十二月二六日、広大な敷地面積を持つ学園都市・第七学区のとある学生寮の一室にて、建前としては学校からの借り物であるが、事実上広くもなければ狭くもないこの部屋の主であるところの上条当麻と白地に金糸の刺繍を施した豪華な修道服を着た銀髪碧眼の少女は、仲良くコタツに足を突っ込みながらテレビを観ていた。

 映っているのは巷で人気のドラマで、一昔前に流行ったありがちなメロドラマなのだが、出演する俳優たちが美形であることに加えてなかなかの演技力を発揮しているため、回を重ねるごとに視聴率はうなぎ上りで、前回の放送をもってついに平均が三〇%台に乗ったという。

 最初はたまたまチャンネルを回している中で目を留めたインデックスがハマってしまったが故に、付き合いで見始めた上条であったが、見てみるとこれが意外におもしろく、毎週この時間は視聴する番組が固定される運びとなった。
ちなみにひょんなことから共同生活を送ることになった純白シスターは、一四、五歳ぐらいのまだ顔に幼さの残る少女で、上条の同居人にして一〇万三〇〇〇冊の魔道書を脳内に収める完全記憶能力の持ち主でもある。

「あー、またこんなところで話が終わる。これじゃあ、気になって夜も眠れないんだよ」
「それがテレビ局の作戦だからな。次も見たい、って視聴者が思わせるようにしてるんだ」
「そんなことはわかってるけど。うー、とうまのバカ」
「それは八つ当たりと言うものですインデックスさん」
「当たるのに八つも九つもないんだよ、もう」

 この後どんな展開を迎えるのか、早く来週にならないかとそわそわしているインデックスが、理解はしているものの納得はいかないといった風に、小さく唇を突き出しつつテーブルの上に置いた両腕に投げ出すような形で顎を置く。

「まあそうむくれなさんな。明日は休みだし、どこかへ遊びに行くか」
「本当?」

 降って沸いた提案に、銀髪碧眼のシスターはそれまでの不満はどこへやらきらきらと目を輝かせる。
泣いた子どもがもう笑った、を体現してくれるため、手がかからなくて良い。
もちろん、そんなことを口にするほど愚かな上条ではないのだが。

「ああ、本当だ」

 つい頬が緩むのを自覚しながら、黒髪の少年は同居人の頭にぽん、と手のひらを乗せた。

「やったー」

 インデックスは満面の笑顔で万歳する。
学園都市にやって来た当初と比べれば友だちの数は随分と増えたが、それでも平日は通学のためなかなか共に過ごすことができない彼と遊びに行けるのは素直に嬉しかった。
彼女にとって上条は特別な存在なのである。本人がどこまで意識しているのかはまったくもって不明であるが。

「はは、撫で撫で」
「……えへへ」

 めったにない連続したスキンシップ攻勢に、純白シスターはほんのりと顔を紅潮させつつ目と口元を弓にした。
吐く息が白い蒸気となって冷えた空気に溶け消える程に室温は下がりまくっているのだが、寒さなどまったく気にならない。

「とうま、今日は何かいいことでもあった?」
「いや。特にないけど、どうしてだ?」

 ぱちぱちと目を瞬かせる黒髪の少年に、インデックスはにこりと笑顔で応えた。

「だって、なんだか今日はいつもより優しいんだよ」
「そうか? まあ、今日は珍しく不幸な事件にも見舞われてないってのはあるかもしれんが」

 上条自身はまったくいつもと同じつもりなのだが、彼女にとってはそう映るらしい。
とはいえ、こうしてインデックスがにこにことしていて気分が悪いはずはない。
自然と和やかなムードが漂う中、せっかくの休みを朝からしっかり活用したいという考えが浮かぶ。

