出会いと別れは人生につきものだ。
卒業、就職、引越、死別。様々な理由で人は別れの時を迎える。

 そして、

進級、編入、異動、誕生。それらを機とする出会いも存在する。

 ミレイ・アッシュフォードは、人生における大きな転機を迎えていた。
卒業と就職、伴うのは慣れ親しんだ学園と友たちとの別れである。

 新しい生活への期待と不安、
この場所を去ることについて名残惜しさを覚えるのも無理はなかった。

 だが、そうした思いを表に出すミレイではない。
学園きってのお祭り会長がしんみりとした顔をみせる訳にはいかないからだ。

 金髪の生徒会長は、いくつかの決意を胸に友と過ごす最後の夜に臨む。




 時間が遅いせいか、 アッシュフォードが誇る大浴場はいつもと比べて格段にひと気が少なかった。
大いに盛り上がった内輪の生徒会長卒業記念パーティーの後片付けに、
思いのほか時間を食わなければもっと早く来ることができたのだろう。
しかしこの規模の浴場をほとんど貸しきり状態で使えることはめったにないことを考えると、
むしろラッキーだったと言えるのかもしれない。

 入ってすぐの壁に備えつけられたシャワーを使っているのは三人の女生徒で、
向かって右側が金の長髪、真ん中にはロングの亜麻色、
左側にはショートの淡紅色と三種三様の髪を持っている。

「で、どうなの。何か進展はあった?」

 右隣に立つ先輩からの唐突な質問に、美人と言うよりは愛嬌のある顔立ちの少女は、
ぱっちりとした瞳を大きく見開いて首を傾げた。

「進展?」

 こうした表情を見ると年齢よりも幼さを感じさせるが、
意外に広い肩幅とスタイルの良さは同年代でも群を抜いている。
それもそのはず、 彼女シャーリー・フェネットは生徒会メンバーであると同時に水泳部員でもある。
日々の鍛錬は瑞々しい肢体という形で現れているのだ。

「またまたとぼけちゃって」

 一方の女性、ミレイ・アッシュフォードはシャーリーとは別の意味でスタイル抜群であった。
大人びた顔立ち、豊かな曲線を描く双丘のふくらみは成人のそれに勝るとも劣らず、
肌のきめ細やかさは化粧品の宣伝に顔を出す女優と比べても遜色がない。

 ただし、今彼女がみせている表情はツンと澄ましているのでなければ、
おしとやかなものでもない。 楽しくて仕方がないとばかりに、にんまりとした笑みを浮かべている。

 大抵の者であれば、さすがにここらで相手の意図に気づくのだろう。
しかも、これまでに幾度となく同じネタで遊ばれていればなおのことである。

 だが、

「ルルーシュのことに決まっているじゃない」
「えっ」

 本気で何の話かわかっていなかったシャーリーは、にわかに言葉に詰まった。

「で、どうなの。何か進展はあった? もうキスくらいはした?
それともされたかな? あ、もしかしてそれ以上とか!」

 畳み掛けるような台詞に亜麻色の髪の少女が示した反応は、
始めこそほんのりと頬を桜色に染めてあわてていただけであったが、
具体的な名称を挙げられなかった様々な行為を思い浮かべたらしく、
みるみるうちに見ている方が恥ずかしくなるくらい見事に耳まで真っ赤になってうつむく。

「そ、それ以上って何ですか」

 じと目で見ようにも気恥ずかしさが勝ちすぎて単なる上目遣いでぼそぼそと言うシャーリーに、
金髪の生徒会長はゆっくりとした動作で腕を組み、唇が描く弧を更なる笑みの形に引き絞った。

「そうねえ。あなたが今、考えているようなことじゃない?」
「……ッ」

 ぐうの音も出ないとはこのことである。

「うむうむ、よろしい。実にいい反応だ」

 完全に沈黙してしまった後輩を見て、ミレイは満足そうにうんうんとうなずいた。
いつもながら、なんとも初心な反応である。
それこそ、悪戯心をふんだんに持った者でなくともついちょっかいを出したくなる程で、
この遊び心たっぷりの生徒会長が指をくわえて見ているなどあり得ない話だった。

