「それにしても今日は一段と冷えるわね」

 陽光に映える煌びやかな白亜の建造物、アッシュフォード学園の生徒会室で、
緩くウエーブするセミロングの ブロンドを気だるげにかきあげる生徒会長の独語めいたつぶやきに、
同じテーブルに着いていた亜麻色のロングヘアの少女は手元の書類から目線を持ち上げて、
続く動作でそのまま右隣へと顔を向けた。

 ミレイ・アッシュフォードの横顔は同性の目からも非常に整って見え、
青の瞳をどこか憂鬱そうに窓の外へと投げかける姿はぐっと来るものがある。
もしここに男子生徒が居合わせたならば、
思わず見惚れるか心配のあまり声をかけてしまうか、そのどちらかではないだろうか。

 しかし、金髪碧眼の生徒会長が物憂げなのは悩みごとがあるせいでも、
体の調子が悪いわけでもなく、単に退屈なだけである。
少なくとも、シャーリー・フェネットの目にはそう見えた。

「そうですね。急に気温が下がりましたから」

 先輩の、 冬服の上からでもわかる見事なばかりの双丘から腰のかけてのラインを視界に収めつつ、
亜麻色の髪の乙女はそっと息をつく。
昨夜は風呂を上がったあとすぐに眠らなかったせいか、鼻の通りがいまいち悪い。
すするまではいかないものの、 奥の方に何かが詰まったような感覚は気持ちのいいものではなかった。

 と、ミレイが気遣わしげなまなざしと共にシャーリー、と後輩の名前を口にする。

「少し鼻声になってるし、こじらせないよう気をつけて」
「やっぱりですか」

 先輩の指摘にシャーリーは苦笑に似た曖昧な笑みを浮かべた。
心配をかけまいと黙ってはいたものの、
自覚症状があるくらいなのだから気づかれたとしても無理はない。

「んっ」

 生徒会長は固まった体を解すように組んでいた足を伸ばすと、
肌寒さを解消するためか今度は両膝を合わせて擦り合わせるような動きをみせた。
美脚と呼んで一向に差し支えのないなめらかな曲線は、
十代ならではの瑞々しい健康美と成人女性が持ち得る色香を感じさせ、
男子の目に触れれば垂涎の的となることは疑うべくもない。

「まあ、それほどひどい症状が出ているわけではないですし、
用心さえしていれば大丈夫と思います」
「ええ、そうして頂戴」

 言いながらミレイが再び足を組み替えたのを見て、シャーリーは二度瞬きをした。
ほんの一瞬、スカートの中身が丸見えになったからだ。

 それでも驚きはごく短い時間でかき消え、

「はい」

 亜麻色の髪の少女はすぐに笑顔を取り戻した。
一緒に入浴をしたこともある仲である以前に同性同士、
それが純白であろうがどれだけ綺麗であろうが、
下着の一つや二つが見えたところでそれほど気にはならない。

 そのため、シャーリーはあえて言及しないという選択肢を取ることにした。
気づかない振りをするというのも親切のうちであり、
他の生徒会メンバー、特にリヴァルが居ない現在、目くじらを立てることではない。

 だからと言って、シャーリーが同じ行為に及ぶことは決してないだろう。
そこまで大胆になれるような性格ではなく、
そもそも誰かに見られているかどうかの問題ではないからだ。

 ただ、これはミレイの貞操観念が薄いということにはつながらない。
もちろん狙っている訳ではなく、また、見られることに喜びを覚えているわけでもない。
単に己の姿が他人の目にどう映るか、あまり気にしていないだけなのである。

 何しろ、彼女の興味は主として自分以外の人間に向けられている。
他人の世話を進んで焼き、人の秘密を知りたがり、しかしそれを他言することはなく、
大のお祭り好きにして悪戯好き、それがミレイ・アッシュフォードなのだ。

「今日はみんな来ないんだっけ?」
「そうですね、リヴァルは私用があるからと会長が来る前にここに来て言ってましたから多分」

 そっか、と金髪の生徒会長は相槌を打ち、
すっと立ち上がると腕を頭上に持ち上げて伸びをした。

「ニーナは仕上げたい論文があるとか言ってたわね」
「スザクくんはお仕事と言っていました」

 そのため、先ほどからシャーリーはせっせと書類整理を進めている。
ちなみにテーブルの上へ山と積まれた紙面に書かれているのは、
次なるイベントの要望を兼ねたアンケート結果で、
最初から諦めるつもりはないもののとても今日中に作業を終えられる量ではない。

