アッシュフォード学園は水を打ったような静けさに包まれていた。
と言ってもひと気がない訳ではない。
むしろ、これだけ多くの人間が敷地内を埋め尽くす光景は年に幾度もないだろう。
大半は制服姿であるが、私服の者もそこかしこで見かけることができる。

 この静寂は、それまで作業に従事していた生徒が手を止め、
他愛もないおしゃべりに興じていたクラスメイトと思しきグループが、
何かに気づいたように口を閉ざすといった動きが波紋のように広がることで、
つい今しがたにわかに生み出されたものだ。

 と、生徒の一人が手元の時計に目をやって、再び顔を上げる。
瞳に映す感情は、期待に満ちたそれだ。皆が一様に合図を待っている。

 始まりの合図を、待っている。

 そして迎えた刻限の時、

「にゃ〜お」

 スピーカーを通したスザクの一声をもって、学園祭は始まった。





「スザクのヤツ、あんな声も出せるんだな」

 周囲で盛大に歓声を上げる生徒たちをよそに、一人驚きの表情をみせる姿があった。
外部の人間であるらしく私服姿の彼は、
長身かつ金髪碧眼の絵にかいたようなブリタニア人の若者で、
すれ違う女生徒の少なくとも半数が思わず目を留める程の、紛うかたない美青年である。

 彼の名は、ジノ。
ブリタニア皇帝直属のナイトオブラウンズ、ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグという。

「私も初めて」

 ジノの独り言にも似たつぶやきに応えて、
左隣に立っていた少女が赤みを帯びた不可思議な瞳をそちらに投げかけた。
ジノと同じナイトオブラウンズ、ナイトオブシックスのアーニャ・アールストレイムは、
長めの髪をアップにしていて、頭頂部には大きな緑のリボンをつけ、
手の甲に届く淡紅色の衣服に袖の長い上着を重ねていて、その姿は可憐のひと言に尽きる。

 よほど服飾に疎い人間でなければ一目でわかる程に上質の生地が使われていることや、
所作の一つ一つをとってみても、ブリタニア本国から訪れた大貴族の令嬢と紹介されたとて、
大半は違和感を覚えることなくなるほどと納得してしまうに違いない。

 しかし、こうした外見からは信じる信じない以前に想像もつかないであろうが、
アーニャはれっきとした騎士、しかも帝国最強とうたわれる円卓の騎士であった。
完全実力主義の世界にあって、十四という年齢は序列に何らの影響を持たない。

「ここに身を置いていた時は、あんな調子だったのかもしれないなあ」

 一方のジノはノースリーブの襟が高いシャツ、
腕には小ぶりのネームプレートをつなぎ合わせたような形状の銀製ブレスレット、
額にかけられたサングラスと、いたってラフな格好をしていた。
こちらも淡紅色の髪の少女に負けず劣らず、
さる貴族の子息がお忍びで学園祭なるイベントを覗いてみたといった風である。

 もちろんそう見えるのは外観だけの話であって、
戦場で相対した際にはそうした認識を即座に改めさせられることになるだろう。
ナイトオブラウンズの名は、伊達ではない。

「あいつは生真面目すぎるきらいがあるが、案外これが素の姿なのかもな」

 ジノの視線は、通りの先にある校舎へと向けられていた。
穏やかな表情からは、内心を読むことは容易ではない。
考えているのは同僚であり仲間でもあるスザクのことか、あるいは、まったく別のことなのか。

「ま、いいさ」

 ブリタニアの青年は小さくかぶりを振ると、
置物のようにじっとしているかたわらの少女へと目線をやって、口元に明るい笑みを浮かべる。

「せっかくの休暇だ、とことん楽しもうぜ」
「そのつもり」

 短く答え、アーニャは懐から取り出した携帯電話で遠目に映る白亜の建物を撮影した。





「それ、美味しい?」

 皿に山と盛られた焼きそばを見ながら、アーニャは平坦な声でたずねかけた。

「ああ、スザクから聞いていた通りの味だ。このチープな感じがたまらない」

 金髪の青年が大きくうなずいて、器用に箸を使いソースで味付けされた麺を口へと運ぶ。
エリア11の祭でよく見られたという料理と言っても、
要は手軽に作ることができるためなのであって、
学園祭ならばかなりの確率でお目にかかれるはずだとスザクから聞いていたジノは、
焼きそばと書かれたのぼりを見つけた途端、軽く口笛を吹くことで自身の気持ちを表現した。
 この焼きそばは超特盛りという注文を受けて用意されたもので、
もしアーニャがこれだけの量を食べきろうとすれば優に二、三日はかかるのではないか。