 そのためには、早めの就寝が有効であろう。

「それじゃ、明日に備えて寝ておきますか」
「そうだね」

 すでに入浴は済ませてあるし、歯磨きも完了している。
寝具に着替えると言ってもインデックスは修道服を脱げばすぐベッドへ入れる格好だ。

「じゃ、テレビ消すぞ」
「うん」

 上条は少女の頭から手を離すと、リモコンを操作してテレビの主電源を落とし、ついでにコタツも消しておいた。
待機電力を可能な限り抑えることで浮く電気代は馬鹿にできない額になる。
親の脛をかじる身であるからこそ、少しでも負担を減らしたいという思いがそうさせるのだ。

 日本人に脈々と受け継がれてきた、もったいないの精神は彼の中にしっかりと息衝いている。

「じゃ、おやすみ」

 しかし、立ち上がりかけた途端にいきなり袖を引かれて黒髪の少年はコタツに出戻りとなった。
何か言い忘れたことでもあったのだろうか。
小首を傾げて腕の先に視線をやると、インデックスがそっとかぶりを振りつつ言う。

「ダメだよとうま、そっちに行ったら」

 唐突な行動規制に上条は思わず理由をたずねた。

「へ? 駄目ってどういうことだ」

 部屋の使用権は上条当麻にあるはずなのだが、インデックスがここで居候生活を始めて以来、彼はベッドを彼女に明け渡して毎日風呂場で眠っている。
それは何故かと聞かれたら答えてあげるが世の情けというものだが、思春期の男子が抱える悩みが主たる理由であるために、つい言葉を濁してしまうのは無理からぬことであった。

 純白シスターはそうした彼の胸中など知る由もなく語を継ぐ。

「だから、そっちで眠るのはダメってこと。今日、すごく寒いんだもん。だから、あんなところで寝ていたらきっと風邪を引いてしまうんだよ」
「ああ、そういうことか」

 これまた予想外の台詞だ。
上条は少しばかり驚きつつも、少女の気遣いを嬉しく思った。
わがままを言うことが多いように感じてしまうが、それは親しみの裏返しでもあり、本当は身近な人のことを常に考えるタイプの女の子なのだ。

 だが、彼は気づいていない。
インデックスが甘える相手は限られているということに、である。

 それはさておき、幻想殺しの少年ははいそうですかと首を縦に振るわけにはいかなかった。

「ちょっと待ってくれ、インデックス」

 上条が風呂場を寝室に選ばないということは、すなわち彼女の隣で眠るということだ。
よしんばベッドを共にしなかったとしても、同室であることには変わりない。

 自分が聖人君子でないと知っているからこそわかる。
年頃の男女が一晩中伸ばせば手が届く距離で過ごして何もありませんでした、が毎日続くとは限らない。
継続は困難を通り越し、不可能の域に近いであろう。

 もちろん、彼とてそういうことに興味がないわけではない。
心身ともに健康な高校男子が性に関するあれこれを一切考えることがないとしたら、むしろそちらの方が不健全ではないだろうか。

 実際、少女と結ばれたいという思いは少年の中に存在している。
これを否定することは生物としての存在意義を無くしたも同然で、思いを不埒にも即実行に移したりしない限りにおいてはなんら恥じることのないものだ。

 ただ、インデックスのことを大切に思うが故に彼女を傷つけるような真似はしたくなかった。
無意識下で記憶を無くした事実を隠していることへの後ろめたさも手伝っているのかもしれない。

 しかし、純白シスターは待ってくれと言われて、わかりましたと簡単に折れる少女ではなかった。
これまで少年は幸いにも風邪を引かずに済んできたが、今日は一段と気温が低い。
さすがに凍死はないにしても、体調を崩してしまう可能性が高いのだ。

「ダメ。待たない」

 にべもない返事に上条は苦笑した。
だが別々の部屋で眠るというのは彼にとって譲れないラインなのである。

「しかしだな」
「しかしもかかしもないんだよ。おとなしく私の言うことを聞くの!」

 純白シスターは何か言おうとする少年の言葉をさえぎって語気を荒げた。

「ふむ」

 それを見て、ようやく上条は理解する。
彼女にも何かしら譲れないわけがあるようだ。

「待ってくれ、せめて理由くらい言ってくれよ」

 最悪、正直に理由を説明して風呂場に向かおうと黒髪の少年は腹をくくった。
生々しい内容なだけに上手く説明できるかわからないが、きちんと話をすればわかってもらえるはずである。