 とはいえ、あまりやり過ぎてしまえばいくら気がいい少女でも多少はむすっとしてしまう。

「あれ、シャーリー? おーい、シャーリーちゃん?」

 何度呼びかけても答えを返そうとしないシャーリーに、金髪の生徒会長は小さく苦笑した。

「ごめんごめん、ちょっとからかいすぎちゃったかな」
「……もう」

 亜麻色の髪の少女は大きなため息をつくと、
わずかに下唇を突き出しつつ先輩へと目を向ける。
両の手のひらを合わせた上に申し訳なさそうな顔を向けられては、許すより他はない。

 シャーリーは微かに頬を赤らめたまま、視線を正面に戻し努めて軽い口調でこう言った。

「まだ、何もないですよ。別に焦るようなことじゃないですし」
「そうね」

 まだ、という言葉はあえて聞き流し、ミレイがやんわりと相槌を打つ。
彼女の言い分はもっともであった。
学園公認のカップルとなった二人だが、シャーリーはルルーシュを想っており、
ルルーシュとてシャーリーを好ましく思っているのは間違いない。

 そう、何も焦ることはないのだ。

 ただ、ずっと想いを寄せてきた相手との交際を大切にしたいと思うのはわからないでもないが、
奥手なルルーシュに恋の進展を委ねてしまえばおそらく手をつなぐだけでも一苦労、
その先もとなるといったいどれだけかかるか知れたものではない。

 もっとも、ミレイがシャーリーをからかうのは、
炊きつけることで背中を押そうとする親心があってのことであると、
言いきっていいのかどうかは甚だ疑問ではあった。

「今までと変わらない、と言えばそうかもしれません。
でも、あれから一度デートをしましたし、次の約束だってしるんですよ。
これって大きな前進じゃないですか?」

 ご馳走さまと言いかけて、ミレイは曖昧にほほえんだ。
亜麻色の髪の少女の言葉は、どこか自分に言い聞かせているようにも感じられたからだ。

 うまく行っている、だから大丈夫なのだ、と。

 もちろん、ルルーシュのハートを必ずつかんでみせるという、
シャーリーの想いに揺るぎがあるのではない。
何があったとしても、好きで居続けられる自信も持っている。

 一方で、漠然とした一抹の不安が少女の胸にあったとしても不思議ではない。
好きな人と傍に居る間は頭から離れていても、
時折思い出したようにひょっこりと顔を覗かせる、そうした経験はミレイも身に覚えがあった。

 はたして、本当に彼を振り向かせることができるのか。
自分には、それだけの魅力があるのだろうか、と。
後から考えれば馬鹿ばかしい話なのだが、せん無きことを考えてしまう瞬間は存在する。

 何故かと問われれば、ようとして答えは出ない。
もしかすれば、彼氏彼女という関係を深めていく上での通過儀礼のようなものなのかもしれない。
また、実際に付き合うようになったからこそ、そういうことを思うようになったとも言える。

 取るに足らない出来事であっても、一たび想い人が絡めば大事に発展する。
何気ないひと言にも一喜一憂してしまうのは、色恋には付き物の感情であろう。

「そっか、シャーリーもがんばってるんだ」

 しかし、ミレイは何ら心配していなかった。
恋する乙女の心情は理屈で全てを説明できるほど単純には出来ておらず、
そういった諸々を含めての恋であり、端から見ていてもこれといった不安要素もないのだから、
助言を請われた訳でもないのにあれこれ言うのはおせっかい以外の何物でもない。

