穏やかな陽射しが日向の窓から優しく漏れ入る昼下がり、
アッシュフォード学園内、特例でここに住むことを許されているランペルージ兄妹の居所で、
二人の少女がテーブルに着いていた。

 入口脇には家事手伝いを務める篠崎咲世子が、
一分の隙もない立ち姿でありながら微塵も圧迫感を与えることなく控えている。
 まるで空気のように風景の一部、調度品の一つとして風景に溶け込むその有り様は、
かつてこの日本国で諜報活動に従事していた (しのび) と呼ばれた者たちを思わせる。
これは彼女の存在感が薄いのではなく意識的に気配を殺しているのである。

「あの」

 その時、心安らぐ午後の空気に可憐な音色が踊った。

「C.C.さんはパン生地とカリカリのものと、どちらがお好きですか?」

 車椅子に座する淡紅色を基調とした中等部の制服に身を包んだアッシュブロンドの少女は、
口から離したティーカップを下ろしつつたおやかに首を傾けると、

「私はうすうすの方が好きです。この、パリっとしたところが」

 好きなんです、と口元を弓にする。

「……そうか」

 向かいの席で手元のカップに視線を落としていた長く艶やかな翡翠色の髪の少女は、
ゆっくりと金の瞳を持ち上げた。
普段、めったに感情を表さない彼女だが、
目の見えない少女に向けるそのまなざしと表情はどこか温かい。

 ナナリーも一見すると西洋人形を思わせる顔立ちであるものの、
C.C.のそれとは違って生気と愛らしさに満ちている。

「私は、気分次第だな」
「気分次第、ですか」
「ああ」

 おうむ返しに問うナナリーに、C.C.は深くうなずき返した。
気分屋なところのある彼女だが、今使った気分次第はそれとイコールではない。

 もちろん適当な答えではぐらかそうとしているのでもなく、

「だがそれはどちらでもいい、ということではないぞ」

 その証拠に緑の髪の少女はいったん前置きをしてから持論を展開し始めた。

「つまり、私はカリカリもうすうすも好きということだ。それぞれに味わいが違うからな」

 神妙な顔で耳を傾けているアッシュブロンドの少女に、
C.C.は我知らず頬を緩めながら、ふと手元のティーカップに目線をやる。

「パン生地はしっかりとした厚みがあるだろう? 当然、食べ応えもある。
同じ一枚を食べるにしても、こちらの方がしっかりとピザを食べたという満足感が残る。
一方、薄い方はサクサクとした食感が売りだ。
ナナリーの言うようにパリっとした部分がたまらない。
その分、ついつい食べ過ぎてしまうのが玉に瑕だがな」

 不死の少女は静かに瞼を閉ざし、口の中で二つの味を反芻させるべく想像を膨らませた。

「いいか、ナナリー。
それぞれに異なる味わいを持つ生地の上に様々な具が乗り、程よくとろけたチーズが加わる。
そうなると、どちらか一方を選ぶことなどできないという訳だ」
「なるほど」

 ナナリーは感心しきりの表情で相槌を打って、
C.C.さんは本当にピザがお好きなんですね、としみじみつぶやく。

「これは余談になるが、タバスコなどの香辛料は別になくても構わない。
そのままの味を楽しむのが私の流儀だ。 もっとも、時には思いきり辛いものを食べたくもなるがな」

 言ってからC.C.は何かを思い出したらしく、
傍目にはわからない程度に眉を寄せると、
肩にかかるエメラルド色の髪をわずらわしそうに背の方へ払った。
彼女が思いきり辛いものを食べる機会を迎えたのはつい先日の話で、
原因は彼女の兄と下らない言い合いを演じたためであるが、さすがにそれは口にはしないでおく。

 と、不意にくすくすと笑う声が辺りに響いた。

「なんだかお兄さまみたいですね」
「な……私がルルーシュみたい、だと?」

 続く可笑しみを含んだナナリーの声に、C.C.は微かにうめく。
それは、どういう意味で言ったのだろうか。

(まさか、あの日の出来事を知っているのか? いや、そんなはずは……)

 不死の少女は小さくかぶりを振って、ナナリーを見やった。
ほんの二、三秒間返事がないことに小首を傾げていた彼女は、
すぐに原因が自分の言葉足らずであったと考えたのか説明の語を付け加える。

「あの、お兄さまみたいと言ったのは、
普段はお優しいのに時々ピリリと辛くなる、そういう意味です」
「……ああ、そうだな」

 単にルルーシュの話をしていただけだとわかって、C.C.はそっと苦笑した。
一つの感覚器官を封じられていることも手伝ってか、
ナナリーは時折鋭い洞察力をみせるため、つい勘違いをしてしまったのである。

 C.C.は音を出さないように息をついて、目線を咲世子に移した。
それから、空になったティーポッドに黙々と湯を注ぐその背に問いを投げかける。

「咲世子、お前はどうなんだ?」
「私、ですか」

 会話に加わらずとも話はしっかりと聞いていたらしく、
咲世子はスカートの裾を翻らせないように全身で向き直ると、
一度指先を顎に当ててから、にこりとほほえんだ。

「私は薄い生地の方が好きですね。ここ日本では分厚いパン生地の方が人気だそうですが。
それはさておいて、表現の仕方については少々思うところがあります」
「ああ、うすうすのことか」

