「しかし退屈だな」

 とある地下の一室で、
翠玉を思わせる艶やかな長い髪の少女は言葉通りつまらなさそうにつぶやいた。
十畳に満たない部屋を照らすのは、天井に設置された三本の蛍光灯だが、
うち一本は光を放っていない。三日前に切れて以来、そのまま放置してあるのだ。

 もっともこれは、この部屋を使用する少女たちがものぐさだからという訳ではない。

「仕方がないわよ。今は活動資金もないし、卜部さんが集めてくる情報待ちの状態なんだから」

 赤い髪の少女は軽く唇をとがらせると、両の手のひらを擦り合わせながら息を吐きかけた。
そう、これは意図的に光量を落としているのではなく、単に物品が不足しているだけなのである。
おかげで冬の只中であるというのに暖房すらつけることができず、
彼女たちはあらゆる面で我慢を強いられていた。

 ブラックリベリオンの時点ではあれだけ隆盛を極めた黒の騎士団であったが、
今では日々の生活を維持することでさえ困難なくらいにまで力を失っている。
リーダーであったゼロの行方は未だ分からず、
捕らわれてしまった構成員の大半とは連絡がつかないままであり、
藤堂や扇を始めとする幹部たちは投獄されたと聞く。

 矯正エリアに格下げとなったエリア11では、
これまで比較的力を保っていた者たちにも著しい制限が課され、
厳しい情報統制下にあって有力なスポンサーたちに渡りをつけることもままならず、
無事逃げ延びることができたカレンたちも極貧生活を送らざるを得ないでいる。

 そのため、こうして寒さを凌ぐためにC.C.と背中合わせで一つの毛布に包まっているのだ。

「そんなことは分かっている。だが、暇なものは暇だ」
「まあ、それはそうなんだけど」

 にべもない返事に、黒の騎士団が誇るエースは小さく苦笑した。
心情的には似た思いを持っていたが、今の彼女にはどうすることもできない。
もっとも、カレンのそれは何かしらの活動をしたいという前向きなものであって、
C.C.のように退屈している訳ではなかった。

「こういう時は早く寝るに限るわ……って、どうしたの?」

 突然もぞもぞと動き出した不死の少女を、カレンはわずかに目を見開きつつ振り返る。
C.C.は、冷たい空気に身をさらしたくないのか、
毛布から出ようとはせずテーブルに向かって右腕を伸ばしている。

「いや、喉が渇いてな」
「もう、それくらい取ってあげるわよ」

 赤い髪の少女は瞳を和ませて、ペットボトルを手に取った。
明け透けな発言が目立つC.C.ではあるが、
妙なところで遠慮をしているのかと思うと、少し可笑しい。
あるいは、単に不精をしただけのことか。

 いずれにしても、横顔からは一切の思いを読み取ることはできない。

「はい」
「すまないな」

 礼を言い、長い髪の少女は蓋を外してミネラルウォーターを喉へと流し込み、
カレンは再び体を正面へと戻しつつ、
ついでとばかりに広げた左の手のひらを上向けたまま耳の高さまで持ち上げる。

 それは釣られた訳でもないのだろうが喉の渇きを覚えたためで、
態度で意図は伝わったらしく、一拍の後蓋が開いたままのペットボトルが手渡された。

「そういえば、お前はキスをしたことはあるのか?」
「へ?」

 何の脈絡もなく飛び出した唐突な質問に、
赤い髪の少女は口に含んだばかりの水を思わず吐き出しかけて軽くむせ返る。
一体、何を言い出すのだろう。

「な、ないわよそんなの」
「そうか」

 C.C.は返ってきた答えなど興味はないとばかりに、
毛の先ほども表情を動かさず素っ気なく応えた。
しかし、カレンには自分からたずねておいてそれはないだろうと考える余裕はなく、
ペットボトルをテーブルに置いて半身をよじり不死の少女を見やる。

 その瞬間、カレンの脳裏にある考えが浮かんだ。
聞いてきた以上は経験があるのだろう。
少しは鉄仮面のようなC.C.の無表情を崩せるのではないかと考え、
ちょっとした意趣返しのつもりで口の端を緩めつつ問いを放つ。

