登場人物紹介
ルルーシュ……ドジっ子ながらも一生懸命なメイド、C.C.を温かく見守るランペルージ家の主。
C.C.    ……ご主人さまのため、 日夜全力を尽くす少女。近頃、あるものにはまっている様子。
アーニャ  ……ゴッドバルド家の農園を手伝う少女。ルルーシュの幼なじみ。今回は出番なし。
ジェレミア ……雨の日も風の日も全力で農作業に従事するナイスガイ。
         オレンジ通販の売れ行きは絶好調。ランペルージ家のお隣さん。
ロロ    ……わんこ。文字どおりの意味で、ランペルージ家の愛玩動物。




 広大な敷地を持つある屋敷の一室に、歳が離れていない一組の男女が居た。

「用意したのはチョコだけではない、と?」

 椅子に腰掛けた黒髪の男は肘掛に置いた腕の先、緩く握りしめた拳に頬を宛がいながら、
膝元に(ひざまず)い ている赤毛の少女に冷ややかな眼差しを向ける。
その服装は紺のワンピースに白いエプロンとヘッドドレスを身につけたもので、
彼女は視線を伏せたままわずか に睫毛(まつげ)を 震わせ浅く顎を引くと、
声が上ずらないよう、甘美の吐息を漏らさないよう、細心の注意を払いつつ口を開いた。

「はい、ご主人さま」

 主人と呼ばれた男は空いた手のすらりと伸びた長い指で少女 の(おとがい)に触れ、
すくい上げるようにうつむく顔を上向かせる。

「なんだ。言ってみろ」

 赤い髪の少女ははっとした表情で端正な男の顔を見やり、すぐに視線を泳がせた。
戸惑い、ためらい、恋慕の情、そして幾ばくかの罪悪感にも似た後ろめたさが浮かんでは消え、
それは、と言いかけた台詞はそのまま途切れてしまう。

「目をそらすな」
「ッ」

 言いながら、男は少女が首にリボンを首に巻いていることに気づいていた。
これまで着けることのなかったそれがわざわざ解けやすいように結ばれていることも、
これから彼女が何を言わんとしているのかもわかっている。

 少女は口から心臓が飛び出しそうになりながら、
下を向こうとするのをどうにかこらえ、濡れたようにきらめく瞳を正面に固定した。

「私は」

 この想いを口にすれば、きっと二人の関係は変わってしまう。
否、今までと同じでいられるはずがなかった。

 だからと言って、何も告げることなく、
気持ちを押し殺したまま接することなどできそうになかった。
身分違いの恋であるのだと、あきらめなければならないのだと、
頭では理解してはいるが、心はいくら正論を振りかざしても従おうとはしないのだ。

 当然だった。これほどまでに大きくなってしまった、
身を焦がすような想いをどうして抑えることができるだろうか。

「私は」

 恥じらいのために頬を桜色に紅潮させて、少女はきつく目を閉じる。

「あなたのことを……」

 目じりからこぼれ落ちた雫が頬を伝って男の指に達したところで、
どこか切ないメロディーと共にスタッフロールが流れていく。

(……っ)

 我知らず身を乗り出すようにモニターを見つめていたランペルージ家のメイド、
C.C.はリモコンでテレビの電源をオフにして、
悩ましげに大きく息をつくと共に柔らかなソファへと倒れこんだ。

 手近に合ったクッションを抱きしめる彼女の、
白皙の頬は血の気を帯び、鼻息は興奮のためかいつになく荒く、
白のホットパンツから覗くきゅっと足首が引き締まった足は、
とてもじっとしていることなどできない、
といった風にぱたぱたと前後へ小刻みな動きをみせている。

 先ほどまでのやり取りはランペルージ家の主とそのメイドが交わしていたものではなく、
平日の午後一時から始まるテレビ番組だ。

 先日たまたまつけた時に流れていたのを見たのをきっかけにC.C.は件のメロドラマ、
斜陽の一途をたどる伯爵家を継いだ男とその使用人を中心に展開する恋物語に、
すっかり夢中となっていた。ストーリーも設定もごくありふれた陳腐なものであったのだが、
これまでろくにテレビを観る機会がまったくなかった彼女にとっては、
十分すぎるほどに鮮烈な内容だったのである。

