登場人物紹介
ルルーシュ……ランペルージ家の大黒柱にしてご主人さま。
ロロ……わんこ。甘いものが好き?
C.C.……ご主人さまにお仕えする少女。何ごとにも一生懸命なドジっ子。
ジェレミア……隣人。大規模なオレンジ農園を経営する。



「きゃっ」

 扉の外から聞こえてきた短い悲鳴に、
ランペルージ家の長は広げていた新聞へと落としていた視線を持ち上げた。
何かが割れる音が続かなかったことで同居人の無事を内心安堵しつつ、
ルルーシュは手早く折りたたんだ新聞を傍らに置いてソファから立ち上がる。

 ドアノブを回した先には、がっくりと肩を落とした少女の姿があった。

「C.C.」
「ご主人さま」

 呼びかけに応じて、C.C.が一瞬目線を上げてすぐにうつむいてしまう。
普段、ルルーシュの顔を見た途端嬉しそうに頬をほころばせる少女の表情は途方もなく暗かった。
何もそこまでしなくてもと言いたくなるくらい、
叱られるのを待つ子犬のように恐縮しきっている。

 あまりの沈みように、艶やかな翠玉にも似たきらめきを持つ髪すらも、
その輝きを鈍らせているようにさえ感じられた。

 黒髪の少年は、C.C.に気取られることのないよう密かに苦笑する。
『過ちを犯すことは誰にでもある。
ただ、同じ失敗を何度も繰り返すことだけは避けるようにすればいい』と、
『そこまで申し訳なさそうにする必要はない』のだと、
何度も言い聞かせているのだが、なかなか染み付いた習性は変えられないものらしい。

 とはいえ、これでも以前に比べればマシになってはいる。
かつての勤め先でひどい折檻を受けてきたのか、
初めてミスをした時の怯えようは相当なものだった。
しかし、怒鳴りつけることのないルルーシュと接するうち、
そうした態度は徐々に影を潜めつつある。

 仕事振りも、彼女にしては格段の進歩を遂げたと言っていい。
働き始めた頃からすれば随分とヘマをする回数は減っており、
時々思い出したかのように何かをやらかしてしまうことはあるのはご愛嬌、といったところか。

 もっともそれは、いつでも一生懸命にやろうとする思いが伝わってくるためで、
だからこそルルーシュはこの長い髪の少女を住み込みメイドとして置いているのだ。

「怪我はないか?」
「はい、ありがとうございます。私は平気です」

 心から案じてもらえたことを知って、C.C.はやや声を弾ませながらはにかむ。
ルルーシュは、事情を把握するべく問いかけた。

「それで、何があったんだい?」
「はい。実は、鍋をひっくり返してしまったんです」

 再びすまなさそうな表情に戻りながらも、うら若きメイドはしっかりと答える。

 黒髪の少年は優雅に小首を傾げた。
空っぽのものを落としたくらいではわざわざ謝りにくることはないであろうと踏んで、

「料理をしていたのかい?」
「いえ、そうではなくて」

 しかしC.C.は小さくかぶりを振ると、うつむきがちに言葉を続ける。

「実は、今日の昼過ぎにジェレミアさんがいらしたんです。ハチミツを持って」
「ジェレミア氏が」

 ジェレミア氏は大規模なオレンジ農園を経営する隣人で、養蜂なども手がけており、
ルルーシュの母、マリアンヌに一方ならぬ恩義があるとのことで、
何くれとなく世話を焼いてくれている。