「そういうあんたはどうなのよ」
「ああ、あるぞ」

 間髪を置かず返ってきたのは否でなかった。
朝食を取ったかどうかを聞かれてそうだと返事をするかのような調子で、
長い髪の少女はうなずいたのである。

 C.C.の落ち着き振りとは対照的に、紅月カレンは目に見えて分かるほど動揺し、

「へ、へえ。そうなんだ」

 あわてて顔を正面に戻してから思い出したように相槌を打った。
経験があることに反応したのではない。
相手が誰であるかを想像した途端、そうなってしまったのである。

 無論、永遠を生きる少女がこうもはっきりと示された感情のうねりに気づかないはずはない。

「心配するな。相手はルルーシュじゃない」
「ふうん」

 関心がないように装っているつもりなのだろうが、カレンの声は上ずっていた。
C.C.は喉の奥で忍び笑いを漏らすと、
体の向きを右へ九十度、正面にテーブルが来る形にずらし、

「まだお前が生まれる前の話だ」
「は?」

 カレンは何を言ってるのよ、という言葉を口にしかけて飲み込んでしまう。
翡翠のきらめきを持つ髪の少女に、ふわりと抱きしめられたためだ。

「な、何よ急に」

 赤毛の少女は少し怒ったような声音と共に首だけで振り向いた。
そこにはいつもの感情を映さぬ金の瞳がある。

「なんだ?」
「ん」

 カレンは続けるべき台詞が思い浮かばず、微かに唇をとがらせた。
口ごもってしまったのは戸惑いを覚えているせいで、
理由はあまりにも簡単に不意をつかれたことにある。

 敵意が欠片もない行為であったことに加え、
本人が気づいているかどうかは別として赤毛の少女は最初からC.C.に警戒心など抱いていない。
それもそのはず、不死の少女はかつてのような得体の知れぬ女ではなく、
文字通り安心して背中を預けられる仲間なのである。

「さすがにこうしていると温かいな」
「当たり前じゃない」

 カレンは肩の上から回された腕に我知らずそっと手を重ねると、
年相応の少女がみせる邪気のない笑顔で楽しそうに言った。
C.C.は向けられたまっすぐな瞳に一瞬はっとした表情になり、直後、わずかに頬を緩ませる。

「なあ、カレン」

 突然名を呼ばれたことに、赤毛の少女は内心驚きの声を上げた。
出会って以来、初めてではないだろうか。

「……何?」

 至近距離から見つめられていることに、カレンはふと微かな気恥ずかしさを覚えた。
心なしか、C.C.の瞳から受ける印象がいつもよりも穏やかに感じられる。

「寒くはないか?」
「まあ、そうね。この時期、暖房なしではさすがにきついけど」

 赤い髪の少女は胸の内を知られまいと、ことさら明るく応えた。
不死の少女はそれを受けて、すべてお見通しだとでも言うようにくつくつと肩を震わせる。

 カレンは、不思議と腹が立たないのは今感じている温もりのせいかもしれない、と思った。

「こうやってくっついていたら、なくても平気かな」

 この包み込まれるような心地よさが、寛大にさせているのかもしれない。
加えて世界でも指折り数えられる人間のみ、
少なくとも黒の騎士団においては たった二人しか知らないルルーシュの秘密を共有していることも、
親近感を深めている理由として挙げられよう。

 結果、無防備だった赤毛の少女は、
C.C.がいたずらっぽい目つきで口元を弓にしたことに感づけるはずもなく、

「では、もっと積極的に温まってみるか?」
「え?」

 カレンが口中つぶやきをもらした直後、長い髪の少女はぴったりと身を寄せてきた。



「あの、C.C.?」

 始めは何の冗談だろうと思っていたカレンは、
一向に離れようとしないC.C.に呼びかけつつ振り向こうとして、

「じっとしていろ」

 ぴしゃりと言葉による制止受けて動きを止めた。
動作に入ったところを先んじられたために、つい従ってしまったのである。

 しばらくじっとしていた赤毛の少女だったが、
C.C.の吐息が首筋に当たるのが妙にくすぐったく感じられて、わずかに身をよじった。

「ねえ、ちょっとくすぐったいんだけど」
「もう少しで終わる、我慢しろ」

 何をしているのかはわからないが、止めるつもりはないらしい。
カレンはそっと息を吐き出すと抱えた膝に顎を乗せた。

 別段、こうしているのが嫌なわけではない。
好むと好まざるとにかかわらずC.C.とは同じ湯船に浸かったのは一度や二度ではなく、
寒さに耐えかねて自分から抱きついたこともあるのだ。
何より背中合わせで居るよりも温かいのは事実で、このまま過ごすのも悪くはないかもしれない。

