トーキョー租界の中心部に程近い一等地に建つ高層“億”ションに、
長く艶やかな翡翠色にきらめく髪を持つ病弱な姉と、
そんな姉を支える赤毛の妹が二人きりで住んでいた。

 「上質を知るお客さまへ」というコンセプトの元で設計されたこのマンションは、
ブリタニア人の中でも並の成功者では手が出せない値が付くだけあって、
しつらえられた調度品の数々は言うに及ばず目に映るすべてが一級のものばかりで、
また、部屋は彼女たちだけで暮らすには十分すぎるほどの広さを有しており、
更には窓からの眺めは素晴らしくいつでも町並みを眼下に一望することができ、
快適な住環境を生み出すためにあらゆる手が尽くされている。

 しかし、である。
現在、この部屋から上記のうち見晴らしのよさ以外の要素は大きく損なわれていた。

 並んだキングサイズのベッドのうち、入り口から見て左側、
妹の方には床に脱ぎ捨てられたブラジャーや衣服、幾枚もの書類、鉄アレイ、
スナック菓子の袋などが所せましと散乱していて、
姉の方はベッドの周りこそ物は散らばっていないものの、
脇、壁との間にあるスペースには空になったピザの箱がうず高く積み上げられており、
どう贔屓目に見ても、療養に適しているとは言い難い。

 第三者からしてみれば、
どんな病気であれ本気で治そうとする意思が感じられない雑然と散らかった部屋で暮らす、
顔立ちはおろかあらゆる身体的特徴すらまったく似ても似つかない姉妹を見て、
違和感を覚えるなと言うのが無理というものだ。

 だが、少なくとも彼女たちは似ていなくて当然だった。
何しろ二人の間に血の繋がりはない。戸籍の上でも家族ではない。
そもそも、知り合ってまだ一年余りしか経ってはいないのだ。

 では、何ゆえ姉妹の振りをしているのか。

 種明かしをすると、彼女たちは、表向きはさる良家の娘たちであるが、
妹役を担う、白いシーツの上にすらりと伸びた肢体を投げ出し頬杖を突いて寝そべっている、
赤い髪と強い意志を宿した瞳を持つ少女は紅月カレン、
病弱な姉と言うのはゼロ=ルルーシュに王たる力ギアスをもたらした不死の少女、C.C.で、
ブリタニア軍が今も 血眼(ちまなこ) になって行方を追っている特級の指名手配犯、
ブラックリベリオンと呼称される一連の騒動により瓦解した黒の騎士団の幹部たちだった。

 大胆にも敵の懐深くに潜んでいるのは、
一つにアッシュフォードに通うある人物を監視するのに適していること、
そして高級マンションならではの、セキュリティの高さを買ってのことである。

 事前に上がった候補の中には近しい条件のものが幾つもあったが、
壁には完璧な防音処理がなされているため話し声が外に漏れることない上、
通信回線が戸別ごとに切り離されていたのが最大の決め手となった。

 実際、地下や廃ビルに潜伏していた時には度々あった肝を冷やすような事態は、
この場所に潜んでからというものまだ一度も起こってはおらず、
大枚をはたいただけのことはある。

 ちなみに今の季節は冬の只中だが、
高品質の空調設備によって室温は常に二十度以上に保たれていて、
一年前、逃亡生活を始めたばかりの頃のように、
暖房すらつけられず肩を寄せ合って寒さに耐えることもなかった。

 それどころか二人は異性の目がないのをいいことに、
はしたないと揶揄されても仕方がない格好をしている。

 もっとも、これについては性格に起因するところが大きく、
こと身の回りに関して大雑把なところは似たもの同士と言えなくもなかった。
几帳面な人間ならば、おそらくベッドの上で食事をすることを厭うに違いない。

 胸元も (あらわ) なノースリーブのタンクトップと、
透けそうなくらいに厚みのない下着でわずかに下腹部を覆っただけの露出過多なカレンは、
無言で金の瞳を窓の外に向けている、
丈の長い薄手のTシャツを一枚着たきりのC.C.に「ねえ」と呼びかけると、

