登場人物紹介
ルルーシュ……ご主人さま。ランペルージ家の大黒柱にしてお財布係を担当。
C.C. ……ご主人さまのために日夜全力を尽くす、住み込みどじっ子メイド。
「雨、か」
黒髪の少年が紫水晶 の色に似た瞳を、
重く垂れ込めた雲に覆われた空へと向けてぽつりとつぶやく。
スーパーに着く前からすでに雲行きは怪しかったのだが、
買い物をしている内にとうとう降り始めてしまったのだ。
しかも、どうしたものかと様子を見ていたわずか二、三分の内に雨足は急速に強まり、
これではいくら家までの距離が知れているとはいえ
、 強行すればずぶ濡れになることを避けられないのは明白である。
肌寒さを感じるような季節ではないものの、
さすがにこの雨の中へ飛び出す気にはなれなかったルルーシュは店内に取って返し、
普段なら誰一人として見向きもしない安価なビニール傘を確認しに行ったのだが、
皆考えることは同じらしく品切れとなっていた。
ちなみに彼が提げているエコバッグに入っているのは生鮮食品ばかりで、
一家の大黒柱兼家計を預かる身としては、
エンゲル係数をなるべく下げられるように努めているわけなのだが、
ぎりぎりで家まで帰り着けるという読みは、いささか甘い認識だったと言わざるを得ない。
(チラシにあった特売品に釣られてしまったが、
なるほど客足が鈍る雨の前になるべく在庫を処分するつもりだったということか)
わざわざタイムセールと銘打った広告のおかげで、
特設されていた生鮮コーナーの棚はほとんど空になっていた。
結果として主夫スキルの高さが今回の災難を招いた事実にルルーシュは小さく苦笑し、
軽く髪をかきあげて、視界の端に現れた人影にこの上なく目を見開く。
「ご主人さま!」
ルルーシュの姿を認めた途端、絹を思わせる腰まで届くエメラルド色の髪を揺らしつつ、
その一角に燦然と夏の陽射しが降り注いだかのような満面の笑顔で大きく手を振っているのは、
ランペルージ家のメイド、C.C.だった。
雨ということもあって、いつものタンクトップとホットパンツの上からパーカーを羽織っていて、
動きに合わせて裾から見え隠れする瑞々しい太ももはすれ違う若者たちの目を奪っている。
むろんC.C.は自身に注がれる視線にはまったく気づかず、
呼吸を弾ませつつルルーシュの元に駆け寄ってきた。
「どうして、ここに」
驚きに加えて鼻先に香る熱い吐息に我知らず言葉を途切れさせる黒髪の少年に、
メイドの少女はこれです、と手首にかけた傘を少し持ち上げて示し、
「出られるとき傘をお持ちではなかったのでお持ちしたのですが、ご迷惑でしたか?」
少し上目遣い気味に、頭上を覆う傘の柄を握り直す。
(迷惑、だって?)
馬鹿な、とルルーシュは強く思った。
反射的に何を言っているのだとしかりつけてやりたい衝動が沸き起こるのを感じながら、
「そんなことはない。そんなはずがないだろう」
決して迷惑などではないということを伝えるため、やんわりと少女の発言を否定する。
「……」
それを受けて、C.C.は無垢なる黄金の輝きを宿した瞳で主人を見つめ返した。
黒髪の少年は、わずかに目を弓にする。
「ちょうど困っていたところだった」
彼女がどのような考えから「迷惑か」とたずねたのか、ルルーシュは正しく理解していた。
よかれと思ってしたことでも、これは自身の判断で行ったこと、
すなわち主人から言いつけられた仕事ではない。
そして、先ほどからこちらの様子を伺っているところを見ると、
しかられるかもしれないという思いがあったはずで、
C.C.はそれでもなお、こうして来てくれたのである。
あるいは、考えるより先に体が動いたのかもしれない。
「ありがとう」
ルルーシュは礼を口にし、軽く、だが心を込めて頭を下げた。
少女の好意は素直に嬉しいもので、感謝の気持ちを多少なりとも示したかったからだ。
「いえ、お礼を言っていただけるほどのことでは」
半ば顔を傘で隠しつつ、C.C.はまぶしそうな眼差しを主人に向けてはにかんだ。
しかし、である。
「……これは」
少女が持ってきた傘を広げてみると、
骨が折れていた上、中心部に大きな穴が開いていてまったく使い物にならなかった。
「すみません! ごめんなさい、ご主人さま」
しゅんとなって平謝りに謝り始めたC.C.をしばし茫然と見つめていたルルーシュだったが、
まるでコントのような展開にえも言われぬ可笑しみがこみ上げてきて、
「くっ……ははは」
思わず吹き出してしまう。
「ご主人さま?」
C.C.は楽しそうに肩を震わせる主人の姿を見て、
どうして笑っているのか理解しかねているのだろう、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「まったく仕方のないヤツだな」
ルルーシュはそうした少女を愛しく思い、つと、傘を握るその手に自分のそれを重ねる。
「あの……?」
指先から伝わる温もりに頬を桜色に染めながら戸惑いのつぶやきをもらすC.C.に、
黒髪の少年は優しくほほえみかけた。
「入れてくれないか」
この傘に、と穏やかな表情で続ける主人を気恥ずかしさから正視できなくなった少女は、
「でも、そんな、一緒の傘に……私、わたし」
白皙の肌をいっそう赤らめて目線を伏せてしまう。
ルルーシュは一拍の後、言葉を詰まらせるC.C.にたずねかけた。