「あれ、ルルーシュは?」
「はい、ルルはナナちゃんに何か頼まれごとがあるから、って」

 それを聞いた途端、ミレイはにんまりと頬を緩めた。

「あら、それは残念ね」

 一つ席を詰めて隣の席へ腰掛けた生徒会長に、
シャーリーは嫌な予感を覚えてわずかにたじろぐ。

「シャーリー」
「はい」

 表面上は優しい、極上の笑みを浮かべながらミレイは後輩の顔をのぞき込んだ。
彼女がこういう顔をみせる時は、九分九厘何かをたくらんでいる。

「やっぱり温まるには人肌が一番よね。そう思わない?」
「はあ」

 一般論としてはそうかもしれないが、
どう答えたものかとシャーリーはぎこちなくうなずき返した。
下手な回答をすれば、何をされるか想像もつかないところが恐ろしい。

 他の誰でもない、アッシュフォードの生徒会長が満面の笑みを浮かべているのである。
いくら用心しても、し過ぎるということはない。

「こうしてくっついたら、温かいわよね?」

 問いかけると同時に、ミレイが椅子ごと体を寄せてきた。

「まあ、そうですね」

 確かに温かいですけど、と苦笑するシャーリーに、
金髪の生徒会長が猫のように目と口元を弓にしながら更にすり寄ってくる。

「もしこれがルルーシュだったら、どうしてた?」
「へ?」

 唐突な発言にシャーリーは大きく目を見開いて、間を置かずその顔は真っ赤に染まった。

「な、何を言うんですかいきなり」

 尻すぼみに語気を弱める後輩に、ミレイが呵々と笑う。

「あはは、ごめんごめん。いけない想像させちゃったかな?」
「もう、からかわないでください」

 なんとも初々しい反応に満足したのか、
すっかりうつむいてしまったシャーリーから身を離して生徒会長は席を立った。
それから、テーブルの隅に置いてあった自身の鞄から小ぶりの手提げ袋を取り出すと、
それを持ち上げてひらひらと振りながら言う。

「実は、折り入って頼みがあるのよね」
「なんですか」

 ほんのりと目元を桜色にしたまま疑わしそうなまなざしを向けてくるシャーリーに、
ミレイは今しがたのやり取りなどなかったかのように朗らかな口調でこう告げた。

「これ、ルルーシュに届けてくれない? もらいものなんだけど、おすそ分けと言うことで」

 はっと息を飲む後輩に、金髪の生徒会長はニヤリと笑ってウインクを飛ばす。

「あなたが行かないなら、私が持っていくけど。どうする?」
「行きます、私が持っていきます」

 シャーリーは意気込みそのままに、挙手をしながら勢いよく身を乗り出した。
もし彼女が兄妹水入らずの時間を邪魔することになるのではと遠慮をしたところで、
ミレイが持っていくならば結局同じことだ。
それならば、何を迷うことがあるだろう。
たとえ運ぶのが重い荷物であったとしても、むしろ嬉々として宅配を申し出たはずである。

 それに、この生徒会長のことだ。
ルルーシュの用事が何なのかを知った上で、こうした機会を設けてくれたのかもしれない。
基本的に疑うことを知らない亜麻色の髪の乙女は、そんな風に考えた。

「それじゃ、任せたわ」

 ミレイは後輩の肩をぽんと叩くと、口元を弓にし宣言する。

「どうせ誰も来ないんだから、今日の仕事はここでおしまい。異論は?」
「もちろんありません!」

 シャーリーは厚意に甘えることを即断すると、手早く書類を集め始めた。
意識はすでに学生寮へと向けられているが、
さすがに後片付けを放り出して帰る訳にはいかない。
この辺りの真面目さは、さすが生徒会メンバーと言ったところか。

