた優しさじゃなくって、ホントのルルの……」
「うんうん。本当の、何かな?」

 しまったという顔で絶句する後輩を見るミレイの表情は優しい。
しかし、親身になって聞いている様でありながら、目は笑っていた。

「な、何でもありません」

 うっかり色んなことを口走りかけた気恥ずかしさを振り払うように、
シャーリーは頬を赤らめたまま勢いよく踵を返し、
そのまま浴槽に向かって歩き出そうとして、はたと立ち止まる。

「でも、一日くらいなら……いいかな」

 音には出さずに口中つぶやく、恋する乙女の胸中は複雑だった。
好きな人から大切に扱われることは嬉しくないはずはないが、
振りではなく本心からの行動でそうしてもらいたいのである。
とはいえ、たとえ一時の夢に過ぎなくとも、会長の提案はあまりにも魅力的な誘惑であった。

「シャーリーさん、どうかした?」
「え?」

 いつからそうしていたのか下から覗き込んでいるアーニャの赤みを帯びた瞳と目が合って、
シャーリーがあわててぱたぱたと手を振る。

「あはは、なんでもないの」

 二人の様子を眺めながら、ミレイは形のよい顎に軽く握った拳を添えた。
この分だとシャーリーは積極的に反対しないであろうし、
アーニャも反対意見をに唱えるとは考えにくい。
ジノとリヴァルが乗り気になることは目に見えており、
たとえルルーシュ一人が反対したところで、
多数決をもって開催の是非を諮ったとしても企画を通すことができる。

 ただ、気になる点が一つあった。

 それは、

(ごく一部の生徒しか参加できないイベントは少し考え物よね。
何より、 ルルーシュが他の女の子たちにも同じように接するところをシャーリーに見せるのは酷、か)

 未練がないと言えば嘘になるが、ミレイはいったんこの件を棚上げすることを決めた。
やはり、催し物は種類を問わず皆で楽しむに限る。

 そうと決まれば話は早い。金髪の生徒会長は早速後輩の名を呼んだ。

「シャーリー」
「はい」

 向けられたアーニャとシャーリーの視線を受けながら、ミレイがやんわりとほほえむ。

「まだやると決まった訳じゃないから、取りあえずこの話は保留ということで」
「わかりました」

 多少は残念な気もするが、シャーリーは会長の言葉に否やはなかった。
むしろほっとしていたというのが正しい心情であったのかもしれない。




「いいお湯」

 浴場に居る生徒の数はそれなりに多かったが、
浴槽は三人がゆったりとしたスペースを確保できるだけの十分な広さがあった。
物心がついて以来人と風呂に入ったことのなかった淡紅色の髪を持つ少女にとって、
これは初めての経験であり、今のつぶやきは本心からのものである。

 風呂につかることで思いがけない心地よさを覚えていたアーニャは、

(そういえば、スザクが言ってた。これもエリア11の風習だ、って)

幼子がよくそうさせられているようにきっちり肩まで湯に浸かっていた。
頭の上には一度水にさらした後、手のひらサイズの大きさに折りたたんだタオルを乗せている。
大浴場を訪れる前に調べてみたサイトに載っていた文章から学んだ作法であった。

 ふと連れ立ってやって来た二人の生徒会メンバーを見やって、
そういえば先ほどから会話が途絶えたままであることに気づく。
考えごとをしているせいなのか、入浴を楽しんでいるためのか判別がつかない。

 この沈黙は少女にとって決して嫌なものではなかったが、唐突にあるやり取りを思い出した。

(この人なら、どう答えるだろう)

