「ほら、まどかも触ってみなって」


「フィロ・フィナーレ!」

 巻き髪の少女が裂帛の気合を込めた一声を放ち、
背後の空間を埋め尽くす二千三百五十六丁の銃が一斉に火を噴いた。
耳を聾さんばかりの轟音が鳴り響くと共に、
煌きの奔流が使い魔の上げた金切り声ごと射線上のすべてを粉砕する。

 境界があやふやだった完成度の低い結界は急速に形を失って溶けだし、
マミが地上に下り立った時には、彼女たち三人と一匹は現実世界へと戻っていた。

 戦いが始まる前にはまだ高かった陽は大きく傾き、
ものさびれた公園の遊具に緋色の彩りを与えている。
巻き髪の魔法少女は用心深く周囲を見渡して付近に異常がないことを確認し、
そこで、ようやく引き締められていた口元がわずかに緩む。

「すごい!」

 次いで、快哉を叫んで喜びを示したのは、ショートカットの活発な印象を受ける少女だった。

「さすがマミさん! ね、まどか。すごかったね!」
「うん、そうだねさやかちゃん」

 興奮した面持ちで肩を揺さぶってくる親友に、まどかは眉尻を下げつつも満面の笑顔でうなずく。
巴マミの魔女及び使い魔退治に付き合うのはこれが初めてではなかったが、
華麗に立ち回り敵を撃破する姿は何度目にしても飽きることはなく、鮮烈のひと言に尽きる。

「褒めても何も出ないわよ」

 くすぐったそうに笑って、マミは変身を解いた。
黄を基調とした華やかな戦装束が学生服に変わるのを見届けてから、
さやかは思い出したように使い魔が集まっていた辺りを振り返り、不満そうに唇を尖らせる。

「あーあ、またハズレか」

 前回に続いて今回も、敵はグリーフシードを落とさなかった。
たまたま運がなかったのか、それとも他の要因があるのか。

「今回の相手は使い魔だったからね。仕方がないよ」

 足元から紅色の瞳で見上げてくる四足の白い獣に、短髪の少女は眉を寄せつつ口をへの字にした。
今の説明では、腑に落ちなかったからだ。

「その割に、結構強くなかった?」
「一口に使い魔と言っても、ピンきりだからね。
吹けば飛ぶような相手ばかりじゃないということさ。
君たちはまだ魔法少女じゃないけど、覚えておいて損はないよ」

 無表情に言って、キュゥべえは小走りに駆け寄って飛び上がり、巻き髪の少女の腕の中に収まった。
さやかはうーん、と小さくうめいてから、まあいいかと顔つきを一変させる。

「とにかく、お疲れさまでしたマミさん」
「ありがとう」

 ふわりとほほえむ先輩に、まどかたちは瞳に強い憧れの色を浮かべつつ自然と頬をほころばせた。


 帰路についた矢先に、和気藹々としたムードに横槍が入った。
大粒の水滴が地面を濡らしたかと思うと、バケツをひっくり返したような土砂降りが始まったのだ。

「うわ、雨だ」
「天気予報は晴れって言ってたのに」

 ぼやく言葉など簡単にかき消されてしまいそうな豪雨の中、
マミは後輩たちにはっきりとした声で呼びかけていた。

「鹿目さん、美樹さん。悪いことは言わないから、うちに寄ってから帰りなさい。
傘もあるし、このまま帰ったらきっと風邪を引いてしまうわ」

 もっともな意見である。
やや肌寒い今日のような日に、ここから家にたどり着くまでの雨中行軍は体調を崩しかねない。

 こういうとき、美樹さやかは

「よっしゃ、そしたらマミさんに甘えちゃおう! ほら、まどか、行くよ!」
「あ、待ってよさやかちゃん」

 まどかは額に張り付いた淡紅色の髪を緩い動作で撫でつけながら、
意気揚々と駆け出した親友を追うべきかどうかを迷っていたが、
おかしみをこらえきれず肩を震わせいた先輩に、
私たちも行きましょう、と優しく促されて駆け出すのだった。



「荷物は適当に置いて頂戴。鞄は取り敢えず水気を取って、
制服はハンガーにかけておけばいいわ。後で順番に乾かしましょう」
「わかりました」

 まどかは首を縦に振って、起伏に富まない自身の体を見下ろしてそっと息を吐く。
洋服掛けを受け取ったものの、何から手をつければいいのだろう。
さっきまで走っていたため気にならなかったが、
スカートの内側までずぶ濡れになっていてその不快さは相当なもので、
鞄に目を移せばこちらもまた散々な有様で開けて中身を確認するのが怖い。
当然ながら、靴下に靴、髪の毛も同様である。

