「で?」

 明るい色合いの秋物の半袖コートを着込んだ『アイテム』のリーダーが向けてくる冷ややかな眼差しを受けて、金髪碧眼の女子高生は身を乗り出した態勢のまま動きを止めた。

「だから、ね。その、たまにはこういう勝負もいいかな、って思った訳よ」

 ソファの上で頬を引きつらせながら向けられた視線から逃れようとするかのように身をよじるフレンダの隣には、何の動物の毛を使っているのかふわふわの素材でできたニットのワンピースを着た見た目が十二歳ぐらいの大人しそうな少女が我関せずといった調子で雑誌を読んでいる。
麦野の横にいるもう一人の無表情なメンバーは、非常に腰掛けており、手足をだらりと投げ出したまま目の焦点が定まっておらず、半ば背景の一部と化していた。

「結構、面白そうじゃない? 私さ「言いたい事はわかったわ」
 『原子崩し(メルトダウナー)』はため息混じりの発言を重ねられて小さく首をすくめたフレンダは、

「だったら」

 なおも食い下がるも、色よい返事は返ってこない。

「だったら何? 大体、何が悲しくて男漁りなんてしなくちゃいけないのよ。本当、ろくでもない提案しかしないわね」
「あう」

 反論する事さえ許されないまま頭ごなしに否定されて、金髪碧眼の少女はがっくりと首を垂れる。
この様子だと、考えるまでもなく譲歩を引き出す事は難しい。

 今、話題に上がっている内容は、アイテムメンバーの中で誰が一番男ウケがいいか競い合うべく、人通りの多いところで、最も多く声をかけられた者が勝ちというゲームを提案したところから始まっている。
そのきっかけは、たまたま流れていた年頃の男女が共同生活を送るところを映像に収めたテレビ番組だった。

(能力者としてはメンバー中最強で頭も切れる麦野も同じステージに立てば、結局ただの女子高生に過ぎない訳よ。傲慢キャラが世間一般にウケると思ったら大間違い! 絹旗は可愛らしさに惹かれる男がいるかもしれないけど、所詮は中坊、高校生の私の方がずっと色気があると思うはず! 滝壺は、天然過ぎて会話にならないだろうから、結局、勝利の栄光を掴むのはこの私って訳よ!)

 だが、そうした思惑はリーダーのひと言によって虚しく散ろうとしている。
そんな中、ここまで無言を貫いていた絹旗が紙面を目で追ったままぽつりとつぶやいた。

「そもそも、どうしてそんな事を言いだしたのですか。超唐突に超感じましたが」
「ま、そこは少し気になったけどね」

 意外なところからやって来た助け舟は麦野の態度を幾ばくか軟化させ、フレンダはしなびた草花が水を注がれたように、一気に息を吹き返す。

「ちゃんと聞いてくれてたんだね、絹旗」
「それほど興味を持っていた訳ではないですが、一応は」

 しかしここで焦っては元の木阿弥、せっかくのチャンスを活かすも殺すも、フレンダ=セイヴェルンの次なる一手次第である。

 裏社会に生きる者と言っても、人間らしい心根が皆無という訳ではない。
情に訴えかける事ができれば、芽はある。

「あのね。私は別に、適当な考えで逆ナンしよう、って言ったんじゃないの」

 遠慮がちに切り出した金髪碧眼の少女は、いったん語を切り原子崩しの顔色をうかがった。
すると、わずかに顎をしゃくる動きで続きを促してきたではないか。

(これは、イケる……!)

 フレンダは内心ガッツポーズを取りつつも、表向きは殊勝な浅いうなずきを返すにとどめた。
麦野は先程までとは違って聞く耳を持っており、窒素装甲(オフェンスアーマー)もまた、本から顔を上げてこちらを見つめている。
この二人さえ押さえてしまえば万一『能力追跡(AIMストーカー)』が反対したとしても決定が覆る事はあるまい。

「私たちって、普段から殺伐とした仕事をしてるじゃない。たまには、いつもと違った日常を送ってみたいって言うか、変わった事をして、それで少しでもみんなの気が晴れたらいいなと思って」
「……」

 構成員の上目遣いを受けたアイテムのリーダーは、ストッキングで覆われた足を組み替えた。

(どうよ、麦野)