「しかし、どうして鍋にハチミツを?」

 スーパーの陳列棚に並ぶ蜂のイラストがラベルにプリントされたものを思い浮かべながら、
黒髪の少年は素朴な疑問を口にした。

 それを受けてC.C.は、
手に提げた袋に数本の蜂蜜が入った小瓶に加え、
両手で鍋を持って颯爽と現れた隣人の姿を思い出して瞳を和ませくつくつと肩を震わせる。

「瓶に小分けされたものとは別に、
余っているのでよければと鍋に入れたものをくださったんです」
「なるほど。それなら、きちんと礼をしておかなくちゃいけないな」

 お返しにもらった蜂蜜を使ったパイを届けるとしよう、
そう内心つぶやくルルーシュにC.C.はぺこりと頭を下げた。

「すみません、せっかくの頂き物を」
「起こってしまったことは仕方がないさ。それより、君に怪我がなくてよかった」
「ご主人さま」

 優しい言葉に長い髪の少女はほんのりと目元を赤く染めて、
そのことを気恥ずかしく思ったのかあわてて視線を伏せてしまう。

 初々しい反応に幾分どぎまぎしたことを誤魔化すように黒髪の少年は軽く咳払いをして、
C.C.の二の腕辺りをぽんと叩いた。

「さあ、片付けよう。まだなんだろう?」
「はい」

 たった今新たな事件が起きたことを知る由もなく、
二人はほほえみ合ってキッチンへと足を向ける。

 和気藹々とした空気が霧散するのは、瞬きを一つするだけの時間すら必要なかった。

「あ!」

 台所に着いたルルーシュは隣で口元に手を当てて目を見開くC.C.を尻目に、思わず天を仰ぐ。

「ロロさんが、ぬるぬるに……」

 ロロは鍋に残ったハチミツを舐めていた。
しかも、ランペルージ家の愛犬は蜂蜜まみれになっていたのだ。

 更に、悲劇は重ねて起こった。

「兄さん!」

 ルルーシュに気づいたロロはぴんと耳を立て、
嬉しそうに尻尾をぱたぱたとさせながら全力で兄の元に向かってきた。

 かくしてランペルージ兄弟の、蜂蜜まぶしのできあがりである。





 べたべたになった洗濯物をC.C.に任せ、二人はすぐに風呂場へと直行した。

「さすがはジェレミアさんの作ったハチミツだね。すごく美味しいよ」
「そうか、それはよかったな」

 兄の手のひらについた蜂蜜を舐め取りながら、よほど美味であるのかロロは盛んに尻尾を振る。

「兄さんも舐めてみて?」
「ん、確かにこれは美味しいな」

 わずかに残っていたものをぺろりと舐めて、黒髪の少年は感嘆の声を上げた。
素晴らしく見事な仕上がりである。
これほどまでに味わい深い品は、そんじょそこらの店では手に入るまい。

 通信販売で飛ぶように売れているという噂だが、なるほどと思う。
質を落とさず良い製品を作り続けているのが人気を維持している理由であろう、とも。

「よし、シャワーをかけるぞ」

 手元で湯の温度を調節し終えたルルーシュは、ロロにほほえみかけた。
ランペルージ家の愛犬は、うん、と嬉しそうに応える。

「ほら、ロロ。じっとしていろ」
「あはは、くすぐったいよ兄さん」

 身をよじろうとするロロを両のふとももで挟み込んで動きを封じつつ、
黒髪の少年は蜂蜜まみれになった弟の髪に湯を浴びせつつ、汚れを洗い流していく。

「シャンプーするから目を閉じていろ」

 いったんカランをひねってシャワーを止めると、
ルルーシュは洗髪剤を両手で軽く泡立ててから愛犬の毛に絡ませた。

 みるみるうちに真っ白な泡に包まれていくロロは、
くすぐったそうに、嬉しそうに尻尾を左右に振っている。

「こら、水を飛ばすな。きちんと洗えないだろう」
「そんなことを言ったって」

 愛犬が答えた拍子に、跳ねるように頭上の耳が動いて泡が飛び散った。

「ぶはっ」

 不意の一撃はルルーシュの顔を直撃したものの、
間一髪目を閉じるのが間に合い内心安堵の吐息をつきながら手の甲で泡をぬぐう。

「やったな、ロロ」
「ごめん、わざとじゃないんだ……あはは、兄さんくすぐったいってば」

 その後、悪戦苦闘しつつもロロの体についた泡を丁寧に落としたルルーシュは、
こんこん、と風呂場の扉を叩いてC.C.を呼びつけた。
慣れたもので、長い髪の少女はロロ用のバスタオルを持って待機している。

