風紀委員(ジャッジメント)活動第一七七支部で、この日非番であるはずのツインテールの少女は一心不乱に机上でボールペンを走らせていた。
つい先だって任務中に不始末をしでかしたために、そのツケを清算するべく書きかけのものを含めてあと三枚、本日中にすべての記入欄を埋めなければならず、万一これを放り出して逃げ出せばより重い罰が待っているのは明白で、休む事なく作業を続けている次第なのである。

 活動自体はボランティアであるが、治安の維持という役割を負う以上、所属するメンバーは皆、一定のルールに基づいた行動が求められるのだ。

 もっとも、面倒であることを理由に白井黒子が手を止める事はなく、懲罰を恐れて必死になっているのでもない。
では、何故か。
これは彼女が愚直なまでに真面目な性格だからというのではなく、風紀委員を志し、採用試験を突破して初めて腕章に腕を通した時の気持ちが、今なお色あせることなく存在しているからだ。
一方で、この作業が楽しいものでないのも事実で、だからこそなるべく早く終わらせようとしているのだった。

(この後にはスイーツ貪りツアーも控えていることですし)

 ツインテールの少女はそう念じることでどうにかやる気を盛り上げるうち、なんとか一枚目が仕上がって軽く息を吐く。残るは二枚、だ。

「あ、白井さん」

 今日ばかりは誰が部屋に入ってきても振り返って確認する事はせず、足音のみで判断しようと決めていた白井は、やって来た同僚に声をかけられても目線を紙面に固定させていた。

 しかし、気のいい黒髪の少女はそんな事で笑顔を曇らせることはない。
たとえ、ツインテールの少女が始末書の作成に追われている最中だと知らなかったとしても、おそらく彼女の態度は変わらないだろう。

「おはようございます」
「ごきげんよう、初春」

 聞き慣れた甘ったるい声に、白井は前を向いたまま淡々と挨拶を返した。
たとえ無言であったとしても入ってきたのが誰であるのか、予想ではなく確信を持って言い当てる自信がある。
常に花の香りを引き連れて歩く初春飾利は、近くに来ればすぐにわかるからだ。
嗅いだことはないが、彼女の場合、体臭自体がフローラルなのではないかと思えてしまう。

「今日はあなたも非番だったのでは」
「ええ、そうなんですけど」

 どこかくぐもって聞こえる含みのある友の物言いを耳にして、ツインテールの少女は手を動かしつつも内心首を傾げた。何か忘れ物でもしたのだろうか。

 だが、彼女の意識はしっかりと紙面に向けられたままだ。
見慣れた内容(・・・・・・)ではあるが上の空で書き上げられる代物ではない。

 と、その時だった。

「白井さん。ちょっといいですか?」

 ちょんちょんと指で肩を突かれて、白井は無視するという選択肢を一瞬頭に浮かべたものの、結局書きかけていた一文を句読点で切り上げることにした。
こちらが何をしているかわかっていて呼ぶ以上、大事な用なのかもしれないと思い直したのである。

 それでも、多少は責めるような口調になってしまったのはむべなるかな。

「なんですの初春。わたくしが今必死で始末書を書いていることくらい、わかっているはず……ぶっ」

 椅子の背もたれに腕をかける態勢で振り返ったツインテールの少女は思わず吹き出した。
何故なら、そこにはてるてるぼうずの頭をカボチャとすげ替えたもの、すなわちジャック・オー・ランタンが立っていたからだ。道理で声がこもるわけである。

「びっくりさせちゃいましたか?」

 くりぬかれた目の部分から覗く初春の瞳は、幾ばくかの悪戯っぽい光を帯びていた。
一方、意表を衝かれた白井は驚きの表情で短く問う。

「初春、その格好は」
「えへへー。ついさっき、手に入ったのでさっそくかぶってみたんです」

 似合いますか、とたずねようとして初春はぎょっとした。
ツインテールの少女はぱっと立ち上るや、悲愴感たっぷりに肩をつかんできたからだ。

「初春!」
「ひゃ!?」

 いきなりがくがくと前後に揺さぶられた拍子にかぶりものがずれて、黒髪の少女は素っ頓狂な悲鳴を上げた。

「なんという事! わたくしというものがついていながら、あなたを変な宗教にはまらせてしまうなんて、白井黒子、一生の不覚! このところ、出ずっぱりで初春のことを構ってあげられなかったために、嗚呼、まさかこんな事になろうとは!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください白井さん。私は別におかしくなったわけでは……」

