文芸部の存続をかけた休部未遂騒動からしばらく経った頃には、
冬の気配はずいぶんと弱まって、温かいとまではいかないものの、
いきなり吹きつけて来た風にも首をすくめずに済むくらいになっていた。

 様々な植物が芽吹き始めるこの季節、頭の方がいろんな意味で開放的になって、
朝っぱらからこの長くかったるい坂を元気に駆け上がってくるヤツの一人や二人、
出てきたとしてもおかしくはない。

 さすがにまだ咲く気配は見せていない枝ばかりの桜を見ながらそんなことを考えていると、
勢いよく走ってきた一人の男子生徒が行き過ぎかけたところでやおら立ち止まり、
首だけをこちらに向けてくる。

「よお、キョン」

 それはよく知った顔で、クラスメイトにして数少ない一般人の友人、谷口だった。

「おう」

 それにしても笑顔から受ける印象がさわやかではなく多少鬱陶しいものに感じられるのは、
わざとらしさが鼻についたと言うよりも、
野郎に笑みかけられてもまったく嬉しくないからに違いない。
ある意味、俺が健全な男子校生であることの証である。

 しかし朝っぱらから何でこんなに嬉しそうなんだ、こいつは。
まさかとは思うが、彼女ができたとか言うんじゃないだろうな。

「はは、よくわかったな……と言いたいところだが違う」

 だよな。それを聞いて安心した。

「その切り返しには軽くいらっとするんだが」
「気にするな。俺も国木田も似たようなもんだ」
「それもそうだけどよ」

 すっかり慣れはしたがかったるいことには変わりない、
北高への傾斜付きハイキングコースを、俺たちは軽口を叩きながら登った。






 下駄箱を経て教室に向かう道すがら、
廊下の窓際に毎日のように見かけるにやけたハンサム顔を見つけて思わず足を止めた。

「どうかしたのか?」
「知り合いだ」

 短く答えると、谷口も古泉の存在に気づいたらしく納得顔でうなずく。

「先に行っててくれ」
「ああ、わかった」

 古泉は緩く腕を組んだ姿勢で遠ざかる谷口の背を眺めていた俺に歩み寄りながら、

「珍しい、と思っているような顔ですね」

 にこやかにそう言った。

 そりゃそうだろう。
放課後でもないのにお前が現れるような事態は、そう何度も要らないぞ。
十中八九、ろくでもない話が漏れなくついてくるに決まっているからな。

「はは、今から僕が話そうとしている内容は、
これまでに比べればごくごく普遍的なイベントに関するものですからどうぞご安心を」

 本当か?

「ええ。という訳で少し構いませんか?」
「特に用事がある訳じゃないからな。ただ、手短に頼む」

 いくら時間に余裕があると言っても、
いつものような持って回った言い方に延々付き合っていたら授業が始まっちまうぞ。

「では、単刀直入に言います。お話と言うのはホワイトデーのことです」

 ホワイトデーだって?

「はい。バレンタインデーのお返しについてあなたがどう考えているのかを聞きたくて」
「ホワイトデー、ね」

 朝比奈さん、長門、そしてハルヒ。
三人からもらったプレゼントのお礼を何もしないで済ませようとはさすがに思っていない。
確かにSOS団が校外で集まる度に喫茶代は俺持ちになってはいるが、
それはそれ、というヤツだ。

「わざわざ俺に聞くってことは、何も案がないのか」
「そうですね。あいにく、人並みのものしか」

 小さく肩をすくめて首をゆっくりと左右に振る姿はなんとも様になっているが、
そんなものに俺が感心するはずもなく、

「お返しプレゼントを用意するのはやぶさかでないが、
イベントまで考えろと言われたらさすがに辛いぞ」
「そう、それなんです」

 古泉は困りましたという表情で大仰に嘆息する。

「普通に贈り物を渡されただけで涼宮さんが満足してくれるなら実にありがたいのですが、
ちょっとしたサプライズが必要かと思うと頭が痛くなりますね」
「二番煎じが通じる相手じゃないからな」