「どうかしたの、C.C.」

 ベッドに軽く手を突いて機敏な動きで身を起こし、
さっきから手が止まってるみたいだけど、と続けて、
残り二口ほどの大きさになったピザを口の中に押し込んだ。

 それを受けた不死の少女は視線を建ち並ぶビル群に固定したまま小さくかぶりを振る。

「いや、なんでもない」
「それならいいんだけど。
文句ばかり言うから今夜はカレーを止めてピザにしたんだから、もりもりと食べてよね」
「ああ」

 一応うなずき返してくるものの心ここにあらずのC.C.を見て、
カレンはピザの油分によって艶めく唇を一舐めし、ニヤリと笑った。
そう、彼女には元気のない“姉”を励ますという大義名分がある。

 要は退屈しのぎに過ぎないのだが、意欲に燃える“妹”を止める者はここにおらず、

「あんたが食べないなら私が食べちゃうわよ……って、C.C.?!」

 挑発めいた台詞はカレンが考えていた以上に劇的な効果を生んだ。
C.C.はうさぎ跳びの要領でベッドのスプリングを利用して向かいのベッドに跳躍、
対するカレンは驚きつつも緩い放物線を描いて飛び掛ってくる体を反射的に受け止める。

「わ、っと」

 赤い髪の少女は殺しきれなかった勢いを受け流すべく後方に身を投げ出し、
結果として二人はベッドの上に抱き合う形で転がった。

「さすがに反応がいいな、カレン」
「あなたねえ」

 腕の中で表情を変えることなくぱちぱちと拍手をするC.C.を、カレンは軽くにらみつける。
幸い無傷で済んだからいいようなものの、下手をすれば双方が怪我をするところである。

「私が受け止められなかったらどうするつもりだったのよ」

 しかし不死の少女は非難の声を一切無視し、

「要らないなどと誰が言った?」

 さっと身をよじらせて箱に残っていたピザの、最後の一枚をつまみあげて目を弓にした。

「そもそも隙を見せるお前が悪い」
「なっ」

 無茶なことをやった上にこの発言である。カレンは絶句するより他はなかった。

 むろん、それは本心からの台詞ではない。

「からかったのはカレン、お前が先だろう?」

 言葉を返せずにいるカレンを可笑しそうに見やりながら、

「ああ、先に言っておくが文句なら受け付けないぞ」

 C.C.は少しも悪びれることなくピザに口をつける。
それから、何を思ったかはたと動きを止めてわずかに首を傾げた。

「かじったものでよければ分けてやらなくもない。要るか?」
「要らないわよ、そんなの」
「そうか」

 片眉と口の端を持ち上げて苦笑するカレンの顔をしばらく見つめていたC.C.だったが、
つと残るピザを頬張り目の前でタンクトップの薄い布地を内側から押し上げている豊かな双丘に、
額を押しつけるような格好で顔を伏せる。

「C.C.?」

 意図が読めず赤髪の少女はきょとんとした表情でたずねたが返事はなく、

(あれからちょうど一年か)

 C.C.は、過ぎた時のことを思い出していた。






「考えはまとまったのか?」

 静かに更け行く夜のしじまを破る声を発したのは、
ベッドに横たわっていた人形を思わせる整った顔立ちの少女だった。

 それまで眠っているかのように身じろぎ一つしなかった黒髪の少年は、

「ああ、方向性は固まった。あらゆる展開を想定し、それぞれに対抗策を練ってある。
もちろん、細部はまだこれから詰める必要があるがな」

 ゆっくりと目を開きC.C.に焦点を合わせる。

 少女が口にした考えというのは、
エリア11を震撼させたユーフェミア副総督による行政特区日本の設立宣言を受け、
大幅な修正を余儀なくされた作戦に関することだった。
打つ手を過てば黒の騎士団の存在をも危うくさせるため、
速やかに対策を講じる必要に迫られていたのである。

 何しろ彼女は日本人ばかりでなくテロリストの首謀者ゼロにまで手を差し伸べたのだ。
正当な理由もなくそれを払ってしまえば、
ブリタニアの非道を責め、弱者を救うというこちらの主張が成り立たなくなってしまう。

「そうか」

 C.C.は短く答えて身を起こすと毛布をつかんで立ち上がり、
端を引きずらないように気をつけながらルルーシュの座るソファまでやって来た。

「何のつもりだ」

 少女が無言で背後に回ろうとするのを見て、ルルーシュがいぶかしげに眉根を寄せる。

「悪戯でもされると思ったか? お生憎さまだ」

 C.C.はふっと口の端を緩めて、

「今夜はよく冷えるからな」

 紫水晶に似た色の瞳で見上げてくる黒髪の少年の肩にそっと毛布をかけた。

「ああ……すまない」

 意外な行為だったとみえて、
ルルーシュはぱちぱちと瞬きをしてから思い出したように礼を言う。
「しかし、私がこれほどまでに信用されて いる(・・)とは知らなかったぞ」
「よく言う。胸に手を当ててよく考えてみろ」