 驚かせようとこういう格好をした初春だったが、単に今日の日付が十月三〇日だったからで、学園都市の一部でも流行っている、得体の知れない教義を信奉するようになったからではない。
しかし、予想外の事態に戸惑う中で理論的な説明がすらすらと出てくるはずもなく、目を白黒させて止めてくれるよう頼む事しかできなかった。

 それでも、一応彼女の言葉は白井に届いたらしい。

「あら、そうでしたの?」
「ひゃ、ひゃい。そうですよ。私がそんなものにはまるわけ、ないじゃないですか」

 わずかに足をふらつかせながら、黒髪の少女はずれてしまったカボチャの被り物を頭上に持ち上げて息をついた。
確認してみなければわからないが、髪の毛とそこに乗った花飾りは大いに乱れていることだろう。

「初春、ちょっとじっとしていなさいな」
「は、はい?」

 先ほどまでとは打って変わった穏やかなトーンの声に、初春はぱちぱちと瞬きをした。
だが、その理由は彼女が考えていたものとはまったく違っていた。

「ごめんなさい」

 白井は申し訳なさそうに言うと、丁寧な手つきで初春の髪や花を直し始めたのである。

「悪い事をしましたわね。イライラしていたのもあって、ほんの少しあなたをからかうつもりだったのですが、やりすぎてしまいましたわ」
「いえ、それは別に、気にしてないですよ。私の方こそ白井さんが作業をしているところに、すみませんでした」

 黒髪の少女は思わず頭を下げてしまい、危うく花束を飛ばしかけたツインテールの少女はあわてて腕を引いた。

「まったく、初春は」
「へへ。すみません」

 自然とほほえみ合う形となった二人の間にわだかまるものは欠片も残っていない。
しばらくの間くすくすと肩を震わせてから、白井は友の髪をセットするべく手を伸ばした。
次いで、安堵のつぶやきがぽつりともれる。

「よかったですわ。どの花も茎が折れていなくて」
「大丈夫ですよ。どちらにしても、今日変えるつもりだったので」
「あら、そうでしたのね」

 その後は何となく会話が途切れて、決して居心地の悪くない静けさが訪れた。
初春はいつしか目を閉じて、髪を梳かれる心地よさに浸っていると、ふと思い出したようにツインテールの少女が口を開く。

「そういえば、今日はハロウィンでしたのね」
「はい。だから、この仮装です。トリックオアトリート、ですよ」

 黒髪の少女がゆっくりと瞼を持ち上げると、目が合った白井は手を止めることなく口元を弓にした。

「ジャック・オー・ランタンは元々アイルランドやスコットランドに伝わる鬼火のような存在ですの。この名前はランタン持ちの男、という意味で、火の玉の姿やカボチャの頭をした男の姿だったりもしますわね」
「へえ、そうなんですね」

 相槌を打つ初春の声に、深い感心の色が混じる。
立て板に水とはこのことで、文献を読んでいるかのような流暢さだった。

「その成り立ちには諸説がありますの。たとえば生前に堕落した人生を送ったまま死んだ者の魂が、死後の世界に立ち入りを拒否されてさまよっているというもの、他にも悪賢い遊び人が悪魔を騙すことに成功し、死んだ後も地獄に落ちないという契約を取り付けたものの生前の行いが悪かったせいで、天国に行くこともできず、安住の地を求めて現世をさまよう姿ともされていますわ。また、こうしてカボチャを使うようになったのは、アメリカに移民したアイルランド人が当時よく穫れていたものを使ったからだとか」