(あの人たちは、一体どうなってしまうんだろう)

 タンクトップ姿のC.C.はぱっと体を起こすと火照りが収まらない自身の頬を両手ではさみ、
頭の中に次々と浮かぶほのかにピンク色の妄想を振り払おうと、
幼子がいやいやをするように首を左右に振った。太ももをすり合わせて身をよじり、
窓から漏れ入る陽光が翡翠のきらめきを持つ髪を照らす様はなんとも可憐だったが、
何を考えているか知れば、誰もが思わず苦笑するに違いない。

 ややあって、昼下がりのかすかな気だるさが漂う午後の空気に似つかわしくない熱狂から
ようやく開放されたC.C.はかすかに瞳を潤ませながら宙を見上げた。
彼女は何故ここまでのめり込んでしまった理由が、
作中の二人と自分自身を重ね合わせているためだということに気づいていない。

 しかし、そうあって欲しいと望む心は確かに存在している。
ルルーシュを求める気持ちは、ゆっくりと彼女の中で育ちつつある。

 その時、二月カレンダーが目に入ってC.C.はぱちぱちと瞬きをした。
さっきのドラマでも、バレンタインデーにチョコレートを贈る話が出てきたからだ。

 次の瞬間、少女の脳裏に閃くものがあった。これまで給金としてもらった分は、
半人前であるとの自覚から必要最小限しか手をつけていない。
少々多めに材料を買っておけば、失敗したとしても問題ないだろう。

 さらに、都合のいいことに今日の掃除はすでに終わっていて時間はたっぷりとある。

「ロロさん。私、ちょっと出かけてきますから」

 C.C.は丸まったまま尻尾を振って応えてくるランペルージ家の愛犬に笑みかけると、
ハンガーに吊るしてある外出用の白いダウンジャケットを羽織るのだった。




 首尾よく必要な材料を手に入れたメイドの少女は、
家に戻るや一心にチョコレートと格闘し始めた。
最初、誤って湯に直接溶かしてしまったものは後で飲料として使用することにし、
次に湯煎をして溶かすことには成功したものの、
手元が狂って流しに注いでしまった分は泣くなく諦め、
三度目の正直で、ようやく型に注ぎ込むことができた。

 ある程度温度が下がるのを待って冷蔵庫に入れたそれらは、
無事に固まってハートや星の形をしたかわいらしい完成品となった。
元は味気ないのっぺりとした板チョコだったものが生まれ変わったのである。
C.C.は嬉しさのあまり、両手を組み合わせてその場でくるりと一回転した。

 できばえを市販のものと比較するのはさすがに厚かましいかもしれないが、
美味しく食べてもらいたい、ただその一心で作ったチョコレートだ。
愛情の量ならば世界中のどこで手に入れるものよりも上という自信がある。
問題があるとすれば、ルルーシュの口に合うかどうか、その一点のみだった。

 容器に収め、包装紙で包み、あとは手渡すだけとなったところで、
C.C.はほんの少し表情を曇らせた。
作っている間はそれだけに専念していたため何も思わなかったが、
いったん出来上がってしまえば逆にあれこれと余計な考えが頭に浮かんでくる。

(喜んでもらえるかな……)

 C.C.は不安を消そうとぶんぶんかぶりを振って、チョコレートが入った小箱を抱きしめた。
味に関しては何も手を加えていないのだから、失敗はないはずだ。

 そこで、ルルーシュが出掛けに駅に帰り着く時間を話していたのを思い出し、
この時、当初の目的だったバレンタインのことは頭からすっかり抜けていたため、
彼女はお迎えするついでに渡すことにしたのだった。




