T『迫り来る脅 威(復活のダークマター)



「バレンタイン、それは乙女のための祭典!」

 ぐっと握り締めた拳を顔の高さまで振り上げるツインテールの少女を見て、
佐天涙子と初春飾利は思わず「おー」と異口同音に拍手を贈った。
時刻は四時を過ぎたばかり で、風紀委員(ジャッジメント)の 当直から外れているため、
初春は佐天を誘ってバレンタインムード一色に染まった商店街へ、
ウインドウショッピングに繰り出すことにしたのだが、
たった今、特設されたチョコレートコーナーを一人で巡る白井黒子の姿を発見したのである。

 しかし、白井はとにかく目的を果たすことのみに意識が向いているらしく、
二人に気づくことなくすぐ隣を通り過ぎていずこかへと駆けていく。

 疾風迅雷、あっという間にツインテールをたなびかせて遠ざかる背中を見送りながら、

「いやあ、白井さん燃えてるねー」

 側頭部に一輪の花飾りをつけた親友がしみじみとつぶやくのを聞いて、
頭をこれでもか、と言うほどたくさんの花で飾った黒髪ショートカットの女の子は相槌を打つ。

「この日のために、ってかなり前から色々と下調べもしていたようですし」
「へえ。相手はどこぞの殿方?
あれだけ熱心にチョコを贈ろう、って思われるんだからよほどの相手だよね。
どんな人だろう。まさに青春、うらやましいなー」

 うっとりとつぶやく佐天の脳裏に浮かぶのは、
長身でさわやかに白い歯をきらめかせつつほほえみかけてくる男性だった。
服装は何故かかなり際どいブーメランパンツ一丁、腹はくっきりと盛り上がる筋肉で割れ、
組み合わせた腕を腰の辺りに持ってきたり、頭上に掲げてみたりと妙なポーズを連発し、
ひたすら肉体美を見せ付けてくる。
昨日、ドラマで見たばかりのイケ面がモデルとなっているのだが、
年頃の乙女が思い描く一般的なステキ男性像からは少し、
いや、かなりかけ離れているのではないか。

 初春はおおよその察しがついたのか瞳に星をちらつかせる友の横顔に、控え目に声をかけた。

「あはは……。相手は、その、男の人じゃなくて御坂さんだと思いますよ」
「御坂さん? あ、そっか。あの人も格好いいもんね。わかるわかる、その気持ち。
私たちのピンチにさっそうと現れて、ずばっと事件を解決してくれそうだし!」
「そうですね。実際、何度も助けていただきましたから」
「だよね。学園第三位は伊達じゃないよねー」
「はい」

 緩く腕を組んでうんうんとうなずく佐天に、
初春は遠目に花瓶を乗せているように見える頭を小さく揺らして同意する。
(まあ、私にとっては同じかそれ以上に白井さん が騎士(ナイト)だ ったりするんですけどね)

 彼女が風紀委員の訓練所に居た頃、ある郵便局で強盗事件に巻き込まれたことがあった。
結局、その場に居合わせた白井の活躍によって事なきを得たのだが、
あの時、身を張って助けてもらった恩は忘れていない。
もちろん初春は学園第三位 の電撃使い(エレクトロマスター)を 尊敬しており、
また強い憧れを持ってはいるが、初春にとっての目指すべき強い女性は白井黒子なのである。

 もっとも、最終的に件の強盗事件で絶体絶命の危地にあった白井を救ったのは、
たまたま通りかかった美琴だったことを彼女たちは知らずにいる。
だが、たとえこのことを知ったところで初春の思いは変わらないだろう。
それはあくまで結果の話であって、
白井が我が身を顧みず持てる力を最大限に使って立ち向かった事実は変わらないのだから。

 風紀委員の心得にある、
『己の信念に従い正しいと感じた行動を取るべし』
を常に貫こうとする白井は、どんなに顔立ちの整ったアイドルよりも格好よく映るのだ。

「ところで、初春は誰かに贈ったりしないの?」
「私は、特にプレゼントの予定はありませんけど」
「ふーん、そうなんだ」

 佐天はつぶやいて、不意にきらきらと目を輝かせた。
どうしたの、とたずねる暇もあらばこそ、
彼女はウインドウの中で燦然と輝くウエディングドレスの元へと駆け寄っていく。

(予定はない、って言いましたが。やっぱり白井さんに何か贈ろうかな)

