「ねえとうま。ほら、見てみて」

 東京西部に位置する『学園都市』の二十三に分かれた学区のうち、中高生が住人の大半を占める第七学区の、学生寮の一室は今日も今日とて賑やかであった。

「ねえ、とうまってば」

 その原因は、艶やかな長い銀髪の少女だ。
白地に金糸で刺繍(ししゅう)を施した、ティーカップを連想させる修道服に身を包んだ姿は、神に仕える身であることを示している。
彼女はイギリス清教、第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属しており、本来“超能力開発”をカリキュラムに組み込んだ科学の町と相容れない存在であったが、現在は故あって上条当麻の部屋で居候をしていた。

「ああ、今日は節分だったっけか」

 ツンツンしたヘアースタイルの少年がぼんやりと窓の外へ投げかけていた視線をテーブルの向かいに移すと、一四、五歳ぐらいの、まだ顔に幼さを残した少女、インデックスがごくささやかに衣服を押し上げている胸を張り、水戸のご老公よろしく幾つかの品を突き出してくる。

「で、どうしたんだそれは」
「あいさがくれたんだよ」

 そのうちの一つ、豆が詰まった袋を受け取って上条はへえ、とつぶやいた。
純白シスターがいつになく上機嫌だったのはこれが理由らしい。
しかし、喜びの過半を占めるのは一緒に節分の豆まきなるイベントを楽しめるからなのだということに、色恋沙汰に疎い彼は惜しくも気づいていなかった。

(姫神に会ったらきちんと礼を言っておかなくちゃいけないな)

 黒髪の少年が袋の表面に書かれた“こだわりの国産大豆100%中の120%使用”という、誇大広告としか思えない文面を見るともなしに見ながら、何かお礼の品をつけるべきかどうかを考えている間も、愛らしい少女の声は途切れることはなく、

「『これは。日本古来の儀式に使うもの。この日は人に豆を投げつけても許される』ってあいさが言ってたんだけど、そういうもの?」

 インデックスはわずかに首を傾けると、手にした品々をテーブルに置いてしゃがみ込み、紙で出来たお面をしげしげと見やる。
それは鬼を担当する者がかぶるためのものなのだろう、目をかっと見開き口を真一文字に引き結ぶ、赤い顔に天然パーマと牙と角を標準装備とするイラストが描かれていた。

 それは予備知識のない彼女にとって、もっとも気になるものだったようだ。

「まあ、内容自体は間違っちゃいないんだが。語弊があるぞ、それは」
「へえ、そうなんだ」

 おざなりな返事をする白い修道服の少女は、側頭部にお面をつけた自身の姿をチェックすることにご執心で、これはかわいいかも、と鏡の前でくるりくるりと回っている。
身に着けた被り物の上から面をつけているため、日本人である上条の目には奇妙な姿に見えるのだが、当の本人は特に違和感を覚えていないらしい。

 もしかすると、アクセサリーの延長と捕らえているのかもしれない。

「一応どんなことをするのか説明しておくと、鬼は外、福は内って言いながら豆をまくことで、鬼、すなわち邪気を払って、福を呼び込もうとしているらしい。古くは平安時代から行われてきた由緒ある行事で、大本は中国から来たんだったかな」