 ちなみに、喜び勇んで屋台に向かうジノの姿はアーニャの手によってしっかり撮影されている。

「戦地用のサバイバル食と比べれば、なんだって美味いけどな。アーニャも食べてみるか?」
「いい匂いだとは思うけど」

 アーニャはゆるりとした動作で右に左に頭を振った。
と、その声音に鋭い響きが混じる。

「ジノ、後ろ」
「ん? おお」

 ジノは言われるままに首だけで振り返り、わずかに目を見開いた。
余所見をしたまま歩いてくる大きな着ぐるみとぶつかることを避けるべく、
急いで道路脇へと移動する。

「仲間でも探してるのかな」
「多分」

 アーニャは適当に答えつつ、
衝突しかけたことに気づくことなく遠ざかる着ぐるみに携帯電話を向けるのだった。




 その後も射的や金魚すくいといった参加型の出し物や様々な食べ物を口にしながら、
二人のナイトオブラウンズは学園祭を満喫していた。
戦果はアーニャが手に提げている透明なビニール袋で泳ぐつがいの金魚や頭につけたお面、
ジノが抱える伸ばした腕を超える大きさの箱、あとは胃の中に収めた数々の品である。

 最後の一発を放つまで一切的に当てることができなかったアーニャは、
ラストで高得点の商品を見事に射止めることができ、
最初は紙が破れてばかりでまったくすくえなかった金魚もそれなりに取ることができた。
ジノは、いたるところで超特盛りを連呼し続けたにも関わらず、
平然な顔でそれらを残らず平らげ、本人曰くまだ腹六分程度だという。

「アーニャ、向こうの屋台、見てみろよ」

 初めて見るおもちゃを前にした子どものように興味津々の呼びかけを受けて、
淡紅色の髪の少女は普段通り泰然とした態度でジノの視線を追った。

「あれってスザクの言ってたたこ焼きだよな」

 確かに、看板にはそう記されている。加えて、

「イカ焼きもある」
「これはセットで頼むしかないな。アーニャ、頼んでもいいか?」
「もちろん」

 ジノが抱えている大きな荷物はアーニャが手に入れた景品であり、
代わりに食べ物を買うくらいはお易いご用であった。

 店員を務めているのは快活そうなイメージの女生徒で、
店の前に立つといらっしゃいませ、と元気な声をかけてくる。

「たこ焼きとイカ焼き、一つずつ」

 アーニャは言いながら後ろで待っている金髪の若者をちらりと振り返った。
毎回特盛りを注文してきたことを思い出し、一応意向を確認することにしたのである。

 しかし、目が合ったジノは意図が伝わっているのかいないのか笑みかけてくるばかりで、
どうやら今回は大盛りにしなくてもいいのだと少女は判断した。
向き直ってポケットから取り出した小さながま口財布をのぞくと、
紙幣を出さずとも事足りるだけの小銭が入っている。

「ちょうど、ある」
「ありがとうございます!」

 アーニャは料金と引き換えに受け取った商品を目の前の棚に置くと、
懐から取り出した携帯電話を使い、
たこ焼きの絵と文字が書かれた看板とパックに入った熱々のそれを撮影した。
彼女にとって本日最大の戦果は、メモリーに収められた画像たちなのかもしれない。
無表情にも見える横顔がどこか楽しげであるのは、おそらくそのせいなのだろう。

「ジノ」

 左手に提げたビニール袋からたこ焼きのパックを取り出して、
アーニャは長身の若者を見やった。右手には、つまようじが用意されている。
しかし、いつまで経っても少女は自分のためにそれを使おうとはしなかった。