 ぼんやりとそんなことを考えて、初春は友の隣に並ぶのだった。



 初春の中で大いに評価されていた白井黒子は、
寒空の下、憧れのお姉様に贈るためのチョコレートを手に入れるべく奔走していた。
ルームメイトでもある美琴に贈るものを部屋で作ればすぐにばれてしまう。
嫌味のない程度のサプライズを用意するつもりであることから、
少なくとも学生寮での手作りはNGだった。
失敗する可能性も考えれば既製品も選択肢とするべきなのだが、
あふれんばかりの想いを伝えるためには、購入したそのままを差し出したくはないと、
複雑な乙女心が訴えてくる。

(いずれにしても、わたくしは全力でことに当たるのみですわ。
バレンタインデー当日、お姉様の隣に居るのはわたくしですの)

 チョコレートの材料は揃った。料理本も買ってある。場所についても一応のめどは立っている。
ちなみに、白井はあれこれと迷った結果トリュフでいくことを決めていた。
マーブルケーキも悪くはないと考えたのだが、
失敗するリスクがより低い方を選んだのである。
これを臆病だと笑うことなかれ、
片思いと分かっている相手に想いを捧げるのは、存外勇気の要ることなのだ。

 しかし、白井は今回の選択を逃げとは思っていなかった。
自身の力量をしっかりと把握した上での選択なのである。
それに、大きさばかりが愛情の現われではない。
むしろ、大きすぎるものはカロリー等など、別の理由によって避けるべき対象だった。

 ともかく、覚悟完了した白井はハンターそのもので、

(それにしても、これという箱はなかなか見つかりませんわね。
さっきからシンプルすぎるものか、そうでなければ奇をてらったものばかり置いてあるような)

 鋭い眼光を通りの左右に走らせる姿は、鬼気迫るものがある。
知り合いが見かけたとしても、
声をかけることはおろか取りあえず回れ右をしたくなる雰囲気だった。

(まさかお姉様があのサルにチョコを手渡すことはないと思いたいですが。
そういえば、最近お姉様はなんだかそわそわなさっていたような。
まさか、あのサルにチョコを用意しようと考えて……?!)

 頭をよぎった考えにツインテールの少女はその場できぃぃぃ、とのけ反って苦悶する。
近くを歩いていた他の客はそれを見てぎょっとした表情で距離を取り、
彼女の周囲には無人の空間が出来上がった。

 否、そこに踏み込んでくる者が一人、

「お嬢さん。ちょっと質問があるんだが、いいかい?」

 口元に薄い笑みを張りつけた男は笑っていない目を白井に向けている。

「……?」

 話しかけられることなど想定していなかったツインテールの少女は怪訝そうに振り向いて、
直後、はっきりとした驚愕をみせた。

「『未元物質(ダークマター)』 ?! どうしてあなたが」

 我知らず彼女が一歩引いたのは、彼が放つ威圧感のためだろうか。
あるいは、学園都市に七名しか存在しな い超能力(レベル5)の第二位、
すなわち白井の中で最上位と言って過言ではない御坂美琴よりも上にランク付けされた男が、
ここ数ヶ月、生死すら不明となっていた者が突然目の前に現れたことに対する反応だったのか。

「はは、さすがに知っているようだな。光栄なことだ」

 未元物質と呼ばれた男はくつくつと喉の奥を震わせると、つまらなさそうに肩をすくめた。

「ま、そんなことはどうでもいい。質問があるんだよ」
「わたくしに、一体何を聞きたいと言うんですの垣根提督」

 ぴくりと白井は片眉を持ち上げるが、垣根はにこやかな表情を崩さない。

「御坂美琴はどこにいる」
「わたくしはお姉様の都合を常に把握しているわけではありませんわ」

 ツインテールの少女は警戒を解かないまま、あくまで平然と軽く髪を背の方へと払った。
表面上は笑顔を取り繕っているが、はっきりとこちらを見下しているのがわかる。
何より、垣根の目を見れば過去の経歴を鑑みるまでもなく、まともな用事とは思えなかった。

 人を傷つける者には二つのタイプがある。躊躇する者としない者だ。
良心を持つ者は何らかの暴力行為に及ぶ時に少なからずためらいを覚えるが、
そういった概念を持たない場合、人を傷つけることを何とも思わない。
これは、幾度も繰り返すうちに慣れたのではない。
誰もがこれまで食べた米粒の数やパンの枚数を覚えていないように、
歩く時、小石を跳ね飛ばしても何も思わないように、
人を傷つけること自体がそもそも善悪の判断する対象ですらないのだ。