 少年が一般的に節分と呼ばれるイベントについて、知識として持っているのはここまでで、きちんとした作法があることは知っているものの詳細な内容までは覚えていなかった。

 それでも、この説明はインデックスの興味を引くには十分だったようで、

「平安ってことは、この国の人たちは千三百年もそれを続けてきたということ? へえ、思っていた以上に歴史ある伝統行事なんだね。少しわくわくしてきたかも」

 一人プチファッションショーを終えると、頬を緩ませつつ上条の方に向き直る。

「ま、それは食後のお楽しみにするとして。今夜はちゃんと節分らしいメニューにするからな」
「節分らしいものって?」

 食べ物の話と見るや、俄然目の色を変える同居人に黒髪の少年はニヤリと笑った。

「恵方巻きプラスおかずだ」
「恵方巻き?」

 初めて耳にするのだろう、小首を傾げるインデックスに、

「ああ。太巻きを、その年の干支に基づいて“縁起のいい方角”を向いて食べる。一本食べきるまではしゃべっちゃいけないという縛りつきでな」

 上条は緩く腕を組みつつ説明を加え、

「鰯は高すぎなければ追加の方向で、あとはそうだな。すまし汁でも用意するか」

 献立を適当に組み立てていく。
もちろん、首尾よく魚が手に入れば頭と尻尾はスフィンクス行きだ。
限りなくゴミが出ない、エコ生活。理想の形がここにある。

「じゃ、食材その他、要るものを買ってくるから留守番しててくれ」
「うん。気をつけて行ってくるんだよ、とうま」
「おうよ」

 抱き上げた猫の手をバイバイの要領で左右に振りつつ満面を笑みにするインデックスに、上条は軽く腕を持ち上げて応えるのだった。



「……?」

 商店街のアーケードが見えてきたところで、ふと叫び声のようなものが聞こえた気がして上条は足を止めた。

(気のせい、か)

 耳を澄ませてみたものの特に変わった様子はない。
気のせいか、と足を踏み出そうとしたその時、細い路地から人サイズの何かが飛び出してきた。

「ッ!?」

 上条はあわてて避けようとしたが間に合わず、結果、抱きとめる形となり、しかし幸いにもタイミングが良かったらしく柔らかな何かはすっぽりと腕に収まっていた。

(柔らかい、だって?)

 黒髪の少年は自問すると同時、閉じてしまっていた目を開き、自分が受け止めたものをまじまじと見やって思わず声を上げる。

「いたたた……」
「大丈夫かよ……って、お前は」

 呼びかけに応じ、腕の中から逆しまにこちらを見上げてくる少女は常盤台中学の少女、白井黒子だった。
そこで、互いに相手が誰であるかを認識し両者の顔が驚きの色を帯びる。

「あなたは!」
「白井黒子じゃねえか」
 あまりにも急な状況の変化に理解が追いつかない中、白井が語を繋ぐより早く、上条は我に返った。

「何があった?」
「それは……」

 少女はいきなり路地から真横に飛んできたのである。どう考えても尋常でない。
だが、説明を始めるよりも早く路地から何者かが現れて、白井は見開いていた大きな瞳をすいと細めた。

「すみませんが下ろしていただけますか」
「あ、ああ」

 硬い声を聞いた幻想殺しの少年は言われるまま、肩と膝の裏を支える形で抱え上げる、姫抱っこの状態にあった少女の体をそっと地面に下ろす。
直後、えもいわれぬ香気がふわりと鼻先をくすぐり、まだ腕に残る柔らかな感触を意識してつい頬を赤らめてしまう。

(と、今はそれどころじゃねえ)

 少年はすぐさまかぶりを振って桃色の思考を頭から追いやると、正面を見据えて微動だにしない白井の隣に並んだ。

「あれは敵、でいいんだよな」
「ええ」

 ツインテールの少女は油断なく身構えながら、小さく首を縦に振る。

 白井が言う敵は長身痩躯の男で年の頃は二十歳をいくらか過ぎたばかり、二本の指を合わせたものより細いレンズの眼鏡をかけているのが特徴的だった。

「フン、一人ではかなわないことを知り味方を呼んだか」

 男は上条の姿を一瞥して一人納得のうなずきをしてから、
「お前自身に恨みはないが、風紀委員(ジャッジメント)であったのが運の尽きだ」

 口の端を笑みの形に吊り上げつつ中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、胸の前で肩幅の広さに広げた手のひらを、わずかに捻りを入れながら、目に見えない何かをかき集めるようにソフトボール大のサイズまで縮める。
「我が必殺の気化炸薬(エア・ボム)でその身を散らし散らせて散りさらせ!」

 奇異なる三段活用が放たれる中、上条の耳に飛びますわ、という少女のささやきが届いて、次の瞬間、彼女は男の真横に空間移動(テレポート)していた。

「させませんわ!」

 白井は強引に男が生み出した空気の塊を空間移動させ、はるか頭上から得体の知れない破裂音が響く。

「今です、上条当麻!」

 すでに駆け出していた少年は、返事の代わりにツインテールの少女に目配せをした。

(そういや白井の能力は瞬間移動だったな!)