「うん、いい答えだ」

 メラメラと意気を燃やす後輩に、ミレイはうんうんとうなずくのだった。






 しかし、である。
大好きな人とささやかな茶話会を楽しみたいという少女の願いは、あっさりと砕かれた。

「お兄様、こんなに大きいモノは入りません」
「そうかい? これなら大丈夫と思ったんだけど」

 咲世子の案内でルルーシュの部屋へと通されたシャーリーは、
扉の向こうから聞こえてくるランペルージ兄妹の台詞に、
思わずぎょっとして凍りついたように動きを止める。

(何、いったい何なのこの会話)

 聞き違いなどではなかった。
確かに彼らは扉の向こうで異様とも言える会話を交わしている。

「こちらならどうでしょうか。ちょうどいい大きさではないでしょうか」
「そうだね。これならちゃんと入りそうだし、試してみようか」

 シャーリーは、矢も立てもたまらなくなって扉を開いた。
しかし、圧縮された空気が吐き出される音と共に視界が開けたのもつかの間、
すぐにそれは脳内で広がった光景を現実のものとして目にしてしまうことを恐れる気持ちから、
我知らず瞼を下ろしたことで生まれた闇に染まる。

 それでも、口をついて出る制止の言葉は止まらなかった。

「ちょっと、ダメよルル!
いくら仲がいい兄妹だからって、そんなの絶対……超えちゃいけない一線ってあると思うの!」
「……シャーリー?」

 姿を現した途端、ぎゅっと目を閉じ半ば叫ぶように言ったシャーリーを見て、
ルルーシュが呆気に取られた表情でぱちぱちと目を瞬かせる。
まったく何を言っているのかわからない。新手の言葉遊びであろうか。

「シャーリーさんですか?」
「ああ、そうだよナナリー」

 きょとんとした表情だったナナリーは戸惑いを含んだ兄のつぶやきを耳にして、
ぱっと天使のような笑顔をみせた。
普段、彼女がよく知る人物であれば扉が閉まっていても近づく足音でそれが誰なのかがわかる。
しかし今日は手元に神経を集中させていたため、
ルルーシュの言葉を聞くまで客人が誰なのかわかっていなかったのである。

「え? あれ?」

 シャーリーは、狐につままれたようにただただ目を丸くした。
こちらを見つめている驚き顔のルルーシュの隣で、
ナナリーがこぼれんばかりの笑みを浮かべている。

 次の瞬間、シャーリーはテーブルの上にジグソーパズルを発見して、 我知らず口中うめいた。
大きすぎるから入らないと言うのは、 要するにピースが合わなかっただけなのだと即座に理解する。
つまり、二人の会話から連想したあれこれは単なる勘違いに過ぎなかったのだ。

 顔から火が出るようなとは、まさにこのことである。

「あ、あのこれ会長から差し入れだから! それじゃあ、私はこれで!」

 シャーリーは唖然としているルルーシュに猛スピードで手提げ袋を押し付けると、
返事を待つことなく勢いよく頭を下げて、そのまま止める間もなく踵を返し部屋を退出した。
先ほどの発言について詳しく説明することなど、とてもではないができない。できるはずがない。