 視線を感じてか、金髪の生徒会長が小さく首を傾ける。
それを見てアーニャは、せっかくの機会だからとたずねてみることにした。

「一つ、聞いてもいい?」
「どうぞ」

 淡々とした問いに応え、ミレイが穏やかに口元をほころばせる。

「会長は、とても立派」

 少女の言葉は短く、さすがにこれだけでは質問の意図はわからなかった。

「シャーリーさんも」

 自分の名を呼ばれて、シャーリーがきょとんとした表情をみせる。
いったい何が立派だと言うのだろうか。

「前に、ジノに大丈夫と言われた」

 内心首をひねる二人の目の前で、アーニャはこう結んだ。

「私も、大きくなる?」

 まったく予想もしなかった質問に、
ミレイは一度シャーリーと顔を見合わせて、すぐに小柄な少女にほほえみかける。

「そうね。個人差があるからはっきりとは言えないけれど、まだこれからじゃないかしら」

 アーニャの年は十四であり、成長期の訪れは人によってまちまちだ。

「二、三年後にはうんと背も伸びているかもしれないし」

 可能性としては、十分ある。

「そう」

 だが、少女がたずねたかったのは胸の話であり、身長のことではなかった。
それでもこの場で会長の勘違いを訂正し再び問いかけることはためらわれて、

「ありがとう」

 アーニャは無意識のうちに、
よほど注視しなければわからない程度に瞳を和ませて礼を口にするのだった。





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ver.1.03 08/07/06
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〜ミレイ会長の思いつき舞台裏〜

 扉を開けたアーニャを出迎えたのは、タキシードに身を包んだ四人組だった。

リヴァル「いらっしゃいませ! 最初のお客さまはアーニャさまです!」
ルル  「いらっしゃいませ、アーニャさま」
ジノ  「ようこそ、アーニャ……さま」
ロロ  「いらっしゃいませ、アーニャさま」

 各々が相応の恭しさで一礼をし、
向かって右端に立っていたメンバー中もっとも軽い印象を受ける少年が愛嬌のある笑顔をみせる。

リヴァル「本日のご指名はどちらになさいますか?」
アーニャ「じゃあ、ルルーシュくんで」

 かけられた問いに、淡紅色の少女は最初から誰を選ぶかを決めていたかのように即答した。

リヴァル「さっそくお呼びだぜルルーシュ」
ルル  「ああ、わかっている」

 ルルーシュが気負いを感じさせない表情で小さくうなずく。
ある意味これは予想通りの展開であり、特に驚きもない。

ジノ  「まあ、これが順当なんだろうな」
ロロ  「一番に指名を受けるなんて、さすがは兄さん」

 誰もがノリノリであるのは言うまでもない。
もっとも、ルルーシュ以外はまったくの素であるのだが。

ルル  「さあ、アーニャさま。どうぞこちらへ」
アーニャ「……」
ルル  「アーニャさま、今日もお召し物がよくお似合いです」
アーニャ「そう? いつも通りだけど」
ルル  「たとえそうであっても、私の目にはそう映ります」
アーニャ「仕事とはいえ、大変ね」
ルル  「いえ、こうしてアーニャさまと言葉を交わせることに無上の喜びを感じています」

 淡々と表情を変えることなく言葉を続けるアーニャを前にしても、
ルルーシュの完璧な笑顔はまったく揺るがずにいた。
ブリタニア帝国を脅かす仮面の男、ゼロの演技力は並のものではない。

 その時、奥からロロが紅茶セットを運んできたのだが、

ロロ  「どうぞ……熱ッ」

 誤って熱湯をはねさせてしまい、

ルル  「ロロ、大丈夫か?」 ロロ  「はい、なんとか……あっ」
 弟の手を取りつつルルーシュは視線にいたわりを込めて言った。

ルル  「まったく、気をつけなきゃ駄目だろう。ちゃんと水で冷やしておくんだぞ」
ロロ  「うん、ありがとう兄さん」

 ランペルージ兄弟の様子を少し離れた場所から眺めつつ、ミレイがつぶやく。

ミレイ 「麗しい兄弟愛か。この組み合わせは使えそうね」
ジノ  「普段はクールなところを見せつつ、いきなりガラリと態度が変わるのもありかな」
ミレイ 「なんだか、舞台を作っているみたいな気がしてきたわ」

 そんなミレイたちを、リヴァルは涙目で見つめていたという。



 アーニャを加えた新生徒会女性陣によるお風呂での出来事、でした。
テーマは 恋する乙女は夢見がち?と同様、恋ということになるのでしょうか。

 前回に引き続きアーニャが登場、あとはミレイとシャーリーという組み合わせですね。
ホスト部計画はいったんお流れとなりましたので、おまけで少し書いてみました。

 そうそう、実は密かに天子さまSSのリクエストを頂いていたりします。
ユフィ×スザクの話よりも甘いものが出来上がることは必至でしょうか。

 しかし、この日の本放送はショッキングな内容でした。
もしかしてこれは、と思っていたらロロの瞳が赤く……。
まったく別の意味でオレン……いえ、ジェレミア卿には驚かされましたが。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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