 口角を持ち上げて皮肉で応えてくる少年に、
まったくだとC.C.はくつくつと肩を震わせた。

「それにしても、一体どうしたんだ? 今日はえらく優しいじゃないか」

 ルルーシュがそう思ったのも無理はない。
自らを魔女と呼ぶ少女がこのような行いをさせることはあっても、
自分からしたことはなかったからだ。

「気のせいだ、といいたいところだがな」

 C.C.はふん、と小さく鼻を鳴らして、

「今日は特別だ」

 すらりとした指を壁面へと向ける。

「カレンダーを見てみろ」
「12月4日……いや、5日になったのか。それがどうかしたのか?」

 予期しなかった回答にC.C.は一瞬言葉に詰まった。
冗談を言っている様子はない。つまり、彼は気づいていないのだ。

(それどころではなかった、と言うことか。
それならばまだ黙っておいてやるべきだったか。
夜が明ければナナリーがそのことに触れないはずはないからな)

 C.C.は可憐にほほえむアッシュブロンドの少女を思い浮かべながらも、おくびにも出さず、

「呆れたヤツだ」

 わずかにかぶりを振る動作に合わせて、透き通るような翠色の髪がさらりと揺れる。

「今日はお前の誕生日だろう」
「ああ、そういえばそうだったな」

 抑揚に乏しい声で指摘されて、ルルーシュはようやくそのことに思い至ったらしい。

「明日は雪でも降るか。いや、台風が来るか?」
「ふん、言っていろ」

 C.C.はルルーシュの後頭部を見つめながら、
言葉の端に覗いていた微かな照れには気づかない振りをすることにした。
今夜ばかりはという気持ちに加えて、我ながら、らしくはないという思いもあったからだ。

 それでも、不死の少女が猫を被ったように大人しくなることはない。

 何故なら彼女はC.C.だから、である。

「ルルーシュ」
「なんだ」

 少女は自分の吐息がかかる距離まで顔を近づけて、

「たまにはベッドを使ってみるか?」

 耳元にそっとささやきかけた。

「!?」

 ぎょっとした顔でこちらを振り向いたルルーシュをまっすぐ見据えつつ、

「それとも、ソファで添い寝をしてやろうか。
その方が密着できるからな。どちらでもお前の好きな方を選べ」

 左肩にそっと手のひらを置く。

 だが、黒髪の少年が動きを止めていたのはごく短い時間であり、

「……からかうな、魔女め」

 吐き捨てるようなつぶやきと共にさっと顔を正面に向けた。

「からかう、か」

 C.C.は小さく肩をすくめて身を起こしてソファを回り込み、

「あまりそういうつもりはなかったんだがな」
「少しはあったということか」
「ないと言えば嘘になるだろうな」

 苦笑するルルーシュの隣に腰を下ろす。
次いで、少女はなんの断りもなく毛布を持ち上げて体を滑り込ませる。

「今度は何だ」
「言わなかったか? 今夜はよく冷える」
「だからって人の毛布を遠慮無しに引っ張るヤツがどこにいる」
「一々細かいことを言う男だ。けちけちするな」

 向けられた非難がましい目線など一切気にした風もなく、
C.C.は淡々と応えてすっと口元を弓にする。

 一体何をするつもりだ、とルルーシュが疑問を投げかけるより先に、

「これなら、問題はないだろう?」

 不死の少女はぴったりと体を押しつけて笑みを更に深めた。

「まだ文句があるなら聞くが」

 ルルーシュは口を開こうとして、何を言っても無駄と悟ったのか再び苦笑する。

(……)

 と、互いの手が重なり合っていることに今更ながら気づいて、
C.C.は何の気なしに指を絡みつかせた。

 次の瞬間、少女は思わずルルーシュを見やる。
黒髪の少年が、ほんの少しではあったが握り返してきたからだ。

 そのことにかすかな驚きを覚えつつも、C.C.は表情に表すことなくやや視線を伏せる。

 穏やかな沈黙と温もりに包まれながら控え目な接触をそのまま維持し続けるうち、
よほど疲れていたのか、ルルーシュはいつしか静かな寝息を立て始めた。

 こうして寝顔を見ていると、年相応の学生にしか思えない。
自然と少女の表情は優しいものとなり、
いたわりを込めた眼差しがルルーシュへと注がれる。

 どれほどの間、そうしていただろうか。

 ふと我に返ったC.C.は、

(それにしても、まさか本当に添い寝をすることになるとはな)