 ただ、聞いた上で少女が「それでも一緒に居て」と言った時にはどうするのか。
彼の中にまだ答えはない。

「……」

 銀髪の少女はわずかに頬を膨らませて、恨みがましい目つきで上条を見やった。
ふたりの間に重い沈黙が落ちる。

 そして、十数秒の静寂を破ったのは少年の問いかけだった。

「なあ、インデックス。一体どうしたって言うんだ?」
「だって」

 インデックスはいったん口を開きかけてから一度うつむき、一拍を置いてぽつりとつぶやいた。

「とうまのことが心配だからだよ」
「……っ」

 頬をほんの少し桜色に染めた少女のまっすぐな瞳と真摯なる思いが少年の言葉を奪う。

(するとこれはアレですか、このシスターさんは俺の身を案じてこんなことを!? だとすればどうする。どんな言葉で説得すればいいんだ? 考えろ、考えるんだ上条当麻。この雰囲気だと間違いなく添い寝フラグが立っちまう。いや、それは嬉しい。嬉しいんですけど! 駄目だろ。色々と問題あるだろう、それは!)

 うがー、と髪の毛をかきむしってのけぞる上条を、無言のまましばらく見つめていたインデックスだったが、ふとある考えが頭をよぎった。
これまでずっとはぐらかされてきたが、彼が頑なに風呂場を寝所としてきたのは、実は彼女自身のせいではないのか。
不安は群雲となって胸に広がり、問いかけずにはいられない気持ちにさせる。

「もしかして、とうまは私の傍で眠りたくない人?」
「っ」

 黒髪の少年は息を飲む。
微かに潤んだ碧眼が制止を訴える彼の理性を吹き飛ばしてしまう。

「馬鹿、そんなことあるわけねえだろ!」

 上条は反射的にそう答えてしまった。
当たり前の話だ。もしそれが理由なのだとしたら、とっくの昔にこの部屋から追い出していたに違いない。

「本当に?」
「ああ、本当だ」

 少年がうなずくのを見て泣きそうな顔になっていたインデックスはぱっと表情を明るくした。

「だったら私の隣で眠るのに支障はないよね」
「そういうことになるな……って、え?!」

 しまった、と思った時にはもう遅い。
ぐいぐいと上条の腕を引っ張りながら銀髪の少女は声音に安堵をにじませて言う。

「よかった。一緒の布団ならとうまも風邪を引かずに済むんだよ」

 こんな台詞と共に天使のようにほほえみかけられて、上条に異を唱えられるはずがなかった。


 この夜、黒髪の少年が悶々と眠れない夜を過ごしたのは言うまでもない。

ver.1.00 09/5/23
ver.2.00 13/2/18

〜とあるシスターのお誘い・舞台裏〜

「ん……」

 日頃から一度眠りにつくと朝までぐっすりの快眠少女振りを発揮する御坂美琴なのだが、何故かこの日は真夜中に目が覚めてしまった。
起きなければならない特別な理由があるわけでもないのに意識が思った以上にはっきりしているのは、ちょうど眠りが浅くなっていたからだろうか。

(いったい何時かしら)

 薄く瞼を開くとカーテンの向こうはまだ暗いままで、眠り直す前に一度お花摘みに行っておこうかとぼんやり考えたその時、彼女は傍らに布団を盛り上げる何かが居ることに気づいてぎょっとした。
暗がりの中でもシルエットだけでそれが誰かわかる。

 否、たとえ輪郭がわからなかったとしても、彼女はきっとこの者の正体がルームメイトの白井黒子であることに気づいたはずだ。

 ともかく美琴はそのまま何も見なかったことにして眠るという選択肢を、逡巡することなく廃棄した。

「こら黒子」
「……っ」
 それほど大きな声ではなかったものの、最愛のお姉様が発した声は風紀委員(ジャッジメント)の少女を覚醒させるのに十分だったらしく、ぴくりと眉が動いたと思うと彼女は寝起き特有の少しかすれた声で応えてくる。