 白井はすっかり綺麗に並んだ花々をそっと撫でて、満足そうにうなずく。

「はい、これでばっちりですの」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、お粗末様ですわ」

 初春は愛くるしい笑顔で会釈をし、抱えたままだったカボチャの被り物をテーブルの上に置いた。
その様を見やりながら、ツインテールの少女はひょいと肩をすくめる。

「ま、ちょっとした与太話ですわね」
「そんな事ないですよ。すごいです、白井さん」
「そうでしょうか」
「はい。とっても」

 すごいという単語を連発しながら、黒髪の少女は瞳をキラキラと輝かせて小さく拍手をした。

「それにしてもよくご存知ですね。単に、私がものを知らないだけでしょうか」
「いえ、わたくしが話をした内容は、一般的には相当マニアックな雑学だと思いますわ。わたくしは授業で習いましたから知っているだけで、ですから、お姉様も知ってらっしゃるはずですの」

 手放しに褒められたのがくすぐったく思えたのか、微かに苦笑する白井だったが、うっとりとした初春のまなざしはきらめきがいや増すばかりである。

「さすがはお常盤台、お嬢様学校ですね。雅やかで、憧れちゃいます」
「そんな、たいそうなものではありませんわ。わたくしたちにとって馴染みはありませんが、民間伝承なのですから」

 日本国において知らぬ者はないと言っても過言ではない桃太郎が、実はオカルトであることを知る者はほとんどいない。
だが、知らなかったとしても困ることはない知識だ。
知っているかどうか、ただそれだけの違いである。

「そうかもしれませんが、やっぱりすごいです」
「褒めても何も出ませんわよ」

 この話はここでおしまいとばかりに白井はパンと柏手を打って、唐突にニヤリと口の端を吊り上げた。

「ところで初春。あなた、わたくしからお菓子をせびるつもりでしたの?」
「もう、人聞きの悪いこと言わないでください白井さん」
「でも、たずねるつもりだったのでは?」
「それはそうですけど」

 軽く頬を膨らませた初春の尖った唇に人差し指を触れさせて、ツインテールの少女はぱちっとウインクを飛ばす。

「まあ最後まで聞きなさいな」
「はあ」

 黒髪の少女は言われるまま、取り敢えず口を閉ざした。

「わたくしとしては、初春にお菓子をプレゼントするにやぶさかではありませんの」

 白井はごく短い沈黙をはさんでから語を継いで、

「というのも先日、前から行きたかったお店がオープンしたのですわ。本当はお姉様と行きたかったのですけれどあいにく都合がつかなくて、始末書が終わり次第、一人でやけ食いでもしようと思っていましたの」

 自分がじっと見つめられていることに気づき、そっぽを向きつつ取ってつけたような台詞を付け加える。

「言っておきますが、お姉様の代わりという訳ではありませんわ。ただし、今日はリミッターを解除するつもりですのでその覚悟はしてもらいますが。ですからわたくしと……って何がおかしいんですの初春」
「いえ、何でも」

 憎まれ口を叩いたのは、素直に誘うのが照れくさかったせいなのか。
初春は数秒間くつくつと喉の奥を震わせて笑うと、

「実を言えば私もここに来る前、佐天さんにふられちゃったんです。急用ができたとかで」

 だから喜んでお付き合いしますよ、と瞳を和ませた。
ツインテールの少女はもっともらしく深々とうなずいて、柔らかな表情をみせる。

「でしたらちょうどいいですわね。独り者同士、ぱーっと派手にスイーツ祭りとしゃれ込むのも悪くはありませんわ」
「同感です」

 魅力的な提案は即座に合意を得て、

「「ハッピーハロウィン!」」

 期せずして唱和した二人は、目と口元を弓にしてハイタッチを交わすのだった。

ver.1.00 09/11/2
ver.1.99 13/7/28

〜とある乙女の二者択一舞台裏

「ところで初春。あなたはいつまでそんな格好をしているつもりですの」

 ようやく始末書を片付けることができた白井は、自分の肩に乗せた手を中心部へと寄せるようにしながら首をぐるりと回して凝りを解しつつ、のんびりと椅子に座ってくつろいでいるジャック・オー・ランタンに呼びかけた。
着替えるそぶりをみせないのは、よもやその気がないせいだろうか。