 とはいえ、だ。

「案外、素直に喜ぶかもしれないぞ?」

 もしかしたら、俺たちが何かを返してくるという前程自体ハルヒの中にはないかもしれん。
何か美味しいものでも用意すれば、気が利くじゃないと機嫌よく受け取るような気もする。

「なるほど、そういう考えもある訳ですか。さすがですね」
「あくまで可能性の話だ」

 追従なのか本気で褒めているのかわからない言葉に素っ気なく答え、
俺は後ろ頭をかりかりとかいた。

「いずれにしても、まだ考える時間はあります。
涼宮さん対策は追々練るとして、残るお二人ですが」

 それなら話は簡単だ。

「長門や朝比奈さんにはそれとなく聞いてみよう。
好みのものであるなら、それに越したことはないからな」
「わかりました。では、そちらの方はよろしくお願いします」

 振り返らずに手のひらを持ち上げることで古泉に応え、俺は足早に教室へと向かった。




「遅かったわね」

 いつものように頬杖を突いてグラウンドに目を向けていたハルヒは、
席に着く俺を見ることなく言ってきた。

 当然古泉と話をしていたなどと言えるはずはなく、
かと言って寝坊をしたという嘘は登校するところを見られていたなら即座にばれる。

「ああ」

 肯定のうなずきで考える間を取って、半身で振り返る。

「ちょっとな、喉がいがらっぽかったんでトイレに寄ってたんだ。
たまたまそこで古泉に会ってな。世間話をしてきた」

 我ながらいい思いつきだった。
何しろこれは珍しい出来事かもしれないが、
根掘り葉掘り聞きたくなるようなものでもない内容だ。

 案の定と言うべきか、

「ふうん。風邪?」
「いや、そうじゃない。ついでに言うと花粉症でもないな」
「そう」

 ハルヒはこちらを一瞥すると、たいして興味もなさそうに再び運動場を見やった。




 放課後になって、掃除当番のハルヒを置いて俺が向かった場所は、
言わずと知れた座り慣れたパイプ椅子のある部屋だった。

 途中、元気という要素を限界まで詰め込んだような上級生を廊下の向こうに見つけて、

「やあキョンくん、元気かいっ?」

 書類の束を抱えながらも、
わざわざ一方の手を振り上げる鶴屋さんの弾けるような笑顔に釣られ自然と頬が緩むのがわかる。
実際、この人を目の前にして元気にならない人間は、
もしかしたら居ないんじゃないかと思ってしまうのはきっと俺だけじゃあるまい。

「もちろんですよ、鶴屋さん」

 そう言うあなたはいかがですか。

「もちろん元気さっ」

 それは何よりです。
ま、元気がなけりゃこんな重そうな書類を運んでいたりはしないんだろうがね。

「お手伝い、しましょうか?」
「ふへえ? キョンくん、嬉しいことを言ってくれるね。
でも大丈夫、これしきのことでへこたれる鶴にゃんではないのさっ。
だからお気持ちだけはいただいておくよっ」

 言いながら鶴屋さんは書類を抱え直し、機敏な動きでこちらとの距離を詰めてきた。

「ところで、何か私に聞きたいことがあるんじゃないのかい?
そういう顔、してるにょろよ」

 わずかに声を落としつつもその目は実に楽しそうで、こういうところはハルヒを思わせる。
興味津々とはこういうものなのだという、いい見本だった。

 しかし、さすがとはまさにこのことだ。
自分ではそれほど顔に出やすいタイプだとは思っていないのだが、
考えていることが微妙に出ていたのかもしれない。

 とはいえ、せっかくの好意を断る理由などあるはずがない。
ありがたくお言葉に甘えさせてもらうとしよう。

「では遠慮なく」

 今朝、古泉と話をした内容を適当にはしょって説明した上で、
もし朝比奈さんが欲しがるようなものがあるならばそれを知りたい旨を伝える。
彼女は信用に値する好人物であり、諸事万端抜かりなく運んでくれるはずだ。

