行動の果てには、結果という答えが待っている。
例外はない。いついかなる時にでも、人は成された事実が生む何がしかの結果を避けられない。
 世の (ことわり)を捻じ曲げる力、
ギアスをもってしてもその必然から逃れることはできない。

 もしこの決まりごとを避け得る者がいるとすれば、それは神と呼ばれる存在なのだろう。
あらゆる理屈や常識を覆すことができる者を、そう呼ばずして何と呼ぶのか。

 無論、王の力を手に入れたブリタニアの少年も、
彼にギアスという力を授けた不死なる少女もこの厳然たるルールに従わざるを得ない。

 神ならぬ、人の身である以上は。





「いいかルルーシュ、世の中にはやっていいことと悪いことがある」

 陽にかざした翠玉を思わせる長く艶やかな髪を持つ少女は、
幼子に言い聞かせるような口調でテーブルの向かいに座る黒髪の少年へと呼びかけた。
人形のようにきれいに整った顔立ちはいつものように無表情でありながら、
金色の瞳に灯す感情の色は決して穏やかなものではない。

「その手を離せ。いいか、今すぐにだ」

 意外な台詞だったとみえてわずかに目を開くルルーシュをじっと見つめながら、
C.C.はおもむろにテーブルへと両手を突いて身を乗り出すと、
人質の頭に押し付けた拳銃の引き金に指をかけた凶悪犯を説得する任を負った者もかくや、
といった神妙な面持ちで語を継ぐ。

「そうすれば私もこれ以上とやかく言ったりはしない。すべてを水に流そう」

 普段の彼女からは考えられない言動が続いたことに、
ルルーシュは珍しいこともあるものだと胸中つぶやきながら、そっと口の端を持ち上げた。

「これはこれは寛大なる処置……などと俺が言うとでも思ったのか?」

 だとすればこれほどおめでたい話はない。
もっとも、これは反発を覚えての発言ではなかった。

 ただ、ルルーシュとしては今手にしているものを渡すことに特別否やを唱える気はなかったが、
自称するだけあってわがままなC.C.が、驚くことに自ら譲歩を持ち出してきたのだ。
共犯者にして運命共同体とも言えるこの少女が、
こうも向きになる理由は何であるのか興味を覚えるところであった。

「しかし、魔女らしからぬ言い様だな」
「茶化すな」

 ふ、と鼻で笑う黒髪の少年にC.C.は小さく眉根を寄せつつも更に言葉を重ねる。

「わかっているのか? それは最後の一枚だ」

 ルルーシュが手にしているのは一切れのピザで、テーブルの上にはその空箱が置かれていた。
小腹が空いたという訳でもなかったのだが、
気づけば残り一枚になっていたため手を伸ばしたところ、 この奇妙なやり取りが始まったのである。

 これまでは同じ条件下であっても今回のような騒ぎは起こらなかった。
つまり、今日に限ってはC.C.を駆り立てた何かしらの要素があったということになる。

(ここは一つ、鎌をかけてみるか)

 黒髪の少年は空いた手でさっと髪をかきあげると、まっすぐに目の前の少女を見やった。

「わかっているさ。だが俺も腹が減っている、一枚くらいはいいだろう?」
「お断りだ」

 返ってきたのは、こともあろうに寸分の迷いすらない即答である。
C.C.のあまりに意外な反応に、ルルーシュは素で驚いた顔をみせた。

「お前がピザ好きなのは知っているが、いくらなんでも食い意地が張りすぎだぞC.C.」
「時と場合によりけりだ」

 しかも恥も外聞もなくさらりと言ってのけるのだ、
これは本気で熱の有無を確認した方がいいのかもしれない。
なるほど食べ物の恨みは恐ろしいと言うが、
一体どんな時と場合にたった一枚のピザを譲れない訳があるのだろうか。

 沈黙する少年の胸中を知ってか、
あるいはさすがに言葉足らずであると自覚したのか、C.C.は軽く嘆息して説明し始めた。

「いいか、これは期間限定品だ」
「ああ、そのようだな」

 ルルーシュが相槌を打ちつつ目を向けると、冬の味覚と書かれた文字が見える。
だがそれだけでは一枚たりとも渡さない理由としてまだ弱い。

「注文できるのは今日限りだ」
「なるほど、それで?」

 不死なる少女は一つうなずき、ルルーシュの手元へと目線を移した。

「それは、だな。今日を逃せば二度ととは言わないが、当分食べられないだろう」
「……それが理由か?」
「そうだ」

 まじまじと見つめられて、
今頃になって食べ物のことで向きになっていたことが気恥ずかしくなったのか、
C.C.がそっぽを向く。

 初めは呆気に取られていたルルーシュだったが、にわかに可笑しさがこみ上げてきた。
要は、考えもなしに勢いで言ってしまったというのが答えらしい。

「な、何がおかしい」

 くつくつと笑う黒髪の少年に、C.C.はそう言ったきり黙り込んでしまった。
日頃、諦観しきった少女がこれまでみせた表情の中で、
これはもっとも人間らしいものだったかもしれない。

