「えー、この度は『長門ユキの逆襲 Episode 00』予告編をご覧になってらっしゃる皆さま、
誠にまことにありがとうございます。
つきましては、私、朝比奈みくるがSOS団一堂……じゃなかった、
出演者を代表してえ、皆さまに厚くあつく御礼申し上げますぅ」

 容赦ない陽射しがガンガンと入り込んでくる窓をバックに、
がちがちに緊張しながらもなんとか笑顔をみせようと努力する、
SOS団が誇る魅惑の天使は言上を終えると同時に深々と頭を下げていた。

 本日のコスチュームはウエディングドレスで、
可憐で愛くるしい朝比奈さんにはお似合いの逸品だ。

 まったく心が和むね。
普段のウエイトレス姿だって十分過ぎるほど俺の心を満たして止まないのだが、
今日の姿は格別だった。エンジェルという形容は決して大げさなものではなく、
この混沌とした部室に舞い降りた一輪の花と言っても過言ではない。

 さて、状況説明が遅れたが今は文化祭で放映予定の映画、
『長門ユキの逆襲 Episode 00』の宣伝を兼ねた予告編を撮影していて、
春休みに作ったものを多少なりとも見れるものに手直しするよりは、
一から作り直した方が早いという意見が聞き入れられた結果、
例によって雑用係を仰せつかった俺がこうしてカメラを回している訳だ。

 それにしても、である。
幸せという言葉はきっと今みたいな気分を表すために存在しているんじゃないだろうか、
そんなやくたいもないことを考えていることを知覚してもなお、

この胸を温かな思いで満たしてくれる状況を他に言い表す術があるのなら、
今後の参考に是非とも教えていただきたい。

 だが、 ホームビデオのレンズを通してこのステキ極まりない光景を眺める至福の時間は長く続かず、

「はい、カーット!」

 超監督と書き換えられた腕章をつけた我らが団長殿の、
真夏の太陽を思わせる満面の笑顔で告げられた台詞によってばっさりと切り捨てられる。

「えらい、みくるちゃん。最後まで噛まずに言えたわね!」
「はい、なんとかできましたぁ」


 ようやく緊張が解けたのか、
朝比奈さんはとても年上とは思えないキュートなスマイルでハルヒに答えていた。
同じ心からの笑顔であっても、こうも受ける印象が変わるのは何故なのかとつくづく思うが、
その原因は心の清らかさの違いにあるのだと俺は信じて疑わない。

 なるほど、ハルヒは自己の思いに忠実な純粋さの塊みたいなヤツである。
しかしそれは朝比奈さんが持つ純粋とはまったく別の成分で構成されており、
無垢なんて単語が介入する余地は一片たりともない。
よって俺の理論はかなりの確率で正しいはずだと、声を大にして言ってやりたいね。

 まさか俺がそんなことを考えたからという訳でもないんだろうが、

「さて、撮影も終わったことだし。新婚さんごっこをしましょ」
「へ? 新婚さんって? あの、ちょっと涼宮さん……止めてくださ、ひゃあ」

 ハルヒは素早く背後に回り込むや無遠慮に朝比奈さんを抱きすくめ、
当たり前のように胸をまさぐり始めた。傍若無人とは正にこのことだ。

「ひぃ、たたた助けてぇ」

 逃れようとする朝比奈さんへの攻撃は秒単位でヒートアップし、
ハルヒは柔らかな双丘を持ち上げるようにつかみながら、耳たぶをぱっくりとくわえ込む。

 この間もカメラは回り続けているのだが、
いくらなんでもこんなものを放送したら最後、文芸部の活動は未来永劫停止されることだろう。

「ひあああ」

 聞くに堪えない哀れな悲鳴を耳にした俺はようやく我に返り制止にかかろうとして、

「おっとキョン、あんたはカメラは回し続けるのよ」
「お前はアホか」
 思わず団長の命令に従おうとする男の (さが) をどうにか理性で押し止めると、
ビデオを長机の上に置いて毒牙にかからんとする気の毒な未来人を救出すべく、
ハルヒにつかみかかった。

「こらハルヒ、いい加減にしておけ」
「いいじゃない、ちょっとくらい。減るもんじゃないんだし!」

 無茶を言うな無茶を。
ハルヒが馬鹿力だからって、
いくらなんでも朝比奈さんの胸を揉んだだけで縮められるとは俺も思わん。

 が、これはそういう問題じゃない。

「そんなに揉みたいなら自分のでも揉んでおけ」
「自分のじゃ楽しくないじゃない。そんなことより、とにかく離しなさい!」
「離したら朝比奈さんを襲うだろうが」
「よくわかったわね。えらいわキョン」
「……あのな」

 あまりにも馬鹿なやり取りにげんなりした次の瞬間、

「隙あり!」
「がっ」

 払い腰の要領で俺はあっという間に床へと組み伏せられていた。
しかも、 叩きつけられる瞬間ぐっと自分の側に引き寄せることで痛みを殺すという芸当つきで、だ。

「さあ、みくるちゃん。邪魔者は封じたわ。大人しくこっちに来なさい」
「ええと、そのお……」

 ハルヒの両手はふさがっているにも関わらず、
朝比奈さんは蛇に睨まれた蛙のように動けずにいる。
こんなヤツの言葉なんて聞かずに逃げてしまえばいいのだが、
それができないからこその彼女だと思わなくもない。