「一応この話はオフレコということでお願いします」
「もちのろんさ。大船に乗ったつもりでいてくれていいよっ」

 ええ、何の心配もしていませんよ。
少なくとも、俺があなた以上にうまく朝比奈さん情報を引き出せるとは思えません。

「とわっははは、あたしを褒めたって何も出ないよ〜?
ま、みくるからは上手く聞き出しておくっさ。それじゃ、ばいに〜」

 鶴屋さんは極上の笑顔を振りまきつつ、足早に去っていった。

 ともかく、これで朝比奈さんの件は落着したと言ってもいいだろう。
きっと、俺や古泉では知り得ない朝比奈さんの好みを教えてくれるに違いない。





「よ、長門」

 部室の扉をノックし、どうぞの一声を待ってから入ると例によって長門が一番乗りだった。
考えてみれば一年近く見てきた訳だが、実に当たり前の風景である。
もはや部屋と一体化していると言っても過言ではないだろう。

 それはさておき、今のうちにプレゼントのことを聞いておくか。
家に帰ってからわざわざ電話をかけるより、今ここでそうする方が話が早い。

 俺は鞄をテーブルの上に置いて、
首の後ろに組んだ手を回しつつ女子生徒の形を取る彫像と化している長門に早速声をかけた。

「なあ、一つ聞いていいか」

 響きからただの世間話ではないことを察したのか、
長門は本から顔を上げると凪いだ海のような目でまっすぐにこちらを見つめてきた。

「何か読みたい本はあるか?」

 ここにない本を贈るというのも一つの手だが、長門の蔵書はマンションにも収められている。
好きそうなものを選べば、必然的に被る確率は上がってしまうのではないか。

「あるなら、買うのを少し待ってくれないか。
ほら、バレンタインのお返しにだな、お前に贈ろうと思ってるんだ」

 ミクロン単位で、長門の表情が動いたような気がした。
どうして、ともそこまでしてもらうようなことでは、とも言っているように見える。

 だが、これはいい機会なのだ。ある意味で、口実とも言える。

 なぜなら、

「これまでも世話になってきたからな。その礼も兼ねて、ってところだ。
だから遠慮なく受け取ってくれよ」
「……わかった。考えておく」

 長門がにこりと笑った訳ではない。
今の受け答えも、いつもと変わらないものだ。
それでも、どこか嬉しそうだったように感じられたのはきっと気のせいではないのだろう。

 再び本に目線を落とし、
ぱらりと頁をめくる長門の姿を見つめているとつい瞳が和むのがわかった。
何を贈るにせよ、喜んでもらえる方がいいに決まっている。

 しかし、変わるもんだな。
出会った当初は本当に見事なばかりの無反応振りだったのが、 もう何年も前の出来事みたく思えるぜ。

 そのまま何をするでもなくこの一年を振り返っていると、

「おっ待たせー!」

 毎度のように騒々しく扉を開いて入ってきたそいつは勢いよく手を挙げつつ、
バァンと同じ勢いで後ろ手に扉を閉めた。
この部屋に出入りする人間の中でこんな行動を取るヤツはこの学校に一人しか居ない。
もちろん涼宮ハルヒである。

「遅かったな」

 ハルヒは呼びかけるこちらの声には応えず、
つかつかと定位置の団長席ではなく俺の向かいまで移動した。

「キョン」
「なんだ」

 笑顔はそのままに挑むような目を向けられて内心たじろぎながらも平静を装っていると、

「何かあった?」

 だん、と机に手を突きハルヒが身を乗り出すようにしてたずねてくる。
いや、これは問いかけではない。詰問だった。

「いや、別に何もないが」

 獣のような勘の鋭さ、とはこのことだ。
入ってきた瞬間、俺が長門に向けていた表情から何かを読み取ったらしい。

「へえ?」

 しかもこいつの中では疑わしいという段階を飛び越えて、
すでに何かしらことが起こったものと確定しているようだった。
白々しい嘘なんてお見通しよとばかりに目を爛々と輝かせている。
あるいは、いい暇つぶしの種が出来たとでも思っているのか。