 そして、これ以上言葉を重ねたところで恥の上塗りになるとわかっているのか、
無言できっとにらみつけてはいるものの、
先ほどまでのやり取りを思えばまったく凄味が感じられない。

「はは、いや、お前にもそういうところがあったのかと思うとな」

 録音装置を用意しておくべきだったかという台詞は胸の中でつぶやくにとどめて、
ルルーシュは手にしたピザを紙箱の上に戻してやることにした。
一枚分のピザの代金としては、十分過ぎる見世物だろう。

 と、その時だった。

「しかし、取る時はせめてひと言断ってから、だな……あっ」

 思いきり前のめりの姿勢で言い訳がましくつぶやいていたC.C.が不意にバランスを崩し、
そのままテーブルを乗り越えてルルーシュの胸の中に飛び込んでしまった。




「っ」

 感じるのは知った重みのみであることから、
一応はC.C.を受け止めることに成功したらしいと判断し、 ルルーシュはほっと胸を撫で下ろした。
どうやら打ち身などの心配もないようだ。

 次いで、あわや正面衝突するところだったため反射的に閉じていた目をゆっくりと開くと、
何か白っぽいものとニヤリとした少女の笑顔が視界に飛び込んでくる。

「どうやら私の勝ちだな」
「何が……ああ」

 問いかけの途中で答えを見つけて、ルルーシュは思わず苦笑した。
鼻先で揺れているそれは数秒前まで手にしていたもの、
すなわち一切れのピザで、C.C.が咥えていたのである。

 しかし、いつの間にか放り出していたそれを空中でキャッチするというのは、
よくよく考えてみると結構な離れ業ではないか。
自身の安全よりもそちらを優先する辺りは、呆れるよりも感心してしまう。
食い意地もそこまで張れば天晴れと言えよう。

「ルルーシュ」
「なんだ」

 物を咥えながら器用に話す少女の呼びかけに、黒髪の少年は小さく首を傾げた。
今度は何を言い出すつもりなのか。

 C.C.は金色の瞳をすっと細めると、忍び笑いを漏らした。

「私の食べ差しでよければやるぞ?」
「ふん、涎がついたピザを食う趣味はない」

 負け惜しみではない。
ルルーシュにしてみれば元々渡すつもりであった以上、実際惜しくも何ともないのだ。

 だがC.C.は遠慮をしていると取ったらしく、重ねて聞いてくる。

「本当にいいのか? 腹が減っているんだろう」
「いや、お前が向きになるから少しからかってみただけだ。別に腹は減っていない」

 ルルーシュはそっと肩をすくめた。
妙なところで気を遣うヤツだ、と内心独りごちる。

「……」

 ピザを口に咥えたまま目を瞬かせていたC.C.は、いきなり顔を近づけてきた。

「そう遠慮するな」
「おい、止めろ……顔がベタベタになる」

 鳥がついばむようにルルーシュの口元を狙う動きを幾度か試みた後、
埒が明かぬと判断したC.C.は、不意に生地の先端が肌に触れる寸前でぴたりと静止する。

「それが嫌なら口を開けろ、ルルーシュ」
「お前な」

 予想外の提案に絶句する黒髪の少年に、からかい混じりの問いが投げかけられた。

「なんだ、照れているのか?」
「誰が」

 先ほどまでとはすっかり立場が入れ替わっていることに、
はたしてルルーシュは気づいているかどうか。

「仕方のないヤツだ」

 思わず出かかった舌打ちをこらえつつ、黒髪の少年は口を開いた。

「では、行くぞ」

 ゆっくりとピザが少年の口内へと差し込まれていき、
C.C.の前髪が頬をくすぐると同時、ルルーシュが生地に歯を立てる。

「……」

 わずか数センチの近さで見詰め合っていた時間はひどく長かったように感じられたが、
実際には数秒のことなのだろう。

 やがてC.C.は体を浮かせ、
かじられて少し小さくなったピザを指でついと自分の口の中に押し込んだ。

「どうだ、美味いだろう?」
「ああ」

 すっかり冷めて美味しさは半減していたが、ルルーシュはわざわざそれを口にはしなかった。

 素直な返事にC.C.は気をよくしたのか、
目と口元を緩く弓にしながらとんとんと指先で少年の胸を叩く。

「それにしても、この部屋でこんなやり取りをしているとは誰も思わないだろうな」
「まったくだ」

 ルルーシュは苦笑した。
端から見れば、恋人同士が睦び合っているようにしか見えないだろう。
ブリタニアと敵対する、仮面の男ゼロの有り様からは想像もつかない出来事だ。

「ところで一つたずねたいのだが」
「ああ」
「さっき、キスでもされると思ったか?」

 ルルーシュは再び言葉を失った。
だが、すぐに余裕の表情を取り繕ってまさか、と首を横に振る。

 だが、一瞬とはいえ顔に浮かべた動揺を見逃してくれるほど不死の少女は甘くはない。

「そうか、お前でもそういうことを意識することがあるのだな」
「うるさい、黙れ」

 いら立たしげに髪をかきあげつつ吐き捨てたルルーシュに、C.C.はにたりと笑った。

「照れるな坊や」
「黙れ魔女」

 声と顔つきは怒気を含んでいるが、
その頬が心なしか赤くなっているところをみるとどうやら図星だったらしい。

(こうも初心では先が思いやられるな。まあ、そこが可愛らしくもあるが)