「嫌なのか?」
「いえ、そんなことは! そんなことは、ありません」
メイドの少女は必死に首を左右に振って、そうではないんです、と消え入りそうな声で言う。
では、どういうわけなのか。
今彼女の頬を熱くさせている、この感情に与えられるべき名前はきっと……。
「そうか。濡れて帰れと言われるのかと思ったぞ」
「まさか、ご主人さまにそんな……!」
主人の発言に少女はあわてて詰め寄ってきたが、
当然ながらルルーシュの台詞は本心から口にしたものではなかった。
「冗談だ」
勢いづいた気持ちの行き場をただひと言でかき消されたために、
口をぱくぱくさせるC.C.を見て黒髪の少年は少しだけ笑い、
やや遠慮がちにそっと華奢な肩を抱き寄せた。
「もう少しこっちに寄るんだ。濡れてしまう」
「あ、はい」
少女の鼓動は高く跳ね、ぎこちないうなずきしか返せない。
しかし、肩を並べて歩くうちに硬さは次第に解けていった。
いつしか主人に傘を持たせていることの申し訳なさよりも、
側にいられることを嬉しく思う気持ちが上回り、
鼓膜を震わせる主人の柔らかな声音は安堵となって心をすっぽりと包み込む。
(ご主人さま……)
直接肌に触れているわけではないが、
それでも布越しに感じられる二の腕のほのかな温りに、
C.C.は笑顔をこぼさずにはいられなかった。
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ver.1.26 08/12/03
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〜あなたの温もり・舞台裏〜
神楽耶「来ましたね、C.C.さま。なんと初々しいお姿……!」
カレン「本当、見ているこっちまで照れちゃう」
神楽耶「ルルーシュさまの台詞にもドキっとしてしまいましたが、
際立つのはやはりC.C.さまの可憐さですね。まさしく乙女です」
カレン「そうか、こういうのを乙女って言うんだ。なるほどね」
神楽耶「同じ女として憧れてしまいます。
ああ、私もルルーシュさまのお隣に立ちたいですわ」
カレン「ふふ、神楽耶さまは一途ね」
神楽耶「またまた。知っていますよ、カレンさまがどれだけまっすぐな方か。
あなたほど一途な人もそう居ないのでは?」
カレン「な、なにを言い出すんですか。私は別に、そういうわけじゃ」
神楽耶「固有名詞を出したわけでもないですのに、動揺してらっしゃいますね。
カレンさまもお認めになられてはいかがです。楽になれますよ?」
C.C. 「そうだぞカレン。引っ張らずにさっさとカミングアウトしておけ」
カレン「あー、だからどうしてあんたはいつも上から目線なのよ」
C.C. 「知りたいか?」
カレン「いい。聞きたくない」
C.C. 「私の方が偉いからだ」
カレン「聞かないって言ってるでしょうに。
は、まったく。どうしてルルーシュはこんな女に……」
C.C. 「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言ってくれて構わんぞ。
あまり溜め込むと体に障るからな」
カレン「すでに十分障っているわよ」
C.C. 「そうか。くれぐれも御身ご大切に」
カレン「きー、そうやって人の神経を逆なでするようなことばかり言って!」
C.C. 「カレン、同性として忠告しておく。
あまり怒ってばかりいると皺が増えるぞ?」
カレン「あんたが怒らせてるんでしょうが!」
神楽耶「カレンさま、どうか落ち着いてください」
C.C. 「ふ。気にするな、神楽耶。
誰かさんは照れ隠しに怒った振りをしているだけだ。
ああ、そういう意味では乙女の呼び名はお前にもふさわしいのかもな、カレン」
カレン「はいはい、勝手に言ってろ」
神楽耶「では、そう言うC.C.さまのお気持ちはどうなのですか?」
C.C. 「別に」
カレン「別にってあなたね。自分だけ蚊帳の外に居ようなんて虫が良すぎるわよ」
C.C. 「お約束だが、一応言っておくが、この時の私は記憶をなくしているんだ。
どういう気持ちと聞かれても答えようがないな」
カレン「ちょっと、そんなことで追求を避けようったってそうは問屋が卸さないわよ。
あんたがそういうつもりなら、こっちにも考えがあるわ」
C.C. 「ほう、どうする気だ?」
カレン「こうするの、よ!」
カレンはニヤリと笑い手元にあった枕をC.C.に投げつけ、
直後、寝室は乙女たちによる枕投げ大会の場となった。
久々のギアスSSは「ランペルージ一家」よりメイドのC.C.とルルでした。
こちらはWeb拍手でメッセージを頂いた御礼のSSでもあります。
そういえば今、小説版のR2第3巻、
「Cの世界』でシャルルと対峙した辺りを読んでいますが、
記憶を失ってしまったC.C.を見て思わず懐かしさを覚えた私です。
まだ数ヶ月前のことですのに、懐かしいというのも変な話ですけれども。
「その感情に与えられる名」の続きは、できれば年内にアップしたいと考えています。
今回出番のなかった愛犬ロロと幼なじみのアーニャの活躍は、そちらをお待ちくださいませ。
最後の2ヶ月を描いたお話は、年が明けてからになるかと思います。
それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。