「団長のあたしに隠しごとをするなんて、いい度胸じゃない」
「何を根拠に」
「勘よ」

 勘というあやふやなものを根拠としながら、
ここまで自信満々に即答できる人間はそういないだろう。
もはやここまでくると、獣どころか超能力者と言ってもいい。

 まったくもって厄介なヤツだ。

「ちょっと待て。勘って何だ勘って」
「四の五の言わずに白状しなさい。 これは団長命令よ? 一団員に過ぎないあんたに拒否権はないの」

 思わず長門をちらりと見やると、微動だにせずひたすら勤勉なる文学少女を体現している。
しかし、ここで焦りをみせればハルヒの言葉を肯定したも同然だ。ええい、ままよ。

「お前な、言いがかりをつけるにしてももう少しマシな根拠はないのか」

 それならこっちはあくまでも白を切り続けてやる。

 だが、にわか仕立てのささやかな抵抗は瞬時に鎮圧された。

「問答無用。法廷を開くまでもないわ、くすぐりの刑よ。
言っとくけど控訴は認めないからね。そんなもの即座に棄却よ」

 まったく横暴な裁判官だ。いったいどこの専制国家だそれは。

「さあ答えなさい」
「イヤだといったらどうする」
「こうするのよ」

 ハルヒは不敵に笑うと長机を回り込む手間を省略し、
スカートの中身が見えるのにも構わずあっさり乗り越えて俺のネクタイを引っつかんだ。

 ちなみに色は、白だった。いや、たまたま見えただけだが。

「おいこら、止めろ」
「言ったでしょ? 判決くすぐりの刑って」

 躊躇なく俺の膝の上に乗っかるという痴女ぶりを如何なく発揮させながら、
こちらの制止の言葉など聞く耳持たずといった風情でハルヒは実力行使に出た。
くすぐりの刑、である。

「ははは、おい止めろって……あはは」
「おあいにくさま。口を割るまで止めないわ」

 吐かせようとしているのか、それともこのやり取りを楽しんでいるのか。
俺の動きを封じながら、ハルヒは巧みにくすぐってくる。

 だからと言って簡単にゲロする訳にはいかない。

「なかなかしぶといわね」

 刑の執行に勤しむ団長の手の動きが一団と激しさを増し、
たまらず大きく身をよじった次の瞬間、
俺の視界は傾き始め、妙に長い浮遊感を経て横向けになった。



 一応弁解させてもらうと、
まったく意図していない出来事というのは往々にして起こり得る。
何かの勢いでそうなっちまった経験は、おそらく誰にでもあるだろう。

 とにかく、成り行きでこうなってしまったんだから仕方がない。
端から見ればじゃれあっているようにしか見えないんだろうが、
ハルヒと二人仲良く床に転がったのは偶然が引き起こした事故ってヤツなのさ。

「痛つつ」

 顔をしかめて目を開くと、そこにはハルヒが居た。正確には、居るのがわかった。
幸い、頭は打ってないらしい。
背中も椅子の背が多少は衝撃を防いでくれたのか、打ち身にもならない程度だろう。

 と、たまたまそうなったのか、後頭部にはハルヒの腕が回されていることに気づく。
抱きつかれるような格好のため、妙いい匂いのする髪が鼻先をくすぐっていた。

 これが朝比奈さんだったら、俺は確実にどうにかなっていたと思うね。いや、断言してもいい。
なけなしの理性なんて、魅惑の天使を前にすれば何の役にも立たないだろう。
それこそ、高さ三メートルしかない防波堤に十メートル超の波が襲ってくるようなもんだ。

「ん」

 それより今は、小さなつぶやきと共にゆっくりと顔を持ち上げたこの女だ。
 整った鼻筋に艶やかな唇、毛穴の存在すら疑わせる玉のような肌。
間近で見ると、やっぱり美人だった。こればっかりは認めざるを得ない。
口さえ閉じてりゃ、放っておいても男がよってきそうなもんだがな。