 そして、垣根提督は後者であると、初見ながら少女は直感的に悟ったのである。

「もっとも、知っていたからと言ってあなたに教えなければいけない義理などありませんが」
「聞いてねえよそんなことは」

 男は淡々と白井の台詞を遮ると、面倒そうに言葉を続けた。

「言っただろ? アイツがどこにいるかを教えろ、ってな。テメェの事情なんざ知ったことか」

 ツインテールの少女は素早く辺りの様子を見やって小さく顎を引く。
いつしか周囲にできた輪はかなり大きなものとなっていたが、優に十メートル以上は離れていた。
不穏な空気を感じ取って集まったのだろうが、
彼女が風紀委員の腕章をつけていることからある程度危険人物とみなしているらしく、
誰も近づいて来ようとはしない。

(好都合ですわね)

 白井は素早くしゃがみ込むと11次元絶対座標を介して、
一メートル四方のアスファルトとその下に広がる土を可能な限 り空間移動(テレポート)させた。
前者は彼の傍らに、後者は彼の頭上に、いずれも行動を封じるためのものである。

 しかし、アスファルトの塊は出現した瞬間に爆砕し、土くれはそこかしこに吹き飛ばされた。
さすが、と言うべきだろうか。
方法はわからないが、何らかの手段をもって彼は自身の周りにアンテナを張っていたのだ。

「は、面白れえ。風紀委員ってのは先制攻撃が許されていたとは知らなかったぜ」

 歴然とした力の差を感じて息を飲む少女の前で、垣根は笑みを深くする。

「だが、よくわかってるじゃねえか。仲間の敵は、テメェにとっても敵ってか?」

 男が無造作に手を振り上げた途端、白井は迷わず離れた場所へと空間移動した。
直後、凄まじい爆音が鳴り響いてアスファルトが直線上にめくれ上がって四散する。

「……ッ!!」

 間一髪射線上から逃れることができた白井は、
路上駐車されていたスポーツカーの上から破壊の爪あとを目撃し、声を失った。
距離はあったが、そのまま立っているのは危険と判断した。そこに理屈などなかった。
だが、もしも感じるままに動いていなければ、今頃は肉片となっていたかもしれないのだ。

 それだけではない。
幸いその先は建物だったため巻き添えになった者はいないようだったが、
ひとつ間違えば大惨事になっていたことは疑うべくもなかった。

(これは、シャレになってませんわね。どう考えてもわたくしの手に余りますわ)

 白井の背を冷たい汗が流れ落ちる。
圧倒的な能力差だった。これ が超能力(レベル5)大能力(レベル4)の差ということか。

「ともかくこれで決まりだ。テメェは俺の敵と認識する」

 垣根は肘の動作を確認するような仕草をみせてから、離れた場所に立つ少女へと振り返った。

「安心しろ、いたぶる趣味はねえからよ。ただ、力ずくでも吐いてもらうだけのことだ」
「そう簡単にはいきませんわ」

 上ずりそうになる声を抑え、ツインテールの少女は生唾を飲む。
逃げを打つにしても、よほど上手く誘導しなければ一般人に多くの死傷者が出てしまう。
そうさせないためには、彼の意識をこちらに集中させなければならない。

(できるかどうか、ではないですわね。やるしかありませんわ)

 白井はぎり、と奥歯を食いしばり垣根提督をにらみつけた。
今は、とにかく被害を出させないよう努めなければならない。
かと言って、この後待ち合わせている美琴の元へ案内するなど死んでも御免だった。

「いい顔だ」

 男は自身の力に絶対的な自信があるらしくまったくの無防備で、
付け入る隙があるとすればそこしかない。
ツインテールの少女はボンネットから地面へ飛び降りるや男に向かって走り出し、
同時に太ももへと腕を伸ばして鉄製の矢を抜き取りつつ、
姿勢を低めて地面に触れ、アスファルトや土を男の前面に転移させる。

 遅れて放つ鉄の矢が狙うのは垣根の肩と手足、
最初に飛ばしたものはあくまでも目くらましだった。
このまま駆け寄り接近戦にもつれ込んで拘束する、それが彼女のプランだったのだ。

「な……」

 だが、目の前で起きた異変に白井は走ることを止めてしまった。
視線の先、垣根の全身を白い繭のようなものが包んでいたのである。

 だが、すぐにそれは別のものであることを少女は知った。
ひとりでに広がったそれらは翼だ。
天使のような六枚の羽が、彼の背でゆったりと羽ばたく。

「なかなかやるな、白井黒子。第四位の女よか、よっぽど手ごわいぞ」

 男は無傷だった。
転移したはずの矢は、一体どこへ消えたのか足元にも転がっていない。

「第二位に名前を覚えて頂いているとは、恐縮ですわ」

 白井がかろうじて叩いた軽口は、完全にかすれていた。
科学は何でもありの世界だと彼女は認識している。
それでもなお、垣根のそれは想像の限度を超えていた。
いつから学園都市はおとぎ話の世界に紛れ込んでしまったのか。