「取り敢えず、あなたたちも脱いだ方がいいと思うわ。
服を着たままだと、風邪を引いてしまうわよ」

 途方に暮れる後輩を見かねたのか、マミは控え目に提案するや、
手本とばかりに躊躇することなく上着を脱いで、下着を洗濯籠に放り込む。
露になった豊満な双丘は、重力に負けることなく一定の張りを保っていた。

 制服をハンガーに掛けていたさやかは何気なく視界に入った膨らみに、目を丸くする。

「うわ、マミさんのおっぱい、すごい」

 二対の視線を一身に浴びて、巻き髪の少女はわずかに頬を赤らめて苦笑した。

「あまりじろじろ見ないで。恥ずかしいわ」
「えー? だって、こんなにも立派なんですよ。見せなきゃ損だと思います」
「見せなきゃ損、って」

 見間違いようのない賞賛のまなざしをまっすぐに向けられたマミは、
恥じらいよりも戸惑いを強く感じさせる表情で身をよじる。

 これには理由があった。
小さい頃からからかわれてきた部位について、
異性はもちろん同性からも褒められたことなど生まれてこの方一度もなく、
ましてやストレートな言葉は誹謗中傷の類として使われてきたのだ。

「いいですか、マミさん。この胸は、すごいんです」
「そうかしら。でも……」
「でも、じゃありません。す・ご・い・ん・で・す」
「あ、はい」

 にじり寄りつつ主張を続ける後輩の勢いに飲まれて、巻き髪の少女はうなずいてしまった。
まどかはそんな二人のやり取りを、固唾をのんで見守っている。

「ちょっと失礼」
「きゃっ」

 上がった悲鳴はマミが発したものだった。
突然、双丘の膨らみをつかまれたためである。
更には感触を確かめるようにまさぐられて、
荒々しさはないものの無遠慮な手つきに、声を上げることすらできなくなった。

「しかも柔らかいし。マシュマロみたい。ほら、まどかも触ってみなって」
「え? って、何を言ってるのさやかちゃん。そんなことできるはずないじゃない」

 親友の誘いに、まどかはあわててかぶりを振る。
触れてみたいとほんの一瞬考えてしまった事実がそうすることで消えると信じているかのように、
何度も首を左右に振り続ける。

 だが、そうした思いはあっけらかんとしたひと言によって揺らいだ。

「ほら、気持ちいいよマミさんの胸」
「そんなこと言われても」

 双丘が描く曲線をつい見てしまう友人の目線に気づくや、
さやかはここが攻め時とばかりに一歩詰め寄った。

「何言ってんのまどか。こんなのめったに触れないんだよ?
あたしたちじゃ、どう背伸びしたって一生手に入らないんだよ?
何を迷ってるわけ? ねえ、まどか。どうして迷ってるの?」
「ええと、あれ? じゃあ、わたしも……?」

 度重なる悪魔の誘いに混乱したまどかは、目元を桜色に染めて先輩を見やった。
熱に浮かされたように瞳は潤み、呼気も幾らか乱れている。

「ストップ!」

 事ここに至り、マミは制止の声を上げた。

「二人とも、落ちついて」
「え? ああっと、ごめんなさい!」

 先輩の声に、ようやく我に返ったのか、さやかは真っ赤になって腕を引っ込める。
更には相当動揺しているとみえて、半径三十センチ弱の円内でくるくると回り始めた。

「あたしったら何を……」

 悪乗りしてしまった、といったところか。
すっかり反省した様子の後輩に、巻き髪の少女は微かに口元を弓にした。

「美樹さん、お湯加減を見てきて」
「あ、はい! 行ってきます!」

 逃げるように浴室へ向かう姿を目で追って、マミは目を瞬かせる。
もう一人の後輩は、自己嫌悪に陥っているのかうつむき加減のまま立ち尽くしていた。
彼女もまた被害者のはずであるが、生真面目な性格がそうさせるのだろう。

「そんなに落ち込まないで、鹿目さん」
「わたし、あの、落ち込んでなんて……いないです」

 仕方がないわね、と口中独りごちて、巻き髪の少女はわずかに唇を釣り上げる。

「少しくらいなら、いいけれど。美樹さんには内緒で、ね」
「わ、わたし、着替えます!」

 からかいとも本気ともつかない先輩のささやきに、
まどかはどう答えていいかわからず、そそくさと制服を脱ぎ始めた。

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〜魔法少女まどか☆マギカ・舞台裏〜


「でさ、あたしはパイ生地の方を選ぼうとしたんだけど……」

 誰かに名前を呼ばれた気がして、青い髪の少女は二、三度瞬きをして立ち止った。
見回して、声の主が四車線道路の向こうで鮮やかな赤髪の少女が大きく手を振っていることに気づく。