 おそらく同世代の中でも戦闘に関する経験値の豊富さは屈指と言って差し支えなく、打ち合わせなしの連係プレーに対応したのだ。

「フン、一度攻撃を防いだくらいで調子に乗るなよ小娘!」

 眼鏡の男は再度超能力を行使しようとするが、その意図は即刻くじかれた。
黒髪の少年は足を止めることなく拳を振りかぶり、叫ぶ。

「街中でむやみに危険な力を使ってんじゃねえ!」
「な……ッ」

 上条の一撃は驚愕のうめきと共に振り向こうとする顔面を捕らえ、

「どぅわっ」

 男はまるで助けに来てはすぐに倒されてしまうどこかの異星人みたいな声を上げつつ地面を転がりそのまま動かなくなった。



「ご協力感謝いたしますわ」

 気絶した男に手錠をかけた白井は、少しだけ表情を緩めて礼を口にした。
上条当麻は敬愛するお姉様、御坂美琴絡みで複雑な想いを抱く相手ではあるが、それはそれ、これはこれである。
受けた恩義に対してきちんと礼をすることは彼女の中で至極当然のことだった。

「ま、怪我がなくて何よりだ」

 そしてまた、知り合いが困っているのを見れば無条件に手助けしようとする少年にとって、今しがたの出来事はわざわざ感謝されるほどのことではなかったため、軽く手をぶらつかせながら照れ隠しに小さく歯を覗かせる。

「最初、何が飛んできたのかと思ったぞ」
「不覚にも吹き飛ばされてしまいましたの。おかげさまで事なきを得ましたが」

 白井は横目で倒れて動かない男をちらりと見やり、肩にかかる髪を背の方へと払った。
そこで、上条はあることに気づく。

「そういや今日はビリビリと一緒じゃないんだな」
「は? 何を言ってますの。お姉様は熱を出して寝込んでいますのに……はっ!」

 ツインテールの少女は台詞の途中で大きく息を飲むや、びしりと稲妻のように深いしわを眉間に刻み、

「おい、どうしたんだ。どこか痛むのか?」
「違いますわ」

 気遣わしげな表情をみせる少年にきっぱりと否定の言葉を叩きつけた。

「そうか? ならいいけどさ」
「……」

 白井はそのまま戸惑う上条のことを無視し、急速に目つきを悪くさせながらも、

(しくじりましたわ。まさかこの猿がお姉様の容態を知らなかったとは)

 悔恨のあまり歯軋りしたくなるのをどうにかこらえると、唐突に今の出来事がなかったかのように晴れやかな笑顔をみせた。

「まあいいですわ。今聞いたことは即刻お忘れください」
「へ? いや、忘れろったって」
「いいから忘れろって言っているんですわよこの田吾作が!」

 突如として眼前に炸裂したお嬢さまらしからぬ暴言に上条はおののき、無意識のうちに一歩後ずさりをする。

(……何だ今のは。俺の聞き違いか?)

 背をじっとりと冷たい汗が伝うのを感じながら、黒髪の少年は更に一歩退いた。
虫も殺さぬ天使のようなほほえみを浮かべる少女の口から飛び出したとはとても思えないし、思いたくもない。

「ええと」
「何でしょうか」

 上条は真剣に別の単語がそう聞こえただけ、あるいは空耳の可能性を考えていた。
ただ、今も白井はにこにことした笑顔を絶賛継続中なのだが、どういうわけか、どこか冷ややかに映る。

 黒髪の少年はできれば勘違いであって欲しいという無意識の願望から、それ以上考えることを放棄し咳払いをすることで気を取り直すと少女に問いを投げかけた。

「何だかよくわからないけどさ、見舞いに行ってもいいか?」
「駄目ですわ。お姉様はあなた限定で面会謝絶ですの」
「何だよそれは」

 一片の逡巡すら挟まない無茶苦茶な言い分に苦笑してから、上条は後頭部に手をやってかく仕草をみせる。

「いや、な。俺が入院した時、わざわざ見舞いの品を持ってくれたことがあるからさ。なんだったら、渡しておいてくれるだけでもいいんだけど、頼まれてくれるか?」
「……」

 予想外の申し出を受けて、白井は返答に詰まった。

(やれやれですわ。これではまるで、わたくしが二人の恋路を邪魔する嫌な女みたいですの)

 浮かんだ考えにげんなりしながら、

「仕方ありませんわね」

 ツインテールの少女はついて来てください、と大きなため息をついた。
なんだかんだと言いつつも、助けてもらった恩を忘れることは彼女の矜持が許さなかったのである。


「では、わたくしは部屋の外で待っていますので」
「悪いな」

 見舞いの品を提げた上条は白井に軽く会釈をし、室内へと足を踏み入れた。
しん、と静まり返っているのは動く者がいないせいだろう。
日没にはまだ早いものの、遮光カーテンを閉めているため思いの他薄暗く感じられて、就寝時間を過ぎた病室のような雰囲気だ。

