登場人物紹介
ルルーシュ……ランペルージ家の大黒柱にしてご主人さま。
ロロ……わんこ。
C.C.……ご主人さまにお仕えする少女。




 仕事を終え帰宅した一家の長を真っ先に迎えたのはロロだった。

「お帰りなさい、兄さん!」
「ああ、ロロ」

 扉を後ろ手に閉めた直後、ぱたぱたと尻尾を振って駆け寄ってくる愛犬に、
ビジネススーツに身を包んだルルーシュは優しくほほえみかける。

「よしよし、いい子にしていたか」
「うん! 兄さんの帰りが待ち遠しくて仕方がなかったけどね」
「そうか、すまなかった、ロロ」
「ううん、謝らないで。兄さんは、僕たちのために働いてくれているんだし」

 提げていた鞄を下ろした黒髪の少年は、
差し出した手のひらに頬をすりつけ、全身で喜びを表現するロロを空いた手で撫でてやりながら、
紫水晶の瞳をすっと廊下の奥へと向けた。
次いで、しゃらしゃらと音がする数珠のれんをくぐり、
透き通るような翡翠の輝きを放つ長髪の少女が姿を現す。

 その顔は、ルルーシュを認めた途端にはちきれんばかりの笑顔に変わった。

「お帰りなさいませ、ご主人さま」
「ただいま」

 いそいそと歩み寄ってきたC.C.は鞄を両手で抱え上げ、
ルルーシュはネクタイの根元、結び目の奥部に指を挿し入れ左右に動かして緩めていく。

 足元にじゃれついてくるロロに視線を落としていると、

「あの。お風呂になさいますか? それともお食事になさいますか」

 上目遣いでたずねられて、黒髪の少年はわずかに目を細くした。

「そうだな。では、先に背中を流してもらうとしようか」
「えっ」

 口元を手で覆ったC.C.の頬は、ほんのりと桜色に染まっている。
しかし、黙りこくってしまったのはごく短い時間だった。

「あの、あの、私、不調法かもしれませんが、一生懸命しますから」

 おそらくは清水の舞台から飛び降りるような心境で覚悟の程を口にするのを目にして、
ルルーシュは思わず口の端をほころばせる。
時折からかわれているというのに、なんと無垢な少女であることか。

「はは、冗談だよ」
「だから私……え?」

 顔を赤らめたままぱちぱちと瞬きをするC.C.にぽんと手を置くと、

「まずは食事にしよう。ロロも君も、腹が減っているだろう?」

 黒髪の少年はにこりと笑った。





「わあ、美味しそう……!」

 皿に盛られた食事を前に、ランペルージ家の愛犬はピンと耳を立てて目を輝かせた。
千切れんばかりに振られている尻尾が、その感情を如実に示している。

「さあロロ、お食べ」
「うん!」

 見る者を思わず和ませる気持ちのいい食べ振りをしばし暖かい眼差しで見守った後、
ルルーシュは食卓の上に目線をやった。
幾つかの皿と椀が並んでいるのだが、見慣れない料理がある。

 たとえば、

「これは?」
「この国のスープで、味噌スープといいます」
「ああ、名前は耳にしたことがあるな」

 黒髪の少年は聞き覚えのある名前に、相槌を打った。
改めて意識を向けると、湯気と共に食欲をそそる味噌の香りが立ち上ってくるのがわかる。
生真面目なC.C.のことだ、新たなレパートリーを増やすべく料理本から学んだのだろう。

「ところでスプーンが見当たらないのだが」
「はい。私も最初はスプーンを使うとばかり思っていたのですが、
どうやらお箸を使って食べるみたいです」
「なるほど」

 少女の説明に、ルルーシュは感心したように箸を取った。
並の日本人であれば模範とすべき美しい持ち方だが、本人にその自覚はない。
この辺りはさすがと言うべきか、生まれと育ちの良さが現れている。

「では、いただきます」
「どうぞ召し上がってください」

 黒髪の少年は持ち上げた椀に口をつけた。
口内に広がる未知の味を確かめるように、含んだスープをゆっくりと嚥下していく。

 その様をじっと見つめていた少女は、我知らず少し早口になりながら問いかけていた。

「いかがでしょうか。具には、今朝手に入った新鮮なものを使ってみたのですが」

 完成前に味見をしているため、取り立てて言うような失敗がないことはわかっている。
それでも、生まれて始めて挑戦する料理が上手くできているかどうか、
また、主人の口に合うかどうかを思うと、 居ても経ってもいられずついたずねてしまったのである。

