状況は動き出す。個人の思惑とは関係なく。

 時は流れ行く。人々の足掻きとは別に。

 ならば、ルルーシュは幸せなのだろう。
いかなる相手にでも命令を下せる絶対遵守の力、
ギアスによって世界を決めることができるのだから。


 しかしながら、ルルーシュの持つギアスは完全無欠のものではない。
力を行使するためには相手と視線を交える必要があり、
その効力は各人に対して一度きりしか発揮されることはない。

 そればかりか、ギアスの力そのものが通じない者さえいる。
それはルルーシュの部屋に住まう同居人にして共犯者、
ルルーシュに王の力たるギアスを与えた不死なる者であり、
また、世界最大となるはずだった焼き立てのピザを食べ損ねた者でもある。

 母の敵を討つため、妹ナナリーが安心して過ごせる世界を築くため、
ブリタニアに抗い続けるルルーシュと共闘関係にある彼女は、今、不機嫌の極みにあった。
誰のせいでもない、言うなれば運命の悪戯によって訪れた悲劇のために、
C.C.は手を伸ばせば届くところにあった楽しみを、目の前で奪われてしまったからだ。

 人は言う。

『食べ物の恨みは恐ろしい』

 と。






 古来、先人たちが言い習わして来た『腹が減っては戦はできぬ』という言葉に従い、
黒髪の少年は空腹を満たすべく冷めかかっているピザを黙々と口に運んでいた。
だが、今の彼にはゆっくりと味わって食事をする余裕などない。
昨日ユーフェミアが発表した『行政特区日本』に対する策を早急に詰めなければならないからだ。

 一部地域に限るとはいえイレヴンに自治を認めるやり方は、
帝国側の戦略として可能性を考慮していたものの、
ルルーシュにとって、引いては黒の騎士団にとって最悪の一手であった。
ブリタニアという巨悪に立ち向かう正義の味方として支持を得てきた彼らが掲げる、
日本開放という大義名分が立たなくなってしまうばかりか、もし差し伸べられた手を打ち払えば、
これまでの言動が詭弁と欺瞞に満ちたものみなされるのは目に見えている。

 だからと言って、安易に受け入れることもできない。
騎士団には帝国に恨みを持つ者が多く、
提案をはねつけようとする向きは決して小さなものではないからだ。

(さて、どうしたものか)

 思考に行き詰ったルルーシュは気分を変えようと視線を持ち上げて、
この部屋に居候を決め込んでいる少女が、未だベッドに横たわったままであることに気づいた。
あの細い体のどこにLサイズのピザが丸ごと一枚収まるのか不思議でならないが、
それよりも今は、普段、人の分まで平気で食べつくそうとするというのに、
どういう心境の変化か今日はピザを前に身じろぎ一つせずにいることの方が気になる。

(放っておくか? だが……)

 ルルーシュは空いた左手で艶やかな黒髪をかきあげて、静かに息を吐き出した。
本来ならば無銭飲食、しかも連日ためらうことなくピザを注文し続けているC.C.に、
遠慮をする必要などないのかもしれない。
しかし万一確認もせずに残らず平らげれば、
後からねちねちとした言葉責めを受けるに決まっている。

 想像するまでもなく、それは確実に精神衛生上よろしくない。

 無論、黒髪の少年はこれらをおくびにも出さず、
クッションを抱いたまま微動だにしない不死の少女、
C.C.に親切心とは別の動機から声をかけた。

「食べないのか、C.C.」

 ルルーシュの呼びかけに、少女はクッションを脇へと転がして気だるげに視線を向けてくる。
だが、起き上がろうとはしなかった。少なくとも、その意思は微塵も感じられない。

「さっきから何をむくれているんだ」

 返事はおろか人形のように精緻な顔の各パーツを寸分たりとも動かさないC.C.に、
ルルーシュは食べかけのピザを手元の紙皿へと置いて、再度嘆息した。
昨日、学園祭の目玉であった焼き立ての特大ピザを食べ損ねてしまった彼女のために、
わざわざ好物のピザを昼食に選んだというのに、だ。

 恩を着せるつもりはないが、
いくらなんでもその態度はないだろう、と喉まで出掛かった言葉を少年は飲み込んだ。
なるほどルルーシュが頼まなかったとしても、C.C.は自分で発注したに違いない。
だが、実際には注文をしたのも金を払ったのも彼なのである。
その上で、彼女の分も残しておこうとしているのだ。
気遣った結果がこれでは、さすがに空しいではないか。

