ジェレミア・ゴットバルトが降格処分を受けてから二月余りが経ったある日、
ブリタニア将校が住まう居住区の一室で、一組の男女が密談していた。
かつて純血派と呼ばれるブリタニア人至上主義の派閥を率いていた辺境伯ジェレミアと、
後頭部やや左方の高い位置で結われた細く長い髪が印象的な女騎士、ヴィレッタ・ヌゥである。

「間違いないのだな?」

 黒の騎士団が次に襲撃を行う日時と場所がつかめたという報告に、
ジェレミアは瞳に狂気にも似た色を浮かべた。
八つ裂きにしてもなお足りぬ怨嗟を差し向けるべき相手、
ゼロの情報がたらされて目の色を変えないはずがない。

「は」

 興奮を抑えようともしない声に、
間違いありません、とヴィレッタは姿勢を正してうなずき返した。

「確度の高い情報です」

 純血派の中でオレンジ事件の後も ジェレミアに対する態度を変えていないのはヴィレッタのみで、
彼女以外の人間は程度の差こそあるものの例外なく冷ややかなまなざしを向ける。
さすがに面と向かって罵倒する者こそ居ないが、
落ちぶれた辺境伯とすれ違う度に『オレンジが』と内心吐き捨てない人間の方が珍しい。

 クロヴィスの死後、エリア11における実権を手にしたかに見えた純血派であったが、
コーネリアが総督として赴任して早々に多くが閑職へと追いやられている。
あまりに短すぎたうたかたの夢からさめた後に待っていた現実は辛く厳しいものであり、
一時的とはいえこの地における軍部の掌握を果たすことに成功したために、
かえって彼らが抱いた恨みとやるせなさは深く大きなものとなっていた。

 しかし、何ごとにも例外は付き物である。

「よし、さっそく人員を配してやつらを迎え撃つぞ」
「はい」

 答えるヴィレッタの瞳は意欲に燃えており、目の前に立つ男の憤りは一切感じられない。

 とはいえ、彼女は情によって動いている訳ではなかった。

 理由の一つは、褒章である。
一級のテロリストであるゼロを捕らえることができれば特進は十分あり得る話で、
爵位を授かるという念願が果たされる可能性さえある。

 そして、三階級の降格処分を受けたとはいえ、ジェレミアは爵位までをも奪われた訳ではなく、
一介の騎士に過ぎない彼女にしてみれば頼むに足る相手で、
事実、ある程度の頭数をそろえることが可能であった。

 更には事件当時彼の身に起こった不可解な出来事に強い興味を覚えていることも、
行動を共にする理由の一つであるのだが、
これはゼロを捕縛することで片がつくため今は重要視する必要はなかった。

 もっとも、ヴィレッタはジェレミアを利用することばかりを考えている訳ではない。
意識の奥では、彼の境遇について幾ばくかの同情にも似た仲間意識を持っているのである。

「汚名をそそぐまたとない機会だ。ゼロ、首を洗って待っていろ」

 狂人にも似た壮絶な笑みを浮かべる上官に、ヴィレッタは無言で頭を下げた。






 数日の後、静まり返った夜の闇に潜むいくつかの人影があった。
ジェレミアを始めとする黒の騎士団掃討のために組まれた一個小隊、約三十名である。

 数としてはそれなりのものであるのだが、いかんせん兵士たちの士気は極めて低かった。
覇気はおろか、命令を受けて仕方なく随行したという気持ちが態度にありありと表れている。

 しかし、ジェレミアがそのことに気づいていないことを知りつつも、
ヴィレッタはあえて進言しなかった。
そうすれば兵が叱責されるのは明白であり、
結果、ただでさえやる気のない彼らの意欲を削ぐことになりかねない。

 たとえこのまま放っておいたとしても、
実際にイレヴンが現れれば彼らもさすがに戦おうとするであろうし、
最低限の働きさえしてくれれば少人数の敵を討つことはさして難しい話ではなく、
あえてメリットのないリスクを犯す必要はない。

「黒の騎士団、現れました」
「現れたか」

 見張りの兵が発した言葉に応じて、ジェレミアの低く押し殺した声が夜気を震わせた。

「ゼロはどうした」

 光源は星明りのみであるというのに血走った目で見据えられたような錯覚を覚え、
報告を行った兵士がごくりと生唾を飲む。
だが、すぐに己の役目を思い出した彼は通りへと視線をやって確認作業に戻った。

「は、先ほどから探しているのですが姿が……あ、発見しました。ゼロです!」

 黒い帽子を目深にかぶり、同色の衣装に身を包んだ一団に混じって、
一際存在感を放つ者の姿を見落としようがない。
黒光りする仮面をつけたあの男は、紛れもなくゼロである。