 やがてC.C.は気のせいだったかという小さなつぶやきと共に体を離した。
何かしらの説明があると思いきや、そのまま無言でソファに背をもたせかけてしまう。

 紅蓮弐式のパイロット紅月カレンは内心首を傾げつつ、
軽く腰を浮かせて体の向きを変えると、不死の少女をまっすぐに見やった。

「で、何が気のせいだったの?」
「いや、光の加減で毛の色が抜けて見えたからな。確認しただけだ」

 C.C.はちらりと一瞥しただけですぐに視線を外し、毛布を首の辺りまで持ち上げる。

(なんだ、それだけ?)

 赤毛の少女は肩透かしを食った気分だったが、C.C.らしい答えだと思って頬を緩めた。

 なるほど、兄の遺志を継いでブリタニアと戦ってきた、
そのストレスはかなりのものだったはずだ。
それでも、この歳から髪に白いものが混じるのはさすがに遠慮したい。

 カレンは一度操縦桿を握ればラウンズとも渡り合える超一級の戦士であるが、
同時にうら若き乙女なのである。口にこそしないものの、
切り詰めすぎた生活による肌荒れや毛先の痛みを気にしていない訳ではないのだ。

 赤毛の少女は気が滅入るような考えを小さくかぶりを振って払うと、
ソファに深々と腰掛けて少しでも多くの暖を得るべく隣に座る少女の方へわずかに身を寄せる。

 しばらく経つと、次第に眠気が押し寄せてきた。
しかし、カレンがうつらうつらとしかけたところで何かが近づく気配を感じ、

「カレン」
「何? え? ちょっと」

 赤毛の少女は大きく目を見開く。
瞳に映った自分の姿が見える程近くから、長い髪の少女が顔を覗き込んでいる。

 そればかりか、彼我の距離はじりじりと詰まっていくのだ。

「え? え? 嘘でしょ?」

 カレンは感情を映さぬ金の瞳に射すくめられたかのように身動きが取れず、
焦りから意味を成さない言葉を連ね続けた。

 あと数センチまで迫ったC.C.の睫毛が意外に長いことがわかったところで、
呆気に取られていた赤い髪の少女は、はっと息を飲む。

(駄目……っ)

 きつく目を閉じたカレンの髪についたほこりをつまみ上げると、
不死の少女は石像のように表情を動かさないまま素っ気なく言った。

「いいぞ、動いても」
「へ?」

 C.C.は間の抜けた声を上げる赤毛の少女に二本の指ではさんだほこりを示してから、
腕を伸ばして背後のテーブルへとそれを置く。

 勘違いに気づいたカレンの顔は、みるみるうちに赤く染まった。

 してやったりと思ってか、C.C.はごく楽しそうに唇で描いた弓を引き絞る。

「何を考えたか当ててみようか?」
「いい。当てなくていいから」

 カレンは強い語調で言ったつもりだったが、頬が桜色に染まっていては何の迫力もなかった。
それでも、くつくつと肩を震わせる不死の少女をしばらく渋い顔でにらむ振りを続けていると、

「最初の相手くらい自分で選びたいだろう」

 C.C.はからかうことに飽いたとばかりに手をひらひらとさせて、毛布へともぐりこむ。

 カレンはぐうの音も出ず、ただ苦笑することしかできなかった。
戦場にあっては向かうところ敵なしのエースが、
こうも容易く手玉に取られるのだからわからないものだ。

「カレン」
「……何よ」

 投げやりに応えてくる赤毛の少女に、C.C.は薄く片目を開けてさらりと言う。

「大切にするのもいいが、あまり後生大事に取っておいてもし方がないぞ」
「バカ、何言ってんの」

 カレンは切りつけるような返事をすると、
長い髪の少女の膝と背の下に腕を差し込み毛布ごと抱き上げた。

「今夜はもう寝るわ」

 一方的に宣言し、目線を落とすとC.C.がニヤリと口の端を持ち上げている。
どうやら、驚かせることはできなかったらしい。

「わざわざベッドまで運んでくれるのか? なかなか殊勝な心がけだな」
「ふん、言ってなさい」

 可笑し味をこらえて目を細くするC.C.を見ても、カレンはそれほど悔しいとは思わなかった。





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ver.1.04 08/09/07
ver.1.12 08/09/08
ver.1.20 08/10/04