 ルルーシュは椀をテーブルに置くと、柔らかな微笑を浮かべた。

「ああ、美味しいよ」
「……っ」

 C.C.はわずかに目を見開いた後小さく息をついて、
硬かった表情は安堵に満ちたものになる。

「よかった、お口に合って」

 しかし、ルルーシュが口にしたのは、
実際に日本の食卓に並ぶ味噌汁とは趣の異なる品であった。
ブリタニア人の彼には知る由もないことだが、
油で揚げたものならばともかく、
生のセロリやピーマンを具に使う日本人はあまりいないはずである。




「ロロ、今日はおやつを用意しているんだ」

 食事を終えたルルーシュは、ソファの上でくつろいでいるロロに呼びかけた。
悪戯っぽい目つきをしながら、彼が手にしているのはポップコーンが入った袋だ。

 満腹になったせいか心持ちとろんとした瞳で小首を傾げている愛犬に、

「一粒ずつ放るから、きちんと受け止めるんだぞ?」

 ルルーシュは思いついたばかりのルールを簡単に説明しつつ、
言葉通りつまみ上げた一粒のポップコーンを示してみせた。

「うん、わかった!」

 状況を理解したロロの意識は即座に覚醒し、嬉々として床に飛び降りる。

「さあ、いくぞロロ」
「いいよ、兄さん。いつでも来て!」

 待ちきれない、とばかりに尻尾を振る愛犬に黒髪の少年はこくりとうなずき、

「それ!」

 ルルーシュが緩い下投げで放ったポップコーンは、
素早く落下点に回り込んだロロの口の中に収まった。

 同じことを三度繰り返し、ランペルージ家の愛犬は見事にそれらを受け止めていく。

「えらいぞロロ」
「僕が受けやすいよう、兄さんがしてくれているからだよ」

 口ではそう言いながらも、ロロの尻尾は嬉しそうにぱたぱたと揺れていた。
期待に応えられた喜びは、抑えようとしてもつい行動に表れてしまう。

「では、これならどうかな?」

 黒髪の少年はつまみ上げる粒の数を二つに増やすと、
秒単位の時間差をつけてポップコーンを放り投げた。

「よ、はっ」
「もう一丁!」

 受け止めることを予想していたルルーシュは、立て続けにもう二つを宙へと粒を投じる。

「たっ」

 しかし、ロロは危なげなくこれらを口でキャッチした。
誇らしげに尻尾を左右に振る愛犬の頭を撫でてやりながら、
黒髪の少年は褒美のつもりか皿にざらざらと袋の中身を空けていく。

「これくらい平気だよ、兄さん。もっとスゴいのが来たって、僕は平気だから」
「ふ、ロロはいやしんぼだな」

 身をすり寄せてくるロロをあやしつつ、
ルルーシュは後ろ手に隠し持っていた三粒を直上に放り投げた。

「なら受け止めてみろ、この三粒を!」

 これが最後の試練だと言わんばかりの投擲に、
ランペルージ家の愛犬は意欲に燃えた瞳で応える。

「受け止めてみせる……!」

 同時に放った三つのポップコーンをロロが曲芸じみた動きですべて受け止めるのを見て、
C.C.はそっと主人の袖を引いた。

「あの、ご主人さま」
「うん、どうした?」

 愛犬の背をさすりながら、ルルーシュは目線を傍らの少女へと向ける。

「その。私も、したいです」
「は?」

 一瞬、C.C.が何を言わんとしているのかを理解しかねて、黒髪の少年は目を瞬かせた。
少女は、気恥ずかしそうに視線を伏せて、
上目遣いでちらちらとこちらを見るばかりだ。