 咲世子のやや焦点をぼかした言葉が意味するところを理解して、
今度ははっきりと苦笑しながらC.C.はアッシュブロンドの少女を横目で見やる。
 同感だった。
確かにその表現はどうかと思う。
特に、アッシュフォードの男子生徒には聞かせられない台詞であった。
学内の守ってあげたくなるランキングで他に影も踏ませない不動の一位に輝く彼女の口から、
そのような単語が飛び出せばどれほど物議を醸すか知れたものではない。

「何のお話です?」

 きょとんとした表情をみせるナナリーに、C.C.と咲世子は思わず顔を見合わせた。
さすがにこれは、正直に答えるわけにはいかないだろう。

「いや、たいしたことではないんだ」
「そう、ですか」

 アッシュブロンドの少女がこぼした不思議そうにつぶやく声を耳にして、
C.C.はいくらか視線を伏せた。
そういった商品名が付された避妊具の存在など、彼女は知らずともよい。

 しかし、である。

(この女、侮れないな)

 ナナリーの傍らでにこにこと笑う咲世子をそっと盗み見て、C.C.は胸中独りごちるのだった。





ver.1.00 08/01/23
ver.2.00 09/01/29


〜あなたはどちらが好きですか・舞台裏〜

シャ:シャーリー ミレ:ミレイ

ミレ「ちょっとちょっと、またまた美味しいネタじゃない?」
シャ「ええ、そうですね」
ミレ「あらあら? これは意外にも大人しい反応ですな、シャーリーちゃん。
   妄想少女シャーリーの異名はどうしたの? もしかして、現在進行形で展開中かな?」
シャ「な、いきなりなんですか! 私、そこまで妄想ばかりしてませんよ!」
ミレ「していないとは言わないのね。でも、たとえ隠そうとしたって無駄よ。
   あなたが日頃どんなことを考えているのか、私には筒抜けだから」
シャ「どういう意味です?」
ミレ「あれ、知らなかった? 私はエスパーなの。だから君の赤裸々な、
   思わずこっちが頬を赤らめちゃうような乙女心も手に取るようにわかるのよ」
シャ「ええ ?!」
ミレ「だからとっとと白状なさい。さもないと、勝手に読み取ってみんなにばらしちゃうよ?」
シャ「ご、ごめんなさい、白状します。私は色々と妄想してました。毎日勤しんでます。
   ルルを抱きしめたり頬ずりするくらいは日常茶飯事だし、
   膝の上に乗せたり乗ったり、あとはその、ごにょごにょとか××したりとか、
   後ろから××して×××をこう、悶えるルルを舐めるように見つめてみたりとか!」
ミレ「うわ、シャーリーってばそんなことを考えていたんだ。
   まさか想像していたよりも上を行くなんて、さすがね」
シャ「へ……?」
ミレ「ああ、私が超能力者だって話? そんなのウソに決まってるじゃない。
   読心術なんて使えたら、もっと上手く世渡りができちゃうわよ」
シャ「かか、会長、私をだましたんですか!?」
ミレ「いや、普通はだまされないと思うんだけど。ま、結果としてはそうなるわね」
シャ「……っ」
ミレ「まあまあ、落ち着いてシャーリー」
シャ「これが落ち着いていられますか! 私、そんな、私の妄想が……!」
ミレ「あはは、面白い顔ね」
シャ「あははじゃありません!」
ミレ「さて、シャーリーいじりはこれくらいにしておいて、と」
シャ「うう」
ミレ「いつか、愛しいルルに使ってもらえる日が来るといいわね」
シャ「使う、って何をですか?」
ミレ「うすうすよ」
シャ「……な、何を言い出すんですか会長ッ!」

 思いきり叫んだ後、耳まで赤く染めて沈黙する初心なシャーリーを横目で見やりながら、
ルルーシュとならそういうことになるのもやぶさかでないけれど、
と声には出さずに独りごちるミレイだった。



 約一年ぶりに更新した、天然娘ナナリーとC.C.+咲世子のお話です。
まず、こうした下ネタに抵抗のある方がいらっしゃいましたらごめんなさい。
ところで咲世子は生活に必要なものを買いに出る機会があるため知っていても不思議ではないですが、
むしろどうしてC.C.が知っているのか、とそちらの方が気になりますね。
そんなことを書いていたら派生ネタが思いついてしまいました。
家政婦は見た! とかもいけちゃいますね。どなたかやっていそうなネタですが。

 しかし、ギアスを見ていて思うのはピザという食べ物一つでこうもネタがあるものか、
ということです。なんだか可笑しいですね。
もしかすると、監督はピザ好きなのかしらん。
スポンサーの関係でメインキャラの誰かをピザ好きにした、とも考えられますけれど。
ギャップという点ではC.C.を選択したのはさすがだなと思っています。
ピザといえばC.C.、C.C.といえばピザ、そういっても過言ではないですし。
上記のようにその熱い胸の内を語るというのも、ある意味必然なのかもしれません。

 ちなみに、この『うすうす』ネタはいくつか思いついていますが、。
他にも書くものがたくさんあるので、いずれお目にかけられればと思っています。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。

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