「よおし、よおしよしよしよし!」

 食い入るようにゼロを見つめるジェレミアの口元は大きな弧を描いた。

「ヴィレッタ、行くぞ!」
「は」

 こちらを見ようともしない男の背に答えて、女騎士が周囲に配した兵に号令をかける。

「皆、私に続け。ブリタニアに楯突く犬どもを狩るためにな」

 相手はせいぜい十人足らず、数で押し切れば勝てる。ヴィレッタは、勝利を確信していた。





「残念だったな、ゼロ。貴様たちはここで終わりだ」

 黒の騎士団が倉庫群の一角に差し掛かったところで、
ジェレミアは屋根の上から高らかに勝利を宣告した。
前後の通路を押さえた上に狙撃手まで用意しているのだ。まさに袋のネズミである。

「おい、どうすんだよゼロ。囲まれてんぞ」

 まっさきに焦りの声を上げたのは玉城だった。
隣に立つ扇が周囲に目をやってわずかに眉を寄せ、井上が唇を真一文字に引き結び、
カレンが表情を変えることなく自分たちのリーダー、すなわちゼロの言葉を待つ。

 だが、 ざわめくメンバーの中心に立つ仮面の男は動揺など毛の先ほども見せず声の主を見やった。

「ああ、あなたは」

 敵味方の区別なく、誰もがゼロの発言に意識を向ける。
それを肌で感じながら、ゼロ=ルルーシュは仮面の下で笑みの形に口元を歪めた。

「誰かと思えばオレンジ君ではないですか。 てっきり軍籍を離れたものとばかり思っていましたが」
「オ、オオ……お、おのれゼロ、私をその名で呼ぶな!」

 もしこの時、
ジェレミアが冷静に対処していればあるいはゼロを捕縛することができたのかもしれない。
しかし実際には激昂する余り『撃て』という命令すら発することができなかった。 

「しかしあいにく私は忙しい身の上でしてね。あなたの相手をしている暇などないんですよ」
「なんだとォ!?」

 一人激情に身を任せて叫び続ける上官の姿に、
周囲の兵たちはもちろんヴィレッタすらも呆気に取られている。

 一方黒の騎士団の前後を押さえる面々も動けずにいた。
ゼロだけは生け捕りにせよと事前に下されたジェレミアの命が、
銃の引き金にかけた指を引くことをためらわせたのだ。

 無論、その隙を逃すゼロではなかった。

「敵の動揺に乗じてこの場を離脱する」

 策はすでに練ってある。あとは実行に移すのみだった。

「扇、井上、お前たちは前方の敵に射線を集中させろ」
「ああ、わかった」

 指示を受けて、扇の表情から戸惑いが消える。

「カレン、お前はオレンジの周りに居る狙撃手を狙え」
「はい!」

 答えるカレンの声に一切の迷いはなかった。
信じるに足る奇跡を目の当たりにして以来、彼女の中でゼロは絶対の存在なのである。

 活き活きとした紅い髪の少女の声に続いたのは玉城の問いかけだった。

「なあ、スモークはたかなくていいのかよ」
「まずは後方の部隊に撃ち込め。それからこの場所へ、あとは煙を隠れ蓑に敵を突っ切る」
「おうよ、任せとけ」

 ゼロの指示を得て、ようやく俺の出番だとばかりに玉城が破顔する。

「小悪党の成敗はその後だ」

 ゼロの宣言を聞きながら、黒の騎士団は一糸乱れぬ作戦行動に移った。




 先制攻撃を受けたゼロ捕縛小隊は総崩れとなっていた。
ただでさえ士気が低かったところに出鼻をくじかれ、
指揮官からは何の指示もないのだから無理もない。
散発的な反撃は黒の騎士団に何らダメージを与えることもできず、
一人、また一人と打ち倒されていく。

「ジェレミア卿、このままではゼロに逃げられてしまいます。兵たちにご指示を!」

 そして、焦ったヴィレッタの叫びは彼女の思惑とはまったく違う効果を発揮した。

「ゼロが、逃げる……?」

 ジェレミアが小さくつぶやいて、びくりと肩を震わせる。
網膜の輪郭は不自然に赤く染まっていた。
ヴィレッタの言葉が引き金となって、
オレンジ事件の際にかけられた絶対遵守の力が効力を発揮したのである。

 こうなってはもはや耳元でいくら叫んだところで誰の言葉にも耳を傾けることはない。

(まさかここまで使い物にならないとは)