 帰り道を急ぐサラリーマンたちとは逆方向、駅への道を歩くC.C.の頬は緩みきっていた。
突然雨が降った時を除けばこうして迎えに来るのは初めてで、足取りは極めて軽い。

 あとひとつ横断歩道を渡れば到着、というところまでやって来て、
メイドの少女は金の瞳をこれ以上ないくらいに見開いた。
ちょうど、改札からルルーシュが出てきたところだったのだ。

「ご主人さま!」

 赤信号だったものの車の通りが途切れたのを見て大きく手を振ると、
すぐに気づいた彼は腕を上げて応えてくれた。
C.C.は嬉しくなって、小さく飛び跳ねるように手を振り返す。

 やがて信号は青に変わり、誰よりも早く飛び出そうとした彼女は、
ルルーシュが急に表情を険しくしたことに気づいた。
反射的に足を止め、口の動きを目で追い、
『あ・ぶ・な・い』
 と彼が指差す方向に目をやって、C.C.は声を失う。
わずか数メートル先にトレーラーが迫っていたのである。

 あわてて身を引いた少女の鼻先を車体がかすめると同時、
手に提げていたチョコレートの入った小箱を収めたビニール袋は灰色の冬空に高く舞った。




「大丈夫か」
「ご主人さま」

 あわてて駆け寄って来てくれた主の顔を見て、
呆然と立ち尽くしていたC.C.の顔に、一瞬安堵の色が広がり、
しかしすぐにそれは別の感情に取って代わられた。
後悔ばかりが次々とあふれてくる。
普段は青信号でもきっちりと左右の確認をするというのに、
せめて少しでも周囲に気を配ってくれば、と。
はしゃぎすぎたせいで、プレゼントは吹き飛ばされてしまったのだ。

「私、ダメですね。いつもドジばかりで」

 すっかり打ちひしがれてしまった少女は、
紫水晶(アメジスト)の 色に似た瞳をまっすぐに見ることができず、自嘲的につぶやいた。

「まったくだ」

 そんな声が聞こえ、ますます落ち込みかけたC.C.の細い体がぐっと抱き寄せられる。

「でも、けががなくて本当によかった」

 心からそう思ってくれているとわかる、温かさに満ちた言葉だった。
つい今しがたまで彼女の胸を占めていた負の感情が、
陽光にかざした薄い氷のように溶けて消えていく。

 ルルーシュはわずかに身を離し、
赤面しながらも目を丸くするC.C.の顔を覗き込んで小さく笑った。

「失敗は誰にでもある。しかし、生きてさえいればいくらでも取り返しがつくんだ」

 黒髪の少年は少女の無事を確認するかのように、
再びほっそりとした肩を自分の胸に引き寄せる。

「……っ」

 C.C.は背に腕を回すことは何となくはばかられて、スーツの裾を軽く握りしめた。

 ややあって顔を上げたルルーシュはあるものを発見し、目を瞬かせる。

「袋の中身はわからないが、あれは君が持ってきたものだろう?」

 メイドの少女は弾かれたように視線を転じて我知らず息を飲んだ。
それほど離れていない場所に、件のビニール袋が転がっていて、
どういう幸運が働いたのか小箱は原形を止めている。
最悪、割れているかもしれないが、トレーラーにはねられたことを思えば無傷も同然だった。