 それより今は、俺の方だ。

「くっ」
「ふん、抜け出そうったって無駄よ」

 ちなみに今現在かけられているのは袈裟固めで、
仰向けに寝た状態の俺の脇に腰を密着させ、俺の右腕をハルヒが左脇でがっちりと固め、
右腕を首の下から差し込んで前襟をつかんで完成する。
かけられた経験のある人にはわかっていただけると思うが、
極められてしまった後ではいくら暴れようが抜け出せない。

 しかし、この格好は色々とまずいんじゃないか?
仮にも俺たちは異性同士であって、女には男にないものがついている。
暴れようとする度、それが顎の辺りに押しつけられるのだ。

 どうやらハルヒはこのことに気づいていないらしく、いつもの不敵な笑みを浮かべている。
知っていて平然としているという可能性もあるが、
そこまでこいつが女としての慎みを持ち合わせないようなヤツだとは思いたくない。

「どうやら観念したようね。いい心がけだわ」
「……」

 一切の抵抗を放棄したことを降参とみたハルヒは、
健康そのものの白い歯を覗かせてにこりと笑った。
まったく、どうして男である俺がこうも気を遣わなくちゃならないのか誰か教えてくれ。

「さ、みくるちゃん。こっちに来るのよ」
「ひぃ」

 朝比奈さんが裏返りかけた声を発しつつ泣きそうな顔をみせたその時、
これまでひと言も発言しなかった長門が突然ぽつりとつぶやいた。

「胸」

 例によって手元の本に視線を固定したままの発言であったが、
当事者である俺はすぐに何のことか理解し、わかりかねたハルヒと朝比奈さんが首を傾げる。
長門は説明の語を重ねようとはせず、沈黙が文芸部室を支配した。

 やがて、ハルヒは不意に俺から顔を背けると、

「仕方がないわね。今日のところはこれくらいにしておいてあげるわ」

 押さえ込みを解いて勢いよく立ち上がり、スカートを手早く叩いて埃を払いながら、

「何ボサっとしてんの。みくるちゃんが着替えるんだから、あんたはさっさと出ていく!」

 こちらを見ることなく扉を指差し一方的に告げる。

「わかった」

 いつもの口癖が漏れそうになるのを止めて、俺は言われるままに部室を出た。





 どうやらハルヒにも恥ずかしいと思う心はあったらしい。
一応、これは喜ぶべきことなのかね。

 そしてもう一点、あのにやけハンサムが居合わせなかったことだけは素直に喜んでいいはずだ。
知れば、訳知り顔であれこれと言うに決まっている。

「……やれやれ」

 俺は戸に背をもたせかけつつ、
窓の外をぼんやりと見つめながら幸運の女神様とやらにぞんざいな謝意を表するのだった。


 言うまでもないことだが、
ハルヒと朝比奈さんの絡みは編集段階でカットさせてもらったことを追記しておく。






ver.1.80 08/09/15
ver.2.00 08/09/23
ver.2.16 09/03/27

〜涼宮ハルヒの感触・舞台裏〜

鶴屋 「とわっははは、災難だったねキョンくん。それともラッキー、かなっ?」
キョン「笑い事じゃないですよ、まったく」
鶴屋 「ふぅん? でも、柔らかな感触はたっぷり味わえたんだよねっ?
   ハルにゃんの、大きいもんねえ。いやあ、うらやましい限りだよっ」
キョン「ま、それは否定しませんが」
鶴屋 「あ、みくる。やっほー」
みくる「鶴屋さん、キョンくん」
キョン「こんにちは、朝比奈さん」
みくる「……こんにちは」
キョン「どうかされましたか?」
みくる「あのお、キョンくん」
キョン「どうしました、朝比奈さん」
みくる「あのね、一つ聞きたいことがあるの」
キョン「はい、何なりと」
みくる「実は、録画データのことなんです」
キョン「はあ、データですか」
みくる「はい。あたしが涼宮さんに色々されている間も、
    カメラは回っていたみたいですし。どうなったのかな、と思って」
キョン「ご安心ください。もちろんアレが公開されるなんてことはありませんよ」
みくる「そっか、それはよかった。……じゃあ、あの映像はもう残ってないんですね」
キョン「はは、もちろんですよ」

 もちろん件のデータに心当たりがある俺は、
内心冷や汗をかきつつも乾いた笑い声で首肯したのだが、
ふと背後から妙に強い視線を感じて振り返ると、
そこには長門が立っていて水平線を思わせる静かな眼差しをこちらに向けていた。

長門 「……」

 すまん。俺が悪かったよ長門。何も言わんでくれ。

キョン「……もし残っていたとしても、ちゃんと消しておきますからご安心ください」
みくる「ありがとうございます、キョンくん」
キョン「いや、ははは」

 こうして朝比奈フォルダに収められていた貴重なる映像データは、
俺自らの手によって葬り去ることとなった。



 と言う訳で、涼宮ハルヒの感触でございます。
一度Web拍手に掲載したものですが、加筆修正してのお届けです。
ハルヒにもちゃんと女の子な部分はある、というお話でした。
次のお話として考えているのはエンドレスサマーの一幕だとか、
閉鎖空間に捕らわれる話とか、佐々木絡みの話であるとか、そんなところです。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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