「言ってご覧、何をしたいんだ?」

 ルルーシュは優しく笑みかけながら、続きを促した。
C.C.はしばらく迷う素振りをみせていたが、意を決したのかおずおずと口を開く。

「すみません。はしたないことだとは、わかっているんですが……でも」
「……仕方がないヤツだ」

 こうまで言われて少女の思いを汲み取れない程野暮なルルーシュではない。
楽しげな二人のやり取りを見て、自分も仲間に入りたくなったのだろう。
つまり、構って欲しいとC.C.は言っているのだ。

 我がままと呼ぶにはあまりにも可愛らしい少女の願いに対し、
黒髪の少年が用意した答えは、応だった。

「きちんと受け止めるんだぞ?」
「はい!」

 心から幸せそうに目と口元を弓にするC.C.を見て、
ルルーシュもまた、頬を緩ませるのだった。


 この日、夜が更けるまでランペルージ家から笑い声が絶えることはなかった。





ver.1.00 08/08/23
ver.1.47 08/08/24
ver.1.49 08/08/26

〜愛犬ロロとメイドのC.C.舞台裏〜

ル:ルルーシュ C:C.C. カ:カレン 神:神楽耶

C「知らなかったぞルルーシュ。お前にこんな趣味があったとは驚きだな」
カ「本当、びっくりしちゃう」
神「ふふ、趣味だなんて。これは躾ですね。さすがはルルーシュさまです」
C「躾、か。言いえて妙だ。なるほど、お前の好みは従順で無垢な乙女だったのか」
カ「ふうん、そうなんだ」
ル「C.C.はともかくカレン、なんだその冷ややかな目は」
カ「さあ、別に? 自分の胸に手を当てて考えてみれば?」
ル「ちょっと待てカレン、何か勘違いをしていないか」
カ「勘違い? 悪いけど私、あなたが何を言っているのかわからないわ」
C「身から出た錆だ。甘んじて受けるしかないなルルーシュ」
ル「待てお前たち。俺が一体何をしたと言うんだ」

 C.C.はじっとルルーシュを見やりながら、隣のカレンに呼びかけた。

C「だそうだが、カレン」
カ「そもそもC.C.にご主人さまと呼ばせている時点からしてどうなの、って感じだけど。
 ……まあ、そこは百歩譲って、愛犬を可愛がっていたところまではまだ許すとしても」
C「なんだこれは? 記憶を失くした無垢な美少女に、お前は何をしている?」
神「さらりとご自身のことを美少女と言う辺り、さすがですねC.C.さま」
C「何、当然のことを言ったまでだ。それで、何か申し開きはあるのか?」
ル「申し開きも何も、俺は何もしていない」
C「今更隠すこともないだろう、ルルーシュ。
 夜な夜な、いかがわしいことを教え込んでいるのだろう?」
カ「軽蔑だわ。信じられない」
ル「くっ、二人とも人の話を聞け!」

 と、不意に神楽耶が黒髪の少年に身を寄せてささやきかける。

神「ねえ、ルルーシュさま」
ル「どうしました、神楽耶さま」
神「後でこっそり私も躾けていただけますか? 方法は、お任せいたしますので」
ル「なっ……神楽耶さま?!」
神「もう、ルルーシュさまったらそんなにあわてて、冗談ですわ。
 まあ、たまにはそういう形もいいのかもしれませんが」

 ころころと鈴の鳴るような声で笑う神楽耶に、ルルーシュは絶句した。

C「嬉しそうだな、ルルーシュ」
ル「俺は喜んでなど……!」
神「ひどい、ルルーシュさま。もう私に飽きられたんですね」
ル「いえ、あの、そういう訳では」
カ「訳ではない、ということは喜んでるってことよね」
C「そろそろ白状したらどうだ。自分には正直になった方が楽だぞ?」
ル「どうしてそうなるんだ……!」

 ルルーシュに対する三人官女の言葉責めは、
彼女たちが飽きるまで続けられたという。合掌。


 と言う訳で、原作ありきの今までとはまったく毛色の違うお話です。
今回はロロ追悼ということで、大好きな兄に甘えられるシチュエーションを用意してみました。
C.C.は記憶を失くした状態で、原作同様しっかりとご主人さまにお仕えしています。
彼女が愛犬ロロとルルーシュを取り合う図というのも、面白いかもしれませんね。
このシリーズはご要望があれば、と言うことで。

 さて、次回は今度こそ生徒会シリーズで行きたいと思います。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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