 もしかするとこれは、聖ウァレンティヌスがもたらした奇跡なのかもしれない。

「じゃあ、取りに行こう」
「……はい!」

 ルルーシュに優しく促されたC.C.は、
にぱ、とヒマワリが咲いたように満面の笑みでうなずき返すのだった。





ver.1.00 09/03/18
ver.1.63 09/03/19


〜乙女の恋は加速する・舞台裏〜

神楽耶「手作りチョコレート……! そう来ましたか。
    さすがはC.C.さま。これは先を越されてしまいましたわ」
カレン 「まさか、こんな攻め口を使うなんて」
神楽耶「こっそり媚薬を仕込んであったりするのでしょうか。
     あの、ドラマのように恥ずかしげもなく自身にリボンを巻いたりとか。
     あまつさえ、際どいコスチュームで殿方の劣情を誘う作戦に出たり……!」
カレン 「飛躍しすぎですよ神楽耶さま」
神楽耶「あら、ごめんなさい。私としたことが、つい」
C.C.  「大げさだな、お前たち。使えるものは親でも使え、と言うだろう。
     一応忠告しておいてやる。チャンスは最大限に活かすべきだぞ。
     たとえそれがどれほど小さなものであってもな」
カレン 「言ってることはもっともなんだけど、いつもながら上から目線ね」
神楽耶「しかし、ここは大人しく忠告に従うべきでしょう。
     ……と、待ってください。私は今、恐ろしいことを考えてしまいました」
カレン 「恐ろしいこと、と言いますと?」
神楽耶「はい。実はあのチョコレート、
     トレーラーに吹き飛ばされたことからして計算ずくだったとか……」
C.C.  「はは、それこそまさかだ神楽耶。
     ルルーシュじゃあるまいし、そういった工作は苦手だぞ」
カレン 「そんなことを言ってるけど、なんだか余裕が感じられるわね。      一歩前を行く女の台詞とでも言えばいいのかしら」
C.C.  「ふ。そういうお前の言葉はどこか負け犬の臭いがするな」
カレン 「うわ、容赦ないわね」
C.C.  「最近、色々と知る機会があってな。そういうのを喜ぶヤツも居るぞ」
神楽耶「なんだか意味深な発言ですわ、C.C.さま。
     そんな台詞を聞くと少しぞくぞくしてしまいます」
カレン 「神楽耶さま、それはちょっとどうかと」
神楽耶「うふ。まあそれはさておいて、
    ルルーシュさまが甘い物を口にしているところはあまり見ないですね」
カレン 「あいつ、甘いものがいける口なのかしら」
C.C.  「気になるなら食べさせてみればいいだろう」
神楽耶「C.C.さま、先ほどから大胆発言を連射されていますね」
カレン 「ええと、今のはどこが大胆なんですか?」
神楽耶「食べさせればいい、ですわ。それは口移しでという意味に違いありません」
C.C.  「よくわかっているじゃないか神楽耶」
カレン 「でも、そんなのルルーシュが受け入れるかどうかわからないじゃない」
C.C.  「甘いなカレン。不確定要素はつぶせばいいだけの話だ」
カレン 「どういうこと?」
C.C.  「なに、簡単な話だ。きっちり手足を拘束し、
     鼻をつまむなりして受け入れざるを得ない状況を作ればいい。
     寝込みを狙えば抵抗されることもあるまい?」
カレン 「あるまい、ってあんた……毎晩そんなことしてるわけ?!」
C.C.  「あまり興奮するな、唾が飛ぶ。
     そうだな、どうしてもと言うなら今度、代わってやろうか」
カレン 「え? ちょっと、あの、本当にそんなこと……?
    でも、私はそんな……いや、もっと普通に……だけど」
神楽耶「恐ろしい人ですわ、C.C.さまは。
    煽られたカレンさまが本当に実行したらいかがなさるおつもりです」
C.C.  「ああ、それはそれでいいんじゃないか?
     一体どんな顔をしてルルーシュに迫るのか、見物だぞ」
カレン 「……シィィィィツゥゥゥゥゥッ!!」

 こうしていつものようにもてあそばれるカレンだった。



 久々のギアスSSはランペルージ家でした。
ご覧のとおり、ルルーシュとC.C.のラブです。
ほんの少し前進、といったところでしょうか。
さすがに今回はアーニャは出しませんでしたが、
次は彼女に桃色旋風を巻き起こしてもらう方向で調整したいと思います。

 それにしても、早いものであの衝撃的な結末から半年近くになるのですね。
今なら至極冷静に最後の二ヶ月を描けそうです。
こんな話を書いたあとに取り掛かったら、甘味成分三割増しになってしまいそうですけれど。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。
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