「ちょっと、あまりじろじろ見ないでよね」
「無茶言うな。お前がどいてくれんと俺は動けん」

 言いながら、思う。
もしかするとこいつは俺が頭を打たないよう、かばってくれたのか。

「それよか、怪我はなかったか」
「こっちは大したことないわ。あんたこそ平気な訳?」
「ああ、おかげさまでな」

 返した台詞はかまかけだったのだが、
ハルヒの目がわずかに見開かれたのを俺は見逃さなかった。
どうやら間違いないらしい。

「ちょっといいか」
「何よ……痛」

 ハルヒの腕を取ると、すぐに軽く打撲しているのがわかった。
まったく、この細い腕のどこにあんな馬鹿力が秘められてんだ?

「言ったでしょ、じろじろ見ないでって」
「そうだったな」

 あくまでとぼけるつもりか。可愛げのない女だ。
くつくつと喉の奥で笑う俺をハルヒはそっぽを向きつつ横目でじろりと見て、
不機嫌そうに眉を寄せた。

 仕方がない。話をしてやるか。

「今から俺は独り言を言うからな」
「は?」

 虚を突かれたのかハルヒが珍しく間の抜けた声を上げる。

「長門とはバレンタインのお返しをどうするか、その話をしていただけだ」

 目の前で展開されているかなりレアな驚きの表情を眺めつつ、

「当日まで内緒にしていた方がうちの団長様が喜ぶと思ったからな」

 俺は口を閉ざした。
ハルヒは何も言わずただこちらを見つめている。

 しかし、この時俺はさっさと起き上がっておくべきだったのだ。
後から思えば、不覚だったとしか言い様がない。

 ガチャリと扉が開く音を聞いて、俺たちにできたのはせいぜいそちらを向くくらいで、

「おっと、お邪魔虫でしたか」

 わざとらしく目を丸くするにやけハンサム男が現れてから、 しまったと思っても後の祭りだった。
よりにもよって、自分から古泉が喜びそうな話題の種作りをすることになるとはな。

「……」

 ハルヒはいったいどう答えるべきかを考えていた俺を一瞥してからすっと立ち上がり、

「あたし、今日はもう帰るから」

 鞄を手に取り愛想なく宣言するや返事も待たずに部室を後にした。

 半身を起こした状態でなんとなくその背を見送る俺に古泉は気遣わしげな顔を向けてくる。

「追いかけなくていいんですか?」
「何故あいつを追いかけなきゃならん」

 ズボンを手で払いつつ立ち上がると、相変わらず読書に集中したままの長門が目に入った。
そういえば、さっきのやり取りの間もずっとそうしていたんだろうか。
もっとも、視覚を使わずに状況を把握するくらいは造作もない話で、
もしかしたら本よりもこっちが気になって頁はほとんど進んでいないのかもしれない。