(やれやれ)

 ルルーシュがいつまで経っても反応を示さないC.C.から手元へ目線を戻しかけたその時、
淡々と、最大限の不機嫌さを織り交ぜた声が聞こえてきた。

「理由はお前が一番よく知っているだろう」

 それを受けて少年はわずかに眉を上げると、
やはり原因はそれか、と胸中つぶやきながら小さくかぶりを振る。

「あの事故が俺のせいだとでも言うのか」
「そうは言わないさ。あれは仕方のないことだったと思っている」

 C.C.が起き上がる動作に合わせて、長く艶やかな翡翠色の髪がはらりと舞った。
その口元には薄っすらとした笑みが張りついている。

「ただ一つ言えるのは」

 一拍の間を置いて、不死の少女は語を継いだ。

「お前が嘘つきだということだ、ルルーシュ」

 そこには責めたりなじったりする響きは一切ないものの、
C.C.の声からは、一切の温もりも感じる取ることができない。
淡々と言うよりは冷淡に事実を述べただけ、といった風情だった。

 しかし、黙っていれば端整な顔立ちの美少女である彼女がこういう言い方をすると、
ひどく酷薄なものに聞こえることを、当の本人は知っているのかどうか。
先の表情を見る限りでは、意図的にやっているとしか思えないが。

「気にするな、少し根に持っているだけだ。ほんの少し、な」

 臆面なく言って、C.C.は悠然とテーブルまで歩み寄りピザを一切れ手に取った。
毎度のことながら、大好きと言う割にピザを頬張る表情には何の感情も浮かばない。

 ルルーシュはその様子を我知らずためつすがめつ見つめていたことに気づくや、
居心地が悪そうに一目で高級な品と分かるソファ深く腰をかけ直した。
次いで肘掛を指でとんとんと叩く仕草を数秒間繰り返し、幾度目かのため息を混じえて口を開く。

「仕方がないだろう」

 風の悪戯によってユーフェミアの帽子が吹き飛ばされなければ、
あるいはシャーリーが副総督の名を呼ばなければあの騒ぎは起こらなかったのかもしれない。
しかし、起こってしまったものはもはやどうしようもなく、
直接の原因を生んだわけではないルルーシュに責はないはずだった。

「そうだな。そのことに異論はない」

 二切れ目を口にしながら、C.C.は金色の瞳で黒髪の少年をじっと見やる。

「だが、あの時お前は言ったはずだぞルルーシュ。『持って行ってやるから部屋にいろ』と」

 世界一の大きさを誇るピザが焼き上がったら部屋に持っていく。
少女が言った通り、確かにルルーシュはそれを約束した。
不慮のものとはいえ、ピザが廃棄処分となったことには多少の同情は覚えなくもない。
一方で、だからと言って何故ここまで言われなくてはならないのかという思いもあった。

 もちろん、腹いせであることは分かっている。
たかが食べ物のことでお前は一体どれだけ食い意地が張っているのだ、
と切って捨ててやりたいのはやまやまであったが、
間を置かず陰湿な口撃が返ってくることは想像に難くない。

「ルルーシュ」

 C.C.は三切れ目を食べ終えて、四切れ目に手を伸ばしつつ言った。

「いいか、お前はいつも詰めが甘い。だからああいうことになる」

 これが『少し』根に持つ者の言い草だろうか。いや、相当深く根に持っている。

「ま、過ぎたことを言っても仕方がないか」

 だったらいい加減に黙れ、とルルーシュが声を荒げかけたその時、
コンコン、というノックの音が聞こえてきた。
この叩き方は彼にとって最愛の妹、ナナリーのものだ。

「お兄さま、よろしいですか?」
「もちろんだよ、ナナリー」

 可憐なる室外からの呼びかけに、ルルーシュは今しがたまで胸中を占めていた負の感情を、
愛情という名のオブラートで幾重にもくるんで奥底に封じ込めていた。
否、わざわざ意識せずとも、ナナリーの存在はそれだけで彼のささくれ立った心を癒してしまう。