「杏子ちゃんは朝から元気だね」

 隣でしみじみとつぶやく淡紅色の髪の友に、
さやかはぐっと唇の端を釣り上げると我が事のように誇らしげな顔つきをみせた。

「ま、杏子はチアリーダーだからね。これくらいの距離なら軽々と声が届くよ」

 閉じられた空間で行われる屋内競技の際はもちろんのこと、
屋外であっても佐倉杏子の声援はグラウンドのどこにいてもしっかりと耳に届く。

「今そっちに行くから!」

 赤髪の少女はそう宣言するや、車の列が途切れるのを見計らって、一足飛びに車道を横断した。

「おはよ、杏子」
「っはよ」

 軽やかな挨拶と共に手を上げて待っていた青髪の少女とハイタッチを交わして、
杏子は白い歯を覗かせて快活に笑う。
そのまま、返す刀できょとんとしている鹿目まどかに、
バレーボールのマスコットキャラを思わせるポーズで距離を詰める。

「ほら、まどかも」
「え? え? あ……」
「ほい」

 赤髪の少女は戸惑いの声を上げながら桃色の髪を揺らしつつおずおずと持ち上げられた手のひらに、
パン、と自らのそれを合わせて目を弓にした。
ついでとばかりに、斜め後方に立っていた黒髪の少女に体を向けたところでぴたっと動きが止まる。

「ほむらは……しないよな」
「……うん」

 ほむらは困ったようにほほえむと、眼鏡の淵を指の背で押し上げる仕草をしながら顎を引いた。
人目につかない屋内でさえまず間違いなく躊躇するであろう彼女が、
往来で派手なパフォーマンスをみせることなどできるはずがない。

「ごめんなさい」
「なーに、気にするなことないって」

 杏子は一切拘泥する様子もなく満面を笑みにすると、
ポケットから手のひらに収まるサイズの細長い紙箱を取り出した。

「お詫びと言っちゃなんだけど、食うかい?」

 差し出されたのは、一粒で百メートルは走れるという文句を売りにする菓子会社の新製品で、
あまおうを練り込んだチョコレートで棒状のクッキーを包みこんである。
口溶けは上々、歯触りの軽快さがあいまって、ブームになりつつあった。

「……あ、ありがとう」

 ほむらはほんのりと目元を桜色に染めて、チョコ菓子を受け取る。
赤髪の少女は満足そうにうなずくと、残る二人に紙箱を突きだした。

「まどかも食いなよ。ほらほらさやかも」
「へへ、それじゃあお言葉に甘えて」

 さやかは頬をほころばせて手を伸ばし、まどかもそれに倣う。
女の子は基本的に、甘いものに目がない。少なくとも、この場に居合わせる四人はみなそうだった。

「ところでどうしたの、これ」
「道端で拾ってきた。未開封だったから大丈夫かなって」
「え!?」

 三者三様に驚きを表現する友人たちに、杏子は程なく真顔を維持しきれなくなって吹き出す。

「あはは、冗談冗談。これは街頭で配っていた試供品だから心配ないよ」
「もう、杏子はー」

 さやかは苦笑交じりに親友を肘で小突いた。
和気藹々とした雰囲気に辺りが包まれる中、ふと、赤髪の少女が小首を傾げる。

「どうしたんだまどか。嬉しそうな顔しちゃって、何かいいことでもあったのかい」

 好みのタイプでも見つけたか、と続いた杏子の台詞に、まどかはゆっくりとかぶりを振る。

「こんな毎日が続けばいいな、って。いつまでも続けばいいな、って思っただけだよ」
「……まどか」

 ぱちぱちと、さやかが瞬きをする。
杏子は数秒の間丸くしていた目を穏やかなものへと変えて、微笑する。

 少女たちはやがて大人になる。
時の流れは残酷なまでに平等で、いつまでも今のままではいられない。
それでも、変わらない関係を、心地よいこの距離を保ちたいという想いは、
熱量の差こそあれ皆が持っている共通のものだったのである。

「……そうだね」

 眼鏡の奥で目を線にする親友に、まどかは柔らかなほほえみで応えるのだった。



 まどマギSSです。さて、この物語の主人公はマミなのか、それともまどかと考えるべきなのか、
そんなことを思いましたが、どう考えてもマミパーセント趣味で書かれているので、断然前者ですね。
ちなみに、キュゥべえがこの間どんな行動を取っていたかはご想像にお任せします。
きゃっきゃうふふ空間の汚染が懸念される、爛々と目を輝かせる描写はあえて書きませんでした。
それにしても、まどかは魔法少女にならなかった場合、完全にいじられキャラですよね。

 舞台裏は、こういう幸せなルートがあればいいな、って……思いながら書きました。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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