 さすがにそれはないか。

「もう少し遅れてやってくればよかったですね」

 にまにまと笑う古泉は、いつも以上に腹立たしかった。訳知り顔で言いやがって。

 とはいえ、あそこでこいつが現れなかったらどうなっていたかといえば、
別に何も起こらなかったんだろうがね。

「てっきり、あなたがようやくその気になったのかと思いましたよ」

 何がその気だ。ここぞとばかりに茶化しやがる。

 と、ある考えが浮かんで俺はニヤリと笑った。
これを聞いたら、こいつはどんな反応をするだろうか。

「言いにくいんだがな、少し事情が変わった」
「うかがいましょう」

 上向けた手のひらで続きを促してくる古泉に、殊更真顔でこう言ってやった。

「ホワイトデーの話をハルヒは知っちまった。本格的にサプライズを用意する必要があるぞ」

 知られてしまった以上は、それなりのものを考えなければならない。
予想に違わず作り物ではない呆気に取られた古泉の顔を見やりつつ、俺は静かに息を吐いた。


 それにしても、またぞろ新たな厄介ごとを抱える羽目になったのだが、
それを楽しく感じてしまってる俺は、いったいどうしちまったんだろうね。

 ま、ネタ作りの大好きな古泉が居ればなんとかなるだろうし、
なんならハルヒ以外の全員で企画を立ててもいい。
鶴屋さん辺りなら、喜んで協力してくれそうだ。

 まったく。これじゃあ俺までイベント好きみたいじゃねえか。
これも団長による教育の賜物、ってヤツなのかね。やれやれ。






ver.1.00 08/07/20
ver.1.24 08/07/22
ver.1.34 09/03/31


〜涼宮ハルヒの当惑・舞台裏〜

古泉 「まさか涼宮さんがホワイトデーの話を知ってしまうことになるとは。
    あらゆる事態に備えていたつもりでしたが、さすがにこれは想定外でした」
キョン 「成り行きでそうなってしまった。すまん」
古泉 「いえ、決してあなたを責めているわけではないのですよ。ですが……」
キョン「皆まで言わんでいい。まあ、三人寄らば文殊の知恵とか言うからな。
   こうして五人も集まれば何かいい案が浮かぶだろうよ。ですよね、鶴屋さん」
鶴屋 「そうだねっ。少なくとも一人で考えるよりはいい考えが出るはずさっ。
   一樹くんもそうしょげた顔をすることはないよっ」
みくる「ええとぉ、それで、どうすればいいんですか?」
キョン 「さて、どうしましょうか」
長門 「……」
鶴屋 「また宝の地図を使う訳にもいかないし、どうしたもんかねっ」
キョン 「ふむ。奇をてらわずに部室を飾りつけてパーティーをする、ってのもアリか?」
古泉 「そうですね、かえって新鮮な気がします。
    あまり派手にやると生徒会がうるさそうですが」
キョン 「ま、そこはなんとかなるだろ。なんならお前が言って目をつぶらせればいい」
古泉 「はは、そうですね。その時は言ってみるとします」
鶴屋 「ところで開催場所だけど、遠慮なくあたしの家を使ってくれていいにょろよ。
    校内と違って制約はないし、庭という選択肢だってあるからね。
    そうさな、いつかみたいに野外イベントなんてどうだいっ?
    むしろそちらの方がハルにゃんは喜ぶかもしれないねっ」
キョン 「確かにそうですね。あいつは断然アウトドア派ですから」
古泉 「同感です。ここは鶴屋さんのお言葉に甘えさせて頂くのがベストでしょう。
    部室ではどうしてもやれることが限定されますからね」
みくる「ふと思ったんですけど、お芝居をするのは難しいかなぁ」
キョン 「いいアイディアだとは思いますが」
古泉 「さすがに今から寸劇のシナリオを作って練習するのは、
    日程的に少々厳しいのではないでしょうか」
鶴屋 「もしあたしが当日参加できなくても、ちゃんと使ってもらえるようにしておくさっ」
キョン 「いつもすみません、鶴屋さん」
鶴屋 「なんのっ。水くさいことは言いっこなしにょろよ、キョンくん」
長門 「……」
キョン 「では、場所が決まったということで次は内容をどうするか、だが」
古泉 「それは明日の会合までに各々考えてくる、ということでいかがでしょうか」
キョン 「ああ。長門が本を閉じたことだしな」

 こうして、急遽開かれた第一回ホワイトデー対策会議は幕を下ろしたのである。
この時、長門が密かに劇のシナリオを考えていたことなど、俺たちは知る由もなかった。



 と言う訳で、四ヶ月ぶりのハルヒSS第2弾です。
今回はメインどころを大体(みくるは直接登場していませんが)出してみました。
ちなみに、現在はアニメ版はもちろん小説版も全て読み終えています。
途中、バレンタインの話を見て「ああ、本編ではこういう形だったんだ」と感心したものです。

 次に描いてみたい新キャラといえば、佐々木でしょうか。
本編を気にすると色々制約がかかって書きにくくなってしまうのですけれども、
結構お気に入りキャラではあります。
会長絡みの話も楽しそうですが、そちらはまずネタを思いつくのが先ですね。
その前に、ホワイトデーの話を描けとツッコまれてしまいそうですが。

 ともかく、皆さまにお楽しみいただけたのであれば幸いです。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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