 幾度も世話になったおかげで間取りを知っている上条は迷うことなく寝室へと進み、気配を察した美琴は大儀そうに寝返りを打った。

「ごめん、何か飲み物取ってくれる?」

 聞こえてきた声はまだ熱が引いていないらしく気だるげで、白井が戻ってきたと彼女が思っていることに、

「ええと、すまん、こちらは上条さんなのですが」

 何となく気まずさを覚えながらも黒髪の少年は訂正する。

「?」

 むくりと起き上がった美琴の目が室内を緩やかにさまよい、入口近くで所在なさげに立っている上条の姿を捕らえた途端、大きく見開かれた。

「へ? どうしてあんたがここにいんの?」
「いや、あの」

 何もやましいことなどなかった黒髪の少年だったが、つい動揺してしまったのはプライベートな形で異性と接することに慣れていないためか。
あるいは、美琴が普段とは違いあまりにも無防備な態度でいるせいか。

 おそらくはその両者なのだろう。

「俺はちゃんと白井にお前の見舞いをしたいと言って、通してもらってここにいるわけで」

 間違っても不法侵入なんかじゃないからな、とあわてた口調で付け加える上条に、常盤台のエースは何も返事をすることができなかった。
説明されたことで経緯はわかっているのだが、心が状況の変化に追いついていないのだ。

(これって夢、じゃないわよね。ちょっと、ちょっと黒子、あんた何を勝手に……!)

 幻想殺しの少年は一人ベッドの上で頭を抱え始めた美琴に近づいていいものか迷い、

「痛むのか?」

 控え目に一歩足を進めて声をかけることにした。
すると少女の動きはぴたりと止まって、

「あ、ううん、そうじゃないの」

 貼り付けたような笑みで応えてくる。
もしかすると相当な熱があるのかもしれない。

「驚かせて悪かったな。ただ、以前お前がお見舞いしてくれただろう? その礼ができればと思っただけで他意はないんだ」
「いや、別に謝らなくていいんだってば。驚いたって言っても、ほんのちょろっとだし」

 やや目を伏せ気味にしているため表情はわかりづらかったが、美琴は小さく唇を尖らせたようだった。

「あと、話をするんだったらもう少し近くに来れば? あ、風邪がうつっちゃうかもしれないから、そのままでもいいけど」
「まあ、ちょっとくらい平気だろ」

 ほっとした顔になった上条の顔が何故かまともに見られず、少女は布団の端をぎゅっと握り締める。

 ベッドの側面、腕を伸ばせば触れることのできる距離までやってきた黒髪の少年は数秒立ち尽くし、

「……?」

 上目遣いで見上げようとした美琴の頭にぽん、と手を置いた。

「っ」

 美琴の顔はあっという間に赤く染まり、

「ななな何をするのよあんたはいきなり」
「え、ああ。悪い。なんか、つい……」

 自分の行為に気づいてか上条も反射的に手を引っ込める。
瞬間、驚くべきことに乙女を一抹の寂寥感が襲った。

「いや、別に触られるのがイヤとかじゃなくて。ただ、そのね」

 美琴はそれに気づかなかった振りをして、

「ちょっと、油髪だから触っちゃ駄目だったの」

 思いついた言い訳を口にする。
少年をだますためのものではない。自分にそうだと信じ込ませるためのものだ。

「なんだ、そんなことか」
「そんなことって」

 からからと笑う上条を、美琴はむっとした顔で見やった。
年頃の乙女にとっては十分、大きな理由である。

「気にしねえよそんなこと」

 上条は明るく言って、手に提げた袋を電撃使いの少女の傍らに置いた。

「ま、アレだ。早く元気になれよ」
「言われなくてもなるわよ」

 言ってから、美琴はわずかに目を泳がせる。
我ながら可愛くない台詞だと思いつつも言わずにはいられなかった。

(もう、何なのよこれは。調子が狂うっての)

