「は? どういうことなん、それ」

 やや甲高い、標準語とはまったくイントネーションを異にする詰問の声が夕焼けの赤に染まる執務室に響く。

「ボーキがないやて? ちょっち待ってぇな提督、そないけったいな話があるかいな。今朝、補給を受けたとこやろ? それが、なんでもうなくなってしもとるねん」

 あり得へん、と鼻息も荒く言い捨てる小柄な少女の今にも机を乗り越えてきかねない有り様に、当鎮守府の艦娘を率いる男――提督は思わずといった風に苦笑するしかなかった。

「何故、と言われると困るが、ないものはないんだ。すまない」

 気持ちはわかる。確かに、常識的に起こるはずのない事態だ。
現に起こってしまった事実を今更覆すことはできず、また、下手に隠蔽を図ろうとすれば事が露見した時、信頼関係は崩れ今後の作戦指揮に重大な影響を及ぼすことは想像に難くない。
ありのままを伝えるのは、まだしも誠意ある行動と言えよう。

 艦娘たちからは男女の機微に疎いと言われ続けている彼であるが、空気が読めない人間ではなかった。
逆にどれほど察しが悪い者でも、こうも分かりやすく怒気を発するのを目にして愉快な気分であると判断するまい。

 とはいえ、安易に同調するわけにもいかないところが宮仕えの悲しいところで、多寡はさておき軍の禄を食む身である以上、その対応には気を遣う。
多感な年頃の乙女たちのコンディションを一定以上に保つこともまた、タウイタウイ泊地を任された司令官の職務なのである。

 と、不意に龍驤の瞳が鋭い光を帯びた。

「まさか、横流しでもされたんか?」

 そうだとすれば由々しき問題である。

「安心してくれ。不正があった訳じゃない」

 きっぱりとした上官の返答に、二つ結いの少女はわずかに安堵の表情をみせた。
では、あるはずの資源がない理由は何なのか。

「やったら、もう使うてしもたとか?」

 当分は保つはずの量を一晩で消費する。そのようなことが可能だろうか。
半信半疑の問いかけは、間を置かず肯定された。

「ああ。使われてしまって、もう残っていない」
「嘘やろ……」
「残念ながら事実だ」

 龍驤が愕然とする。

「信じられへんわ。そないに殺生な話がどこにあるねん。うち、今日はお腹一杯食べられる思て励んでたんやで? こんなことなら昨日、我慢せんとたらふくおかわりしとけば良かった……」

 その時、

「金剛型一番艦、ただいま登庁デース」

 澱んだ空気を一掃するかのような、夏の朝特有の清々しさを感じさせる声と共に颯爽と現れたのは、黄金の頭飾りをつけた秘書艦だった。

「Oh, アナタがこんなところに来るなんて珍しいネ」
「たまには様子を見に来んと、ここで乳繰り合うとるかもしれんからな」

 ニヤリと笑う方言少女に金剛が小首を傾ぐ。

「What, 乳繰り……?」
「そんなことより、俺に用事があったんじゃないのか」
「Oh, そうだったネ」

 あわてた提督の呼びかけに、和装秘書艦はやや表情を改めるや一気に机までの距離を詰めて言う。

「テートク、今日は食事抜きってホントなの? ここに来るまで、散々聞かれたヨ」
「いや、お前の分はある」

 この言葉に劇的な反応を示した者がいた。龍驤である。

「聞き捨てならんで提督、なんでうちのはなくて和装ねーちゃんの分はあるねん。巨乳やからって贔屓とか、そんなん絶対許されへん!」
「違う違う、そうじゃないんだ龍驤」

 完全に机の上に乗っかって抗議する小柄な艦娘の勢いに押されながらも、司令官は真顔で反論した。

「ただな、これだけは言っておく。確かに大きな乳房は魅力的だ。だがな、形も重要なんだよ。ただ大きければいいというものでは」
「何アホなこと言うてんねん」

 本気で呆れる龍驤を尻目に、金剛は伸ばした両手をテーブルに突きながら大きく身を乗り出す。

「テートク、ワタシの胸は大きさだけじゃないデス! なんなら、あとで確認してみる?」
「な、いきなり何を言い出すんだ金剛」

 予想外の訴えと眼前で揺れ動く双丘は、長らくむさ苦しい生活を強いられてきた者には目に毒過ぎた。

「提督、顔赤いで」
「いや、それはだな」

 指摘されるまでもなく頬の熱さを自覚していた提督は、額に汗を浮かべつつ苦し紛れの言い訳をしようとして失敗する。

「言い訳はええわ。ホンマ、これやから男っちゅう生きモンは……って、今は胸の話なんかどうでもええねん。なんでボーキがないか、て話や」

 龍驤はため息を一つ漏らすと、目をすがめた。放っておけば聞くに耐えない弁解を並べるに決まっている。
しかし、双方にとってより良い結果を生むはずだった言葉は、どういう訳か羅針盤を狂わせてしまった。