 兄馬鹿と言われても仕方がない有り様であるが、
沸きあがるこの気持ちを止めることなどできないし、
そもそも止めようと思ったことすらなかった。

 シュッという音を伴って圧縮された空気の力で扉が開き、
姿をみせた妹にルルーシュの頬は自然と緩む。

「C.C.さんもいらっしゃるのですね」
「ああ、ここにいるよ」

 上機嫌な少年は、 先ほど結構な不快さをもたらした少女の名を耳にしても眉をひそめたりはせず、
むしろにこにこと笑顔を絶やすことなくナナリーにうなずき返す。

 しかし兄妹のささやかな、
ルルーシュにとっては何物にも換え難い憩いのひと時はあっさりと打ち砕かれた。

「いいことを思いついたぞ」
「いいこと、だと?」

 たっぷりと可笑しみを含んだささやきを耳にして、
不吉な予感を覚えたルルーシュが制止をかける暇もあればこそ、
C.C.は浮かべた喜色を隠そうともせず朗らかに宣言する。

「ナナリー、喜べ。ルルーシュがピザを焼いてくれるそうだ」

 呆気に取られて絶句するルルーシュを尻目に、C.C.はニヤリと口の端を持ち上げた。
すまし顔でいることの多い彼のこうした表情は、そうそう見られるものではない。

 そして、驚きと喜びで彩られた笑顔の大輪を咲かせるナナリーの、
嬉しさをにじませた声が立ち尽くす兄へと向けられて、

「お兄さまが? 本当ですか、お兄さま」

 それは、止めの一撃となった。
余人であればいざ知らず妹に話を振られてしまっては、
ルルーシュに抗する術などあろうはずがない。
たとえどんな無理難題であったとしても、観念するより他はなかった。

 手のひらを合わせて口元をほころばせるナナリーの姿に、
その天使のように無垢な笑顔を前に、彼が否やを唱えることなどできはしないのだ。

「……ああ、本当だよ、ナナリー」

 妹に返事をするルルーシュの表情は優しいものであったが、どこか弱々しく感じられた。
分量や調理方法などの知識はさておき、それを実践するとなると厳しいものがある。

 しかし、ナナリーの笑顔を曇らせないためには見事成し遂げなければならない。

(やってくれたな、C.C.)

 少年は、あるいは視線だけで射殺すことができるのではないかという目でにらみつけたが、
C.C.は歯牙にもかけず、にやにやと笑うばかりだ。

(……くそ、魔女め。こうなれば美味いピザを作ってやる。ああ、作ってやるとも。だが)

 ルルーシュはうな垂れるように力なく肩を落とすのだった。





 その夜、ルルーシュが
苦心して焼いたピザを口にしたC.C.に、

「なんだ、思ったより美味いじゃないか。見直したぞルルーシュ」

 とつくづく感心した口調で言われ、

「とても美味しいです、お兄さま」

 ナナリーには心から喜んでもらうことができた。

 しかし、ルルーシュの表情はどこか複雑なものであったと、
後日、咲世子はほんの少し可笑しそうに話したという。

 ルルーシュさまが焼かれたピザは本当に美味しいものでした、とも。






ver.1.00 07/12/26
ver.1.03 08/04/13
ver.1.04 08/05/10
ver.1.06 08/06/14
ver.2.30 09/01/14
ver.2.51 09/01/15