 震えそうになる手をぐっと握りしめ審判の時の時を待つ金髪碧眼の少女が、ごくりと生唾を飲む。

「フレンダ」
「はい」

 緊迫の瞬間は、柔らかなほほえみによって幕を下ろした。

「さっきのろくでもないという発言は取り消すわ」

 目元を和ませる麦野の台詞に、険はない。

「あ、ありがとう」

 不思議と、勝利の喜びよりも安心感が上回って心から良かったと胸を撫で下ろすフレンダに、絹旗がいたずらっぽく笑いかけた。

「あなたにしては超いい考えです。昼に食べたサバ缶が傷んでいたのでしょうか」
「もう、何よそれ」

 自然と湧き上がるおかしみに、二人はくすくすと小さく肩を揺らす。

「滝壺は、どうする?」
「私は、残念だろうといい話だろうと、そんなふれんだを応援してる」

 激励と取るべきなのか、あるいは当初の目的を読んでの発言なのか。
楽観主義者である金髪碧眼の少女は、前者と踏んで口元を弓にする。

「それじゃ、アイテムによる突発男漁りにしゅっぱーつ」

 リーダーの掛け声に、残りの三人は応、と答えた。



「そっちはどうだった?」

 やる気のないジャージ姿である能力追跡を除く全員が一張羅を用意して出かけたのだが、意気込んで臨んだからと言って成果が出るとは限らない。

「……見てのとおり釣果ゼロです。その上、超気分の悪い野郎がいました」
「こっちもよ。まったく、この街の男どもは風穴を開けたくなる目が節穴のクソばかりね」

 窒素装甲と原子崩しがやるせない顔つきで嘆息する。
話しかけてきたのはろくでもない連中ばかりで、心ときめく展開はおろか楽しい気分になれるようなやり取りさえなかった。

「一応聞くけど、滝壺は?」
「一度だけ道を聞かれた」
「あ、そう」

 きちんと行き先をレクチャーできたかどうかを確認する気にもなれず、麦野が肩をすくめる。

「そういえば、フレンダはどうしたの」
「まだ戻ってないようですね」

 絹旗は周囲を見渡し、はっとした表情でリーダーを見上げた。

「まさか……?」
「いや、まさか」

 認め難い事実だが、結果如何を問わずいったん集合すると決めた時間になってもまだ戻らないという事は、逆ナンパ成功の可能性もある。



(あー、もう、どうなってるのよ。結局、この街の男たちときたら見る目がないって訳?)

 すでに集合時間は過ぎていたが、フレンダは粘っていた。
しかし、獲物を見定めるような目をした女の子に言い寄る奇特な男はおらず、さりげなく近づこうとしても距離を置かれる、その繰り返しで気付けばタイムリミットを迎えていたのである。

(もう諦めるしかないかな……と、冴えない感じの男を発見! ツイてるじゃん、私! 二人組だけど、こうなったら捕まえたもの勝ち、ってね!)

 金髪碧眼の少女が狙いを定めたのは……。



「なあ、上やん」

 それまで義妹がいかに神聖かつ愛しい存在であるかを滔々と語り続けていた土御門の声音ががらっと変わった事に、幻想殺しの少年は辟易していた事を忘れて目を瞬かせた。

「どうしたんだ土御門」
「どうしたもこうしたも」

 一体何があったと言うのか。
つい今しがたまでバカ話をしていた雰囲気はどこへやら、ここが戦場だと言わんばかりの剣呑さである。

「俺は今すぐ上やんを解体してやりたい衝動に駆られているぜい」
「は?」
 上条は呆気にとられて三馬鹿(デルタフォース)の一角をなすサングラスの少年を二度見するが、冗談を言っている様子ではなかった。

「覚悟はいいかにゃー?」
「覚悟はいいかな、っていや、待てよ土御門! 何故俺を解体したがる!」

 バキバキと骨を鳴らしつつ距離を詰めてくる土御門に、ツンツン頭の少年が異論を唱えたのも無理はない。
脈絡なくバラバラにすると宣言されて、はいそうですかと答える人間がどこにいるだろう。

「上やんがまたもフラグを立てやがったからに決まっているぜよ。自覚がないのかとぼけているのか。いずれにしても万死に値する所業と断ずるより他はない」
「へ? フラグ? 何のことだ?」