〜密やかな夜舞台裏〜
ミ:ミレイ ア:アーニャ シ:シャーリー 皇:シャルル

ミ「ちょっとちょっと、二人とも雰囲気出しちゃって。ラブラブじゃない」

ア「ラブラブ」

シ「本当、スゴいですね。私、思わず見入ってしまいましたよ」

ミ「ふふ。シャーリーもカレンに負けず劣らず初心うぶちゃんだもんね。
 なんだったら、今からドキドキの乙女ロマンスを始めてみる?」

シ「ドキドキの、って会長……え、ちょっと本気ですか?」

ミ「よいではないか、よいではないか。
 減るもんじゃないし、余分な観客もいないし。存分に楽しもうぞ?」

シ「減る減らないの問題じゃないですって、あの、会長本気で顔が近いんですけど」

ミ「そっか、私が相手じゃイヤなんだ。
 だったら傷つくな。私、シャーリーのことをとても大切に思っていたのに」

シ「あの、会長だからイヤとかそういう訳じゃないですから。落ち込まないでください」

ミ「……そうなの?」

シ「はい」

ミ「よし! だったら、会長命令だ! 四の五の言わずに今すぐときめいちゃいなさい!」

シ「会長、無茶苦茶です!」

ア「フレンチ? それともディープ?」

シ「もう、アーニャちゃんも煽らないで!」


 その時、室内に威厳に満ちた声が響き渡った。


皇「キスとは、己の想いを伝える行為」


ア「陛下?」

ミ「え、どこから聞こえてきてるのこの声」


 驚き目を見張る少女たちに向けて、妙に語尾の母音が強調された語が続けられる。


皇「想いを寄せる相手と互いを慈しみ、愛を育むがよい。
 産めよ増やせよはブリタニアの、国是よ」


 真っ先に立ち直ったアーニャは淡々とつぶやいた。

ア「陛下が語ってる」

ミ「ほら、シャーリー。皇帝陛下もああ仰っているわ」

シ「でも、これって男女間の話じゃないですか」

ア「ところで、それっていいもの?」

ミ「そうね、いいものよ。大切な人ができたらアーニャちゃんにもわかるわよ」

シ「ですよね。うん、私もがんばらなくっちゃ」

ア「……大切な、人」

ミ「いつかは現れてくれると思うんだけどね、私にとっての白馬の王子さまが」


 乙女たちの茶話会は、いつまでも終わる気配をみせることはなかった。




 今回は予告していた生徒会ネタではなく、カレン×C.C.でした。
記憶を失ったC.C.とカレンのやり取りも面白そうだと思っていたら、
あっさりと元に戻ってしまったので本編で二人が話をする機会はありませんでしたね。
ま、そちらはランペルージ一家という if ストーリーで描いて参ります。

 ルルーシュが記憶を失っている間の話は、また描いてみたいですね。
学園の話だとコメディないしはラブコメディ、
黒の騎士団残党でしたらほのぼのしたものかコメディ、シリアスものといったところでしょうか。
あとはラウンズやセシル&ロイドの話もやりたいです。

 それにしても、終盤神楽耶にスポットライトが当たっていたのは嬉しかったです。
齢15にしてあの気丈さ、頭の切れ、前々から好きなキャラではありましたが、
「所詮、形だけの夫婦で」という台詞に加え、
議場でルルに涙を見せまいとする姿(ギアス対策も兼ねてはいたでしょうけど)に、
私の中で彼女の株は急上昇、上位入りはもちろんのことトップを伺おうかという勢いでした。
少なくとも、五指には入っています。

 本編でも、C.C.にカレン、神楽耶が揃い踏みする日が来ればいいと思っていましたが、
結局それはかないませんでした。
それでも、ルルーシュの想いと願いは正しく彼女たちの心に届いたことでしょう。
本編終了前の二ヶ月間も、描きたいですね。おそらくルル×C.C.が第一弾となるでしょう。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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