 何の反応も返ってこないことにヴィレッタは内心舌打ちをしながら、
ひとまず埒の明かないジェレミアを放っておくことにした。

 しかし、逃走する黒の騎士団を撃つべく銃を抜こうとした途端、
その動きが敵でなく何故か味方の手によって阻まれる。

「何をしているのですジェレミア卿、そこをどいてください!」
「駄目だ、ヤツらを全力で見逃せ!」

 よもや、再びこの台詞を聞くことになろうとは、
居合わせた誰もが想像すらしなかったに違いない。

「……!」

 銀髪の女騎士はつかまれた腕を払うことすら忘れて、大きく目を見開いた。
これは怒りで我を忘れたり、脅されて仕方がなくそうしている訳ではない。
ジェレミアは今、明らかに常軌を逸した状態に置かれている。

 それこそ、悪霊の類にとりつかれたかのようであるとしか説明のしようがなかった。
ゼロが何かを仕掛けたようには見えなかったが、一体何が起こったというのか。

 もし何らかの手段でもってジェレミアの意識を操っているのだとすれば、
いつの間に、またどのような方法で行われたのか皆目見当もつかない。

 それでも、ヴィレッタは胸中の疑問疑問に捕らわれることなく遠ざかる敵の姿を見やった。
このまま見逃したとあっては、何のためにここへ来たのかわからなくなってしまう。
今なら撃てばどうにか当てられる距離である。

 ならば、


「くっ、せめてゼロだけでも」
「見逃さなければならんのだ!」

 腕を広げて銃口の先に立ちはだかったジェレミアを撃つ訳にもいかず、
ヴィレッタが躊躇している間に黒の騎士団の姿は通りの向こうへと消えていた。


 こうして失態を重ね続けたジェレミアは、ナリタ攻防戦を迎える頃には前線はおろか、
後方支援すら行うことができないような戦地の隅に追いやられていくのである。





ver.1.00 08/06/06
ver.1.39 08/06/06

〜全力のジェレミア舞台裏〜
カレン「ところで、オレンジって一体なんだったワケ?」
ルル 「ああ、あれか。ただのハッタリだ」
カレン「え、まさか」
ルル 「そのまさかだ」
カレン「……なるほど。それで、見逃せってギアスをかけたのね」
ルル 「そうだ。あの場を切り抜けるためにあの男を使わせてもらった。
   含みをもたせることでジェレミアに対する憶測は疑惑へと変わり、邪推が働く。
   あとの足りない言葉は周囲が勝手に補ってくれるという寸法だ」
カレン「本当、怖いくらい悪知恵が働くわね、あんたって」
ルル 「何、あれしきの局面を切り抜けられないようでは、
   ブリタニアを打倒することなど到底かなわないからな」
カレン「褒め言葉でもないんだけど、ま、いっか」

カレン「それにしても、この時は危なかったよね。
   一斉に撃たれていたらアウトだったじゃない」
ルル 「そうだな。幸い、指揮官であるオレンジが暴走してくれたおかげで助かったが」
カレン「冷静に対処されたら、とか考えたの?」
ルル 「確かにその可能性もあった。
   だが、そうなったとしても俺を生け捕りにしようとしたはずだ。
   付け入る隙を作ることはできたと思うが」
カレン「いつもながら、自信満々ね。ある意味それも一つの才能なのかしら」

 カレンがわずかに苦笑して、
二人のやり取りを黙ってきいていたC.C.が横から口をはさんだ。

C.C. 「いや、そうでもないぞ」
カレン「そうなの?」
C.C. 「ああ、これまでもうじうじと悩んでいたのは一度や二度ではない。
   ごくたまに、だがな。意外だったか?」
カレン「ええ、私の中ではルルーシュはいつも胸の中でふんぞり返っているイメージだから。
   あ、でも。そういえばあの時も」
C.C. 「あの時?」
カレン「あ、なんでもない。今のは無し!」

 ナナリーが総督に就任した後、
慰めろとルルーシュに迫られた時のことを思い出し一人顔を赤らめるカレンを見て、
C.C.が小さく首を傾げる。

ルル 「やれやれ」

 ゼロの私室でこうした会話が交わされているなど、
団員たちは誰一人として知らなかったことは言うまでもない。



 と言う訳で今回の主役はオレンジことジェレミアでした。
やっぱり、彼には全力が似合いますね。叫ぶ時も、怒るときも。健やかなる時も病めるときも。
オレンジ事件以降は、ある意味病んでしまっているかもしれませんが。

 あとは、カレンの出番が少なかったので最後のおまけで登場させてみました。
次回は彼女がしっかりと出てくる話が書きたいですね。
三人官女(C.C.×カレン×神楽耶)のやり取りも、面白そうではありますけれども。

 それでは再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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