 そうすることの理由に思い当たって、

「アーニャ」

 ジノは二、三度瞬きをした後、意外そうな声をあげた。
両の手がふさがった状態では一度荷を下ろさなければ食べることができない。

「お前が食べさせてくれるってのか?」

 アーニャは無言でうなずき、ゆるやかなウェーブのかかった桜色の髪が微かに揺れた。
つまり、彼女の行為が意味するところは、
ジノの手の代わりを務めようという意思表示だったのだ。

「はい」

 つまようじで突き刺したたこ焼きを差し出されて、
ジノはほんの少しくすぐったそうな表情で腰をかがめた。
アーニャがその口元へ淡々と手を運ぶ。

「サンキュ」

 ひと言礼を口にしてから、ジノは未知の食べ物にかぶりつき、

「はふ」

 どろりとたこ焼きの中身が口内に広がり思わず天を仰いだ。
無理もない。いくら熱い食べ物が平気とはいえ、限度がある。

「あわてること、ないのに」

 よほど熱いとみえて薄っすらと涙を浮かべ身をよじるジノの姿に、
アーニャは我知らず瞳を和ませるのだった。


 そしてこの時、何故か少女の意識に撮影のことは浮かばなかったことを追記しておく。





ver.1.00 08/06/29
ver.1.47 08/06/29
ver.1.49 08/07/05
ver.1.52 08/07/06

〜アーニャとジノと学園祭舞台裏〜
カレン「知らなかった。これって、思いっきりニアミスじゃない」
C.C.「そのようだな」
カレン「知らなかったとはいえ、冷や汗ものね。この時に万一顔を見られでもしていたら、
   中華連邦で会った時に厄介なことになっていたわ」
C.C.「ああ。しかし、堂々としていれば案外平気なものさ」
カレン「堂々と?」
C.C.「そうだ。自信がなさそうだったり、びくついたりするから逆に注目を浴びる。
   さすがにカレン、お前は面が割れているから仕方がないのかもしれんが、
   私はルルーシュと会うまでは素顔のままだったぞ」
カレン「ちょっと、それってマジな話?」
C.C.「ああ、おおマジだ。途中からは紙袋をかぶっていたがな」
カレン「呆れた。ラウンズに見つかったらどうするつもりだったのよ」
C.C.「さあ」
カレン「さあ、ってあなたね。……でも、どうして学園内をうろついていた訳?」
C.C.「ピザだ」
カレン「ピザ?」
C.C.「去年は食べ損ねてしまったからな」
カレン「呆れた。そんな理由でわざわざ学園に出向いたって言うの?」
C.C.「何を言う、世界一のピザだぞ?」
カレン「世界一とかどういう問題じゃなくて!」
C.C.「私にとっては極めて重要な問題だ」

 次第にヒートアップしていく二人のやり取りをソファの上で聞いていたルルーシュは、
何かを言おうとして、止めた。矛先がこちらに向けられるのは目に見えている。

 結局、騒ぎは緊急の知らせを伝えにきた者が扉をノックするまで続くのだった。




 と言う訳で今回は初のR2キャラ登場なお話でした。
最初の一人はアーニャを描こうと思っていましたが、ナナリーとの話にするか、
ジノとのコンビでいくかを考えて、後者を選んだ結果がこちらです。
アニメ本編ではしばらくアッシュフォードを舞台とした話になるのでしょうか。
アーニャとジノが乱入し、ゼロ=ルルーシュはますますピンチのはずなのですが、
色々と楽しい展開を期待してしまう私です。

 この日放送されました「ラブアタック!」は、
次回予告で膨らませていた想像以上に楽しませてもらいました。
何より良かったのは、図書館でのルルーシュとシャーリーのやり取りですね。
本当、あんな台詞を言って(言われて)みたいものです。

 さて、次のR2キャラは誰にいたしましょうか。
その前に、まだ登場していない第一期キャラも描いてあげたいところですが、
アーニャ&ジノが参加した生徒会メンバーが有力候補に名乗り出た感じです。
新キャラは、しばらくお預けかもしれません。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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