 無論、二次災害を防ぐため鍋の片付けは済ませてある。
彼女は主人が見ていない時にも甲斐がいしく働く、メイドの鑑というべき少女なのだ。

 と、黒髪の少年がボディータオルに手を伸ばしかけたその時、
おずおずと呼びかける声があった。

「ご主人さま」
「どうした、C.C.」

 椅子の上でわずかに身をよじり、ルルーシュは磨りガラス越しにC.C.を見やる。
数秒の沈黙を挟んで、少女は真摯さを感じさせる口調で言った。

「あの、お詫びをさせていただけませんか」

 言うまでもなく、先ほど床に蜂蜜をひっくり返してしまった件である。
だが、ルルーシュの中では過ぎたことでもあった。
すでに謝罪の言葉は受け取っているのだ。これ以上、何も求めるつもりはない。

 返事がないことをどう捕らえたのか、

「せめて、お背中だけでも流させていただければと思いまして」

 C.C.はとつとつと語を継いだ。

 黒髪の少年は遠慮しようとして、はたと考えつく。
わざわざ自分から言ってくるということは、
謝っただけではまだ誠意を示し足りないと思っているのであろう。
ここで申し出を受けなければ、余計に申し訳なく思わせてしまうかもしれない。

 ならば、彼女の好きにさせてやるのが主人の取るべき選択ではないか。
ルルーシュは内心つぶやいて、手早くボディータオルを腰に巻いた。

「背中だけだぞ?」
「はい……!」

 明るい、どこまでも明るい返事に黒髪の少年は我知らず目と口元を弓にする。
きっと、C.C.は幼子のように満面の笑顔を浮かべているに違いない。

「では、失礼しま……っ」
「C.C.!」

 浴室に入った途端に足を滑らせてしまったC.C.を、ルルーシュはあわてて抱きとめた。
だが、向かってくる勢いを殺しきれず、二人は浴槽へと倒れ込んでしまったのである。

 幸か不幸かそこには湯が張られており、
おかげで二人は体をぶつけて怪我をすることはなかったのだが、
少女をかばうことのみに意識を取られていたルルーシュは、
湯の中に没した際思いきり水を飲み込んで、気を失ってしまった。





「……っ」

 ルルーシュが目を開くと、今にも泣き出しそうな顔が向けられていた。

「ご主人さま……よかった」

 C.C.は指先で目尻に浮かんだ涙をぬぐい、心底ほっとした表情をみせる。
黒髪の少年は、ようやく自分の身に何が起こったのかを思い出した。

「C.C.」
「この間、ご主人さまに教えていただいた気道確保をしてみたのですが、よかったです」

 紗のかかったような視界はほどなくクリアなものになり、
ルルーシュはぺたんと床に座り込んだ少女の膝に寝かされていることに気づく。

「ああ、すまない」

 起き上がろうとする少年を、長い髪の少女はやんわりと押し止めた。

「いけません、まだ動かれては」
「わかった」

 真剣そのものの顔で言われては、茶化すこともできない。
ルルーシュは大人しく従うことにし、静かに目を閉じた。

 しかし、たった一度しか教えたことのないものを、よく覚えていたものだと思う。

「そうか。ちゃんと覚えていてくれたんだな」
「もちろんです」

 C.C.は柔らかな微笑と共にうなずいた。
主人の発言や行動、教えを少しでも記憶に止めようとすることは、
彼女にとっては至極当然のことなのである。

 ルルーシュは瞼を開いて、

「すまなかったな、C.C.」

 胸の上に置かれていたC.C.の手に自身のそれを重ねた。

「……っ」

 少女はぱちぱちと瞬きをした後、気恥ずかしそうに、幸せそうにはにかむ。

 それから、C.C.はゆっくりと小首を傾いだ。

「あの、何がですか?」
「いや、結局後片付けを手伝うことができなかったからな」

 ルルーシュは小さく苦笑する。
だが、C.C.は表された謝意を断固として固辞した。

「いえ、そんな! 私が粗相をしてしまったのがいけないんです。
それなのに、謝ったりなんてしないでください」

 少女の言い分には一理ある。
ただ、ルルーシュからしてみれば交わした約束を果たせなかったのは事実であり、
たとえ口約束であっても、主人とメイドという関係であっても、
一対一の人間として守るべきルールであった。