「シャーリーさん、どうかされたのでしょうか」
「さあ、どうしたんだろうね」

 首を傾げる兄妹の疑問に答えられる唯一の少女は、
激しく赤面したまま素晴らしい速さで寮から遠ざかっていくのだった。





ver.1.00 08/05/13
ver.1.18 08/05/15
ver.1.81 09/01/31
ver.2.20 09/02/01


〜恋する乙女は夢見がち? 舞台裏〜

神楽耶「今日のお題は禁断の恋ですわね。燃える要素の一つですわ」
C.C.  「タブーに触れるという背徳感がいやが上にも気持ちを盛り上げる、か」
カレン 「兄と妹、ねえ。私にはちょっと想像もつかないけれど」
神楽耶「そういえばカレンさまはお兄さまがいらしたのでしたね」
C.C.  「とてもいい人だったと、話は聞いているぞ」
カレン 「ええ。すごくいいおにいちゃんだった」
神楽耶「私は一人っ子ですから、ご兄弟がいらっしゃる方がうらやましいです。
    カレンさまも、ルルーシュさまも。あ、C.C.さまにはいらっしゃるのですか?」
C.C.  「さあ、な。忘れてしまったよ」
カレン 「忘れた、ってあなたね」
神楽耶「ところで禁断というと、教師と生徒もその範疇ですわよね?」
カレン 「いきなり話が飛びましたね」
神楽耶「それよりは禁忌の度合いは落ちるかもしれませんが、
    上司と部下も響きとしてはなかなかなのものです。
    立場を利用するなどバリエーションに富みますし」
C.C.  「カレン、お前はどうなんだ。親衛隊長と組織のトップだろう」
カレン 「へ、私? 私は別に」
C.C.  「どうだ神楽耶、この組み合わせは」
神楽耶「いいと思います。世界最強の国家を相手に戦う組織のトップともなれば、
    そのストレスはいかほどのものか。
    それを時に支え、励まし、心身ともにケアする人の存在は欠かせませんわ」
C.C.  「心ばかりでなく体も、か。そうだな。
    いくら初心と言ってもあいつは若い男だ。色々とたぎることもあるだろう」
神楽耶「さすがですわカレンさま。いえ、仰らずとも分かります!
    ルルーシュさまの体力が尽きた時には、精一杯お勤めされるのですね!」
C.C.  「髪を振り乱し励むカレンか。なかなか絵になりそうだ」
カレン 「ちょっとさっきから何を言ってるのよ二人とも。
    そんなことあるはずないじゃない。あと何よ体力が尽きた時って!
    絵になりそうって、あんたたちね……!」
神楽耶「あらあら、お顔が真っ赤ですわよカレンさま。
    急性体が火照っちゃって困りますの病ですね。
    そうですわ、今からルルーシュさまに連絡を入れて、静めていただきますか?」
カレン 「し、静めr@*%#!?」
C.C.  「お、カレンが壊れたぞ」
神楽耶「カレンさまもルルーシュさまに負けず劣らず初心でいらっしゃいますものね」
C.C.  「仕方ないな。では今夜の伽は我々が」
カレン 「そんなの、駄目よ! いや、違う。そうじゃなくって」
神楽耶「聞きましたかC.C.さま」
C.C.  「ああ、聞いたぞ神楽耶」
神楽耶「今、カレンさまははっきりと仰いましたね。『私以外の人は駄目』だと。
    そうはっきりと口にされたら妬けてしまいますわ」
C.C.  「まったくだな。熱いあつい」
カレン 「もう……ッ!」

 今日も今日とてかしましい三人官女であった。



 というわけで八ヶ月ぶりの更新となった、舞台裏を含めておバカな話でございます。
ちなみにこの話は私にとって初めてのシャーリー&ミレイした。
 なお、本編はルルーシュとナナリーはあくまでも端役、
妄想少女ヒロインシャーリーのお話です。
何故彼らがジグソーパズルをやっていたのか、それには理由があるのですが、
このお話と一緒に並べてしまうとなんともギャップの激しいほのぼのしたものです。
ちなみに、タイトルは「恋する乙女は妄想しがち」にするかどうか考えて、
結局「夢見がち」を選びましたが、今だったら前者にしていたような気がします。
むしろ、ルビでそう読ませる方がらしいでしょうか。

 初めてこの話を書いた頃に比べるとまだ描いていないキャラは減りましたが、
09年1月末日現在カレンもメインを張った話はないままで、
そろそろ一本いっとく? などと考え続けてもうじき一年になろうとしています。
ただ、 異色ではあるもののル ルーシュ・ランペルージの憂鬱ではカレンが主役ですし、
一応は公約を果たしたことになるのかしらん。

 当時書いてみようと考えていたヴィレッタは第一期とは違った面白さがありそうでしたが、
結局書かず仕舞いでした。扇も含めて、最後はちゃんとルルの真意を知ったんでしょうか。
 そして、カレンとC.C.のコンビは第一期より断然やりやすくなりました。
作品中でも「ゼロ=ルルーシュ」と「ギアス」という二つの秘密を共有する仲間でしたし、
今では神楽耶を含めた三人官女は舞台裏で欠かせない看板女優となっています。
キャラクター自体、好きだからこそ動かしやすいのかもしれませんけれど。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。

2009.1.31 鈴原
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