 音を立てないよう微かに喉の奥で笑うと、黒髪の少年にそっと身を預けるのだった。





ver.1.00 08/12/12
ver.1.08 08/12/12
ver.1.47 08/12/13
ver.1.51 08/12/14


〜触れ合う温もり・舞台裏〜

セシル「ロイドさん、ちょっといいですか?」
ロイド「ん〜、何かなセシルくん。急に改まったりして」
セシル「いえ、今日はロイドさんのお誕生日ですから、ケーキを贈ろうと思いまして」
ロイド「まさか、向こうのテーブルに乗ったものがそうなのかな?」
セシル「ふふ、なかなか目ざといですね。そうです、あれは用意したケーキです」
ロイド「一つ聞いてもいいかい」
セシル「はい、何なりと」
ロイド「何を使ったらあんな色のケーキが出来上がるんだい?
   いや、他意はないんだ。後学のために是非ともだねえ」
セシル「どうしても聞きたいですか?」
ロイド「いや、あまり聞きたくないような」
セシル「何ですって?」
ロイド「嘘ウソうそ、本当は聞きたくて聞きたくて」
セシル「もう、仕方がない人ですね。本当は食べてからのお楽しみなんですよ?」
ロイド「なるほど、そうだったんだねえ。だったら無理に言ってくれなくても僕は別に」
セシル「いえ、遠慮しないでどうぞ聞いてください。
   あの中に入っているのは、種ごとすりつぶした葡萄にわさび、それから……」
ロイド「いや、待ってくれセシルくん」
セシル「ワインビネガーを隠し味に……何です?」
ロイド「いや、ちょっと教えてもらいたいんだけどね、それって味見はしてあるのかい?」
セシル「何を言っているんですかロイドさん。そんなの、当たり前じゃないですか。
   自分で言うのもなんですが、会心の出来栄えです」
ロイド「アハ、心強いお言葉だねえ」
セシル「はい。美味しさばかりじゃなく、マムシやイモリの黒焼きを始め、
   滋養にいいものもたっぷり仕込んでありますから、残さず食べてくださいね」
ロイド「ごめん、急用を思い出しちゃっ」
セシル「さ、行きますよロイドさん」
ロイド「いや、ちょっとだからごめん、用事が」
セシル「知っていますよ。今からケーキを食べるんですよね」
ロイド「ひっ、だ、誰か助け……」

 係わり合いになることを恐れたのか、視界に入るすべての人たちは誰一人として、
ずるずると引きずられていくロイドと目を合わせようとはしなかった。



 というわけで今回はルルーシュとC.C.で、ルル's 誕生日の話です。
他にも魅力的な組み合わせはたくさんあるのですが、
やはりこの二人が一番好きなカップリングですね。
私の中では最後の二ヶ月に向けて(書くにあたって)、
スタートラインを切ったというイメージです。
ですから、今回のスキンシップは大人しい仕上がりになっています。

 コンビとしては、C.C.とカレンも好きな組み合わせです。
彼女たちは親友同士と言ってもいい間柄ではないでしょうか。
肌の接触という点では、こちらの方がずっとハードでしたね。

 三人官女ことC.C.×カレン×神楽耶による舞台裏が続いていましたので、
今回はロイドとセシルにご登場願いました。
ふと思いましたが、彼女の発想はその場に応じたものなのかもしれませんね。
たとえばコンピューターを使い続けるような仕事をしている時だと、
目の疲れを癒せるようなものを選んだりとか、
体力的に弱っている時には滋養強壮に効きそうなものをチョイスしてみたり、といった風にです。
あとは味が一般人の舌に合うものであれば言うことはないのでしょうけれど。
ともかく、危険な味とわかっていても食べなければいけないロイドは、
なんというかご馳走さまですね。と、言い切っていいのでしょう、きっと。

 でも、ケーキにお酢はないですよね、さすがに。そういうの、あるのかしらん。
レモンを入れたりしますし、隠し味に……??

 さて、次は新規のシリーズ物をお届けできればと思います。
ステキ絵師、鈴木志亜さんとの合作です。どうぞご期待くださいませ。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。 inserted by FC2 system