 一方で、C.C.が示した必死の願いを無下にすることなどできず、
そうだな、と黒髪の少年は素直に応じた。

「C.C.、助かったよ。ありがとう。君は命の恩人だ」

 とはいえルルーシュは謝意を撤回するつもりなどなく、
攻め口を変えて少女が受け取りやすいようにする。

「何かお礼をしなくちゃいけないな」
「そんな……もったいないです。そもそも、私が転ばなければ起きなかった事故ですし」

 C.C.は向けられた厚意に照れた笑みをみせながら、胸に浮かんだ気持ちを吐露した。

「私は、ご主人さまがご無事でしたら他に何も要りません」

 言の葉に込められた想いの純粋さに、ルルーシュは言葉を失う。

「ご主人様が居てくだされば、それで」

 言ってからはっと顔を赤らめたC.C.を見て、
ルルーシュは頬に血が上るのを止められなかった。


 二人はしばらくの間そのまま見詰め合っていたが、

「くしゅっ」

 期せずして同時にくしゃみをした後、顔を見合わせて笑った。





ver.1.00 08/09/13
ver.1.05 08/09/14


〜あなたが居れば…舞台裏〜
ル:ルルーシュ C:C.C. カ:カレン 神:神楽耶 ア:アーニャ

C「さて、早速だが決を採りたい」

カ「風呂場のことね」

C「そうだ」

ア「風呂場のこと?」

C「ああ、そうだ。浴槽には湯が張ってあっただろう?」

神「そこにはまってしまったお二人は、ずぶ濡れになっていたという話ですね」

C「つまり、ルルーシュが膝枕をされていた時、私の服は透けていた訳だ」

ル「な……っ」

神「ずばり、気づいていたに一票ですわ」

カ「私も」

ア「私もそう思う」

C「当然ながら、私もだ」

ル「ちょっと待て、お前たち。俺は気づいてなどなかったぞ」

C「動揺しなかったことを理由に挙げても無駄だぞ。
 演じるのが上手いお前が言っても説得力に欠けるからな」

ア「無駄」

C「そういう訳だ。喜べルルーシュ、賛成多数でお前は気づいていた説となった」

ル「馬鹿な、そんなものは多数決ではなく数の暴力だ」

C「なに、これはお前が合衆国絡みで使った手だ。好きなんだろう? 民主主義」

ル「お前な」

カ「いずれにせよ、男の人にとってはうらやましい状況であったことは間違いないわね」

ア「本当」

神「言ってくだされば、私はいつでもお背中をお流ししますのに」

ル「あの、神楽耶さま」

カ「そうね。あなたがどうしても、と言うなら……考えなくもないけど」

ル「カレン、君まで」

ア「ルルーシュくん、背中、流されたい?」

ル「いや、それは」

C「そうだな、私の背中を流してみるか?」

ル「どさくさに紛れて何を言っている……!」

 三人官女にアーニャまで加わって、いいように弄ばれるルルーシュであった。



 という訳で愛犬ロロとメイドのC.C.第2弾でした。
今回はご覧の通りC.C.にスポットライトを当てた話になっています。
ジェレミアは、ゲスト出演といったところですね。
第3弾があるとすれば、彼を絡めるのも面白いかもしれません。

 次は、リクエストを頂いた天子と神楽耶の話を書く予定です。
加えて天子攻めという要望も頂いております。どう料理いたしましょうか、ね。

 しかし本日の放送(第23話)も衝撃的でした。
シュナイゼルはもはや人間らしさなどと言うものを超越した存在ですね。
最後には、カレンたちもルルーシュ側について欲しいと願っていますがどうなることでしょうか。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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