〜たかがピザ、されどピザ・舞台裏〜

『あなたはS? それとも』

神楽耶「前から思っていたのですが、C.C.さまはSキャラですね」
C.C.  「なんだ、Sキャラというのは」
神楽耶「好きな人をいじめて喜ぶタイプの方です。
    これにはただ攻撃的なだけの人は含まれません。
    そうですね、指向性を持つ好意表現とでも言えばいいのでしょうか」
C.C.  「ほう」
神楽耶「そういうわけで、C.C.さまは見事に条件をクリアしているわけです。
    まあ、ルルーシュさまは潔癖かつ真面目な方なので、
    いじりがいがありますよね。それを見抜く眼力はさすがです」
C.C.  「なるほど、前半はさておき確かにあいつをもてあそぶのは楽しい。認めよう」
神楽耶「まあ、C.C.さまったら大胆発言ですわね。
    やはり、常日頃から調教……もとい、いじり倒していらっしゃるんですね」
C.C.  「ああ、ルルーシュのような男はこれまでにいなかったからな。
    そうか。私がSキャラと呼ばれるのもわかるような気がするぞ」
神楽耶「ちなみに私は攻めるのも受けるのも、どちらでもOKですわ。
    好きな殿方のためなら、どんなプレイも変幻自在にこなしてみせます」
C.C.  「ほう、たいした自信だな」
神楽耶「ふふ、好きな人に退屈な思いはさせません」
カレン 「あの、神楽耶さま」
神楽耶「どうされましたか、カレンさま」
カレン 「いえ、さっきからさらっとすごいことを言ってらっしゃるな、と」
神楽耶「ああ、これは失礼いたしました。
   カレンさまには少し刺激が強すぎるお話だったでしょうか」
カレン 「いや、私は別にいいんです。いや、本当だってこっちを見るなC.C.」
C.C.  「それで、お前はどちらなんだ?」
カレン 「へ? どっち、って何のことよ」
神楽耶「それはもう、カレンさまはまったきMの人でしょう。
    色々とされて喜ばれるタイプと見ました」
C.C.  「だろうな。同感だ」
カレン 「ちょっと、二人して何を言ってるのよ私は別にそんなルルーシュに何かされ」
神楽耶「はい、カレンさまストップ」
カレン 「されたいとか……え?」
神楽耶「カレンさま、一つだけよろしいでしょうか」
カレン 「ええと、はい」
神楽耶「私たちはただのひと言も、
    ルルーシュさまがカレンさまに何かをするといった発言をしていないのですが」
カレン 「え……?」
C.C.  「大胆な告白だったな。私にはとてもできないぞ、カレン。たいした女だ」
カレン 「いや、ちょっと待って」
神楽耶「照れなくてもいいですわ、カレンさま。あなたのお気持ちは十分理解しました」
C.C.  「もっと言ってやれ、神楽耶。
    何しろカレンはいじめられるのが好きらしいからな」
カレン 「ちょ、あんた、さっきから黙って聞いてたら」
C.C.  「聞いていたら、何だ?」
カレン「え、いや、それはその……」
神楽耶「C.C.さま、あまりカレンさまをいじりまわしてはおかわいそうですわ」
カレン 「……神楽耶さま」
神楽耶「だって、カレンさまは思い人に、
    ルルーシュさまにそうされたいだけなのですから」
カレン 「って、神楽耶さま ?!」
C.C.  「なるほど、よくわかった。これからはなるべく控えるとしよう」
カレン 「ちょっと待ってよあなたたち、私は」
神楽耶「さすがはC.C.さま、話がわかりますね」
カレン 「神楽耶さま!」
C.C.  「ふ、私を誰だと思っている。C.C.だぞ?」
カレン 「二人とも全然聞いてないし……もう、イヤ」

 こうしてカレンは三人官女のいじられ役筆頭として、
長らく眠らせたままだった素質を開花させていくこととなる。もちろん嘘だけど。



 この話は私にとって初めてのギアスSSです。
C.C.といえばピザ、やはりこのネタは欠かせませんね。
最初のネタをこういう話にしたのも、思えば自然な流れだったのかもしれません。
今もですが、一番好きなカップリングはルルーシュとC.C.ですし。

 ナナリーというウイークポイントを的確に突かれ、
C.C.にすっかり乗せられてしまったルルーシュを描くのは楽しかったです。
実はナナリーとC.C.が打ち合わせの上こういうことをしていた、
という展開も面白かったかもしれませんね。今思いつきましたけれど。

 ちなみにコードギアスの第1期をすべて見終えたのは07年の下旬でした。
当時、ストーリーのスピード感と妙なる展開に魅了されつつ、
血染めの行政特区やジェレミアの「おはようございました」に衝(笑?)撃を受けつつ、
一体続きはどうなるのか、と春から始まる第2期が待ち遠しかったことを記憶しています。

 小説版は09年1月現在完結していませんが、
発刊されているものは欠かさず押さえてあります。
未読の方がいらっしゃいましたら、手にされることをお勧めします。
第1期は主にスザクの視点で物語が進み、第2期はナナリー側を中心に描かれていて、
本編(アニメ)では触れられなかった部分を埋めるエピソードがてんこ盛りです。
ラウンズがお好きな方も、登場機会が比較的多いので楽しめるのではないでしょうか。

 あとは、お約束かもしれませんが一度は言っておかなければいけませんね。
オール・ハイル・ルルーシュ! オール・ハイル・ギアス! ギアスよ、永遠なれ……!

 この先も、不朽の名作・コードギアスへの愛を変わらず持ち続けていたいです。
ギアスをお好きな皆さまにおかれましても、今後も末永くご愛顧いただければ幸いです。

 それでは、再び皆さまとお会いできることを祈りながら。

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