「はへ? ああ、お姉様。こんな時間にどうかされたのですか」
「どうかされたのですか、じゃないわよ」

 後輩が寝たふりをしていたわけではないとすぐにわかったものの、美琴は警戒を解かないまますっと目を細めた。
つい先ほどまでぐっすりと眠っていたところをみると、寝ている間によからぬいたずらをされていたわけではなさそうだが、おやすみ、と電気を消した時には隣のベッドで眠っていた人間がどうして同じ布団で横になっているのか。

「アンタ、ここで何をしてるわけ」
「はあ、見てのとおり眠っていたのですけれど」

 まだきちんと覚醒していないのだろう、厳しい語調でたずねられても白井はのんびりと答えて、おもむろにぽんと手を打ち合わせた。

「ああ、わかりましたわ。先ほどお手洗いに行ってきたのですが、どうやらわたくし、寝ぼけてそのままお姉様のお布団にもぐりこんでしまったのですね」
「寝ぼけて、ねえ」

 普段の行動からすれば実に疑わしい言い分なのだが、この過剰に慕ってくるルームメイトの後輩が、やましい気持ちがある時にさらりと嘘をつけるような性情ではないことを美琴は知っている。

 しかし、たった今納得したばかりの彼女は、こめかみに薄っすらと青筋を立てつつ静かに言の葉を紡いだ。

「それはわかったわ。で、アンタは今何をしているのかしら」
「はあ、見てのとおりお姉様に抱きついているのですけれど」

 バチバチと電撃使いの少女の前髪が青白い火花を散らすのを見ても、白井は物怖じすることなくしっかりと腕を背に回して抱きしめたまま言ってくる。

「はあ、じゃない! いけしゃあしゃあと言ってんじゃないわよ」
「だって、せっかくの機会ですもの。この状況で抱きつかないなんて、嘘ですわ。それとも、お姉様はわたくしが目の前のお宝をみすみす逃すとでも?」
「開き直るな馬鹿黒子!」

 美琴は全力でしがみついてくる後輩の体を引き剥がそうとするが、体格差がほとんどない相手を力ずくで遠ざけるのは容易ではない。
学園第三位の能力者と言っても、身体能力はそこまで過度に飛びぬけているわけではないのだ。

「ええい、離れなさい」
「イ・ヤ・で・す・わ」

 無駄に必死なふたりの死闘はしばらく続き、美琴は不意にこのやり取りが阿呆らしくなって込めていた力を緩めた。

「もう。アンタは、そんなにも一緒に寝たいわけ?」
「当然ですわ。お姉様の傍に居られることはわたくしの幸せですから」

 真っ暗で表情は見えなかったが、おそらく今の白井は笑顔をみせていて、さらには誇らしげでさえあるのだろう。
当の本人を前に臆面もなく言ってのける彼女は、ある意味大物なのかもしれない。

 美琴は我知らず頬を緩めながら小さく肩をすくめた。

「まったく。今夜だけだからね」
「え?」
「だから、朝が来るまで隣で寝てもいいってこと」

 苦笑と共にぽつりと付け加える先輩に、まさか許しがもらえるとは思っていなかった白井はぱちぱちと瞬きをする。

 だが常盤台のエースは釘を刺しておくことも忘れない。

「言っとくけど、ヘンなことしたら死を覚悟しなさい。一〇億ボルト、躊躇なく叩き込むわよ」
「あはは、当然ですわお姉様」

 美琴の声音に本気の色が混じっていることに気づいた白井は、取りあえず今夜はおとなしく隣で眠ることができる喜びに浸ることを心に決めるのだった。



 今回のSSは次なる展開へのステップという位置づけです。
当麻が無理なく「インデックスの隣で眠る」状況を生み出したかったので。
まあしかし、年頃の男子がこんなおいしい状況下でいつまで我慢していられるのでしょうか……と、鈴原はふたりの関係が進展する可能性にさりげなく触れてみます。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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