 さすがにそんな台詞を浴びせられれば、
ルルーシュの自尊心はズタズタであろうことがわかっていたC.C.は、
声には出さずに独りごちるといつもの人形を思わせる無表情に戻った。
黒髪の少年は、唇を一文字に引き結んだままこちらに険悪なまなざしを向けている。

「さっき、私のことをからかったと言ったな?」
「……ああ」

 無視すれば何を言われるかわからないという思いがあったのか、
渋々ながらもルルーシュは答えた。

 C.C.は一度満足そうにうなずいてから少年の胸に頬を乗せると、
視線の先にある紫水晶の如き瞳を覗き込むように、

「これはそのお返しだ」

 天使のようなほほえみを浮かべながらくつくつと笑う小悪魔に、
ルルーシュは返す言葉もなかった。





ver.1.00 08/07/31
ver.1.05 08/07/31
ver.1.51 08/07/31
ver.1.52 08/08/17

〜ルルーシュいじり舞台裏〜

ミレイ「ちょっとちょっと、ルルーシュったら隅に置けないわね」
C.C. 「可愛いものだろう?」
ミレイ「あら、あなたはいつぞやの……なるほど、ルルーシュの知り合いだったワケか。
   ううん、知り合いなんてレベルじゃないわね。もしかして恋人さん?」
C.C. 「私が? あいつと? まさか」
ミレイ「そう? まんざらでもなさそうだけど」
ナナ 「それに、こうもお兄さまと親しげですと、ちょっぴりうらやましいです」
ミレイ「うんうん、同感。はー、キューピッドの日に帽子を奪えていれば今頃は……」
ナナ 「キューピッドの日?」
ミレイ「ルルーシュをいじり放題……っと、ううん、何でもないの。
   もう一つ言うと、私はナナリーの記憶がないはずなんだけど、気にしないで」
ナナ 「?」
ミレイ「あはは、大人の都合よ」
C.C. 「ともかく、私とルルーシュは何もないぞ」
ナナ 「確か、C.C.さんはお兄さまとは婚約してらしたのでは?」
ミレイ「お、それは初耳ね」
C.C. 「あれは方便だ」
ミレイ「と見せかけて実は、とか?」
C.C. 「ないな」
ナナ 「そうなんですか?」
C.C. 「ああ」
ナナ 「そうですか。残念です」
ミレイ「ま、本人がそう言うんだからそういうことにしておきますか」
C.C. 「……」
ミレイ「ところでナナリー、こういうルルーシュはどう思う?」
ナナ 「そうですね。やっぱり、可愛らしいと思います」
ミレイ「そうよね。うん、今時こんな子は貴重だと思う。
   ほら、色々と仕込みがいがあると言うか。ねえ?」
ナナ 「?」
ミレイ「あはは、こっちの話」
C.C. 「しかし、お前の言う通りだな」
ミレイ「うん?」
C.C. 「あいつはまだ誰の色にも染まっていない。
   つまり、これから好きなように染めることが出来る」
ミレイ「本当よね。でも、これじゃあルルーシュは諦めざるを得ない、か」
ナナ 「どうしてですか?」
ミレイ「傍にこんな人が居るんじゃ、手も足も出ないわよ。それこそ、
   シャーリーみたいに全てを吹き飛ばしちゃうようなパワーがあれば別だけど」
C.C. 「だから私は関係ないと……」

 この後、三人はルルーシュいじりの話で盛り上がり、気づけば夜が明けていたとか。



 と言う訳で今回はルルーシュとC.C.のお話です。
まさか、彼もこんな形で意趣返しをされるとは思わなかったことでしょう。
たまにはこういうルルーシュも……と、C.C.絡みでは毎回いじられているような気もしますが。
ちなみに、題名は最初「キスでもされると思ったか?」にしようと考えたのですが、
すぐに今のものに変えました。この方がしっくりくるなと思ったからです。

 さて、次はアーニャ&ジノを加えた新生徒会の話でも、などと考えています。
そういえば、神楽耶はまだSS上には登場させていないですね。
新生ジェレミアやコーネリア、藤堂と千葉辺りもちょっぴりいいなと思っている私です。
扇とヴィレッタは、黒の騎士団やブリタニアと関わりのない世界で生きられたら、
幸せなのでしょうけれど。
そういえばがけ下へと落ちた後の扇は咲世子の変装かと思いきや、本物でした。
今後はどういう選択を採るのか密かに注目していましたが、やはり、といった展開でしたね。

 あとは、記憶を失ったC.C.ですが、彼女は新キャラと言ってもいいですね。
これまでとはまた違ったルルーシュとの絡みが書けて、
面白いかもしれないなとぼんやり思っています。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら!
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