「レベル4風情がここまでやったんだ、褒めてやる」

 白井が目を見開くと同時、男の翼が空気を打って一息に彼我の距離は縮まった。

「逃すと思ったか?」

 肩をつかまれた少女は空間移動をしようとして、
次の台詞を耳にした途端、組み立てられた演算結果はあっという間に霧散する。

「くだらねえ鬼ごっこなんざするつもりはねえ。テメェが逃げれば観客が死ぬ」

 垣根の言葉はどんな戒めよりも強く少女の心と体をこの場に縛り付けた。

「それでもまだ逃げる、って言うなら話は別だが」

 人質を取られてしまった白井はきつく唇を噛み締めることしかできない。
無論、いくらにらまれたところで痛くもかゆくもない男は、
無遠慮な視線で少女を上から下まで見やると、

「痛めつけたところで吐きそうもねえな。だったら」

 口の端を小さく歪めて目を細くする。
()と してのテメェに聞いてみるか」

 白井があ、と声を上げる間もなく垣根の手はささやかなる乙女の双丘を捕らえていた。




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ver.1.00 09/03/15
ver.1.31 09/03/16

〜とある乙女の処女喪失?!・舞台裏〜

姫神 「というわけで。私はすでに用意した」
インデ「何を用意したの、あいさ」
姫神 「この時期に。用意するものと聞いて。何も思い浮かばない?」
インデ「思い浮かばないか、とたずねられても困るんだよ」
姫神 「この国では。ほぼ全員参加型の行事」
インデ「この国では? それって、バレンタインのこと?」
美琴 「ぎく」
インデ「あ、短髪だ。こんなところで何をしてるの」
美琴 「短髪ってアンタね。いい加減私の名前、覚えなさいよ」
姫神 「初めまして。噂はかねがね。私は姫神秋沙」
美琴 「はあ、ご丁寧にどうも。御坂美琴です」
インデ「で、短髪は何をしていたの?」
美琴 「へ? 私は黒子……ルームメイトと待ち合わせているんだけど」
インデ「ふうん。それで?」
美琴 「それで、って何よ」
インデ「待ち合わせるのが目的、なんて人はいないんだよ。
    どこに行くつもりなのか、って聞いてるの」
美琴 「あー、言いたいことはわかったんだけどさ、質問。
    どうしてわざわざアンタにそれを報告しなくちゃいけないわけ?」
インデ「単に興味があったから聞いたんだけど、言いたくないなら無理には……」
美琴 「そんな風に言われて答えなかったら、後ろ暗いことがあるみたいじゃない」
インデ「ふうん。短髪はこれからよからぬことをたくらんでいるんだって、あいさ」
姫神 「学園第三位の計画。きっと。これから誰かを血祭りに」
美琴 「だー、何を物騒な話してんのよ!」
インデ「心配しなくてもいいよ。誰かに話したりはしないから」
美琴 「だから、そうじゃないの。ただの買い物よ」
姫神 「買い物」

 無表情につぶやいた姫神の言葉に、美琴は何故か顔を赤らめた。

美琴 「わ、私は別に今からチョコレートを買おうだなんて思ってないんだからね。
    べべ別にアイツに贈ることとか、考えてないんだから」
インデ「?」
美琴 「あ、黒子が来たみたい! じゃ、私は帰るから! ごきげんよう!」

 電撃使いの少女はそんな台詞と共に誰も見当たらない通りの向こうに大きく手を振ると、
二人に突っ込む暇を与えず、踏み出す足と同じ側の腕を同時に前へ出す、
江戸時代までは標準とされていた歩き方でそそくさと去っていく。

姫神 「本当にあの男は。いたるところで。フラグを立てすぎ」
インデ「……?」

 ぽつりともらした姫神の言葉に、ますます首をかしげるインデックスだった。



 さて、一ヵ月半ぶりの禁書SSはリクエストを頂いた学園第二位、垣根提督のお話です。
黒子は肉体や貞操などあらゆる意味でピンチを迎えていますが、一体どうなってしまうのか。
そして、垣根が美琴を狙う理由は何なのか。
これらの答えは、どうぞ続きをお待ち下さいませ。

 本編アニメは6巻まででひとまず終了しましたが、
超電磁砲のアニメ化が決まったそうですね。
美琴と黒子はもちろんのこと、初春や佐天さんなどが動くところを早く見てみたいです。
本編のみを読まれている方はご存じないかもしれませんが、
とある研究家の女性(木山春生)がなんともいいキャラでして、本当、楽しみですね。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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