「ま、順調なら結構。何度もデートをしていたら、そのうちいい雰囲気になることもあるでしょ」

 恋する乙女は、とてつもないパワーを持っているのだ。
人生の先輩は、ただ温かい目で見守っていればいいのである。

「いい雰囲気、ですか」

 シャワーのカランをひねり、シャーリーはうつむきがちにぽつりと漏らした。
左右のアーニャとミレイもそれに習って出しっぱなしの湯を止める。

「デートの前は色々考えるんですよ?
でも、隣にルルが居たらそれだけで嬉しくて、雰囲気がどう、とか全然考えていません」
「あはは、シャーリーらしいなあ」

 くつくつと笑って、金髪の生徒会長はそっと片目を閉じた。

「放っておいてもそういう機会はやってくるわよ。
ルルーシュを口説き落として帽子を手に入れたあなたに、出来ないことはないわ」
「そうでしょうか」

 よくわからないといった風に眉根をわずかに寄せて、シャーリーが小首を傾げる。

「ええ、きっとね」

 ミレイはほんの少し複雑な気持ちで口の端を緩めた。
何しろ、終了の鐘が鳴る直前まで全力で逃げ回っていたルルーシュが、
最後の最後に帽子の交換に応じたのである。
それがどれだけすごいことであるのか、自分では理解していないのかもしれない。

「はあ」

 そういうものですか、と首をひねる亜麻色の髪の後輩を立ち止まることで見送って、

「隙ありっ」
「ひゃっ」

 ミレイはそろりと忍び寄るといきなり後ろから抱きついた。

「かか、会長っ?」

 首から胸元にかけて回された腕を無意識につかみつつ、
あわてた声を上げて振り向こうとするシャーリーを緩く抱いたまま、
金髪の生徒会長はのぞきこむようにして言う。

「大丈夫だって。チャンスがないなら作ればいいんだから」
「へ?」

 意図をつかみかねて亜麻色の髪の少女はきょとんとした顔になった。
ミレイは目と口元を弓にして、シャーリーの腰をぽんと叩く。

「いざとなったらこの魅惑のボディーで悩殺しちゃえばいいの」
「え、あの、悩殺って」

 もぐもぐと言って頬を赤くする後輩の身を離し、
金髪の生徒会長は意味ありげに淡紅色の髪の少女を見やった。

「アーニャちゃんもそう思うでしょ?」
「確かに魅力的」

 アーニャがちらりとシャーリーを見やって相槌を打つ。
同性の目から見ても、彼女の体は褒めるに値する。
だがそれは隣に立つ金髪の生徒会長にも言えることだった。

「ミレイ会長も」

 自分のことを言われるとは思っていなかったミレイは二度瞬きをしてから、
ありがとう、とにっこりほほえんだ。

「でもね、アーニャちゃんだって可愛らしくてステキよ?」

 それが世辞ではなく本心であったことに、アーニャは気づいたのかどうか。
微塵も揺らがぬ表情は、どこか不思議がっているようにも見える。

「そう?」
「うん、そう」

 小さく首を傾けつつ湯に足を浸ける淡紅色の髪の少女を見て、
写真の一枚でも撮りたくなる気持ちがどういうものか、ミレイはわかったような気がした。
お馴染みのハンドタオルを頭の上に乗せる姿は、湖に浮かぶ小柄な水鳥を思わせる愛らしさで、
これが見納めかと思うと少々残念ではある。

 と、肩まで湯に身を沈めていたシャーリーが、
窓際の掛け時計に目を留めてのんびりと言った。

「ああ、もうすぐ日付が変わりますね」

 楽しい時間は過ぎるのも早い。

 しかし、

「ええ。でも、今日は終わりではないわ」

 生徒会長の台詞に、亜麻色の髪の少女はまさしくその通りとばかりに深くうなずく。

「夜はまだ始まったばかりですもんね」

 そう。ミレイを送る会は、まだ幕を下ろしてはいない。

「今夜は寝かさないわよ?」
「ふふ、望むところです会長」

 この日のためにと昨夜は十分に睡眠を取ってある。
すでに栄養ドリンクは冷蔵庫に忍ばせてあるし、飲食物の準備も万端だ。

 もっとも、時間はたっぷりと残っているが、
それでも物足りなく感じるであろうことは想像に難くなかった。
おそらく一晩中語り明かしたとしても、言葉が尽きることはないだろう。