 身に覚えのない難癖に上条が反射的に問い返した直後、背後から可愛らしい横槍が入る。

「そこのお兄さんたち、ちょっといいかな」
「ん?」

 振り返ると、そこにはベレー帽をかぶった小柄な金髪美少女が立っていた。

「……チッ、間に合わなかったにゃー」

 土御門のつぶやきは聞こえなかった事にして、幻想殺しの少年はひとまず声をかけてきた女の子に意識を集中させる。

「あの、いったい何のご用でせうかお嬢さん」
「えー? 何の用っていうか、ちょっと、待ち合わせしていた人が来れなくなっちゃったのでお茶でもしませんか、ってお誘いです」

 にこにこと微笑みながら、フレンダは両手の指先を軽く触れ合わせ拝むような格好で前傾姿勢を取る事で、この日のために考案した、秘技『見えるかどうかこのギリギリ感に男はクラクラな訳よ!』をややぎこちない動作で実践する。

(今時お嬢さんって、平日の昼番組のMCじゃないんだから。よっぽど女にもてないのかな? 結局、こちらとしてはその方が好都合なんだけど)

 一に笑顔、二に笑顔。腹黒さはすべて、仮面の下へ。
勝利の栄光を掴んでみせるという一念で、アイテムの爆弾魔はほんの少し首を傾げて、まっすぐ上条の瞳を見つめる。

「え? お茶って、でも、どうして俺たちに?」
「それは、その、ちょっといいな、って思ったので」

 ほんのりと桜色に染まる頬。もじもじとすり合わされる指先。
あまりにもわざとらしい動きを、不慣れな風を装って行う。
ただし、実際には振りではなくきちんと観察すれば不自然に思えて仕方がないのだが、幻想殺しの少年はそれに気づいていない。

(これだけやれば、女に慣れていない男はイチコロのはず。結局、勝つのは私って訳よ!)

 フレンダはついωマークのようになりそうな口元を緩やかに引き締めながら、返事を待つ。
そこで、もう一人の半裸アロハのサングラスが上条の肩を抱きつつ割って入った。

「それは、こっちの彼だけに向けた言葉なのかにゃー?」
「いえいえ、もちろん良ければあなたも一緒に」

 この流れで断られる事はあるまい。
金髪碧眼の少女は勝利を確信し、目を弓にした。

 しかし、である。

「ところで一つ確認するが、これは仕事とは無関係なのか」
「仕事って何のこ……」

 遮光のため色づいたレンズの端から覗く鋭い眼光に、フレンダは声を上げそうになった。
これは、堅気の人間がみせるものではない。闇に生きる者の目だった。

「あ、ごめんなさい、私、急用を思いだしちゃったみたい! それじゃ、ええと、ツンツン頭の君、また!」
「え? ああ、はい」

 戸惑うツンツン頭の少年を残し、少女は一目散に去っていく。

「何だったんだ、今の」
「さあねえ。これもフラグのうちなのかどうか」

 土御門は人差し指でサングラスを押し上げると、この話は終わりとばかりにパン、と手のひらを打ち合わせた。

「さて、話は戻るが上やん。昨日、舞夏はこう言ったぜよ」



「ごめんね、遅くなって!」
「帰るところだったわよ」
「ごめんなさい」

 きっかり三十分遅れで息を切らして待ち合わせ場所に戻ってきたフレンダを迎えた面々は、それほど苛立っておらず、興味津々といった風だった。

「もしかして上手くいったとか」
「超気になるところですね」

 二人の仲間に詰め寄られて、金髪碧眼の少女は眉尻を下げつつ言う。

「あはは、結局、駄目だった」

 準備期間が短かったとか、邪魔が入ったなどというのは何の言い訳にもならない。
自信をもって臨んだ以上、潔く負けを認めるべきだろう。

「そう。それでこそフレンダよ」
「超同意です」

 口ではそう言いながら、麦野と絹旗はほっとした顔をしていた。
勝敗の事が頭になかった訳ではないだろうが、おそらくそればかりではない。
無論、その事を指摘されたところで認めないであろう事は疑うべくもない。

「大丈夫。そんなふれんだを応援してる」
「……ありがと」

 この時、フレンダがみせた笑顔は、今日一番の輝きを持っていた。

ver.1.00 13/6/23
ver.1.10 13/6/24

 初のアイテムSSです。和気藹々としたアイテムのひとコマ、といったところでしょうか。
そのうち、浜面も出してあげたいです。超電磁砲では当分見られないかしらん。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。



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