「もしかして、そのまま町に繰り出すつもりでいますの?」
「はい。ハロウィンですからね」
「そういう問題ではないでしょうに」
「そういう問題なんですよ、これは」

 何がおかしいのか、そう言ってころころと笑う初春を、しばらく怪訝そうに見つめていたツインテールの少女は不意にカッと目を見開いた。

「まさか、わたくしにもその野暮ったい白装束を着せようという腹ですの!?」
「あはは、それこそまさか、ですよ」

 いたって平然と応えるところをみると、黒髪の少女にそのような企みはないのだろう。
ただ、うまく言葉にできないが、白井の目には彼女の態度はどこか不自然に映った。
用事はすでに済んでおり、あとは店に向かうだけだというのに、どっしりと腰を下ろしたまま動き出そうとさえしていない。
マイペースであるのと怠惰を良しとするのは別の話で、こうした姿を見るのは珍しく、もしかすると初めてかもしれなかった。

(変ですわね。急に気が変わった、ということでもないようですし)

 ツインテールの少女が内心首をひねっていると、初春は思い出したように手を打ち合わせてツインテールの少女に笑いかける。

「ああ、そろそろですか」
「そろそろって、あなた。非番だからって頭の回線までオフにしていますの?」

 まったく、とつぶやく白井に黒髪の少女は「そうかもしれませんね」と楽しげに同意した。
やはり今日の初春は妙である。


「ありがとうございます」
「結構待たせてしまいましたもの、これくらい当然ですわ」

 さすがに被り物は頭に乗せず手に持って席を立った初春の鞄を持ってやりながら、ツインテールの少女は友のために扉を開き、黒髪の少女が会釈と共に通路へ出た直後、物陰から飛び出した何者かが風のような速さで二人に忍び寄ってきた。

「うーいっはるーっ!」

 その声に白井がはっと身を強張らせると同時、初春のスカートが体を覆う白いシーツごと宙を舞う。

「きゃあ!」

 遅れて上がった悲鳴に満足そうな表情をみせながらうんうんとうなずいているのは、スカートめくりの常習犯、佐天涙子である。

「今日は水玉柄だったかー。いやあ、絶景かな、絶景かな」
「もう、佐天さん! いきなり何をするんですか!」
「何をすると言われても、初春を見たら勝手に動くんだよね、この手が」
「意味がわかりません!」
「じゃあ、わからせてあげよう」
「な……」

 黒髪の少女は顔を赤くして裾を押さえたが、さっと横手に回り込んだ佐天の手によって再び白地の下着は白日の下にさらされた。

(……やれやれですの。初春のパンティが見えても、ちっとも嬉しくありませんわ)

 足の付け根や股の近くに寄っていたシワまでしっかりと目撃した白井は小さく苦笑して、次の瞬間、我が目を疑い息を飲む。

「よ、黒子」
「お、お姉様……?」

 そう。軽やかに手を持ち上げたその人は、常盤台のエースこと御坂美琴だった。

「どうしてこちらに……? 今日は都合が悪かったのでは」
「せっかく誘ってくれたのに悪かったわね。でもそれにはちょろっと事情があったのよ」
 電撃使い(エレクトロマスター)の少女はいたずらっぽく笑いつつ、驚く白井の二の腕をぽんと叩く。

「アンタを喜ばせたかったからさ、内緒でパーティーの企画を進めていたんだけど、準備ができたからこうして呼びにきたってわけ」

 要するにあのタイミングで初春が現れたことも、妙な衣装だったことも、目的があってのことだったわけだ。
ツインテールの少女はそっと息を吐き出すと、じろりと黒髪の少女を見やった。

「つまり、あなたは足止め要員だったのですわね、初春」
「えへへ。ばれちゃいましたか」

 小さく舌を出して答える初春の隣で、してやったりとばかりに美琴と佐天がニヤリとする。

「まったく」

 つい緩んでしまう口元を引き締めることに失敗した白井は、照れ隠し半分腹いせ半分に取り敢えず黒髪の少女の頬を両手で左右に引っ張ったのだった。

 この日のパーティーが彼女たちにとってこの上なく楽しく、そして幸せなものだったのは言うまでもない。



 久々の禁書、というか超電磁砲SSです。
黒子と初春だけのSSはこれが初めてで、生まれて初めてのハロウィンネタでした。

 それにしてもアニメの方は、第1期に続いて第2期も期待どおりいい出来ですね。
これも監督の手腕でしょうか。どういう形で物語が締めくくられるのか、楽しみです。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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