 バカ、と乙女が口中つぶやいた声は少年の耳に届かず、

「そうだ、これもやるよ」

 豆の入った袋が差し出される。

「今日は節分だろ? 少しは気分転換になればいいんだが」
「うん。ありがとう」

 感謝の気持ちは思いがけずすんなりと表すことが出来た。


 それから数分、他愛もない話をした後、上条は邪魔をしたな、と居間を後にした。
離れていく背中を見送りながら、美琴はふと胸の内を占める温かな想いに気づいて、それを誤魔化そうと手首をしならせる動作を開始する。

(何なのよ、まったく。いきなりやって来てさ、あいつったら。鬼は外、鬼は外! ふーんだ)

 しばらくの間豆を投げる仕草を続けていた電撃使いの少女だったが、入口の扉が開く音を聞いて、腕をぽふんと布団の上に放り出した。
頬が上気しているのも妙に鼓動が高いのも、すべて風邪のせいにしよう、そう思った。

 無理やり、そう思うことにしたのだ。

 一方で岩清水のように湧き出続ける嬉しい気持ちは止めようもなく、

(まったく。お見舞いのお礼にお見舞いって、何考えてんだか)

 美琴はそっと目を閉じると、我知らず口の端を緩めるのだった。


 一方、部屋の外で待っていた白井はいらいらと一人髪の毛を逆立てつつも、

(今日だけ、今日だけですわよ……!)

 律儀に上条が出てくるまでじっとその場を離れることはなかった。

ver.1.00 09/2/5
ver.2.10 13/2/2

〜とある乙女のトライアングラー・舞台裏〜

「ただいまー」

 寮に帰り着いた上条は、自室の扉を開いて思わず声を詰まらせた。
とうに日が暮れていると言うのに明かりはついておらず、何やら冷気が足元を這っているかのようなおどろおどろしさを覚えたからだ。

「あの、インデックスさん?」

 一拍を置いてぽつんと浮かび上がるように現れたのは般若の面で、

「……ひッ」

 上条は悲鳴を上げてしまってから、よく見ればインデックスがお面をつけているだけだとわかる。
だが、少しも安堵できないのはどうしてだろうか。

 見知った相手であるというのに、恐ろしい。
それは彼女が無言でいるためか。あるいは別の理由からか、にわかに判別がつかない。

(節分セットにはこんなのも付いていたんだな。しかしこのお面はアットホームな雰囲気にそぐわないぞ、絶対)

 黒髪の少年は声を出すことが出来ず、ただごくりと生唾を飲んだ。

 直後、暗がりから恨みがましい響きが聞こえてくる。

「とうま」
「は、はい」

 おそるおそる返事をすると、

「どこに行ってたの。ちょっと、帰りが遅いから心配したんだよ」
「いや、ビリビリ……御坂美琴が寝込んでるって聞いたからそのお見舞いに」
「ほう。とうまは短髪のところに行ってたんだね。散々私を待たせて、心配までさせて」

 暗視の能力など持たない上条にも、乙女の額に浮かんだ青筋がはっきりと見えた。
びきり、と音が聞こえてきそうなくらいの、怒りのしるしである。

「あの、インデックスさん……?」

 この先に待つのは噛み付き地獄か、それとも……。

 戦々恐々とする少年に叩きつけられたのは、
「鬼は外! 鬼は外!」

 幾粒もの豆つぶてだった。

「ごめん、俺が悪かった!」

 上条は即座に床と同化するかのように低姿勢で土下座を始めたのだが、飛来する大豆の数は一向に減らず、むしろ増加傾向にある。
どうやら謝ったことで逆に『謝るようなことをした』と少女は認識してしまったらしい。

「鬼は外! 鬼は外! とうまのばかばかばかばか!」

 インデックスはすっかりへそを曲げてしまい、上条はひたすら長い間、鬼のターンを余儀なくされのだった。



 これは当麻×インデックスと見るべきなのか、それとも当麻×美琴と考えるべきなのでしょうか。
というわけで、三年ぶりに手を入れた禁書SSです。
ちなみに当麻と美琴の絡みを小説の形で書いたのは、この時が初めてでした。
この話は突き詰めていくとバリバリの三角関係になってしまいますね。
しかし、他の女の子と会ってきたことをうっかり言ってしまう彼が、なんともほほえましく思える私でした。
自分で書いておいてなんですけれども。

 そういえば節分の話も、初めてのものでした。
次のイベントは、やはりバレンタインですよね。ネタが浮かべばぜひやりたいです。
きゅんきゅんな乙女たちを描く絶好の機会ですし、ね。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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