「待て、龍驤。俺は別に勃ってなど……」
「アホか! 何考えとんねんエロ提督。なんぼテンパってるか知らんけどな、セクハラも大概にしときや! ケツの穴に指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか!」

 皆まで言い終えるより先に台詞を切って捨てられたことで遅れて失言に気づきますます顔を赤くする司令官を見て、金剛はほんのりと目元を桜色に染める。

「テートク、そういう風に見てくれていたのネ」
「ちょっちアンタは黙っといてんか」

 方言少女は面倒くさそうに後頭部を軽くかいてから、緩く腕を組んだ。

「で、なんでなん」
「いや、何故と言われてもだな」

 一対の視線が交錯し、部屋が静まり返る。
この時、提督が口ごもった理由が保身にあったならば、龍驤は烈火のごとく起こったに違いない。
だが、そうではないと彼女は直感的に察していた。

「心配せんでも他言せえへん」
「……わかった」

 軍隊において上官の命令は絶対である。
それでも、タウイタウイ基地司令官は内容をぼかすのではなく、つまびらかにすることを選んだ。

「あってはならない話だが、兵装の新規開発に使う分量を担当者が間違えたらしい」
「はぁ? 分量を間違えた?」

 意外な単語を耳にして、龍驤が目を瞬かせる。

「指示書には一桁違いの数字が書かれていたそうだ」
「……呆れたわ。まったく、何やっとんねん」

 幸いにも次の出撃はしばらく先であるが、そうでなければ今頃鎮守府は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていたことだろう。

「まぁええわ。過ぎたこといつまでもうじうじ言うてもしゃあないしな。せやけど提督、今後はこういうことがないよう頼むでホンマ」
「了解だ」

 真摯な態度でうなずく上官に、昇竜を意味する名を冠する艦娘はウインクを飛ばした。

「ほなこれで手打ちにしよか。その代わり、今度お茶のひとつでもおごってや」
「ああ、約束する」

 提督は笑顔で応えたが、この後赤城たち正規空母に説明しなくてはならないことを考えると内心穏やかではない。

「せや。また、たこ焼き持って来たるわ、楽しみにしといてや」
「No! デビルフィッシュは遠慮しておきマース!」

 上官の苦悩など露知らず、乙女たちの姦しいやり取りはしばらく続いた。



「テートク、今日は一日オツカレサマデース」

 執務室に戻り、無言で椅子に腰を下ろした提督は、香気を伴って控えめに差し出されたティーカップに、思わず目元を和ませた。

「ああ、ありがとう」

 この匂いはカモミールか。微かにささくれ立っていた心が、落ち着いていく。

「生き返るようだ」
「喜んでもらえて嬉しいネ」

 全艦娘への連絡が終わり、クレーム対応を終えた頃にはすっかり日が暮れていた。

「気が利くじゃないか金剛」
「ワタシも、いつまでも見習いのままじゃないデス。秘書艦として、日々進歩しているヨ」
「ああ。よく頑張ってくれている」

 慣れない環境で皆の取りまとめを行うのは、さぞ骨が折れたに違いない。
しかし、秘書の任に就いて以来、金剛の顔から笑顔が絶えることはなかった。
それが、どれだけ心の支えとなっただろう。

 いくら感謝しても、し過ぎるということはあるまい。

「ねえ、テートク」
「ん?」

 いつになく穏やかな声音に伏せていた目線を持ち上げて、湯気越しに映る優しい顔つきにどきりとした提督は、直後、息が止まるかと思った。

「淑女力が上がりつつワタシと一緒にお風呂でも、どうデスか?」
「なっ、何を」

 言葉にならないうめき声を上げつつ椅子からずり落ちそうになっている上官に、金剛は不思議そうに問いかけた。

「一日の疲れを流してあげようと思っていたのだけれど……って、テートク、どうしてそんなににやけているの?」
「いや、何でもない。何でもないんだ、金剛」

 さすがに、正直に答える訳にはいくまい。
提督はわざとらしいと知りながらも咳払いをはさむと、できる限り表情を取り繕ったが、

「今後とも宜しく頼む」
「こちらこそ、これからもヨロシクオネガイシマース!」

 喜びを顔一面で表現する秘書艦の姿を目にした途端、相好を崩さずにはいられなかった。

ver.1.00 13/11/10

 イベントはE3まで越しましたが、果たして期日までに5までいけるのか……。
というわけで3つ目の艦これSSです。
金剛ってこんなに可愛かったっけ? 答えはYES、です。

 余談ですが育成のためとはいえ、19の緩んだ口元を見ていると、なんともアレです。
だ、だって、北上さんがいいって言うから……。

 次は金剛姉妹とか、いってみましょうかネ。

それでは皆さま、今宵も暁の水平線に勝利を刻みましょう!

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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