「アーニャちゃんもよければどうぞ」
「私も?」
「もちろん。あなただって、立派な生徒会メンバーなんだから」

 目が合ったシャーリーが満面の笑みでうなずくのを見て、
アーニャはごくわずかに瞳を和ませた。

「じゃあ、せっかくだから」

 それを見て、ミレイとシャーリーがぱん、と持ち上げた手を打ち合わせた。


 会長と呼ばれるのは今夜限り。
それでも、ミレイの笑顔が曇ることはない。
ステキな友との別れを締めくくるのは、涙よりも笑った顔の方がいいに決まっているからだ。

「よおし、そうと決まれば部屋に戻るわよ」

 ミレイは宣言と共にやおら立ち上がると、
湯が伝う美麗なラインを描く腰に軽く握った拳を押し当てて、

「乙女の乙女による乙女のための茶話会を始めるために、ね」
「おー!」

 ウインクを一つ飛ばす先輩に応え、
シャーリーは大きく、アーニャーは小さく拳を突き上げるのだった。





ver.1.00 08/07/25
ver.1.12 08/12/26
ver.1.15 08/04/14

〜乙女の夜はまだ終わらない・舞台裏〜

カレン「あーあ、私も会長をお見送りしたかったなぁ」
C.C. 「残念だったな、参加することができなくて」
カレン「仕方がない話だってのはわかってる。この時の私は囚われの身だったわけだし」
C.C. 「なに、気にすることはないさ。
    それでも人は考えてしまうものだ、せん無きことと分かっていてもな」
カレン「まあ、ね」
C.C. 「しかしお前も大変だな、カレン」
カレン「へ、大変って何が?」
C.C. 「何をのんきなことを言っている。かつてない強力なライバルの登場だぞ」
カレン「え、ライバルって……もしかしてシャーリーのこと?」
C.C. 「それ以外もまだまだいるぞ。あの六家の姫もそうだが、
    よくよくルルーシュの周りには積極的な女が多いからな」
カレン「はは、確かに」
C.C. 「仮面の秘密を知っているからと油断をしていれば、足をすくわれるぞ?」
カレン「そういうあなたはどうなのよ」
C.C. 「私か?」
カレン「ええ」
C.C. 「ふ、ルルーシュでは私の相手を務めるにはまだまだ役不足だな。
    もう少し男ぶりを上げてもらわなければ釣り合わんぞ」
カレン「随分な言い様ね」
C.C. 「あの男は女の扱いがなっていないからな。
    興味を持っていない以上、仕方のない話かもしれないが」
カレン「それは否定できないわね。でも、ちょっと言いすぎじゃない?」
C.C. 「それほどでもない。これくらいはいつでも直接言っているからな」
カレン「それもどうかと思うけど」
C.C. 「ともかく、お前の気持ちはよくわかった」
カレン「な、何よ。私の気持ちって」
C.C. 「隠すこともないだろう。
    どうでもいい男のことをわざわざかばい立てする女はいない」
カレン「……っ」
C.C. 「ならばなおのこと、油断はしないことだ」
カレン「あー、もうっ」

 毎度のごとく、手玉に取られるカレンであった。




 という訳でミレイ会長旅立ち前夜のお話でした。
ミレイなりに色々とお節介を焼きたい気持ちはあったのでしょうけれど、
シャーリーは恋する乙女のパワーを遺憾なく発揮しガンバっているので見守ることに、
そういう構図です。ちょっぴり複雑な想いはあれども、
二人の幸せを願う心に偽りはないのでそこは先輩らしく、温かい眼差しを向けている、と。

 舞台裏では人生経験の差ということでいじられ役に甘んじているカレンですが、
そろそろ活き活きと活躍する話を書いてあげたいと思っています。
囚われてから結構経ちますが、解放されるのはいつになるのやら……。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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